Rodon Journal Correspondent Report
Rodon in London
魯鈍的倫敦見物記
Jack Higgins の街角を探す
Rodonジャーナル Vol.195


 6.Dec.1998.
 


バッキンガム宮殿  − Buckingham Palace −

英連邦53ヶ国のうち16ヶ国の国家元首にして、
「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の君主が住み、
「実務が行われている」王宮が「バッキンガム宮殿」だ。
「ザ・マル」正面にそびえるここは、当初バッキンガム公爵の邸宅だった。
1825年、ジョージW世の命によりジョン・ナッシュが改築工事を始め、1837年に完成した。
その間にジョージW世も、弟のウィリアムW世も他界してしまい、
結局即位したばかりのヴィクトリア女王がセント・ジェームス宮殿から移り、初代の主となった。
以来、歴代の王の住まいとなっている。
建物の背後は16万m²に及ぶ庭園と池が広がる。



宮殿背後に広がる庭園を ヴァリアーズは走り抜ける
写真左上方から 宮殿左翼の「大使専用口」へと進入する
宮殿正面広場にあるモニュメントが「クイーン・ヴィクトリア記念碑」


ヴァリアーズは作業員用のあの梯子がいまだに前廊(ポルチコ)の下にあるのを見つけた。
大使専用入口の平坦な屋根に乗るのにぜんぜん苦労しなかった。写真で見た二つの窓は、
いくらか開いていた。
かれは張り出し沿いに進み、近いほうの窓を押しあげて小さなオフィスの中に滑りこんでいた。
ドアをそっと開け、暗い廊下に踏みだした。
王室居住区(ロイヤル・アパートメンツ)は宮殿の反対側にあった。

(中略)

女王のアパートメントはほんの数ヤード前方にあった−食堂から居間につうじ、
そのむこうが寝室になっている。かれにはすべて手にとるようにわかっていた。
それらを通り過ぎてもう一つの角を曲がると、小型の番犬、ウェルシュ・コルギーが何匹か寝ている
部屋があった。その向かい側、召使専用玄関では、一人の巡査がペーパーバック本を読んでいた。
ヴァリアーズはわずかのあいだその巡査を注意深く観察していたが、廊下を後退し、
庭園にいた警官から取りあげたトランシーバーをポケットから出した。
チャンネル4のボタンを押し、待った。
パチパチという音が小さく響いた。声が聞こえてきた。「ジョーンズです」
ヴァリアーズは小声で答えた。
「保安事務所です。画廊の警報が鳴っているようです。断続的に信号がはいってきています。
 ちょっと調べてくれませんか?」
「オーケイ」と、ジョーンズは答えた。
ヴァリアーズがまたしても廊下の角まで進んでのぞくと、
ちょうどその巡査が廊下のむこうへ歩き去っていくところだった。
かれは廊下のはずれを曲がって見えなくなった。
ヴァリアーズはすばやく女王のアパートメントのドアに近づいた。
一瞬、立ち止まり、息を深く吸いこんでそのドアを開いた。

                                    
                       『エグゾセを狙え−EXOCET』(沢川 進:訳 早川書房)  


ヴァリアーズが偽って警備巡査を向かわせた「絵画の間 - The Picture Gallery」
右側に架かる大きな絵は「アンソニー・ヴァン・ダイク画:チャールズT世(1633年)」
ここの他、「東のギャラリー - The East Gallry」や「西のギャラリー -The West Gallry」がある
もちろん弊誌記者も潜入したのだった・・・・



潜入取材に必要な「バッキンガム宮殿入場券」の半券 入場料は大人£9.50
支払いはクレジットカード可 入場料金は大人・子供・学生・高齢者の設定があった
面白いのはこの他に、最も安い「失業者」料金があったことだ
博物館の類は概ね以上のような料金体系になっている
失業中でも文化に触れる権利を保証しているあたりが先進国的だ 
 

「バッキンガム宮殿」の目玉商品 午前中に行う衛兵交代の儀式
コールドストリーム・ガーズとアイリッシュ・ガーズが交代した
近衛第一連隊出身の我らが狸おやじファーガスン准将も 昔はここで行進していたのだろうか?
それに 近衛騎兵第二連隊ブルー・アンド・ロイヤルズの代理大尉だったハリー・フォックスも・・・・


今回の弊誌イギリス取材を行う要因の一部には、ここの一般開放が1998年10月までだという事情もあった。
1993年の火災によるウインザー城の修復費用を捻出する目的で、宮殿内部へ立ち入ることが出来る。
エスタブリッシュメントとして、あるいはヴァリアーズのよう進入することは一生ないだけに、
この機会は逃せなかった。

さて、記者同様、観光客としてこの建物を、この街を眺めたタフな男がいた。
1978年出版のロバート・B・パーカー『ユダの山羊 - THE JUDAS GOAT - 』では、
スペンサーがこんな風にロンドンをぶらついていた。


セント・ジェイムズ・パークの端に、バードケイジ・ウォークという遊歩道があり、そちらへ行った。
アイルランド系独特のロマンチシズムのせいなのであろう。
セント・ジェイムズ・パークの南側のその道を歩いて行くと、バッキンガム宮殿に行き当たる。
しばらく宮殿の外に立って、がらんとした広い中庭を見ていた。
「女王様、ご機嫌はいかが?」と呟いた。
王族がそこにいるかどうかを知る方法があるのだが、思い出せなかった。
べつにどうといういうことはない。彼女も自分に誘いかけてくるようなことはしないにちがいない。

                   ロバート・B・パーカー 『ユダの山羊』(菊池 光:訳 早川書房)


スペンサーが云う、王族がそこにいるかどうかを知る方法とは、王室旗の有無だ。
エリザベス女王は取材時、避暑のため北の別荘へお出かけ中。
宮殿最上部ではユニオン・ジャックがはためいていた。



聖ジェームス公園と鳥篭歩道  − St James's Park / Birdcage Walk −

「セント・ジェームス・パーク」は、16世紀にヘンリー[世が狩猟場として建設させたロンドン最古の王宮庭園。
チャールズU世時代に一般公開されるようになった。
王宮庭園だけに、入口の門は入場料を取らないのが不思議なくらいに立派だ。
開放時間は午前6時〜午前0時。
そして、この公園の南側に沿って「ウエストミンスター橋」まで続く道が「バードケージ・ウォーク」だ。
スペンサーも、そして記者も歩いた舗道は、ヒギンズ作品ではロマンチックにこう登場している。


二人は激しい雨の中をすでに数マイルも歩いていた。
モンテラの公用車の運転手が忍耐強く車で二人のあとからついてきていた。
ガブリエルは、モンテラが大使館のメイドから借りてくれた踵の低い靴をはいていた。
バードケージ・ウォーク、バッキンガム宮殿、セント・ジェームズ公園。
モンテラはほかの人間といっしょにいてこれほどたのしかったのははじめてだった。
「もう充分に歩いたんじゃありませんか?」
ウエストミンスター橋へむかっていくときに、モンテラがたずねた。
「まだですわ。特別なものをお見せするとお約束したでしょ?」
「ああ、そうでしうたね」
二人はウエストミンスター橋に着いた。ガブリエルはテムズ河岸通りに向き直った。
「さ、ここがそうよ。ロンドンで最高にロマンチックな場所よ。
 あの古い映画なら、ゆっくり散歩しながらフレッド・アステアがわたしの腕をとって
 歌いかけてくれたところね。そして、自動車が縁石沿いに這うようにしてあとをついてくるのよ」
「なるほど。しかし、ごらんのとおり、その当時とは交通事情が変わっていますからね。
 すでにほかの車で縁石が占有されていますよ」
二人の頭上で、ビッグベンが真夜中を告げる最初のチャイムを響かせた。
「魔女が横行する時間よ。ガイド付き観光がお気に召しまして?」
モンテラは煙草に火をつけて橋の手すりによりかかった。
「むろんです。わたしはロンドンが好きです。すばらしい町ですよ」

                      『エグゾセを狙え - EXOCET - 』(沢川 進:訳 早川書房)



「セント・ジェームス・パーク」の池を越えて眺める「バッキンガム宮殿」
北西隣にはファーガスンが内密の打ち合わせにつかった「グリーン・パーク」の緑の芝生が広がっている
取材時はちょうど昼食時で ホットドッグ・スタンドから旨そうなニオイが漂ってきた
でも貧乏記者はニオイだけで我慢
フランス人親子から写真を撮ってくれと頼まれた
その子が持っているホットドッグはとても旨そうだった・・・・





AND NOW↓

取材秘話

正直云うと、けっこう莫迦にしてたんですよ、衛兵交代なんか。
だって写真なんかでみると、赤い服着て真面目くさってさぁ・・・
しかもヤタラに長い黒い帽子被っちゃって。まあ、トンマな光景だと。
オトギの国の兵隊さんというか、ディズニーランドの出来損ないみたいな先入観だったわけです。
だからわざわざ見物しなくてもイイなぁと思ってたんだけど、ついでだから見てやるかといった程度でした。
ところが悔しいことにカッコイイんだ、これが。
しかも近くで見ると、あのヒトら体格もの凄くイイの。兎に角デカイし厳つい。ちゃんとした兵隊なんだ。
こっちはセレモニー専用の人達とか思ってるから、その落差に驚くわけですよ。
よく考えると近衛連隊って、英国軍の精鋭から選抜されてくるわけだから、当たり前ちゃ〜そうなんだけどね。
それにね、演奏がイイんだ。いっちゃ〜悪いけど、朝霞の陸上自衛隊音楽隊なんて問題外。
スイングしちゃってるんだ。もう立派な音楽ですよ。鳥肌たっちゃったんだコレが。知ってる曲やったりして。
でね、なんか聴いたことあるなコノ感じ、とか思っていたら、思い出したわけヨ。
そのスジでは吹奏楽の神様みたいな存在、フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル。
「あ、そ〜か。そ〜だったんだッ!!」と納得したね。悔しいけど。
結局、フィリップ・ジョーンズが出てくる必然が、この国のブラスの歴史だったんだと。
なにも彼等が特別な存在じゃなくて、こ〜した西洋音楽の歴史があるんだと。
残念ながら西洋音楽の本質的血みたいなモンは、悔しいけど、チョットかなわないなぁと思ったね。


♪♭♯ ELGAR:「威風堂々 OP.39 第4番 ト長調」♪♭♯