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17 コルサコフ市の名前の由来

かつては大泊と呼ばれたサハリンのコルサコフ市。リムスキー=コルサコフの兄ヴォインが幕末に日本に着た時に、どうやらこの地にも立ち寄ったことらしいことから、ヴォインにちなんで名付けられたのかと思っていましたが、どうも真相は違っていたようです。


サハリン(樺太)に「コルサコフ」という町があるのを御存じですか?
稚内からの定期航路もあるようで、日本への玄関口としてわが国との交流も行われているようです。

ところでこの地名、リムスキー=コルサコフと何らかの関係があるものと思い(ソ連時代にゆかりのある人物の名前に改称された都市が結構ある)、図書館にあったソ連時代の百科事典を調べたところ、どうやら作曲家の兄で海軍軍人だったヴォインに因んだものらしいということがわかり、「リムスキーダイスキー」上で簡単ながらご紹介させていただいておりました。

実はその後、どうやら「本当の由来はそうではないらしい」という疑問が出てきたのですが、確認することもできないのでそのままにしておりました。
先日、この件について私のホームページをご覧頂いた方からメールを頂き、その疑問が解決することになりました。以下にそのやり取りを、御本人の了解の上、ほぼそのままご紹介させていただきます。

 


はじめまして。
Hと申します。
作曲家リムスキー・コールサコフの兄、ヴォーインについて調べているうちにリムスキーダイスキーのサイトにおじゃましました。

私はロシア貿易専門商社に勤務していますが、1998年から2年間サハリンのユジノサハリンスクに駐在しておりました。
常々作曲家リムスキー・コールサコフとコルサーコフ市の関係について悩んでいましたが、ある時、意を決してユジノサハリンスクの郷土史博物館を訪ね、この関係について教えてもらいました。

回答は次のようなものでした。

「地名のコルサーコフは、東シベリア総督であったミハイール・セミョーノビッチ・コルサーコフにちなんでつけられたものである。もともとここの地名は、ムラビヨフスキー・ポストと名付けられていた。
ムラビヨフとは、コルサーコフの前任の東シベリア総督、ムラビヨフ・アムールスキーのことである。
その後1868年にコルサーコフスキー・ポストと改名され、1947年にコルサーコフ市となった。」

以上のことから、ヴォーインとは関係がありません。
ただ、ロシアのサイトを調べたうち、ひとつだけがヴォーインにちなんで名付けられたと説明していましたが、その他複数のサイトの説明の方が正しいものであると感じました。
名字の発音からみても、アクセントが違う、というのはとても大きな要素だと思います。

以上、参考にしていただければ幸いに存じます。

 


H様

大変興味深い御指摘をいただきましてありがとうございました。

実は、コルサコフ市の由来については、ホームページ上であのように記述したものの確証がとれず、私の中でもずっとモヤモヤしていたところだったのです。

私が最初に調べたのは旧ソ連時代の百科事典で、その「KOPCAKOB市」の項目には「B.A.リムスキー=コルサコフに由来する」と記述されておりました。

「B.A.」が兄ヴォイン・アンドレイヴィチを指すのかどうかはこれだけでは不明ですが、少なくともこの百科事典で同じ頭文字の組み合わせの「リムスキー=コルサコフ」氏は兄ヴォイン以外に見当たらなかったことと、彼がこの地方に全く所縁がない人物ではなかった(ただしどの程度の関与だったのかは不明)ことから、てっきりヴォインに因んでつけられたものと思いました。

ところがその後、このことをある方に念のためお尋ねしたところ、そのような事実は確認できなかったとのお返事で、しかもコルサコフ市には東シベリア総督ミハイル・セミョーノビッチ・コルサコフという人物の銅像が建てられているということもわかり、もしかしたらコルサコフ市はヴォインではなく、提督の名前に由来するのではないか(ミハイルさんの方のが偉いようですし...)という疑問が強くなってきました。

とはいうものの、どちらが正しいのか確認する術が私にはありませんでしたので、ホームページの記述も当初のまま放置、ということになっておりました。

わざわざユジノサハリンスクの郷土史博物館でお調べいただきました内容は、その具体性から事実であることに間違いないと思います。一方、百科事典の記述はもしかしたら編者の思い違いか、良く調べずに適当に書いてしまった(何しろ極東のことですから)のかなという気がしてきました。一つだけあるという「ヴォイン由来説」のサイトも、ひょっとすると私の調べた百科事典の記述をそのまま根拠にしているのかもしれませんね。

今回御指摘いただきましたことで、長年つかえていた疑問が解決できて嬉しいです。本当にありがとうございました。また、このようなあまり一般的でない話題についてメールを下さったことに、改めて感謝の気持ちを申し上げたいと思います。

 

竹内

 


若干補足説明です。

【ロシア語のアクセント】ロシア語の単語はアクセントのある母音を長めに発音するという決まりがあります。リムスキー=コルサコフを例にあげると「リームスキイ=コールサコフ」になります。

一方のコルサコフ市は「コルサーコフ」となって違う部分にアクセントがあることから、ヴォイン由来説に対する反証根拠となります。

もっともこのアクセントはロシア人にも微妙であることもあるらしく、リムスキー=コルサコフを「コルサーコフ」と間違えて発音して失笑をかった旧共産党幹部だかがショスタコーヴィチの《ラヨーク》で揶揄されていましたね。

【ヴォイン】ヴォイン・アンドレーヴィチ・リムスキー=コルサコフ(1822〜1871)は作曲家ニコライの22歳も年長の兄です。海軍軍人で海軍学校の校長を勤めたほか、かのプチャーチン提督に随行して日本(長崎)にやってきたことがあります。この来日時に軍事上の目的からか一時的にシベリア方面へ向かったとされていますが、その時の行動内容は残念ながら今のところ不明です。

【東シベリア総督の銅像】石川顯法さんのホームページ「写真で見るロシアと旧ソ連の国々」でご覧いただけます。

http://www.asahi-net.or.jp/~ri8a-iskw/chap14p3.htm#S4

 

 


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