文京の碑

平成10年9月22日

第2期区民大学「文京の碑」の開講日。今日から8回、毎週火曜日に2時間講義がある。色々な資料をくれて、しかも無料なんだな。勇んで出かけた。場所は東大を通り抜けた湯島天神のそば。

そう言えば東大に入らなくて良かったな。入ってたら今頃は大蔵事務次官になってて東京地検に逮捕されてたもんな。

講義。まずは地元湯島にある麟祥院境内の麟祥院建立由緒碑。この寺は春日局が建てたんだそうで、碑には「天の恩沢、幕府の恩恵」とかで自分の寺を建てちゃった由来が延々と書いてある。
ところで諸君!! 上の碑名を読めるかな。りんしょういんこんりゅうゆいしょのいしぶみと読むんだそうな。読めてもどうと言うこと無いか。


帰りに本郷3丁目の本郷もかねやすまでは江戸の内のあたり、ドトール珈琲店で180円のアメリカンコーヒーをのむ

平成10年9月29日

「文京の碑」2回目。芭蕉と西行の講義。全国何処にでもある話。内容省略。
帰りに文京区役所にある喫茶店でお茶。愛想がいい。
雨の夕暮れ、街灯が濡れて光って薄ら寒い。感激のない1日だった。

平成10年10月6日

「文京の碑」3回目。芭蕉、石川啄木、山口素堂、森鴎外、ごちゃ混ぜだな
目には青葉山 ほととぎす 初鰹(素堂翁)。儂は秋の脂の乗りきった戻りガツオの方が好きだ。
ふる池や かわ州飛びこむ みつの音(芭蕉翁)。州とか「みつ」とか知らなんだ。

東海の小島の磯の白砂に・・・・(啄木)。若いのに苦労したんだな
月々に月みる月はおおけれど月みる月はこの月の月。中秋の名月。
今日も雨だった。何処へも寄らずに帰る。

平成10年10月13日

「文京の碑」4回目。功績顕彰の碑。高島秋帆(幕末の砲術の教授)がえん罪で11年も投獄された話。懺訴(ざんそ)したのは2500石の下っ端幕臣、鳥居耀蔵。蘭学者が倒幕を計画してるとか何とかウソ八百を並べ立てて殿様に言いつけたんだな。渡辺華山、高野長英らも投獄されてる。当時の進歩的な学者が陥れられたわけだ。何時の世にも他人を陥れて自分が良くなろうなんてさもしい奴がいるもんだ。

平成10年10月20日

「文京の碑」5回目。事物の痕跡、邸宅由来の碑。後楽園の名前の由来

水戸光圀が中国の「岳陽楼記」の中にある「士は天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」と言う一節から名付けたそうな。当時(1600年)「明国」の儒学者、朱舜水が水戸藩の厚遇を受けて滞在しており、この影響と言われている。

その頃の水戸の上屋敷(本宅)は7万5千坪(25万平方米)あったそうな。今の新宿御苑並の広さがあった勘定になる。今の後楽園、東京ドーム、遊園地、運動場などあの地域一帯が殿様一人の屋敷だった。

帰りに春日の「こんにゃく閻魔」傍の大衆酒場に入る。無愛想な女将が居て注文しても返事をしない。呆れて居るうちにドカン、ドカンと目の前に水割りと突き出しが出てきた。黙って飲んでいたがウンでもスンでもない。一杯だけ飲んで「お勘定」と言うと始めて「1100円です」。高い。よくまあ潰れないものだと感心しながら家路につく。

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