償い

 

 私がまだ小さいころ、毎晩こわい夢を見て叫んだり飛び起きたりすることが続いたので、父の知り合いが信仰する何とかさまに見てもらったところ、「この子は将来重い罪を犯すことになっており、その償いを今あらかじめさせられているのだ」と聞かされ、父はびっくり仰天して、いったいどんな罪を犯すことになるのかと尋ねたら、「それは先のことなので確かにはわからないが、償いの夢を子細に調べればあるいは知れるかもしれない」という答えだったので、それから父は毎晩、うなされている私を起こしては、見ていた夢のことをくわしく聞きだし、それをノートに書きつけていったという。

 そのノートの束を、ある日思い立って押し入れの片づけをしているときに、古びた木箱の中で見つけた。表紙は判読できないほどに黄ばみ、しばってある紐もぼろぼろで今にも切れそうになっていたが、中のページはまだ十分にしなやかで、インクも色あせているとはいえ読みとるのに苦労はなかった。それがかつて聞かされた話に出てくる夢の記録だということは、最初のページを開いたときすぐにわかった。ノートは全部で七冊あった。

 いつ誰からその話を聞かされたのかは忘れたが、子供のころからそれはずっと私の心の中にあった。だが、その記録がそれからどう役立ったのか、例の何とかさまは私が犯すはずの罪の名を突き止めることができたのかどうか、それについては記憶がなかった。父に尋ねればわかるはずなのだが、何となくそれを聞いてはいけないような気がしていた。いつも無口で控えめな父の姿とその話とが結びつかなかったせいもある。いつしか私は半信半疑のような気持ちになっていた。

 だから、この証拠を前にして、私は軽い興奮をおぼえた。ノートはやや崩しぎみの、力強い書体で書かれていた。それは私が知っている父の筆跡とはかなり違っているように思われた。もう七十を過ぎて静かな日々を過ごしている今の父と、私の寝床のわきにうずくまって懸命にこのノートを書きつける父とは、どうしても重ならなかった。私はひどく非現実的な気持ちで読みつづけた。

 若いころ、特に十代の終わりからの何年か、あの話が私の心をひどく暗くしていた時期があった。私はやがて自分が犯すはずの罪におびえた。心から予言を信じていたわけではないが、絶対に潔白だと言いきる自信もなかった。心の中のちょっとした怒りや、嫉妬や、ずるさなどに気づいただけで、私は愕然とし、それがあの罪の前ぶれではないのかと恐れた。そんなことが重なって、漠然と死を思ったことも何度かあった。

 年を取るにつれて、しだいに考えが変わった。自分は聖人君子ではないが、好んで悪事を行うような人間でもない。それでもなお罪を犯すとすれば、それは運命だからしかたがないだろう。不確かなものにおびえて、身を縮めながら毎日を過ごすのはりこうではないと思った。

 四十を過ぎた今の私には、あの話はもう伝説のようにしか感じられなくなっている。これから私がたどってゆくたぶん単調な人生に、血まみれの重い罪が入りこむ余地はありそうにない。それに、いずれにせよ償いはあの幼い日の悪夢で済んでいるのだ。前金を払っているのだから大いばりだ。そんなことを考えて一人でくすくす笑ったりすることもある。

 

 私は自分のことを平凡な人間だと思う。人生でいちばん大切なのは、まわりの人たちと何とかうまくやっていくことだと思っている。大勢にさからってまで自分の考えを押し通すような情熱はいっさいない。長いものに巻かれて個性を失っているのではなく、はじめからそういうものと縁がないのが私の個性なのだと思う。

 だから私のこれまでの人生にも、特に変わったことは何一つない。しいてあげるとすれば、四十を過ぎたいまでも独り身でいることかもしれないが、これにはあの予言が一役買っているのではないかと思う。私自身は人並みに男性に興味があるのだが、昔からどういうわけかよそよそしい間柄にしかなれなかった。それは、若いころの自分に対する疑念が微妙に相手に反射して、親密になるのを妨げてきたのではないだろうか。あるいはただ私に魅力がないことの言いわけにすぎないかもしれないけれど。

 今になって、私は真剣に悔やみはじめている。ついこのあいだまで、生涯一人でも平気だと信じていたのだが、ここ半年ほどのあいだに、急に心を許せる相手がいない寂しさがこたえるようになってきた。もともと無口だった父は老いるにしたがってすっかり自分だけの世界に暮らすようになり、今の私は休みの日など一日中誰とも口をきかないことが珍しくない。

 私は生きかたを間違ったのではないか。若いころからもっと広く人々と交わっておくべきではなかったか。そう考えて、私はときどき軽い憂鬱にとらわれる。そんなとき私がいつも思い出すのは、というのはほかに思い出すことがないからなのだが、二十代なかばに出会った一人の男性のことだ。

 

 押し入れの片づけをしたあと、まだ日が暮れるまでに時間があったので、ひさしぶりに整理箪笥のいちばん下の引き出しを開けてみた。ここには十代後半から何年間かのさまざまな記念品が雑然と詰めこんである。映画や展覧会の切符、一人旅のホテルの領収書、誰かから借りて返す機会のなかったハンカチ、書き上げて封をしたものの結局出さなかった手紙、など。以前、若いころの暗さからようやく脱したと感じはじめたころに、その時代を思い出させるこういったものを見るのがつらくて、恥ずかしくて、全部まとめて捨ててしまおうと思ったのだが、どういうわけだったか思いとどまり、そのかわりにめったにさわることのない整理箪笥のいちばん下の引き出しにまとめて突っこんでおいた。そのとき以来この引き出しをあけた記憶はないから、たぶんこれを目にするのは十年ぶりくらいということになるのだろう。

 その中に、輪ゴムでとめた封書の厚い束がある。どれも普通の白色の事務用封筒で、殴り書きのように見える大きな字で宛て名が書かれている。中に入っているのはレポート用紙に同じような大きな字で書かれた手紙だ。彼は細かい字を書くのは苦手だった。ときどきインクのしみがこすられて長い尾を引いていたり、手の汗を吸いこんで紙がでこぼこになっていたりする。

 当時、家にいて郵便配達の来る音を聞くと、何となくあの大きな宛て名の文字を思い浮かべて、郵便受けをのぞきにいかずにはいられなかった。手紙を心待ちにしていたというわけではないが、来ていないと何となくはぐらかされたような気持ちになった。こちらから手紙を書けば必ず三日以内に返事がもらえたから、物寂しい気持ちのときはよくペンを取った。そのくせ電話をかけた覚えはほとんどない。かかってくるのはいつもむこうからだった。

 誘われて月に一、二度はいっしょに時を過ごした。心がとてもくつろぐ感じがした。彼以外の誰に対しても、そういう気持ちになったことはない。そのころ自分の心を分析して、たぶん彼ならば、自分がどういうふうに見られても平気だからだろうと思ったことがある。

 それ以前にあこがれていた人がいて、たまたま二人きりになったりすると、ちょっとした受け答えにもひどく気を遣った。何か俗っぽい人間やいやしい人間に見られるようなことを言ってしまったと思うと、そのあと何日も心がちくちくと痛んだ。そんなわけでその人との明るい未来を思い描くことができなくなり、自分から離れてしまった。まあそうでなくても、もともと問題にされていなかっただろうと今では思う。

 彼に対しては、そういう心構えがまったくいらなかった。人に対してこんなに無防備になれるなんて、それまで思ったこともなかった。むこうも同じように感じているらしく、そのことをしばしば口にした。思ったことを口に出すのに少しもためらわない人で、私にはよくそれが気恥ずかしく感じられたが、彼の言葉は私にとっても実感だった。だからときどき、自分は幸せなのかもしれないと思った。

 でも、彼に対してそれ以上近づくことを誘うような態度はいっさい取らなかった。そして、私が誘わなければ、彼が私たちのあいだの壁を自分から乗り越えてくることは決してないだろうとわかっていた。わかった上で彼の素直さを利用していっときの幸せをかすめとっているのだと思い、私は重い気持ちになった。彼がいままで女の人とつきあう機会がほとんどなくて、私との関わりをどんなに大事に思っているかを何度も聞かされていたので、私の気持ちはよけいに沈んだ。

 自分が偏見にとらわれているとは思わなかったが、それでも、彼に「合わせてあげている」という気持ちを持ってしまうことも、もっと知的な会話をしたいと思ってしまうこともどうしようもない。そういう気持ちで彼に対しつづけることは失礼だと思った。彼には私のように知識や学問に毒されていない人のほうがふさわしいのではないかと思いながら、それが自分の態度を正当化する理屈にすぎないとも感じていた。

 私は彼を愛せるようになりたいと真剣に願った。きっと幸せになれるだろう。でも彼と過ごした日の夜も私は空想の中で以前あこがれていた人に抱かれていたし、それを彼に置き換えてみても砂のかたまりを食べているような味しかしなかった。

 はじめて彼の誘いを断った日のことをよく覚えている。電話のむこうで「残念だねえ」と言った彼の声はあいかわらず脳天気に明るかった。そのようなことが何度か続いたが彼の声は変わらなかった。あるとき、彼は切るまぎわに同じような調子で「ごめんね」と言った。それが最後の電話になった。

 私は彼に「ごめんね」を言っていない。言うべきでもなかったと思うが今になってひどく胸が痛む。今あの時を取り返せるなら別のやりかたがあったのにと思うが、やはり同じ結果にしかならないような気もする。

 同じ引き出しの中から、古い住所録を捜し出した。彼が一人で住んでいたアパートの電話は、かけてもつながらなかった。二十年近くたっているのだから当然かもしれない。私は並べて書かれてあった実家のほうの番号を押した。

 電話はしばらく相手を探しているように沈黙し、やがてかすかな呼び出し音が聞こえた。それを聞いたとき、なぜか鼓動が速くなった。私は何となく恐れを含んだ気持ちで、呼び出し音を数えつづけた。

 六回目に音は途切れ、誰かの不明瞭な声がした。私はどきりとして、思わず高い声になった。

 「――さんですか?」

 「はい」

 「――さんのお宅ですか?」

 「はい、そうです」

 相手は年配の婦人らしかった。あの人の母親かもしれない。そういえばあの人の家族のことを一度も聞いたことがなかった。私は声の震えを抑えながら尋ねた。

 「――さんはいらっしゃいますか」

 相手はしばらく沈黙したあと、

 「どちらさまでしょうか」

 「あの、以前、もうずいぶんむかし、親しくしていただいてたものなんですが……」

 相手はふたたび沈黙し、やがて違った調子になった。

 「もしかしたら、――さんでいらっしゃいますか」

 私ははっとした。

 「そうです」

 「少々お待ちくださいませ。いま聞いてまいりますから……」

 そのまま電話のむこうは静かになった。人の声もテレビの音も聞こえない。静まり返った大きな家の片隅に、ひっそりと置き去りにされた黒い受話器を私は思い描いた。

 ややあって、ふたたび同じ声がした。

 「あの、あの子は、電話に出られませんけれども、ぜひとも、お目にかかってお話がしたいと、かように申しておりますが……」

 はじめは電話で安否だけを尋ねておしまいにするつもりだった。でも、そう言われてみると、断る口実が見つからなかった。私は道順を聞き、翌々日の訪問を約束して、電話を切った。

 

 焼けつくような炎天だった。誰もいない小さな駅で列車を降りて、コンクリートの跨線橋を渡るあいだに、私はもう汗だくになっていた。

 駅前からすぐ草むらのあいだを抜ける舗道になる。蝉がうるさいくらいに鳴いている。私の近づく足音であちこちから小さなバッタが飛び立った。

 少し歩くと道は高速道路の橋げたの下を通る。頭の上を何台もの重そうなトラックが地響きをたてて通り過ぎた。背の高いコンクリートの橋げたはいかにもひ弱そうに見え、今にも橋が崩れ落ちてきそうな気がした。

 そこを過ぎてもしばらく通り過ぎる車の騒音がうるさく聞こえていた。あいかわらず蝉が鳴きしきっている。体が熱気のカプセルに包まれたようだった。冷たい水が飲みたかった。白い舗道の照り返しが拷問のように思われた。

 やがて道わきの斜面に苔むしたブロック塀を置いた広い家々が見えてきた。このあたりにはこういった古いお屋敷が集まっているらしい。目指す家もこの中にあるはずだった。私は門の前を通り過ぎるたびに表札をのぞきこみながら歩いた。

 彼がこのような古い大きな家の生まれであることを、私はまったく知らなかった。何となく、彼は下町の長屋のようなところで生まれ育ったのだと思いこんでいた。そういえば、彼はよく私のことを「あなたのようなお嬢さん」などといっていた。お嬢さんなどではないと何度言っても同じだった。そんなことからいつのまにかそう思いこんでいたのだろう。

 彼の家はなかなか見つからなかった。家々のあいだの道は迷路のように入り組んでいて、どこをどう通ってきたのか見当がつかなかった。家の門構えはどれも似て見え、同じところをぐるぐるまわっているような気がした。

 そのうちに渇きが耐えがたくなってきた。道ばたには身を隠す日陰すらなかった。このままでは遠からず倒れてしまうと思った。しばらくためらったあと、私は目の前の門の呼び鈴を押した。水を一杯飲ませてもらって、ついでに彼の家のありかを尋ねるつもりだった。

 しばらく待ったが、答えはなかった。もう一度ボタンを押した。呼び鈴が鳴っているのかどうか、ここからでは知りようがなかった。だが、その手ごたえは何となく頼りなく感じられた。

 いくら待っても反応はなかった。もう二、三度ボタンを押したあと、私はあきらめてあたりを見回した。

 道にも、付近の家にも、人の気配はいっさいなかった。気がつくと、さっきまで遠雷のように聞こえていた高速道路の車の音も途絶えている。蝉の声だけがやかましかった。私はふたたび歩き出した。

 ふと、あたりに不思議な香りが漂っているのに気づいた。心がしんとするような香りだった。見回したが、どの家から漂ってくるのかわからなかった。のみならず、歩いても歩いてもその香りが体にまとわりついてくるようだった。

 ――あの子は、電話に出られませんけれども、ぜひとも、お目にかかってお話がしたいと、かように申しておりますが……

 電話の声が耳によみがえってきた。ふと、誰かがじっとこちらを見ているような気がした。そのとき私は、予言はもう成就していたのかもしれないと思った。私は取り返しのつかない罪を犯した。二十年近く前。

 香りはますます強くなり、渇きもますますひどくなった。蝉の声で頭が痛くなった。これが最後の償いなのだ、と思った。このまま倒れるまで、炎天の道を歩き続けなければならないのだろう。

 私は倒れなかった。同じような門構えの家々が、数知れず目の前を通り過ぎた。もう時間の感覚もなくなってしまった。こわい夢ならいつかは覚めるが、彼の家が見つかるまで私は立ち止まれない。でも、もし見つかったら、見つけることを彼が許してくれたら、そのときやっと償いは終わる。一生をかけた長い償いが。そして、ひやりとした畳の手触りと、一杯の冷たい水。そんなものを思い描きながら、私はひたすらに歩きつづけた。

 

 

 

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