第1回 第4回へのメッセージ

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凡例 旅行記に寄せられたメッセージの冒頭に示された下のような記号2行は、

956/979   TCC00116  NoB  RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(1)

(15)   94/01/15 12:03  955へのコメン

● 956/979 は、ライブラリーの総数の中の、私の紀行文の番号と、TCC00116 という整

  理番号

●次の 「NoB」か゜メッセージを寄せられた方の名前(ニックネーム)

● Re: からはイタリア紀行の第何章目かと、ニフティに発表された日付と時間、ニフティ

 のフォーラムに発表された番号を表しています。このメッセージは1994年1月15日の日付と

 なっています

● なお、私へのメッセージは茶色、私からのメッセージへの返信は藍色のフォントにします。

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イタリア紀行へのメッセージ 【1】

956/979   TCC00116  NoB               RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(1)

(15)   94/01/15 12:03  955へのコメン

  コメント数:1

 

ろまねすくさん、はじめまして&リファーどうもです。僕はイタリアに行ったこ とないので、この文化や市街

郊外がどのくらいイタリアと似ているのか違ってい るのかまるでわからないんでそのあたり知りたいものだと

思ってます。つまり、 いつかとにかくローマに行きたいなと。で、ローマなんですが、よく安全のことを耳に

するのですが、けっこう安全な感じですか?

 

行くとすると僕はたぶんツアーじゃないので(ツアーはどうも合わないみたい )、そのあたり気掛かりです。

なんとなく計画しているのはなにかと気心のしれたギリシアをベースにクルーズでイタリアを回ろうかなと。

 おまけ、「イスラエル」の名称は、一応聖書だと、旧約聖書創世記35-10 に

 

  神は彼に言われた「あなたの名はヤコブである。しかしあなたの名を

  もはやヤコブと呼んではならない。あなたの名をイスラエルとしなさ

  い」。こうして彼をイスラエルと名づけられた。

 

とあります。ご参考までに。

 

そうそう、ついでにモーゼの角ですが、これは、ウルガタ聖書として訳したヒエ ロニムス(ジェローム)の誤

訳によるもののようです。古代のユダヤ語の表記には母音の表記がないため、光を放つ=qaranと角の生え=

qerenが同じになってしまうことによるようです。ウルガタの誤訳はルターにもひきつがれたらしいのですが、

現在の聖書訳にはもうありません。

                     NoB(ちなみに歴史フォーラム「宗教史」の司会をしてます)

 

 

963/979   HAC01341  ろまねすく        Nob さん、どうも有り難う」

(15)   94/01/16 18:31  956へのコメント  コメント数:1

 

 ■ Nob さん、どうも有り難う。

 これからも、色々お世話になりそうですね。実のところ、宗教史のほうはど

うも・・・といっていいか、皆目といっていいか、自信がありません。といっ

て、知らぬ存ぜぬではヨーロッパの旅行記などは書けないので、何冊かは目を

通していますが、いえばズブのシロウト。よろしくご指導ください。特に、イ

タリア旅行では、同行者(妻のことです)が旅の終わり頃には「もう、お寺め

ぐりはたくさん!」と悲鳴を上げるほど、聖堂めぐりがありますから。

 

 イタリアの治安の悪さは、政治的混迷を深めている国を除けば、まあ、一級

でしょうね。とくに、マフィア騒動がこれからも余波が続くとすれば。

 私も被害に遇っています。

 一度は、ナポリの均衡で、カメオの工場を見学したとき、イタリア人の運転

手が、

 「貴重品・現金のほかはバスの中に置いていっていい。私がしっかり見張っ

ているから。」

と自信タップリに言うので、手荷物をバスに置いて降りたが、一時間ほどの見

学を終えてバスに戻ってみたところ、みごとにバスの中が荒らされていました。

 皆のカバンは開いて探った跡が歴然。私のカバンの中の小型テープレコーダ

ーが無くなっていました。

 定価 58,000円の新型でしたが、45,000円で買った物。 しかし、運転手のい

い加減さに腹がたったので、定価通り58,000円を弁償させました。そのときの

運転手は、バスを離れて他のバスの運転手二、三人と談笑していたそうです。

添乗員は、隙をみて子供のカッパライが忍び込んだのではないか、と言ってい

ました。

 

 二度目は、被害に逢ったのでは有りませんが、ミラノのドゥオーモの広場で

新聞を手にしたチビッコ五人くらいが、半円形の包囲網をジリジリと詰めてき

たことがあります。親の命をうけたチビッコ・スリ集団のことは、耳にタコが

出来るくらい聞いていましたので、一目散、三十六計逃げるにしかずと。・・

 

同胞でも、旅の連れでも、絶対に荷物の番はまかせられません。いつも手の届

くところで、自分で管理する以外はありません。これは、ドゴール空港やヒース

ロウでもいっしょでしょう。しかし、平穏に慣れた日本人には四十六時中緊張して

いることは大変ですね。まったく。

 他は、いろんなガイドブックに口を酸っぱくして言っている通りというほか

はありません。

 あまり参考にならないでしょうけれど。(^_^)・・・・

                                     HAC01341/ろまね すく

 

 

969/979   PAF02706  クロエ            RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(3)

(15)   94/01/22 19:06  966へのコメント

 

ろまねすくさんお久しぶりです。新連載も好調ですね!

 私は90年の正月休みにイタリアへ行きました。「ローマ8日間フリー」という ありがちのパターンで自力でフ

ィレンツェとヴェニスに「行くつもり」だった のですが、なんと現地で風邪をひいて寝正月という最悪の旅でし

(;_;)

ろまねすくさんの連載を楽しませて頂いて、そのときの無念をはらす事にいた しましょう。でも、逆にまた実物

を見に行きたくなってしまったりして(^_^;)

 

  >トリトーネ通り17番地にあるホテル・マリーニ・ストランドを出ると、すぐ

 近くのトレヴィの泉に向かった。だが、細い道から泉のある広場に出てびっく

 り仰天。「泉がない!・・・・」

 

そう、私が行ったときも水がない「泉」でした。 コインを投げる気も起きなかった…。だから、もうローマには

行けないかもし れない!体調が快復してから、ヴァチカンとかスペイン広場とか、一通り市内 観光はしたのです

が…。サン・タンジェロ城(聖天使城)のあたりが美しいなあと思いました。続きも楽しみにしています。 

                              ☆クロエ☆

 

 

976/979   GAH03712  philbach          RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(3)

(15)   94/01/23 15:23  966へのコメント  コメント数:1

 

   ▽▲#966 ろまねすく さん▲▽

  「エデンから一つの川が流れ出ていた。園を潤し、そこで分かれて、四つの 川となっていた。……」(創世記2:10、日本聖書協会新共同訳による)

   ろまねすくさん、初めまして。『イタリア紀行』、興味深く拝見しております。

   上記引用の四つの川はピション、ギホン、ヒデケル、ペトラと呼ばれていて、中世のキリスト教世界では後

ろの三つはナイル、チグリス、ユーフラテスと解され(特に後二者は翻訳聖書では最初からチグリス、ユーフラ

テスと訳している)、また最初の一つはガンジス、インダス、ドナウのどれかにされることが多かったようです。

   これを受けて『ヨハネ黙示録』では神と小羊(イエス・キリストの象徴)の玉座から流れ出る「命の水の川」

を語っています。さらに教父たちの書は「四つの川」を「四福音書」の象徴とも解しました。宗教学的にはこれ

はユ ダヤ教を遡り、メソポタミア文明の信仰に至るかなり古いものだそうです。

   そんなことで、キリスト教美術では「四つの川」は非常に頻繁に表現されました。ナヴォナの「四大河」の泉

は宗教美術とは言えないけれども、施主は教皇 インノケンティウス10世ですから、「川」は四つでなければな

らなかったのかも知れません。また「四大陸に君臨する教会」の意も含まれているのでしょう。

 

   最後にタイプミスだと思いますが「四大河」は「ベルニーニ」の作です。美術史上では「ベルリーニ」という

ヴェネツィア派絵画の巨匠もいますので、 小生もよく言い間違えをしてしまいますが……。これは老婆心まで。

                                   philbachGAH03712@NIFTYSERVE.OR.JP

 

 

979/979   HAC01341  ろまねすく        philbach さん、どうも有り難う

(15)   94/01/24 14:47  976へのコメント

 

philbach さん、どうも有り難う>

 ■ philbach さん 初めまして、そして どうも有り難うございました。なぜ、四大河がナイル、ガンジス、

ドナウ、ラプラタなのか、現地で首を ひねっていましたが、勉強不足、資料不足、浅学非才の私には分かりかね

てい ました。が、通信で教えていただき、やっと納得できました。その、歴史的、 宗教的な意味を考えずに、た

だ、漫然とした観光旅行者的な感覚、現在の世界地図のみが頭に有っての疑問でしたので、ズレの大きさにも恥

じ入っています。

 

 と同時に、パソコン通信を始めてからまだ1年半にもなりませんが、皆さん の経験の豊富さ、学識の深さをつ

くづくと感じています。なかなか専門外のこ とについては、調べる方法も十分分からず、半知半解のまま「まあ、

いいや」 で放置している私のいい加減さが暴露してしまった気もします。

 そういった点で、パソコン通信をしていると、普通では学べないような知識も得られ、大変、良かったと思い

ます。

 

 なお、「ベルニーニ」を、文字面、音の紛らわしい語(特に地名、人名)を タイプミスする初歩的な間違いは、

思い出しても冷や汗モノ。また、やってし ましました。アップされる他の会員の方々の文章にも、よく見かけま

すが、ど うしてもパソコン画面で文章を綴っていると、校正がいい加減になり、チェッ クが甘くなってしまう欠

点が露呈します。エンピツ書きの原稿でしたら、比較 的に注意もしますし、編集者が丁寧に見てくれますが、パ

ソコン画面ですと、 自分以外の眼で読み直すことがありませんので、十二分の注意が必要ですね。

 

■ クロエさん 

 貴方が住んでいられるところは存じませんが、私が住んでいる京都もいよい よ<底冷え>の季節がやってきま

した。昨夜も国際交流会館での会議が終わっ て、夜、外に出ると、クルマに積もった雪が凍りついていて、氷を

削り落とし前方が見えるようになるまでに時間がかかりました。

 北国の方々から見れば「その位のこと!」となるでしょうが、ここ数年の暖 冬に馴れてしまった身には、ブル

ブルと身にしみるこの頃です。

 

 そうですか、貴方も90年にローマへ。あの、哀れなトレビの泉を見られたのですね。おまけにカゼですか。大

変でしたね。工事ではありませんが、北イタ リアのポー川流域では、連日ひどい霧でした。まあ、トラベルには

トラブルが つきものですね。旅行期間中、上天気、「すべて世は こともなし」とは行か ないもの。また、どの

国のどの都市でも一度や二度では見尽くせないのは当然ですが、ヨーロッパまで片道、最低12時間という距離が

うらめしい。ヨーロッパ各国に住んでいれば、日本での国内旅行並の気安さで行けるのに・・・と、ため息をつ

いています。 

 どうか、今年もよろしくお願いします。

 

■ YUENさんもお元気ですか。

 私も最近は、重いばかりの洋酒の持ち帰りは敬遠していますが、昨春、スペインのヘレス・デラ・フロンテー

ラの WILLIAMS & HUNBERT というボディガに寄ったとき、貰って帰った DRY-SACK は、 ものすごく芳醇。あ

あ、買って帰れば良かったと後悔しています。日本で買えるウィスキーやブランデーは、これからも買う気はあり

ませんが。・・・・・

   *** By ROMANESQUE 1994/1/24  HAC01341  ***

 

 

 

 

イタリア紀行へのメッセージ 【2】

 

973/979   PAG01773  YUEN          酒類のみやげ(ゴミ)

(15)   94/01/23 11:26  968へのコメント

 

>もう、最近は出来るかぎり無意味なみやげ物・・・とくに重い酒類は、余程の >ことがない限り、買わないよ

うにしている。しかし、夏のシーズンや年末年始 >の国際空港到着便の様子を見ていると、相変わらず、誰も彼

もが定番のように

>酒類の入った免税店の袋を持っている。

 

ろまねすくさん!いつも楽しく旅行記読ませていただいております。 昔は、酒の内外価格差が大きかったので辛

い思いをして重い瓶類を下げて帰っていた 覚えがあります。 ディスカウント酒屋で買えば空港の免税よりも安

いことが多い今となっては懐かしい思い出ですね。

ただ自分は最近は安くてうまい(\1000以下)のワインを下げて帰ることが多いです。 というのも日本で一本一万

円以上もするような高級ワインは、定温コンテナで運んで 来るのに対し 安物は普通のコンテナでくるので、赤

道直下でサウナに入っているうちに変質し日本に到着したときには・・・

折角日本でみつけて買って飲んでも^x^ということが多いので

 

   ゴミでした   YUEN

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

021/021   MHD02336  さんこねこ        RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(9)

(13)   94/02/05 11:21  019へのコメント

 

 ろまねすくさん

 毎回楽しみに読ませていただいてます

 特にシエナは行きたいと思いつつ通り過ぎてしまった場所だったので 楽しさひとしおです

 ツアーの食事や、トスカーナの風景はいかがでしたか?

 

 

 

 

- FWORLDT  MES(13):ヨーロッパ,アフリカ クラブ 3 94/02/05 -

022/022   DST00261  マー坊            RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(9)

(13)   94/02/05 13:57  021へのコメント

 

>>ろまねすくさん 

 いつも大変な力作どうもです。 

僕はイタリアは主要都市にいっただけで、トスカーナ地方のシエナやサンジミニャ ーノ、ロンバルディアのクレ

モナ(楽器の街)、ビアチェンツァなんかは本で見て行ってみたいと思ってます。 

 歴史や風景もいいのてすが、僕個人としては、もっと他のツアー参加者の話題とか ホテルの設備や食事(レス

トラン)とかいった人間の欲望に近い旅行記の方が 面白く読みやすいと思いますので、その辺りの話もまじえて

いただければと思うんですが、*|=レいかがでしょう。 以外とそれ以外の部分ってのは やっぱり実際行って見て

その人の感性に依存するものが多いと思うので。

       マー坊

 

 

 

 

032/034   HAC01341  ろまねすく        <さんこねこ>さん、初めまして

(13)   94/02/08 11:11  021へのコメント

 

 □■□ <さくこねこ>さん 初めまして・・・ろまねすく です。

 あなたのハンドルネームーーーナンダロウと一瞬考えましたが、ああ、どち らから読んでも「子猫さん」の意

味かな、と納得(違いましたか?)

 ただいま「イタリア」を書き込んでいる「ろまねすく」です。「毎回楽しみに読んでいます」とのこと、感激

です。ありがとう。

 シエナは、ローマのように政治行政の中心ではなく、ミラノのように商工業 の都市でもなく、また、フィレン

ツェやヴェネチアのように、日本人団体客が ウロウロ歩いているところでもありません。もちろん、ヨーロッパ

各地からの 旅行者はたくさん来ているでしょうが、ゾロゾロといったほどには感じませんでした。

 それだけ、中世以来の雰囲気がそのまま、たたずまいだけでなく、住人の生 活にも溶け込んでいると思います。

ただし、パリオ祭のときだけは、町中挙げ て熱狂、沸騰し、観光客もワンサと詰めかけるでしょうから、がらっ

と空気が変わるでしょうね。

 ツアーの食事のこと、今回は余り書きませんでしたが、今までの食事を一括 してここに書いておきます。(ち

ょっと長文になりますが、私のクセらしいのでカンベンしてください)

◆朝食は、パン、コーヒー、ミルク、ジュース等の飲み物に加えて、コールド・ミート、ホット・ミート、卵料

理、果物などがつく、アメリカン・スタイルでした。

1012  昼食 (町のレストランにて)ーーーー(ローマ)

            スパゲッティ・ボンゴレ

            舌ヒラメのムニエル

            フルーツ 

          夕食 (ホテル・レストラン)−−−−(ローマ)

            ラザーニャ

            子牛のソテー、いんげん豆添え

            デザート(チョイス有り)

1013  昼食 (ローカル・レストラン)ーーー(アッシジ)

            パスタ

            チキンのカッチャトーラ風煮込み

            サラダ

            デザート

       夕食 (ホテル)ーーーーーーーーーー(アッシジ)

            ラザーニャ

            子牛肉のガーリック風味、トマト・ソース

            野菜サラダ

            デザートはフルーツ・サラダ

1014  昼食 (ローカル・レストラン)ーーー(シエナ)

            マカロニ

            ロースト・ポーク、温野菜添え

            フルーツ・サラダ

      夕食 (ホテル)ーーーーーーーーーー(シエナ)

            ビーフの煮込み、リゾット添え

            野菜サラダ

               ケーキ

 1015  昼食 (ローカルレストラン)ーーーー(フィレンツェ)

            スパゲッティ・ボンゴレ

            平目のムニエル、ポテト、暖野菜添え

            フルーツ

 と、こんな状況です。ここまでは、特に贅沢な食事ではなく、いわゆる「ツーリスト・メニュー」といわれてい

る料理です。

 私はどんな食事でもOK、好き嫌い一切なし、少々ゲテ物でも食べられるという、海外旅行むけの舌なので、

ホンに楽チンなのです。

  以後は、本文の中に書き込みますのでよろしく。

□■ マー坊さん、いつも、いつも有り難う

  私の欠点は、ツアーでもカメラを目のかわりに、一人でウロウロしているの で、他の人々の様子が脱落してい

ます。申し訳ありません。でも、第12回に 同行者たちを一挙に紹介し、他の仲間との交流も適宜書き込んで行

くよう努力します。

 今後ともよろしく。

 

 

 

 

イタリア紀行へのメッセージ  【3】

 

157/159   JCF01547  めぐ              イタリア紀行を読ませていただいてます。

(13)   94/03/17 01:34  147へのコメント

 

 ろまねすくさん、はじめまして。私、「めぐ」はほんのついこの間FWORLDTに入会させていただいたばかりの

新人ですが、'90.8月にハネムーンでやはり3日間訪れたフィレンツェのお話に、つい懐かしさも手伝って、レス

を付けさせていただくこと、お許しください。

 私はフィレンツェ2日目のウフィッツィ美術館見学の時、開館1時間前から並んでやっと入れたと思いきや、1

晩締め切られていた館内の澱んだ空気にものの15分で気分が悪くなってしまったのです。でも、「ボッティチ

ェルリだけは、せめて....」とうわ言のように呟きつつ、なんとかヴィーナスとご対面するまで頑張りました。け

れども、真っ青な私の顔を見て、ガイドさんがタクシーを呼んでくださったので、他のツアーメンバーに迷惑を

かけても、とおとなしくホテルに戻りました。

 

  結局、2時間ほどベッドに横になり、少しおなかも減ったので(良く考えたらその日は朝から食欲もなかったの

でした)ホテルレストランでリゾットを頼み、その異常なまでのしょっぱさが功を奏してか(??←京都の方な

らきっと腰を抜かしかねないぐらいでしたよ)午後はすっかり元気を取り戻し、『きっとこういう時にインドア

はよくない。ならば、よし、アウトドアだぁ!』とピサに向かったのでした。うわさに違わず、イタリア国鉄は

素晴らしく、準急といえども約90kmを50分で走ってしまうのには感激しました。

(その割りに何故か20分も遅れて来たりするのが、良くわからない....

....と、つい半分苦い思い出を語ってしまいましたが、ろまねすくさんのイタリア紀行・フィレンツェ編を読ん

で、又行きたい!、そして今度こそフィレンツェをもっともっと見てこようと思った私でした。

   つづきを心待ちにしております。           

                                                                                                                   めぐ(JCF01547

 

 

173/177   GGA02756  shiba             RE:イタリア紀行を読ませていただいてます

(13)   94/03/18 21:13  157へのコメント

 

   めぐさん、こんにちは。SHIBAと申します。

>>『ならば、よし、アウトドアだぁ!』とピサに向かったのでした。うわさに違わず、イタリア国鉄は素晴ら

しく、わたしもそのフィレンツェ始発のピサ空港行きの速いのにのりました。なんとなくイタリアの技術なん

て、という先入観があるのですが、私も「イタリア国鉄は素晴らし」いとおもいました。

 

  実は、わたしが行ったときは、ちょうどウフィッツィ美術館がマフィアの爆破で閉鎖されていたのです。正確

には、私がフィレンツェを去る日の朝、再開初日で無料開放だったのですが、その日のスケジュールは変更しが

たく、涙を飲んだ訳です。

というわけで、「今度こそフィレンツェをもっともっと見てこようと思った私でした。」という部分は、わたし

もまったくおんなじです。

                                                                                                                         では。

 

 

 

 

183/183   HAC01341  ろまねすく        「めぐさん、大変でしたね。」

(13)   94/03/19 15:11  157へのコメント

*めぐさん、ろまねすくです。ウフィッツィでは大変でしたね。

 私の「ろまねすくのイタリア紀行」をお読みいただいて、有り難う。旅行記をアップしていて、誰かから反応

があると、親に褒められた子供のように、嬉しいものです。(これからもガンバルゾ!)・・・(^o^)

 パリのルーブル、マドリードのプラドなど、有名美術館は所蔵美術品が多くて、どこも1日、2日では到底見

切れませんね。地元の人や、同じヨーロッパ圏内からやってくる人々は、余裕たっぷりに時間をかけて好きな作

品に見入っていますが、遙々十二時間余も狭い航空機の座席に縛りつけられて、ようやくたどり着いた私たちは、

少しでもたくさん良いものを(実物を)みなきゃ、とあくせく駆け回り、疲れ果ててしまいます。

 しかし、海外の有名美術館でも、入場者が少ないことがおおいので、日本にモナ・リザやヴィーナスがやって

来たときの、殺人的混雑よりマシかも知れません。それより、有るべきところで見られるということは、海外旅

行ならではの醍醐味だと思います。

  めぐさんも、条件をととのえて、再度お二人で、思い出の「ヴィーナスの誕生」や「プリマヴェーラ」などの

前で、ゆったりした時を過ごす機会をぜひ作られるよう祈っています。        

                                                                           HAC01341 ろまねすく

 

 

 

 

412/422   KFD00727  みっきい          RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(25)

(13)   94/04/10 20:28  407へのコメント

   ろまねすくさん、お久しぶりです。相変わらずの大作ですね。

 私もパドヴァに行ってみたくて、昨年ヴェネツィアからヴェローナに行く途中に寄ってみようか、と資料を集

めたりいろいろ考えたのですが、1日に3都市の観光は無理ということで(当然ですね)残念ながらあきらめま

した。

  私はお医者さんなので、近世解剖学の祖、アンドレアス・ヴェザリウスが活躍したパドヴァ大学には大変興味

があります。パドヴァ大学にはファブリツィウスが造った世界最古の解剖学講義室が昔のまま残っているんです

よね。

 私はまたクラシック音楽ファンなのですが、人気指揮者のジュセッペ・シノーポリがパドヴァ大学医学部出身

ですね。

  サン・アントニオ教会は昨年《BS・イタリア・スペシャル》で見ましたが、聖アントニオの舌なんかが飾っ

てあって、聖遺物に対する中世ヨーロパ人の執着というものは凄いと思いました。聖人が死んだらバラバラです

ものね。

 ラヴェンナで出てきたガラ・プラキディアについては、中公新書の《物語・イタリアの歴史》と言う本に詳し

く載っています。

 この本は面白いですよ。もうお読みになりましたか?

                          みっきい

 

 

 

 

445/445   HAC01341  ろまねすく        ♪.みっきいさん、ご無沙汰しています。

(13)   94/04/15 18:16  412へのコメント

 ♪.みっきいさん、ご無沙汰しています。

 だらだらと超大作にかかりっきりで、他の方々のログは片っ端からプリントアウトして、そのうちに読もうと

思っていますが、なかなか。・・・

 ここ暫く、中学校時代の同窓会の世話やら、帰国者の会の世話やらでキリキリ舞していましたので、貴方から

のMESを読むのが遅れてしまいました。  ゴメン!

 

 バドヴァも、二、三日はゆっくりしたかったのですが、何しろ、旅行会社のツァーなので思うにまかせません

でした。しかし、街角でゆっくりコーヒーを楽しむ時間はありましたので、パドヴァの空気だけは十分吸ってき

たと思っています。

 時間が気にならなければ、大学まで行きたかったのですが。・・・

 やっと私のイタリア旅行記もヴェネチア入り。まだまだビチェンツァ、ヴェローナ、マントーヴァ、クレモナ

、ちょっと寄り道してハヴィアの修道院と、ミラノに差しかかるまで、だいぶ残っています。

 ヴェローナでは、シーズンオフで、あのアレーナでは最上段に腰をかけて、ただガランした円形劇場を眺め、

「いつかはここでヴェルディの「アイイーダ」

を見るぞ!」と考えていました。 

 みっきいさんも、クラシック好きだとか。私も京都府立文化芸術会館の建設企画の段階から関わっていまして

20数年、「府立文化芸術会館室内楽の会」の世話人をしています。会費、年額18000円で6ステージ。今年

度は、

 # 1月 シューベルト弦楽四重奏団

   4月 ボロディン弦楽四重奏団

   5月 ディベルティメント・ベルリン演奏会

   9月 豊田喜代美(Sop)、荘村清志(G)デュオ

  10月 堀米ゆず子ヴァイオリン・リサイタル

  11月 ウォルフガング・シュルツ(Fl)、

      ハンスイェルク・シェレンベルガー(Ob)のデュオ

といったプログラムです。創立以来、役人がプログラムを組むのではなく、私たち8名程度の世話人が、演奏家

の来日予定、ギャラなどを睨みながら年間予定を組んでいます。

 中公新書には面白い本がたくさん出ていますので、時折目を通していますが、貴方ご推薦の「物語・イタリア

の歴史」は持っていませんので、早速買って読みたいと思います。

 ありがとう。

               HAC01341/ろまねすく

 

 

 

 

 

イタリア紀行へのメッセージ 【4】

 

777/779   KFD00727  みっきい          RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(34)

(13)   94/05/20 01:06  774へのコメント

 ろまねすくさん、こんばんわ。

 クレモナですか。私はバイオリンを弾くものですからいつか行ってみたいと思っているんですよ。で、最近読

んだ《秀吉が聴いたヴァイオリン》(三信文庫 600円)という本をお薦めしたいと思います。

 著者の石井高さんはクレモナ在住のバイオリン製作者で、NHKの《川の流れはバイオリンの音》の製作にも

協力した人だそうで、その辺の話が出てきます。

 

 話は変わりますが、数年前に私はユーリ=バシュメットの《ビオラ・リサイタル》を聴きに京都まで行ったこ

とがありますが、ひょっとしてろまねすくさんは関係者ですか?

 感想文を会報に載せていただきましたが。        みっきい

 

 

780/784   HAC01341  ろまねすく        「みっきいさん、お久しぶり」

(13)   94/05/20 14:09

  □みっきいさん、お久しぶり・・・といった感じですが、お元気のことと思います。

 私の「イタリア紀行」もようやくミラノまできて、終着駅目前です。クレモナはただ昼食に立ち寄っただけで

したが、もっとゆっくりして、じっくり見たい街でした。

 

 お尋ねの、3年前、ユーリー・バシュメットを聴かれたのは、どこでしたか。私は23年前にオープンした京

都府立文化芸術会館には、開設以前、準備の段階から関わっていまして、オープンと同時に単なる貸し会場でな

く、何か府民とジカにかかわりのある事業をしようということで、「京都府立文化芸術会館室内楽の会」を始め

ることになり、管理運営も一般から募集して「世話人」を設け、各月毎の開催について、招聘音楽家、曲目の選

定などを行っています。

 もうすぐ95年度のプログラム作成にかかります。バシュメットは評判が良いため、3年連続で取り上げてい

ます。

 世話人10名の中には、ヴァイオリニスト二人、チェリスト二人と、弦楽器をするひとが多いので、いきお

い、弦楽四重奏の比重が高くなる傾向にあります。

 それはさておき、オペラ・シーズンにヨーロッパにゆっくり行きたいのですが、身内に病人が居て、長期不在

にするわけに行かず、フラストションが溜まってきています。もう、今年の夏のプログラムも来ていて、眺めて

は吐息をついているこの頃です。

                   HAC01341/ろまねすく

 

 

785/792   KFD00727  みっきい          RE:「みっきいさん、お久しぶり」

(13)   94/05/20 22:03  780へのコメント

 私がバシュメットを聴きに行ったのはもう5年以上前のことです。

 会場の名前も忘れてしまいましたが、御所の近くで、少し古くて、100人くらい入る会場でした。ショスタコー

ヴィッチや、ブラームスの《ビオラソナタ》が演奏されました。

 ひょっとして、ろまねすくさんが受付におられたかもしれませんね。

                          みっきい

 

 

905/905   DST00261  マー坊            RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(最終回)

(13)   94/05/30 20:34  903へのコメント

 >ろまねすくさん 

  やはり、ミラノにはちびっこすりたち(ジプシーの)がいましたか? 僕も2年前行った時にやはり絡まれま

した。4人くらいだったかな! 当然のごとくデイパックを振り回して追っ払いました。 ブランド店の多いガ

レリアとかナポレオーニ通りにはよく居るみたいですね。 

 昔と比べても治安は悪化しているようで、中央駅の出たところには目つきの悪い若者が一杯居ました。 まあ

さっさと目的地目差して歩いていれば問題はないと思いますが。  

          マー坊  M.Kinoshi

                                   ta   DST00261@niftyserve.or.jp,  MKINO@vnet.ibm.com

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- FWORLDT  MES(13):ヨーロッパ,アフリカ クラブ 3 94/05/31 -

00921/00927 GFD03016  SANAA            RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(最終回)

(13)   94/06/01 19:24  00905へのコメント  コメント数:1

    はじめまして、マー坊さん。SANAAです。

   ミラノってそんなにチビッコスリがいるんですか?去年9月に旅行した時は、「ま、なんて安全な所なんだ

ろう!」と関心していたのですが……。確かに目のするどい人はいたのですけれど、チビッコたちには会うこと

なかったです。うーん?日本人ばなれした格好はしていなかったと思うのですが....  (−−; ?! カメラだって持って

たし。

 

  ミラノの駅でもヨーロッパの駅は違うねぇなんて関心してうろうろしていました。それってとってもオノンキだ

ったんですね。知らないというのはコワイものです。

  そういう意味では、ローマのテルミニ駅ほうが顔がこわばっていました。だいたい、夜の10時ごろついたのがま

ずかった?!    (なんだか、得体のしれない人がう〜ろ、う〜ろしてたり、あやしい日本語(?!)で話しかけてきたり、

ちょっと緊張しました。

  その上、宿の予約はしてあったものの、場所がわからなくて、どしゃ降りの中、歩き回っていたら、そこに助

け船。空手だか昔やったことがあるというお兄さんが目的の場所まで一緒に探してくれたのです!今思えば、

せめて住所でも聞いてあとでお礼のカードでも出すべきだった!と今更ながら後悔しています。    (^^;;

   というワケでイタリアではチビッコどころか、親切な人々に助けられた旅行となったのでした。

  鉄道でも大丈夫でした。宿代が浮く分、鉄道はユーレイルの1等を利用してごきげん。コンパートメントは面白

いですね。椅子がぺったりつながって平になるのには驚きました。さすが、ヨーロッパの国際列車だ!と関心し

っぱなしでした。枕があったらもっと寝ねごこちよさそうでしたよ。

 

  ミラノからミュンヘンへ向かう列車の中では日本語と英語とフランス語とイタリア語なんて、めちゃくちゃなコ

ミュニケーションにもかかわらずイタリア南部にお住いの家族の人たちと仲良くなってしまい、南部に来たら遊

びにおいでと誘われたり、友人たちと出かけたオクトーバーフェスタではブルガリアに留学に来ているメキシコ

人たちと飲んだり、まぁどんちゃん、どんちゃんな日々でした。

 

  一昨年のドイツ旅行では鉄道を利用してベルリン=デュッセルドルフ=ハイデルベルグ=フランクフルトとIC

とかECとかICEを利用したのですが、本当に鉄道にもお国ぶりがあらわれていますよね。  (^^

  そういえば、車掌さんがすっごく、すっごく、すっごくかっこよかったのにはびっくり!しました。彼等もあ

と、うん十年すると普通のおじさんになっちゃうんだろうなあ。  (*^^*

  ☆★つくづく思う、いつもいいかげんな旅行をしているSANAAでした★☆

P.S.

時間きっちりな分、鉄道の旅はアメリカよりもヨーロッパのほうがスケジュールが組みやすいと思います。シー

トはだんぜんアメリカ。コーチクラスでもリクライニング出来るし、幅はゆったりしているし、その上、禁煙

(これが重要)だから。と思いませんか?

 

 

 

00922/00927 DST00261  マー坊           RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(最終回)

(13)   94/06/01 21:00  00921へのコメント

 >>SANAAさん

 

 僕がミラノへ行った時は祝日だったのでそういうのが目についたのかもしれません。 ミラノ駅に関しては構

内にはパトカーがとまってて警戒しているのでそうでもないのですが、駅の前の広場には結構あやしそうなのが

いてつけてきたりしましたよ! 

 それに引き換え同時期に行ったベネチアはとっても安全なところだと思いました。列車の中ってのはコンパー

トメントなので同室になる人によって大きく変わりますが大多数特に年輩のイタリアの人たちはとってもいい人

が多いって気がしました。ミラノからベニスへ行く時はアメリカ人の中年夫婦(スペインから船でニースにはい

って列車でここまで来たと言ってた)とミラノからベローナへ戻る学校の先生と一緒だったのである程度英語に

て話もできました。 こういうのがいい思い出になったりします。 観光したことは殆ど僕の場合頭に残りませ

ん。

 

 マー坊

 

 

00934/00935 PXI04010  xfrt         ローマの治安対策(?)こぼれ話

(13)   94/06/04 05:40  00922へのコメント

   ローマに夜到着される方々へ

  スリの話で賑わってるようですので、ついでにローマの話も書いておきます。

 昨年暮れ、夜9時ローマ着の SU 便が11時過ぎまで大幅に遅れ、市内に行く電車はとうに終った後でした。駅

から戻って、まだ開いていた航空会社の発券カウンターでリコンファームがてら都心への足を尋ねたら、空港バ

スを教えてくれたのですが、暇な時間でもあり、外国人に電車が終わったからと声をかけてくるタクシーは危険

だから絶対乗るなとか、正規のタクシーは黄色か白の表示で料金は7、8万リラだとか、まあいろいろ基本的な

注意をしてくれました。

 それはまあ、雑談ついでの常識の範囲。問題はここからです。

 

 空港バスは終電後、1時間おきぐらいに出てるようですが、以前のようにテルミニ駅近くにターミナルがある

のかと思ったら違いました。市内はコロッセオをかすめるだけで、テルミニは迂回してティブルティーナ駅に行

きます。 

 運転手に、スペイン広場に行きたいけどと尋ね、近くは通らないのでテベレ川の手前の何とかいう教会前から

タクシーに乗ることにしました。

 このバスで、ボローニャに行くという日本語の上手な学者風のイタリア人と乗り合わせました。乗客は日本人

を含めて十数人、様子のわからない観光客1人ひとりの面倒を懇切丁寧に見ていて、小銭を持たない人に切符代

の立て替えまでしていました。

 そのうち彼が運転手のところに行って話し込んでいたと思ったら、ピラミーデで降りたほうが良さそうだとい

う結論を持ってきてくれました。川を渡ったところで、ずっと近い場所です。

 ピラミーデで降りたのはわれわれだけ。しかし彼は、バスを待たせてタクシー乗り場までついてきてくれま

した。1台のタクシーと交渉して、このタクシーなら安心だからと、見きわめをつけて乗せてくれたのです。

 これだけでもちょっと良い話ですが、後があります。年を越してから偶然再会したのですが、彼は、なぜ空港

バスが都心もテルミニも通らなくなったかをちゃんと調べていました。それが治安対策だというのです。イタリ

アにはご承知のとおり、アルバニアや旧ユーゴの難民が大勢流れ込んでいて、テルミニ駅周辺にも大勢住み着い

てるそうです。これらの人々と観光客のトラブルを避けるためだというのですね。

 

 これ、ある意味で、難民の犯罪を取り締まると難民対策の遅れへの批判が出そうだという事勿れ主義です。同

じことが、ヨーロッパ各国で民族問題からジプシーのスリをなかなか取り締まれないことにも通じていそうです。

 たとえばモスクワで、荒廃が進みはじめたクーデタ直後の1991年8月、外務省前で「キタイスキー(中国人)、

マネー!」と喊声を挙げて突進してきたのが、モスクワのジプシーの子どもスリたちのお目見えでした。

 当時は、中国人とベトナム人がかつぎ屋商売で大儲けしているという不満に便乗して登場したのだという話を

聞きました。このスリ商売はすっかり定着したそうですが、翌年また聞きで聞いた話では、ジプシーはロシア語

の読み書きを覚えると、小学校を3年ぐらいでやめさせられるのだそうです。この子たちは普通のアパートに住

んでいて、その団地で最高の収入を挙げてるそうですが、この話をした同じ団地の人は、かわいそうという言葉

を口にしていたそうです。

 

 スペイン、アンダルシアのヒターノの場合には、数百年前から定着して地域社会の一部となり(たとえば コルド

バでは ポトロ 広場から コレデーラ 広場という旧市街中心部に彼らの住居があります)、ロルカが "Romancero

Gitano"(「ジプシー歌集」)を書き、ファーリャ(ファリア)がヒターノの音楽カンテホンドをもり立てたように、

フラメンコなどでヒターノは正当な文化的尊敬を得ています。

 イタリアでも、人間の尊厳を意味するロマーノと自らを呼んで、定着と自立の努力を続けるジプシーたちがい

ます。おそらく民族問題としてのこれらの人

たちへの対応が政策的、社会的に不十分なことが、子供たちを使うスリ集団への対策がなかなか取れない根源に

あるようにも思えるのです。 

 ともあれ、そういうわけもあってこの手のスリは消滅しそうもないので、自分で用心する以外には、しかたな

さそうです。
                                             xfrt

 

 

 

 

909/909   JCF01547  めぐ              ろまねすくさん、お疲れ様でした(^_^)

(13)   94/05/31 12:23  903へのコメント

  まずは無事最終回を迎えられた事をお慶び申し上げます。旅の終わりはいつもちょっと寂しいものですが、旅行

記を読んでいてそんな気持ちに なったのも初めてです。

  多分、「アップされる都度読む」という行為の中の、適度なインターバルが、私に”バーチャル・リアリティー

体験”を味あわせて呉れたのではないかしら、 と思っています。

 ミラノでの「スリ少年団」、危ないところをさすが冷静に切り抜けられましたね。私は以前、パリのオペラ座脇

の道で、「新聞売りを装うスリ少女団」に出会いました。 襲われたのは私ではなく、同行の熟年夫妻の男性でし

た(内ポケット狙いで)が、 私の位置からは、その男性の胸元に押し付けた古新聞の下で、別の少女の手が上着

の内側に入れられているのがハッキリと見えました。

  そこで咄嗟にその手を掴んで引き離し、「なにするのっ!!」と叫んだところ、3人組のその少女達は口々に罵

りの(多分、ですけど)言葉を発しながら、去ってゆきました。それにしても、一番年長と見られる(といって

も8才位)少女が、鋭い視線を向けながら、まるで「クルクルパー」そっくりの仕草していたところなどは、「

したたか」以外の言葉を浮かべるのが難しいほどでした。 まさに「オリバー・ツイスト」の世界です。今でもあ

の少女たちの「さめたような、それでいて強い」眼差しを忘れる事が出来ません。きっと今なおパリの街でした

たかに生きているのでしょうね。

  ろまねすくさん、今度はどちらに行かれるのでしょうか。お身内にご病人がいらっしゃるとのこと。どうかご回

復され、再びろまねすくさんの旅行記が読める日が来ることを願ってやみません。

                                             めぐ

 

 

- FWORLDT  MES(13):ヨーロッパ,アフリカ クラブ 3 94/05/31 -

910/914   HFB02722  小林典雄          RE:「ろまねすくのイタリア紀行」(最終回)

(13)   94/05/31 18:14  903へのコメント

 #903 ろまねすく さん こんにちは

 大作、お疲れさまでした。

 初期のものからDL用にまとめさせて戴いてますが、お陰様ですっかりイタリア通になってしまいました(^_^)

 私など旅行から帰ってくるとすぐ次の機会をどう作ろうか、というほうに心を奪われ写真を見たりしても上手

く書けません(^^;)。芸術や文化についてもまったく疎いので いったい何を見てきたか、と反省しきりです。 

 また、いろんな方面のお話を聞かせて戴ければ、と思ってます。

                    

                                    HFB02722  小林

 

 

00928/00928 HAC01341  ろまねすく       「イタリアの旅」やっと終わりました

(13)   94/06/02 17:50

■ 「ロマネスクのイタリア紀行」やっと終わりました。

               By Romanesque ・・・・高橋 恒雄

 FWORLDT第13会議室の皆さん。だらだら、長々と書いてしまいました。 ホッとしているところです。そ

こへFWORLDの会議室のリニューアルが重 なりましたので、「今後どうしようか?」とDOWN−LOGの

整理をしなが ら思案していました。さっそく、いろいろな方から温かいMESを戴いて感激したりの日々です。

 

□ めぐさん、MESありがとう。

 少年少女スリ団なんて、話には聞いていましたが、実際に遭遇となると、一 瞬、「こちらから攻勢に出て、痛

い目にあわしてやろうか」などという考えも 泛びましたが、「待てまて、傷害事件となると厄介だぞ」と思い

直し、四十八 計・・・逃げるにしかず・・・と、遁走を決めこんだわけです。

 実は、前回のツアーの時にも、ナポリ近郊のカメオ工場見学のときも、バス ・ドライバーが、「まかしとけ。

私が見張っているから」というので安心して いたら、見事に車上狙いにやられて、私たちの荷物が荒らされ、私

も新品のテ ープレコーダーを盗まれた事がありました。あと、しっかり旅行社から定価通りの弁償を受けまし

たが・・・実は買ったのは二割引 (^_^;

 

□ マー坊さんも、早速のMESどうも・・・

 本当にヨーロッパもだんだん治安が悪くなる一方ですね。宗教、民族、政治 体制の不安定などが、各所で治安

の悪化を招いているようで、どこが安全かは 言えないようになりました。旅する側の危機管理意識が重要となる

ことと思います。

 次の旅を考えるのは、旅の一番の楽しみ。イタリアとスイス国境のあたりを うろうろしたらイイだろうぁ・・

・なんて思案しています。

 

□ 小林 典雄さん。

 ヴゥテランの貴方に拙文をお読みいただいて光栄です。ようまあー、と感心 するくらいヨーロッパ事情に詳し

い小林さんの旅行情報は、プリントアウトし て製本しています。<パリ→インスブルク>の経路も花盛りのよう

ですね。

 実際、UPされているLOGを読んでいますと、イギリスに滞在している人 や、キメ細かく旅行されている方

がFWORLDTにはたくさん居られて、イ タリアが済んだので、次は「イングランド・スコットランド・ウエ

ールズ」で もと考えていた私も、ちょっと怖くなって思案しているところです。

 まあ、皆さんのLOGを楽しみながら、ちょっと「口出し」してみようかな、と・・・まあ、そんな感じです。

 

□ 永井 洋子さん

 初めまして。ついこの間まで「ろまねすくのイタリア紀行」を書き込んでいた「ろまねすく」と申します。

 誰が何処を旅しても百人百様・・・いろいろな見方、旅のスタイルがあるので、あなたの「Yokoのイタリア周

遊記」も期待しています。

 *一休みしている「ろまねすく」でした。  HAC01341/ろまねすく

 

 

- FWORLDT  MES(13):ヨーロッパ クラブ 94/06/03 -

00931/00931 HFB02722  小林典雄         RE:「イタリアの旅」やっと終わりました

(13)   94/06/03 13:30  00928へのコメント

 #00928 ろまねすく さん こんにちは

    過分なお言葉で恐縮しています(^_^)。 せ、製本(;^◇^;

   ギリス関連も現地御在住の皆さんのおかげでずいぶん勉強させてもらってますが 、ろまねすくさんの目でみた

イギリスもたいへん興味があります。たくさんの視点から 各国の様子を知る事が出来るのが、フォーラムならで

はの醍醐味ではないかと思って ます。ぜひ今後も宜しくお願いします。

 

  スイス・イタリアの接する地域も、面白いけど情報が少ない場所かも知れませんね。 専らスキーと車の駆け足

旅行で、文化的なことには疎い私ですが、関連の話題が 出たら、知ってる範囲で茶々入れしようと思います(^^;)

 

 <御報告>

  今日やっとろまねすくさんの「緑の風の中を旅して」<オーストリア紀行>のDL登録にこぎつけました(^^;)

 まだお読みでない方は、ぜひ御覧下さい(^_^)

 

                                                     HFB02722  小林

 

イタリア紀行へのメッセージ 【おわり】

 

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