神宮はやまとから伊勢に追いやられた

恩師山本健造先生が飛騨の口碑を伝えられた。

飛騨市古川町の高田神社には、高木神が居たと伝わる。

神社の近くには4〜5千年前の遺跡が存在する。
紀元前1世紀に高木一族は、ここを中心にして飛騨の北の入口を守っていた。

大陸の戦乱により、多数の異民族が九州へ上陸してきた。

前漢末期の戦乱(8年滅亡)により、異民族が大挙して九州へ渡ってきた。
彼らは九州を占領した後に、東進して日本列島を侵略する気配を見せた。

飛騨から大勢が九州平定に行った。

出雲国を併合し日本を統一した後、天照大神の孫が九州へ降った。
そして、九州平定後に孫の神武天皇が、大和に帰って都を開いた。(紀元前後)

政権を奪った出雲氏族が、本当の古代史を消してしまった。

『倭国大乱(2世紀末)』によって、出雲氏族が天孫(飛騨)族を破り、政権の座についた。
出雲氏族の女性が生んだ皇子が、10代天皇に即位した。
それ以前の2代ー9代天皇の歴史を『記紀』から消されてしまった。

天照大神の祭祀は、遠国の伊勢国へ追いやられた。

3世紀に出雲神が大和一の宮に祀られると、
皇女が天照大神の神鏡を持って伊勢に逃亡し潜伏した。
伊勢神宮が五十鈴川の上流に創建される7世紀末まで、神鏡は滝原に隠されていた。

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