ROKKAKU TANAKA
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医療の原点、東洋医学、ストレス学説、部分は全体の縮図、
医易同源、機能性食品、身体の智恵、感謝の哲学
| 私の診療方針は、(1)医療の原点を踏まえ、(2)受診される方に納得し満足していただける医療をめざすことにあります。 まず、(1)の医療の原点を踏まえることにつき述べます。名は体を表すとい いますが、字の意味するところからも考えてみましょう。 医という字はもともと醫であり、さらにそのもとは毉で、ここに医療の原点が表れていると考えます。医は昔矢じりなどでツボを刺激して気をめぐらしたことを表しています。酉は酒につうじ、酒は百薬の長などといいますが、漢方薬に通じます。巫は字の形からもわかるように天と地をつなぐ人で、宗教家と考えてよいでしょう。殳は警蹕という神降の際にこえを発する姿勢のことです。 医は物理的医療手段であり、酉は化学的医療手段であるともいえますが、いずれも気をめぐらすという点では同じ目的をもっています。巫や殳はいわば心を整え気を整えるための心理的哲学的宗教的医療手段といえるでしょうか。医や殳や酉、巫というものに分解して考えていくとこのようなことが見えてきます。医療の原点を表す毉は、これらを総合したものであると考えます。 日本では、江戸時代までは本当の意味で医療の本質的な部分を担っていたのは宗教家ではなかったかと思います。たとえば、仏教で四苦は生・老・病・死のことですが、これはまさに医療のテーマです。人が心身の悩みをもって相談にゆく。すると体の悩みには加持(気功)をしたり漢方薬を出したりハリをするとともに、法を説いて心のクリーニングをしたのです。中国でも、清代までは医療を担っていたのは宗教家でした。さらにいえば、東洋医学の基礎を創ったのは、道教・儒教・仏教の宗教家だったのです。だから、毉であり、醫であったのです。 明治以降、中国では中国共産党成立以降、西洋医学が入り、巫がとれ、酉がとれ、殳もとれて医になり、現在に至ります。そして、現状は字の移り変わりのとおり、医療の原点からは大分離れてしまった感があります。 宗教とは、宇宙(宗のウ冠は宇宙の意)を示す教えという意味です。ですから、宗教は本来迷信などではなく、宇宙の生成・発展・調和の真理・法則を説いたものです宗教が迷信であるか否かは、受け取る側の咀嚼の問題です。
西洋医学の方でも古今同じような考え方をする医者がいますが、皆さんにも馴染みのあるのがストレス学説の創始者である故ハンス・セリエ博士です。ストレスということばは、もともと物理学用語でしたが、医学用語としていまやポピュラーに使われるようになったのは、セリエ博士がこれを医学の領域に取り入れ、ストレス学説として体系づけて以来です。 博士は適応病(disease of adaptation)という概念を提唱しました。適応病の概念は基本的にすべての病気にあてはまります。 たとえば風邪をひいたとき、寒気がする・熱が出る・だるい・節々が痛い・咳や痰が出るなどの症状は、一面から見ると病気の反応ですが、一面からみると身体がウイルスなり細菌なりを排除して元気になろうとする適応反応でもあるわけです。適応病とは、文字どおり適応であり病でもあるのです。 病気の反応とみると厄介で嫌なものですが、適応反応とみると悪いものを排除して元気になりさらには免疫をつけるための合目的的な感謝すべき反応なのです。まったく同じ現象が見方によって受け取り方によって、まったくちがった意味をもってくるわけです。 ストレス学説は、病気は精神的・肉体的なストレスでおきるというような単純なことをいったものではなく、病気というものに対する哲学的思考を展開したものなのです。 セリエ博士は、ストレスのマネージメントのキーポイントは「感謝の哲学」であり、「自然の法則に従うこと」であると説きました。 患者のことをペイシェントといいますが、これは耐える人という意味です。病とは、字から読み取ると、丙(火の兄)と冫(二水)つまり陰陽のアンバランスのことです。陰陽のアンバランスたる病は耐えるべき苦痛ではありますが、しかし一方で、病によってはじめて自分の生活習慣の誤り、つまり自然の法則にどれだけ従っていなかったかに気づくことができるのです。病は一つの現象ですが、その意味には二面性があるのです。苦痛と気付きです。でも、もっと煎じ詰めると一面あるのみです。苦痛だから気付けるのであり、気付くための苦痛なのです。難しくいうと煩悩即菩提です。感謝の哲学とはかくなるものであろうと私は理解しています。
以上のような考え方をベースに、どのように陰陽のバランスが崩れて病になったのか、その原因と現状を把握し、その対策を立て、患者さんが感謝しながら本来の調和した生活に戻れるようお手伝いをするところに医療の意義があると考えます。これが、私の医療に対する、また病に対する基本的な考え方であり、医療の原点を踏まえるということの説明です。 次に、(2)の受診される方に満足していただける医療をめざすということについてですが、(1)について述べたことを基本に、如何に病を治せるか、あるいは病を予防できるかということになります。 病を治したり予防するにはまず診断が必要です。西洋医学的な診断と東洋医学的な診断(弁証)を行います。 ここで、西洋医学的診断と東洋医学的診断の違いにつき簡単に述べておきましょう。 西洋医学的な診断については、人間ドックや近くの医院や病院での診療を見聞きしたり実際に体験されたことがおありでしょう。 血液や尿検査、エックス線、内視鏡、エコーやCT、MRIなどで驚くほど細かいところまで検査することができます。これは西洋医学のすばらしいところです。ただ、総合病院へいけば全身くまなく調べることができるはずですから、何でもわかって良いはずなのに、「検査では何ともなかったが、どうもあっちこっちが具合が悪い」という人が多いのも事実です。西洋医学は基本が科学です。科(sci サイ)は「切る」ということですから、細かく切れば切るほど生命というものが却って視えてこない。病気というものも視えてこない。これが西洋医学の短所です。 一方、東洋医学は、舌や脈、顔、腹を診ただけでかなり本質的なことが的確に素早く把握できます。部分しか診ていないように見えますが、実は生命全体を診ているのです。図のように、舌も脈も実は全身の縮図になっていますので、舌や脈や腹を診ただけで全体のことが分かるのです。 このように「部分は全体の縮図」というホログラフィー理論、これが東洋医学の発想の元になっているのです。先に、東洋医学は道・儒・仏から生まれてきたといいましたが、その中でも大きな柱となるのが「易」です。だから「医易相通」「医易同源」といわれるのですが、この易こそ、ホログラフィー理論の基本型なのです。東洋医学は人間を小宇宙とみるところから発します。また、その部分をも小宇宙とみるのです。人間もその部分もどこまでも小さな「丸ごと」として捉えるのです。 このように、西洋医学的診断で物質レベルの細かいところをチェックし(自分の病院でできないものは他院に依頼します)、東洋医学的診断で全体の陰陽のバランスをチェックすることを心掛けています。 これに基づいて、西洋医学的であれ東洋医学的であれ、必要な治療ないし指導をおこないます。ただ、私の場合は、東洋医学による治療主体で、必要に応じて適宜、西洋医学的治療を加えるという形をとっています。それに、最近は機能性食品を併用することが多くなっています。 東洋医学による治療が主体になるのは、東洋医学が安全で簡単に正確に個々人の生命の把握、病の本質の把握に役立ち、そのまま治療に直結するからです。
たとえば、リューマチを例にとりましょう。 リューマチは、西洋医学では、膠原病であり自己免疫疾患です。変性IgGがどうこうといった議論もありますが、要するに原因はよく分からないということです。ただ、リューマチ様関節炎というように炎症という捉え方をしますので、治療には消炎鎮痛剤が繁用され重傷例では副腎皮質ホルモンが使われます。また経験的に金製剤が使われたり、場合によっては自己免疫疾患ということで免疫抑制剤が使われます。変形が強い場合は手術です。 一方、東洋医学ではよりシンプルに解釈でき治療でき、すばらしい効果をあげています。リューマチはまず女性に圧倒的に多い。なぜか。水っぽく(湿)冷えやすい(寒)体質のうえに、甘いものや牛乳・生野菜・果物など水っぽく冷えやすいものを多く取りがちだからです。リューマチの初期症状にして代表的な症状は何か。朝のこわばりです。朝は最も気温が低く(寒)夜間排尿していませんから最も身体がむくんでいる(湿)のです。梅雨や天気の悪いときに症状が出やすく増悪するのはなぜか。湿気(湿)と温度低下(寒)がおこるからです。つまり寒と湿が大きなポイントです。寒湿がとれると症状が軽減消失するのです。朝のこわばりたる所以です。 ではリューマチにおける発熱や関節の変形はどう説明するのか。寒が長期化すると陰陽の法則で寒極まって熱になるのです。悪寒のあとに発熱するようなものです。慢性疾患であるため何度も熱を繰り返している間に、ちょうど火事の時に鉄骨が飴のようにグニャッと曲がるように、骨も膨張し変形してくるのです リューマチは痛みが流れるという意味のギリシャ語が語源になっていますが、東洋医学では風(ふう)といいます。ですから、リューマチは東洋医学では風寒湿病、あるいは風寒湿痺(痺はしびれ痛みのことです)といっています。熱の要素が加わってくると熱痺といいます。 治療は、風寒湿や熱を除くことに重点がおかれます。また臓腑的には、風が肝に寒が腎に湿が脾に関係するので肝腎脾の調整を図ります。そして、効果には非常に素晴らしいものがあります。もちろん、東洋医学を正しく運用すれば、の話ですが。よく東洋医学は効きますか、という質問をされる方がおられますが、東洋医学を正しく運用すれば、西洋医学では考えられないほどの効果が得られることが少なくありません。 ほかにも、東洋医学的に解釈した方がわかりやすく、治療効果も大きくかつ安全なものが多々あります。ですから、私の場合は、東洋医学による治療が主体になるのです。 ただ、最近、機能性食品の併用が多くなっています。AHCCをはじめとしてさまざまな機能性食品を使います。私は機能性食品は、東洋医学と西洋医学に対して、第三の治療手段と位置づけています。機能性食品はあくまでも食品であり、医食同源という東洋医学のことばからすれば東洋医学的なものですがただの食品ただの民間薬ではありません。バイテクによってグレードアップされたものが多く、西洋医学的あるいは科学的な実験データをつみあげて市場に出てきているものが多いからです。
機能性食品の効果の理論的根拠は概ね、@活性酸素除去作用、A免疫増強作用、B生体調整作用の三点に求められています。 @とAはよく研究されてきており、書籍も出回っているので、ご存知の方も少なくないでしょう。Bは中国で、補腎薬などを適応原(アダプトーゲン)と呼び、その効果を生体調整作用などと呼んでいるのを、私自身が十数年くらい前から中国の文献で確認しています。中国の腎の研究者達には、間脳−視床下部-下垂体-副腎のシステムを腎の働きとする考え方があります。間脳−視床下部-下垂体-副腎のシステムは、セリエ博士のストレス学説の適応反応の中心舞台であり、生命反応の中軸をなしています。どうしてこれが腎の働きなのでしょうか。 腎の下の月は肉月です。これを土に代えると堅、糸に代えると繋です。いずれもカタイですが、肉体の中で最もカタイのが腎なのです。カタイというのは骨や歯も腎に属するという意味もありますが、生命の精・エッセンスという意味でもあります。精とは青い米です。米は氣のことです。ですから精は青い氣、黄色いみかんの元が青いみかんであるように、つまり氣の元なのです。元気とは本来漢方用語ですが、一つは先天の元気といってこの腎の気のことをいうのです。間脳−視床下部-下垂体-副腎のシステムは、まさに生命の精・エッセンスであり腎気であり元気のことなのです。 このシステムをうまく作動させるのが適応原(アダプトーゲン)であり、補腎薬の中にこのようなものが多いのです。生体調整作用とは、血圧の低い人には血圧を上げ高い人には血圧をさげるとか、免疫能の弱い人の免疫を強化し、自己免疫など過度の免疫は抑制するなど、都合の良いいいかげんな作用のように聞こえますが、間脳−視床下部-下垂体-副腎のシステムの働きというのは、本来、生体にとって都合よく、”良い”加減に作用してくれるものなのです。これがすなわち適応なのです。 ついでながら、セリエ博士以前に、キャノン博士というこれも有名な素晴らしい医学者がいました。キャノン博士はセリエ博士が提唱した適応反応の初期の反応である警告反応の部分を、キャノンの緊急反応」としてすでに詳しく研究発表していましたし、また、生命のバランス維持能力を「ホメオスターシス(恒常性)」という概念でまとめましたが、それを発表した本の名が「身体の智恵 wisdom of the body」です。私がキャノン博士やセリエ博士が偉大であると尊敬するのは、彼らが人間の身体(生命)には「智恵(叡智)」があることを見抜いていたことです。この智恵の働きには、ただ、血圧を下げるとか上げるとかではなく、ただ、免疫を強めるだとか抑制するとかではなく、「調整してくれる」のです。「調整してくれる」というニュアンスは、生命に対する自分の身体に対する「感謝の哲学」につながります。 詳細は別の機会に譲りますが、多くの機能性食品は補腎薬であり補脾胃薬であると私は考えています。 腎というのは、生体調整作用として先に述べたとおりですが、脾胃についてもご説明しておきましょう。脾は肉月に卑しいとかきますが、これは五行説では土にあたります。木火土金水の五行で最も下つまり卑しい位置にあるのが土です。胃も肉の田で土なのです。「万物は土に還り万物は土から生まれる」といいます。この分解して土に還す働きをするのが胃です。食べたものをすべてバラバラにするのです。「消」の働きです。対して、バラバラにしたものから血を造り肉を造るのが脾です。「化」の働きです。合わせて「消化」というのです。脾胃の気という言い方よりさらに広い意味で「胃気」ということばがあります。「意気が上がる」は「胃気が上がる」ことで、元気が出ることです。さきの腎気が先天の元気であるのに対して、脾胃の気は後天の元気といわれています。また、後天の元気が先天の元気を補充するという関係もあります。多くの機能性食品を食べると元気が出てきますが、それは戦線の元気である腎気と後天の元気である脾胃の気の両方を活性化するからではないかと私は考えています。
病気や不健康は要するに元気がない状態です。元気を補えば病名に関係なく効果がでるのです。東洋医学の方には、「異病同治」という言葉があります。補腎薬や補脾胃薬にはこのような作用のものが多いことが知られていますが、多くの機能性食品にもこれが当てはまります。何にでも効くといえば言い過ぎになりますが、随分応用範囲がひろいのです。漢方薬があれば機能性食品をわざわざ使う必要がないのではというむきもありそうですが、必ずしもそうではないのです。文明の利器といいましょうか、最近のバイテクによって普通の食品・生薬が驚異的な効果を持つものに変身することがあるのです。ですから、機能性食品と漢方薬をうまく組み合わせば、より大きな効果が期待できるのです。 他にも、鍼灸や気功、水、バイオラバー等々、効果のあるものはできるだけ取り入れるように努めています。 まだまだ発展途上の身ではありますが、かなりの方に満足して頂ける医療が行えるようになりつつあります。 健康 health は癒す heal の名詞形ですが、これは神聖な holy や全体 whole とともにギリシャ語の全体 holos を語源としています。全体すなわちまた「一」でもあります。正しいとは一に止まることです。いつも全体を意識し一を意識しながら、医を本来の醫、毉とするべく毎日の診療に励んでいます。 |
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