流れ者の物語

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その2 文字と文化その他

■黒田龍之助『羊皮紙に眠る文字たち;スラヴ言語文化入門』(現代書館)という本はなかなか面白い。黒田氏は若手のスラブ語研究者で、他に『はじめての言語学』(講談社現代新書)、『ロシア語のかたち』(白水社)などの著作がある。いずれも面白いので是非一読をお薦めする。本当にロシア語が好きだという情熱がひしひしと感じられる。 私はロシア語を学んだことはないがロシアの文化にはかねてから興味があり、ロシアやシベリアに関する本を、決して量は多くないが気がつくと読み続けている。たぶん北国育ちなので南国よりも親近感が湧きやすいのであろう。 私が正式に学んだ(教師について学んだという意味)言語は中国語とベトナム語だけだ(英語はこの際除外)。中国語は専攻課目だったので正々堂々と「学んだ」と言えるが、ベトナム語は夏期講習で3週間学んだだけなので、あまり正々堂々と言えないことをお許し願いたい。別に願うこたあないか。 朝鮮語とロシア語は必要に応じてとにかく文字を覚えただけである。あ、今思い出したが広東語を半年学んだことがあるぞ。知り合いの広東出身の中国人に教わった。とりあえず発音だけはできるようになったが、まあそれだけ。 よく考えるとこれらの言語はみな社会主義国家の言語(台湾や韓国は資本主義だぞと突っ込まないように)。同僚から冗談で「あなたはコミュニストなのか(笑)」と言われたことがあるが、実はコミュニストではない。どちらかといえばアナーキストでありたいと願ってやまないのだが。

■ロシア語を含む多くのスラヴ諸語で使用されるキリル文字はギリシャ文字が基になっている。キリル文字のД(d)、П(p)はもともとギリシア文字のΔ(d)、Π(p)だ。Δ(デルタ)、Π(パイ=小文字は円周率のπ)といえば理解しやすいだろう。型もよく似ている。 以前何処かに書いたがこういう文字が読めるようになると俄然面白くなる。朝鮮語のハングル文字だって最初は暗号かと思ったが、規則を理解すると実に合理的であることがわかる。おそらく世界有数の合理的な文字のひとつであろう。 アルファベットもそうだがこれらの文字を表音文字という。それ自体に音以外を表わす意味はない。これに対し漢字は表意文字という。山、川はそれぞれの形状から派生していることはご存じだろう。中世ベトナム語ではチュノム(字喃)というベトナム漢字が使われていたが、現代ベトナム語はアルファベット表記なので学びやすい。 アジアの言語でベトナム語以外にアルファベット表記するのはインドネシア語、マレー語(フィリピン語)、アイヌ語くらいなものだろう。 中国語は漢字(といっても中国と台湾では字形が異なり、さらに韓国、香港、日本がそれぞれ独自の漢字コードを使用)、朝鮮語はハングル、タイ語、カンボジア語はクメール文字、ビルマ語はモン文字、チベット語、ヒンドゥー語、ウルドゥー語などはナーガリー文字をもって表記される。 最近流行っている中国四川省あたりの少数民族のあいだに伝わるトンパ文字は絵文字。ポップなイメージで若い女性にウケているが、これだって今でもりっぱに使用されているのである。 ただモンゴル語だけはちょっと事情が異なっている。モンゴル人民共和国は社会主義革命後に固有のモンゴル文字を捨ててキリル文字表記に切り替えた。ところが中国の内蒙古自治区は今でもモンゴル文字を使用している。つまり彼らは会話することはできてもそれぞれの文字を共有することはできない。 最近ではモンゴル人民共和国でもモンゴル文字復興が進んでいるというが、半世紀近く民族文字を使わなかったのだから、国民のほとんどがもう読めなくなっている。復興するのもたいへんな時間がかかるだろう。まあ、それだけ固有の文字を持っているのである。

■日本語はひらがな、カタカナに漢字を混ぜて表記するという、世界でも類をみない特殊性を持っている。思想性のある文章を書こうとすると中国の文字である漢字を使用しないわけにはいかない。民族文字のひらがなやカタカナだけでは深みにある文章が書けないのである。 まあひらがなだってもともと漢字から派生しているので、日本語には固有の文字はない、ということも言える。「山椒魚は悲しんだ」が「さんしょううおはかなしんだ」「サンショウウオハカナシンダ」ではなんだかなあ、である。 ドストエフスキーはキリル文字だけで人生の深淵を描き世界文学史上にその名を残しているが、日本文学で漢字を用いないで名作を残したのは紀貫之と石川啄木だけだ。啄木は『ローマ字日記』とローマ字の短歌だけどね。何を言いたいかというと日本人は外国の文字(漢字)を併用することで発展してきた、ということだ。 漢字が外国の文字であることを知らない、あるいは意識しない人だってたくさんいる。日本文化は外国文化とともに発展してきた。固有の文化を伝承する手法を外国文化に頼ってきたのである。だからいまさら日本文化云々を大切にしよう、などと安易に言うのはちょっとどうかな、と思う。 大切にされなければならないのは表象としての文化ではなく、「粋」とか「情」という日本人の感性であるはず。

■いかりや長介の『だめだこりゃ』(新潮社)を再読して感じたことがある。盟友荒井注、ジミー時田の死から始まり、実父の死で終わっている。結果的にこの三年後にいかりや長介はこの世を去るのだ。すでに当時から体調を崩していたのかな、と勘ぐってしまう。 これは別に私の新発見でも何でもなく多くの読者はそう思ったのだろう。齢七十を前にして死を意識したとしても当然である。作家の小林信彦もコラムでこのことに触れている。 「つい僕は終わりまで読んでしまったのだが、その結果、『これはいかりやさんの遺書じゃないか、、、』と気づき、そのことに驚いた」(週刊文春4/8号)。

■人間は生き乍ら死に近づいていく。齢五十を過ぎた人はすでに半分死んでいる。だから死は突然訪れるのではない。人は生まれてから緩慢に死んでいき、最後はちょっとだけ死んで終わり、というのは精神科医で作家の北山修の言葉。

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