Log (Mar 2004)

■2004年3月31日(水)  ─ 花粉症に効く着メロ。 ─

 All About Japanを見ていたら、
 「花粉症に効く着信メロディ」というのが紹介されていた。

 鼻腔を振動させる周波数の音を利用して鼻粘膜に付着した花粉を解離し、
 鼻水やくしゃみとともに花粉を体外に排出して症状を緩和しようというものらしい。

 俺は花粉症ではないのでよく分からないのだが、
 一旦、粘膜に付着した花粉を排出しても、
 また呼吸をしたら鼻粘膜に花粉が付くから、結局意味がないのではないだろうか。
 それに、この方法では涙を止めることはできないと思う。

 話題のみが先行している感は否めない。
 さらに言うなら、着メロである必要性もよく分からない。

 All About Japanの記事によれば、
 この「花粉症に効く着メロ」を提供している「日本着信メロディ研究所」は、他にも

  「赤ちゃんが泣きやむ着信メロディ」
  「二日酔いに効くメロディ」
  「ダイエットに効くメロディ」
  「家事がはかどる着信メロディ」
  「彼氏・彼女が出来る着信メロディ」

 などを提供しているらしい。

 「赤ちゃんが泣きやむ着メロ」は、タケモトピアノのCMソングの例もあるので、まあ納得できる範囲内だが、
 「二日酔いに効く」「ダイエットに効く」となると、どこか疑わしい。

 「彼氏・彼女ができる」に至っては、
 雑誌の裏表紙にありがちな、怪しいペンダントの広告を見ているようだ。

 何かもう、何でもありの様相を呈しつつある。
 プラシーボ効果というよりは、現代のオカルトと言えなくもない。

 「水虫が治る着メロ」
 「毛髪が生えてくる着メロ」
 「この着メロでアトピーが治った!」
 「末期ガンが消えた!!」

 そんな、アガリクスやメシマコブのような着メロが現れるのも、そう遠くないかもしれない。

 着メロはファンファーレ。


■2004年3月30日(火)  ─ 桜。 ─

 このところの麗らかな陽気。

 街も、行き交う人の装いも軒並み春めいて、
 気付けば桜もそろそろ見頃だ。

 「桜は人の心を狂わせる」というが、
 確かに、満開の桜を眺めていると不思議な気分になる。
 心がザワザワして、
 不意に昔のことを思い出す。

 小学校の頃、校庭の隅に植えられた桜の木の下でポコペンしたこと。
 高校時代、通学電車から見えた、満開の鮮やかな桜並木。
 新人研修期間中に、同期で花見をしたこと。

 桜によって紡がれる、年月を隔てた思い出。
 懐かしくて、少し切ない。
 薄紅色の淡い記憶の向こうには、一体何が眠っているのだろう。


 きっと、桜が散ってしまったら、
 元の、仕事に追われる毎日が戻ってくる。

 それならば、せめてほんの数日でも、
 白昼夢にも似た淡い春の夢に浸っていたい。

 桜。


■2004年3月29日(月)  ─ 手話ニュース845? ─

 手話ニュース。

 リーダーと二人で打合せをすると、大抵「手話ニュース845」が始まる。

 多分、「このフラグがああなって、このツールが動くから・・・」とか、
 「リリース時期が4月上旬だから、逆算して・・・」とか考えているのだろうと思う。

 それくらい、口に出してもいいと思うのだが、
 ただ無言で虚空を見つめ、指先が空中を彷徨う。

 「明日の、天気を、お伝えします。明日は、北から、寒気が、流れ込み・・・」とか
 「そこのキミィ〜、演奏中に求人情報誌のタウンワーク読むの、止めなさ〜い!」とか
 適当にアテレコすると、結構それっぽい。

 リーダーによる「手話ニュース」の無意味なところは、
 コミュニケーションの役割を何ら果たさないところだ。
 他人に何かを伝えようという熱意から、思わず身振り手振りが出るのならまだしも、
 自分の頭の中で問題を整理する過程で大きな身振り手振りが出るのというのは、
 傍から見てもあまり誉められた光景ではないと思う。

 当然、くるくる回ったり、右上から左下に軽やかに動く指先を見ても、俺には何も分からない。
 仕方がないので、俺も虚空を見つめ、
 「今日の昼は何を食べようかなあ」とか考える。

 数分後、突然リーダーの指先の動きが止まる。
 「うん、そうだな。多分いけそう。で、気になるのはココなんだけど・・・。」


 ・・・ココってどこですか?
 とりあえず、俺が気になるのは裏通りのパスタ屋ですけど。


■2004年3月28日(日)  ─ イカイカ、イルカ。 ─

 >>イカにも右利き、左利き 高知大教授らビデオで解明

 「猫たまり」さんで知ったニュースなのだが、このトホホ加減が堪らないので便乗。

 機械のような規格品ならいざ知らず、
 生物に個体差があったことを嬉々として発表されても困る。

 「そりゃー、あるだろ。」と思うしかない。

 イカが水槽でエサを捕食するのをビデオで記録して調べたそうだが、
 全体的に夏休みの自由研究っぽいよなあ、との思いを禁じえない。
 最近の中学生なら、やる気のある子はこれくらいの自由研究できるんじゃないか。

 逆に、この共同研究が中学校の自由研究の発表会に陳列されていても遜色がない、とも言える。
 きっと金賞がもらえるはずだ。

 全国の小中学生、および御父兄の皆さん。
 今年の夏休みの自由研究は、水棲生物の観察がオススメです。
 上手くいったら、日本水産学会で発表できますよ。


 新しい発見をするだけが学問ではなく、
 既知で、かつ未確認の知識を確認していくことも大切な学問の役割ではあると思う。

 しかし、世の中には「費用対効果」という尺度も存在している事実を、
 象牙の塔の住人と言えども意識する必要があるような気がする。

 イカイカイルカ。


■2004年3月27日(土)  ─ 着ぐるみV3。 ─

 名古屋に「星が丘テラス」というちょっとしたショッピングモールがある。

 オープンしたのは1年前なのだが、
 オープン当初は人出と渋滞がひどくて何となく足が遠のいていた。

 が、「ranKing ranQueen(ランキンランキン)」というショップが期間限定でオープンしていると聞いたので、
 何となく行ってみるかと思い立った。

 「ranKing ranQueen」は様々な人気商品が並んでいて結構面白かったのだが、
 ふと窓の外を見たとき、思わず目を奪われた。

 通りの向こう、ドリンクのキャンペーンカーの前に着ぐるみが。

 襲来。

 着ぐるみというよりは、かぶりものに近い。

 よたよたする姿に、笑いをこらえることができなかった。

 着ぐるみは、文字通り普段の自分をファンシーな姿形でくるむ。
 普段の自分の姿も人格も、まとめてカプセル化され、外部から隠蔽される。
 そういう特殊な状況なら、普段の自分から解放されて
 多少割り切って道化に徹することもできるだろうな、とは思う。

 しかし、顔を晒してしまったら、
 それはどんな姿であれ自分の延長線上にある。
 顔なんて、個人を認識・特定する記号の中でも最大の記号。

 ある意味、真の道化だ。


 商品を宣伝するためのキャラクターがいないのだろうとも思う。

 だからといって、商品をそのままかぶりものにして、
 人間に着せてキャラクターにしても、
 とってつけたような「ちぐはぐさ」を醸し出すだけだと思う。

 まあ、俺としてはそういう「ちぐはぐさ」が笑いのツボでもあるので、
 理論では疑問を呈しつつも
 実践されれば、それはそれで楽しませてもらっている。


■2004年3月26日(金)  ─ ネットについて徒然と。 ─

 ***
 昨日の今日で、今度は東武鉄道の無料メール情報サービスの会員情報が流出。

 「上手の手から水が漏れる」という諺もあるように、
 残念ながらどんなに頑張っても個人情報はどこからか漏れてしまう。
 頑張らなければ、尚更だ。

 自分で管理ができない以上、
 自分の個人情報をどこかに登録するときは
 それが流出するかもしれないというリスクの認識だけは持とうと思った。

 ***
 「Yahoo!投票」で、
 『インターネットの世界で「怖い」と思うのはどちら?』というのをやっている。

 回答は二択になっており、
 A:「ネットオークションで商品を1000万円で落札すること」
 B:「出会い系サイトで出会った人とはじめて直接会うこと」

 昨日現在では、Aが圧倒的に多い。

 設問が悪いと思う。

 対面販売でも、1000万円の商品の購入は怖いというのが一般的な感覚なのではないか。
 もっと現実味のある、「10万円」くらいの金額にしないとフェアではない気がする。
 それとも、「出会い系サイトは怖くない」という
 「統計」結果をここから導き出したい何らかの思惑でもあるのだろうか。

 ***
 インターネットの特徴のひとつとして、
 コミュニケーションが文字ベースで行われることが挙げられると思う。
 ちょっとした言葉のあやがきっかけで諍いが起きたりするのも、それが大きく影響しているように感じる。

 その場限りの会話と違い、サーバ上に残された文字データは何度でも読むことができる。
 だから、メールの本文や掲示板に書き込む文章には結構気を遣っているつもりだ。(「あれで?」という声も聞こえてきそうだが。)

 掲示板に書き込むのが苦手。

 もっと気軽に書き込めるようになりたいとは思うが、
 こういう小心者な部分も俺の持ち味なんだろうなとも思う。


■2004年3月25日(木)  ─ フールプルーフ。 ─

 今度はアッカ・ネットワークスで顧客情報の流出。
 ヤフーBBもそうだったが、最近、本当にそういうのが多い。
 多分、これらは氷山の一角なんだろうと思う。

 ヤフーを見ていたら、
 ソフトバンクBBの孫正義社長がヤフーBBの顧客情報流出を受けて、
 「社員や派遣社員を信用する性善説の立場でやってきたが、これからは性悪説でやっていこうと考えている」
 と述べたという記事を見かけた。

 ・・・何だろう、この違和感は。

 工業製品やソフトウェアに関する概念で、「フールプルーフ」というのがある。
 電子レンジなら、ドアがキッチリ閉まっていないと加熱が始まらないとか、
 ネットショッピングのシステムや掲示板のCGIなら、入力必須項目が未入力なら登録できないとか。

 その根底には、「人間はミスをするもの」という思想が流れている。
 そのミスを、システム側で拾ってフォローするという安全設計。それは、少なくとも性善説ではない。
 基本的に、堅牢なシステムはそういう思想で組まれていると思う。
 多分、ヤフーBBもアッカも、システムはそのように組まれているはずだ。

 しかし、「使う人がミスをするはずがない」、
 「悪意を持ってシステムを利用するなんてあり得ない」という思想で利用されれば、
 積み上げられた堅牢性はガラガラと崩れ落ちる。

 築き上げた会社の信用も、一緒に崩れ落ちているかも知れない。

 必ずしも性悪説が正しいと言い切れるわけではないが、
 性善説をとっているあたりに「顧客情報の漏洩を防ぐ」という意識の低さを感じる。

 「覆水盆に返らず。」
 漏れてからいくらセキュリティのレベルを上げても、
 流出した情報はネット上を駆け巡り、もう元には戻せない。

 フールプルーフ? (お食事中の方がいましたらすみません。)


■2004年3月24日(水)  ─ ネズミホイホイ。 ─

 台所にネズミが出るのだが、殺鼠剤はもう学習されてしまって効かない。

 どうしたものかと思っていたところ、
 ネット上で「ネズミホイホイ」なる商品を発見。
 読んで字のごとく、「ゴキブリホイホイ」のネズミ版。

 一瞬、パロディ商品かと疑ってみる。
 どうやら本物らしいが、どこまで本気なのか。

 ゴキブリとネズミでは、雲泥の開きがあると思う。
 節足動物と哺乳類とで、同じ駆除方法が通用するものなのか。

 確かに、ホイホイはゴキブリには効果的だと思う。
 ゴキブリは、耐性を高めることのみで駆除に対抗してきた。
 所詮は昆虫。本能で動いているだけだ。

 しかし、ネズミは学習し、知恵をつけることで駆除に対抗する。
 もしかしたら、1匹くらいは捕まるだろうが、それ以降は警戒されるだけだと思う。
 ホイホイにかかっても、処理に困る。
 ゴキブリなら、箱ごと潰して可燃ごみにもできるが、ネズミはちょっと抵抗がある。

 「おもしろいほどよくとれる!」
 ・・・とてもそうは思えない。そこに欺瞞の影を嗅ぎ取る俺。

 欺瞞といえば、「ゴキブリホイホイ」の足拭きマットも実効性が疑わしくて堪らない。
 画期的な新商品が出来ないから、小手先で新商品作りました。という感じがする。
 「復刻版 ゴキブリホイホイ」に至っては何をか言わんやという感じ。
 足拭きマットは何だったのかと問いただしたい。


 ・・・などと思っていたのが、就業時間中の午後3時。

 それから8時間後の現在。
 会社から帰ってきてみたら、台所の土間の片隅に、
 見慣れぬ、しかしつい最近どこかで見たことがあるような、
 派手な配色の箱状の何かが鎮座ましましていた。

 「あ、どう?それ。
 ネズミホイホイってのがあったから買ってみたんだけど。結構捕れるんじゃないかしら。」

 ・・・・・・・。

 こういうとき、自分は本当に父親似の気質なのだと感じる。

 大漁。


■2004年3月23日(火)  ─ なるしそ、いえぺす。 ─

 常駐先のある人に何か説明をすると、必ずといっていいほど
 「なるしそ、いえぺす!」
 という反応が返ってくる。

 多分、「なるほど」という意味で使っていると思う。

 「なるへそ」をもじっていると予想されるが、
 「いえぺす」って何なんだ?と疑問に思っていた。

 本日、その疑問をぶつけてみたところ、
 ナルシソ・イエペスという人名だと判明。
 「禁じられた遊び」で有名でしょ?と言われたが、初耳だ。

 遠い異国の地で、名前と語感が似ているだけでダジャレにされるナルシソ・イエペス。
 しかも、ダジャレとして成立していない寂寥感。
 ナルシソ・イエペス、踏んだり蹴ったり。

 有名税と呼ぶには、あまりにトホホな内容だ。


 小学校低学年の頃、「中曽根総理を泣かそーね」とか言っていたのをふと思い出した。
 これは、俺と同年代の人なら結構懐かしいのではないだろうか。

 真っ先に浮かぶのは。


■2004年3月22日(月)  ─ おみおつけ。 ─

 会社帰りに和食チェーン店で夜食をとっていたときのこと。
 隣に座った老夫婦が、注文の際にバイトの女の子に質問をした。

 「おみおつけは何があるの?」

 「え?・・・漬物・・・ですか?」

 「違う違う。おみおつけ、おみおつけ。貝のおみおつけとか、ある?」

 「???」

 「え、何でおみおつけ分からんの?おみおつけや、おみおつけ。」


 その場は社員がやってきて何とか収拾がついたものの、
 「漬物ですか?」という素の返答がツボにきた俺は、
 むせてご飯粒が鼻の穴に入りそうになっていた。

 「おみおつけ」が味噌汁を指す丁寧語だということは知識として知ってはいるが、
 実に久しぶりに聞く単語だ。「おみおつけ」。

 おみおつけ。

 バイトの子が分からなかったのも無理はないと思う。
 多分、頭の中で一生懸命情報を整理して、漬物の一種と判断したのだろう。

 一方、お年寄りにはまだ味噌汁のことを
 「おみおつけ」と呼ぶ人たちも多いのだろうか。
 当然知っているであろう「おみおつけ」が通じない苛立ちも、理解できなくはない。

 「知っていて当然。」という話し方をすると、相手の気分を害することが多い。
 経験上、何となく理解していても、なかなか実践できないものだ。
 分かりやすく噛み砕いて説明することの重要性。


 話は変わるが、ご飯もよく噛んだ方がいい。
 鼻腔の奥に入り込んだご飯粒をとるのは、とても苦しく、大変だ。


■2004年3月21日(日)  ─ 楽観の先にあるもの。 ─

 コップに半分残った水を見て、
 「あと半分しかない」と思う人と、「まだ半分ある」と思う人がいる。

 いわゆる悲観的思考と楽観的思考というやつだ。

 ふとカレンダーを見たら、春の情報処理技術者試験が1ヶ月後だということに気付いた。
 「あと1ヶ月しかない」と思う人と、「まだ1ヶ月ある」と思う人がいる。
 俺はまだ、辛うじて後者だ。

 ただ、己の楽観にかまけて行動になかなか移らないところを見ると、
 必ずしも「ただ楽観的である」ことが正しいわけではないのだろうと思う。

 無計画。

 きっと、楽観的思考は行動に移してこそ意味があるのだろう。
 逆に、行動に移せなければ意味がないのかも知れない。

 過去の経験から鑑みるに、
 行動に移せるか否かは、楽観・悲観という思考方法とは別の問題だと感じる。
 それが正のベクトルであれ、負のベクトルであれ、
 自分の内にモチベーションがなければ積極的に行動しようとはしてこなかった気がする。

 「仕事が忙しい。」
 「断れない歓送迎会や約束が多い。」

 何だかんだと理由をつければ、目を背けることは簡単だ。
 忙しいのも、春にイベントが多いのも事実だが、
 あらかじめ分かっているなら、それをリスクヘッジできるようになりたい。

 コップには、まだ水が半分残っている。
 さて、どうやって使おうか。


■2004年3月20日(土)  ─ スーパーに潜入指令。 ─

 明日の朝食用にと、食パンを買いに行った。

 突然、何かが足元を滑りぬけて行ったので何事かと思ったら、
 幼稚園児くらいの男の子がほふく前進していた。

 どうやら、母親から隠れているつもりらしい。
 物陰に隠れてはターゲットの動向を窺い、
 移動は中腰、もしくはほふく前進、あるいはスライディング。

 スネーク?

 ダンボールをかぶって移動してくれないかと期待したが、
 さすがにそこまでは望むべくもなかった。

 レジ前で捕捉され、そのまま連行されていくのを見ながら、
 ああいう一人遊びを本気で楽しめるっていうのは
 子供の特権だよなあと思った。


■2004年3月19日(金)  ─ 声に出して読みたい? ─

 昼休みに丸善に入ったら、『声に出して読みたい方言』が平積みで並んでいた。
 CDが付いているらしく、抜粋をラジカセで流して大々的にPR。

 今度は方言か。
 そのうち、『声に出して読みたいスワヒリ語』でも出しそうな勢いだ。

 立ち読み程度でこんなことを書くのも失礼な話だが、
 『声に出して読みたい日本語』シリーズはベストセラーになるような書籍だろうか。
 世間は過大評価をしている気がしてならない。

 「祇園精舎の鐘の声」や歌舞伎や落語、
 方言にしてもそうだが、大多数の日本人にとっては馴染みが薄いものだ。
 意味を理解して声に出して読むならまだしも、意味も分からず音読したところで何になるのか。
 何だか殊更に音読の教育的側面を強調しているようで、ますます遠ざけてしまう。


 現代の日本人にとって最も親しまれているのは、標準語・口語体の文章だと思う。
 最も読みやすく、最も感銘を受けることができるのも、きっと標準語・口語体の文章だ。

 チャートを賑わすヒット曲も、
 歌詞を読むときれいな叙情文だったりする。
 情景がまぶたの裏に浮かんだり、真っ直ぐに気持ちが伝わってきたり。
 もし、俺が「声に出して読みたい」と思うとしたら、きっとそういう文章だ。

 声に出しすぎ。


■2004年3月18日(木)  ─ 成長の証。 ─

 1年ほど前に作成したプログラムに仕様変更が発生したので、修正をした。

 1年前とはいえ自分で組んだロジック。
 修正はすんなり終わったのだが、
 バグとは言わないまでも効率の悪い処理をしていたりといった粗が目に付いて、
 少し恥ずかしくなった。

 プログラマのみならず、社会人ならきっと誰もが思うことだと思う。
 「今なら、もっと効率よく上手くできるのに。」

 目には見えなくても、毎日続けていれば自然とスキルは伸びる。
 後輩の組んだプログラムを見ているようなものなのだろう。

 この調子でいったら、新人の頃に組んだプログラムなんか
 恥ずかしさで悶絶してしまうかも知れない。
 「動くか動かないか」という、大雑把というよりむしろおざなりな基準で組まれたプログラム。
 若さゆえの過ち。この世から抹消したいものの一つだ。

 この恥ずかしさは、きっと己の成長の証。
 胸を張って恥ずかしがろうと思う。

 皆、やるよね?(・・・新人が終電を意識しなければいけないような会社でした。)


■2004年3月16日(火)  ─ 癖。 ─

 知らず知らずのうちにとってしまう癖や仕草がある。

 アゴヒゲをさすりながら考え事をしたり、
 ペンを持ったままキーボードを打ったり、
 目が疲れてメガネをちょっと外したときなんかに、メガネの弦でおでこを掻いてみたり。

 意識してはいないが、気が付くと取っている行動。
 いつの間に身に付いてしまったんだろう。

 ふとした瞬間のさりげない所作が、日々積み重なって定番の癖になっていく。


 「なくて七癖」とはよく言うが、
 どちらかというと「一癖ありそう」とか言われかねない自分。

 ・・・俺は日頃、無意識に何を積み重ねているんだろう。

 ちょっとフェティッシュ。


■2004年3月15日(月)  ─ 小さな誓い。 ─

 >>通販ネットに細工し虚偽特典で詐取、エンジニア逮捕

 お金は、データに変換された瞬間にその存在が希薄になる気がする。
 デジタル表示で表された金額は、どこか現実感に欠ける。
 200万円の現金と、200万円のウェブマネー。
 価値は同じ200万円だが、もし横領したら良心の呵責に苛まれるのはきっと圧倒的に現金だ。

 ただ、良心の呵責が少ないからといって、それが犯罪を助長する原因だとは決して思わない。
 それとこれとは別次元の話だ。

 やろうと思えばできるけど、やってはいけないこと。
 誰もが分かっているハズなのに、
 そのタガは、少し緩むと簡単に外れてしまう。

 一度甘い汁に味を占めてしまえば、きっとあとはエスカレートする一方だったんだろう。
 そうやって、奈落の底へと転がり落ちていく。


 一人の技術者として、襟を正して生きていこうと思った。


■2004年3月14日(日)  ─ 真の暴君。 ─

 職業柄、『島国大和のド畜生』さんの「不味しんぼ」を面白がって見ていた。

 今日、遊べる本屋「ヴィレッジヴァンガード」に行ったら、
 漫画に出ていた激辛ポテチ、「デスレイン」が売られていたので、思わず購入。

 デスレイン。


 以前に食べた「暴君ハバネロ」はそれほどでもなかったので、
 「これで暴君とは片腹痛いわ。」とか思っていたのだが、
 「デスレイン」は半端じゃなかった。

 悲鳴。

 さすがアメリカ製。
 限度と遠慮を知らない辛さ。
 片腹どころか、全消化器官が痛い。

 この激しく一般向けでないスナック菓子が、果たして採算ベースに乗っているのだろうか。
 一度は物珍しさから手に取ることがあっても、再度手に取る剛の者はかなり少ないと思う。
 とりあえず、俺は高確率で二度と手に取ることはない。

 何だろう、映画で言ったらハリウッド映画みたいな感じとでも言おうか。
 刺激が強くて話題性も高いが、味気なくて空虚。
 数年したら忘れ去られるような、そんな感じがした。

 刺激はなくても、ちゃんと味わえるもの。
 俺の好みはどうやらそういうものらしい。


■2004年3月13日(土)  ─ 2時間ドラマ。 ─

 何となくテレビをつけたら2時間ドラマの再放送をやっていたので、
 コーヒーとかすすりつつ、雑誌を片手に何となく見てしまった。

 しかし、サスペンス2時間ドラマの最後の15分はどうしてああも不自然なのか。

 なぜか断崖絶壁にいたり、
 それまで往来の絶えなかったホールが、人払いをしたように閑散としたり。

 もうその時点では犯人もだいたい分かっており、
 大したトリックやアリバイ崩しがあるわけでもない。
 問い詰めて動機を聞き出すだけ。
 サスペンスのはずなのに、肝心の山場でのハラハラ感に欠けている。

 水戸黄門でいうところの「この印籠が目に入らぬか!」みたいな、紋切り型のオマケ的要素。
 決まって泣き崩れたりするあたりも似たり寄ったり。

 2時間で、事件の発生から解決までを描かなければならないのは分かるが、
 どれもこれもが教科書どおりの構成だと飽きがくる。

 「2時間ドラマが好調」とか言われているが、
 他所事しながらでも、最後の15分だけ見ればだいたいの話が分かってしまう
 内容の薄さ、構成的欠陥が逆に評価されているだけなんじゃないかなあ。

 また見たいなあ。


■2004年3月12日(金)  ─ バグストーリーは突然に ─

 こんなん出ましたけど。 (・・・?!何だこりゃ?)


 何から伝えればいいのか 分からないまま時は流れて
 浮かんでは 消えてゆく ありふれた言葉だけ

 バグがあんまりステキだから ただ素直に 突き止められないで
 多分もうすぐ 責めも止んで 一人 やさぐれ

 あの日 あの時 あの場所で バグになっちゃったから
 僕等は いつまでも 家には帰れぬまま


 「カンチ、デバッグしよ!!」

 

 反省の色が見えないように見えるかも知れませんが、
 俺の反省の色は無色透明なんです、リーダー。

 ・・・バグ対応で終わった一日。


■2004年3月11日(木)  ― コンピュータウィルス。 ―

 「何かウィルスがどーたらこーたらって言ってるんだけど。」
 パソコンを立ち上げて不審に思った親が、そう言って俺の部屋に入ってきた。

 ウィルスメールの類か。最近多いからなあ。
 そう思ってパソコンを見ると、案の定ウィルスを検知した旨のダイアログが表示されていた。

 アンチウィルスソフトをインストールしろとしつこく言い続けておいてよかった。
 しかし、レストアされたバックアップファイルに感染ファイルが存在するらしく、
 駆除できなかったようだ。

 「システムの復元」を無効にし、念のためにウィルス検索をかける。
 ウィルスは検出されなかったので、ひとまずこれで大丈夫だろう。

 ウチの親のように、セキュリティに疎いユーザって潜在的に多いと思う。
 実際に感染するまで、ウィルスの脅威とか言われてもピンとこないのかも知れない。

 パソコンが、さも安全なもののように売られているのも原因のひとつだと思う。
 最近はそうでもないのかも知れないが、
 少し前まではアンチウィルスソフトがプリインストールされていないパソコンが普通に売られていた。
 説明書にも、「ウィルス対策をしましょう」なんて気の利いたことは書かれていなかった。

 そんな状態で、一体誰がウィルス対策の重要性に思いを致すのだろう。

 ネットワーク上には、コンピュータウィルスが溢れている。
 鳥インフルエンザを過敏に警戒するのと同じくらい警戒しても、警戒し過ぎることはないと思う。

 むしろ、あなたにとって身近なのは、そっちなのかも知れないのだから。


■2004年3月10日(水)  ― ドラッグストア乱立。 ―

 春の訪れを予感させる陽気。
 仕事の遅れを予感させる、眠気。

 啓蟄を過ぎて目覚めたのが眠気という皮肉。


 年末に、近所にあったスーパーが閉店した。
 長いことテナントが入っていない状態だったのだが、
 今日、前を通りがかったらドラッグストアになっていた。

 不況だというのに、最近のドラッグストアチェーンの進出には目を見張るものがある。
 しかし、そろそろ飽和状態に達しつつあるのではないのか。
 最寄り駅の駅前だけでも、3〜4軒は店を構えている。小さな駅なのに。

 パイは限られているのに、分母の数だけどんどん増えていく。
 全体(本部)の売上は伸びても、個々の店舗の売上は苦しくなる一方なのではないかなあ。

 そこがフランチャイズの怖いところだ。

 今は勢いがあっても、店舗の規模が小さいドラッグストアは
 数年後に店を畳まざるを得ない状況に追い込まれるかも、と思う。

 パンチが足りない。


■2004年3月9日(火)  ― ドラゴンクエストVIII。 ―

 ドラゴンクエストVIIIの正式タイトルが、
 『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われた姫君』に決まったらしい。

 何かしっくりこないのは俺だけだろうか。

 とりあえず、接続詞「と」を多用しすぎだ。
 「部屋とワイシャツと私」かよ、と一瞬思った。
 多分、モチーフを全て詰め込んだらこうなったのだろう。

 空、海、大地を股に掛けたスケールの大きな冒険。
 物語に深く関わるであろう、呪われた姫君。

 キーワードだけ聞けば、興味をそそられないわけでもない。

 しかし、それをただ単純に連結すると、非常に散漫だ。
 キーワードが相殺しあって、何も訴えかけてこない。

 サブタイトルは、短いフレーズで顧客に印象付けることが重要だ。
 今回のタイトルは、その辺りをなおざりにしている気がする。

 ドラクエといえば、ゲームの世界ではディズニー並みのブランドだが、
 少しそれにあぐらをかいてはいないか。

 なりつつあるというより・・・。


■2004年3月8日(月)  ― 5本指靴下。 ―

 5本指靴下を、1足だけ持っている。

 履き心地は快適なのだが、微妙な恥ずかしさが漂う。
 世間的にも、まだ恥ずかしさを感じる方が多いのではないだろうか。

 個人的には、備長炭や竹炭、銀イオンの消臭効果、衛生面を
 前面に押し出し過ぎているのが良くない気がする。

 「普通の靴下だと、蒸れて臭いが気になるから5本指靴下を履く。」

 そんなイメージが世間一般の根底にあって、
 備長炭や銀イオンがそれを揺るぎないものにしているような。

 単に「5本指の快適性」を売りにすれば良かったものを、
 下手に健康志向で売り出したのは失敗だったと思う。
 それによって、5本指靴下からはファッション性が失われ、
 「特別な」靴下というマイナスイメージが定着してしまった。

 5本指靴下を世に広めつつ、一方でその市場を狭めた印象。
 ・・・みのもんたの功罪か。


 多少の気恥ずかしさはあるが、足指の快適さは格別だ。

 空前の5本指ブームが来るのを待ちつつ、
 それまではささやかな背徳感に浸りたい。

 訴求しつつも客離れ。


■2004年3月7日(日)  ― アフタヌーンコーヒー。 ―

 たまにではあるが、スタバでコーヒーを飲む。

 コーヒーは好きだが、ブラックでしか飲まないので、
 「マシュマロモカ」とか「キャラメルマキアート」とかに縁がない。
 「ダブル」や「フォーミー」なんて言ったことがない。
 いつも頼むのは、決まって「本日のコーヒー」。
 グリグリの鉄板だ。

 スタバでホットコーヒーを飲むとき、いつも思うのだが、
 皆、あのフタの穴から飲んでいるのだろうか。

 恐らく、コーヒーが冷めないようにという配慮なのだろうが、
 俺は、熱いコーヒーをあのフタの穴から飲むことができない。
 構造は缶コーヒーと大して変わらないはずなのだが、温度の差だろうか。

 フタが邪魔なので、パカッと取り外してしまう。

 熱いコーヒーをフーフー吹く。
 コーヒーの表面が軽く波立ち、湯気がふわっと広がる。
 湯気と一緒にコーヒーの香りが立ち上り、鼻腔をくすぐる。
 そんなとき、コーヒーを飲んでいると感じる。

 それはもう、コーヒーを飲む習慣と共に、俺のライフスタイルの一部なんだなあと思う。

 覚悟を決めろ。


■2004年3月6日(土)  ― スープカレー。 ―

 三越でやっている「大北海道展」に、
 スープカレーの「マジックスパイス」が出店しているというので食べに行った。

 三越の7階催事場は、結構な人で賑わっていた。
 海の幸やスウィーツのコーナーが並ぶなか、一箇所だけ異質な空間を発見。

 あえて擬態語で表すなら、「みょんみょん」してると言えば分かっていただけるだろうか。
 無理目のアジアン。背伸びしたインディア。

 一瞬の躊躇を乗り越え、店内へ。
 チキンの「瞑想」(辛さのランク。中辛)をオーダー。

 カレーというより、ポトフに近かった。
 具だくさんのポトフに、ハーブとスパイスを加えた感じ。
 病みつきとまでは言わないが、美味しかった。
 ご飯にかけるより、そのままスープとして食べたいなあと思った。

 「フランクながい」(30センチくらいのフランクフルト入り)というメニューがあったのだが、
 そのセンスに自分に近しい何かを感じた。
 最近の若者に、果たしてこのダジャレが理解できるのかは疑問が残るが。

 機会があったら、また食べたいと思う。

 勇気。


■2004年3月4日(木)  ― 成立してるけど、破綻してる会話。 ―

 §事例1
  A : 「サッカー、詳しい?」
  B : いえ、全然。
  A : 「じゃあ、知ってる外国のサッカー選手って誰がいる?」
  B : ベッカム。
  A : 「他には?」
  B : ・・・え?えーっと・・・。
  A : 「ロベカルくらいは知ってるよね。」
  B : ・・・変な名前ですね。アフリカかどっかの選手です?
  A : 「・・・。」

 §事例2
  B : 最近、どんな音楽聴いてます?
  A : 「ここんとこ、全然聴いてないなあ。」
  B : ケツメイシとか、GOING UNDERGROUNDとか結構いいっすよ。
  A : 「・・・ケツメイシって、外人?」
  B : ・・・。

 §事例3
  B : ここのフラグなんですけど・・・。
  A : 「ああ、これは・・・(20分経過)・・・で、こうなると。ゴメンね、まどろっこしい説明になっちゃって。」
  B : いえ、いつものことですから。
  A : 「・・・え?」
  B : ?・・・あ。

 さらっと。

 以上、最近の俺とリーダーの心暖まる会話。
 目指せ、ほのぼの絵日記。

 ・・・ゴールどころかスタート地点すら、遥か地平線の彼方。


■2004年3月3日(水)  ― 号泣する準備はできてるか。 ―

 ドラマが斜陽だと言われるようになって久しい。

 俺はもともとドラマを見ないので、月9とやらにもほとんど縁がない。
 今は「アイスホッケーしつつ、何かすったもんだ」していることはおぼろげに知ってはいるが、
 1つ前のクールにやっていたドラマがどんなドラマだったか覚えていない。多分本当に知らない。

 世間では「月9は特別」みたいなブランドイメージでもあるのだろうか。
 俺にはどれも大差はないのだが。

 次のクールは「号泣のゲツク」らしい。

 号泣。・・・大声で泣き叫ぶようなドラマってのはどんなドラマなのか。

 お涙頂戴のストーリーであろうことは想像に難くないが、
 「号泣」するかしないかは視聴者の内面の問題だ。
 わざわざ「号泣」と銘打つあたりの押し付けがましさ。

 「号泣のゲツク」とか言われると、かえって泣かせる演出にあざとさを感じてしまう。

 よく、「感動しましたあー」とかいう面白くもない素人のコメントだけで構成された
 映画のCMを見かけるが、それに似た白々しさ。

 ああいうCMを見ながら思うのだが、
 あれは劇中の映像を使ってCMを制作したかったが、
 権利関係、広報費不足等の大人の事情で映像が用意できなかった苦肉の策なんじゃないのか。


 もしも月曜日の午後9時頃テレビを見ていたとして、
 俺はきっと「今夜もあなたのパートナー」(NHK教育)とか見ているんだろうなあ。

 月9と呼んでいいのか?


■2004年3月1日(月)  ― ブラックアウト。 ―

 今朝は、珍しく仕事が波に乗っていた。
 キータッチも軽やかに、プログラムをコーディングしていく。

 「ブツンッ!!」

 9時16分。
 名古屋市中区栄一帯で、突然停電が発生。
 中部電力が変圧器の保護装置点検時に、間違えて変圧器を停止したらしい。

 停電に伴ってサーバも電源が落ちたので、
 午前中いっぱい顧客データの復旧・確認作業に追われる。

 データの復旧作業に追われながら、
 電力の大切さを感じる一方で、電力のみに頼ることの脆さを感じた。

 電力会社は、家庭のインフラを全て電気でまかなうオール電化を進めているが、
 オール電化住宅にした場合、停電したらどうなるんだろう。
 なす術なしでは、あまりに無力だ。
 電気仕掛けの砂上の楼閣。

 自然界においては、多様性を欠けばいずれ環境の変化に対応できずに淘汰されていく。


 復旧が終わって、ふと気が付いたのだが、
 当然俺のパソコンも電源が落ちている。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ブラックアウトの闇に飲まれて消えた、俺のプログラム。
 そして、電力と共に断たれた、俺の集中力。

 完全に沈黙。



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