Log (Aug 2004)

■2004年8月31日(火)  ─ 打合せ。 ─

 社会人といえば、打合せだ。
 何かにつけて打合せをするのが社会人だ、と言い換えてもいい。

 ***
 自分で作った資料を配って、仕様の説明をしたりするのだが、
 説明をしている最中に、資料の作成中には気付かなかった仕様の間違いに気が付くことが多い。

 仕様のことを考えていないときの方が、かえって冷静なのかも知れない。

 ただ、間違いであることが分かっても、
 そのときにはあまり深く考えられないので、どう直せばよいものやら思い浮かばない。
 しかし、間違っているのは確かなので「何とかせねば」と焦る。

 詰まったら負け。

 冷静から一転、興奮へ。
 急転直下、アヴァンギャルドなダイナミズム。

 ***
 打合せが終わると、
 何かひと仕事終えたような気になる。
 打合せの結果を受けて、そこからタスクが始まるというのに。

 打合せのための打合せばかりしているから、
 疲労感の割に仕事が進んでいないのかも知れない。

 仕事が進まない一番の要因は、俺のモチベーションの低さなのだと思うが。


■2004年8月30日(月)  ─ 台風。 ─

 吹っ飛ぶように流れていく雲。
 吹き荒ぶ風と、大粒の激しい雨。

 子供の頃、台風中継をする人に憧れたことがある。

 突風吹き荒れ、横殴りの雨が叩きつける中、
 わざわざ波止場に出向いて、
 ビニールの雨合羽一枚羽織った姿で
 見れば分かるような波の高さや風の強さなんかをレポートするのだ。

 報われない苦労をしていると思う。

 残念。

 ただ、台風が直撃しているにも関わらず
 外にいるというシチュエーションは、子供心にぐっと来る。

 「台風中継をするから」という大義名分でもなければ、
 よほどのことがない限り、嵐の中、外を出歩いたりはしない。
 あまつさえ、埠頭なんかに行く理由がない。

 台風中継は、あらゆる非日常を体現している。

 最近、そういう非日常よりも、
 むしろ安穏とした日常に身を委ねていたいと思うようになったのは、
 大人になった証拠なのかも知れない。


■2004年8月29日(日)  ─ 味覚。 ─

 高級な洋菓子の美味しさが、今ひとつ理解できない。

 小腹がすいたので、親がお中元でもらった値の張りそうなクッキーをつまむ。
 うす甘く、ボソボソしている。
 これが「上品な味」という奴なのだろうか。

 同じクッキーなら、
 ヤマザキナビスコの「チップスアホイ」なんかのように、
 明確にショートニングを感じさせるものの方が口に合う。

 別に食通ぶるつもりもないし、
 珍味ほど高価だったりすることから考えれば、
 値段の高さが美味しさを保証するわけでもあるまい。

 往々にして、値段の高さは希少価値とリンクしているに過ぎない。

 多分、俺の味覚は「最大公約数的な美味しさ」を好むように
 形成されていったのだと思う。
 所詮、主に亀田の「柿の種」とブルボンの「味ごのみ」で培われた庶民的な味覚だ。

 柿の種。

 美味しさをX軸に、値段をY軸にとったグラフを作るなら、
 きっとY軸の上限はヨックモックに違いない。


■2004年8月28日(土)  ─ シンクロ。 ─

 シンクロナイズドスイミングの結果をニュースで見たりすると、
 いかにもオリンピックな感じがする。

 シンクロを見ていると、微妙な違和感を抱かずにはいられない。

 タイのニューハーフみたいなバッチリこってりメイクで、
 日本人には不釣合いなほどの笑顔。

 あれは無理にグローバルスタンダードに合わせなくてもいいんじゃないか。
 題材に「阿波踊り」や「武士道」を採用するくらいなら、
 装いや表情にもジャパネスクな趣向があってもいいと思う。

 そして、女性が8人集まれば、裏では確執があるに違いないと思う。

 ドロドロとした昼ドラのような。
 もしくは、シンクロだけに「スワンの涙」のような。

 もともと大して興味がないので、
 そういう明後日の方向に思考のベクトルが向きやすい。

 メタファー。

 「速い・遅い」、「強い・弱い」という
 単純な比較で勝敗が決められない競技の判定はよく分からない。


■2004年8月26日(木)  ─ 夏の終わり。 ─

 虫の音が聞こえる。

 夏場のセミは昼間に騒がしく鳴くのに、
 秋の虫の音は夜、優雅に響く。

 明と暗、動と静のコントラストが、夏を余韻に変えていく。
 まるで、通り過ぎる救急車のサイレンの、ドップラー効果のようだ。

 今年の夏は、ただ目の前を通り過ぎていっただけ。

 夏の終わり。
 置き土産に残暑を残して。

 ***
 突然舞い込んだ仕事に追われている。期限は今月中。
 夏休みの宿題を、ひとつコロッと忘れていたことに今さら気付いた小学生のようだ。

 「やったんですけど、家に忘れてきました。」というのは宿題をやっていない小学生の常套句だが、
 そうやって姑息に時間を稼ぐより、
 完了していないことを報告して正式に猶予をもらう方が、
 結果的には八方丸く収まるものだ。

 リーダーに予め報告して、人手を少し割いてもらおう。

 何だか冷静な大人の対応のようだが、
 言ってしまえば、宿題のドリルが終わらなくて、
 家族に宿題を振り分けているようなものなのかも知れない。

 それもまたひとつの、夏の終わり。

 ***
 台風多いし。


■2004年8月25日(水)  ─ ハンズ。 ─

 たまに、不意に東急ハンズに行きたくなることがある。
 東急ハンズの店内を徘徊するのが好きだ。

 ヘドロのように沈殿した、意識できないストレスを
 モノの洪水が押し流してくれる。
 ある意味、魅惑のヒーリングスポット。
 大人のためのトイザらスだ。

 もし俺がアラブの石油王だったら、
 棚買いどころかフロア単位で全商品購入しているところだ。

 当然、そんな潤沢な資金があるはずもない。

 欲しいものが何でもありったけ買えてしまう人生は、逆につまらないと思う。
 きっと満たされないからこそ、満たされる喜びが分かるのだ。

 「トランペットが欲しい黒人の少年」のような心を、いつまでも持ち続けていたい。

 薄型・軽量な財布の紐をきつく締め、そんなことを考えながら店内を散策する。

 魔力。

 ひと通り見て回ると、不思議と何かやりたくなるような、
 ウズウズしたポジティブな気持ちになっていることに気付く。

 フロア単位で購入しなくても、それなりに満たされる心。
 そんな、等身大の幸せ。


■2004年8月24日(火)  ─ 君にエールを。 ─

 トンビが上昇気流を待つように、
 君はきっと、ずっと廻りながら待っていたんだ。

 今まで君が、そうやって過ごしてきた時間は無駄じゃない。
 色々なものを見て、感じてきたはずだから。

 君のその決断は、きっと間違ってなんかいない。
 考えて考えて、考え抜いて決めたことだと思うから。

 秋の澄み渡った空に風を受け、高く高く、どこまでも舞い上がれ。

 エールを。

 〜 退職を決めた、元同期の友人に捧ぐ。


■2004年8月23日(月)  ─ ネイティブ気取りで。 ─

 「コミュニケーション」か、「コミニュケーション」か。

 こうやって文章に書くときには間違えないのだが、
 口で言う際には、どちらが正解だったか迷うことがある。

 そんなときの俺は、心なしか早口だ。
 さも自信ありげに、ネイティブ気取りで「コムヌケイション」とか口走れば、
 大概は、その勢いのみで誤魔化して乗り切れる。

 多分、相手も分かってくれているはずだ。
 暗黙の相互理解。

 真のコミュニケーションというのは、こういうところに生まれると思う。

 コムヌ。

 日和って、「コミニケーション」とか言わない辺りに心意気を感じて欲しい。


■2004年8月22日(日)  ─ 黄色いTシャツ。 ─

 朝、新聞のラテ欄を見る。
 中京テレビ(日テレ系列)の欄がブチ抜きになっている。

 ああ、24時間テレビか。

 ラテ欄を上から下へざっと眺めただけで、もう胸焼け。
 たかが眼球運動でこんなに疲れたのは初めてだ。

 ・・・。

 その存在まで否定をするつもりはないが、
 コンセプトとして感心しない部分があるのは否定できない。


■2004年8月21日(土)  ─ 探し物はナンですか。 ─

 ***
 今度はエアコンのリモコンが見つからない。

 エアコンを付けるときにリモコンを使ったのは間違いないので、
 部屋のどこかにはあるはずだ。

 ちなみに、エアコンの操作はリモコンでしかできない。
 便利さを追求した親切設計が、今はただもどかしい。

 単3電池2本で動く機械ごときに翻弄される俺。

 人類VS機械のせめぎあい。
 地味目のターミネーターだ。

 結局、コンセントを抜いて対応。
 コンセントのプラグは、いわば有線のリモコン。
 待機電力だって節約だ。

 半ばムリヤリな勝利宣言。

 でんこ。

 ***
 モスバーガーで、ナン・タコスを食べた。

 インドのナンに、メキシコのタコスを乗せる。
 自由な発想の勝利。

 多分、インドやメキシコの人が見たら、
 日本人がカリフォルニアロールを見たときのような複雑な表情を浮かべることだろう。


 関係ないが、ナン・タコスをこぼさずに食べることができない。

  モスバーガーのナン・タコス
  マクドナルドのビックマック
  ミスタードーナツのゴールデンチョコレート

 俺の人生における、三大こぼさずには食べられないメニュー。


■2004年8月19日(木)  ─ 浅野八郎なら。 ─

 2日ほど前から、
 コピーしておいた資料が行方不明になって困っていたのだが、
 本日未明、裏紙で作ったメモ帳の中から、4つに切られた変わり果てた姿で発見された。

 リカバリ。

 お盆に休暇がとれなかったので、
 深層心理で仕事に対する忌避行動が現れたのだと思う。

 浅野八郎なら、きっとそう言ってくれるはずだ。

 ***
 夏といえば怪談で、怪談といえば稲川淳二なのだが、
 稲川淳二の怖い話はそんなに怖くない気がする。

 怖い話をしているときの、稲川淳二の無表情かつ蝋人形みたいな顔が一番怖い。

 ***
 「○○でポン」というフレーズを、久しぶりに見た。

 そんな使い古されたフレーズ、いまさら珍しくも何ともないのだが、
 仕事中に調べ物をしていて見つけた、かなりお堅い業種のサイトだったので、
 少し違和感があった。

 「○○でポン」というと、
 風雲たけし城の「キノコでポン」がそのパイオニアであるような気がする。
 いつの間にか、お堅い業界にまで浸透していたのだなと感慨深くなる。

 気が付いたら「風雲たけし城」「キノコでポン」でググっていた。
 「竜神池」とか「ジブラルタル海峡」は懐かしい。


 お盆に休暇がとれなかったので、
 深層心理で仕事に対する忌避行動が現れたのだと思う。

 浅野八郎なら、きっとそう言ってくれるはずだ。


■2004年8月18日(水)  ─ 自販機。 ─

 湿度が高くて、じっとりと暑い。
 せいろで蒸される点心の気持ちが分かるような気がしてくる。

 何となく喉が乾いて、机の上にブラックコーヒーの空き缶が積みあがっていく。
 俺のキャリアも、こんな風に簡単に積みあがってくれればいいのに。

 憩いのひととき。

 缶コーヒーは休憩所の自販機で買うのだが、
 そういえば、当たり付きの自販機を最近見かけない。

 赤色のダイオードがルーレット状に光って、
 「当たりが出たら、もう1本!」という、ガリガリくん的コンセプトのアレ。
 「今ならもう1個プレゼント」という発想は、日本直販の桐たんすにも通じるものがある。

 どこかムリヤリなお値打ち感。

 缶飲料とペットボトル飲料を一緒に販売するタイプが増えたからだろうか。
 それとも不況や少子高齢化の影響か。


 「ガコン!」「ピピピピピピ・ピ・・ピ・・・ピ・・・・・。」

 自慢にもならないが、一度も当たったためしがない。
 尻切れとんぼで歯切れの悪い電子音しか聞いたことがないのだが、
 当たったらどんな反応があるのだろうか。
 ファンファーレでも鳴らしてくれるのか。

 少し調べてみたのだが、どうやらダイドーの自販機が
 当たり付き自販機の世界では有名らしい。
 何てニッチな世界だ。

 ダイドー製品に特別な思い入れはないが、
 もし街でダイドーの当たり付き自販機を見かけたら、
 意味もなくお金を投入してみたい。


■2004年8月17日(火)  ─ 尾張の国のアリス。 ─

 地下鉄の窓に、俺の姿が映っている。

 蒸し暑いからといって、だらしなく緩めたネクタイ。
 少し汗ばんで、くたびれたワイシャツ。
 コーヒーの飲み過ぎで荒れた胃を片手でさすりながら、
 もう片方の手で後頭部を掻いている。

 懐中時計を持った白ウサギを追いかけて、俺は不思議な穴に飛び込んだ。

 いつの間にか、俺は白ウサギになって時計に縛られていた。
 いつも時間に追われて、「大変だ、遅れてしまう。」と焦っている。

 アリス。

 そんな俺を見て、チェシャ猫がニヤニヤ笑っている。
 「どっちに行けばいいの?」と尋ねてみても、
 「どこに行きたいの?」と逆に尋ねる。
 俺は、どこに行きたいんだろう。

 行きたくない方角なら分かるのに、
 行きたい方角はどっぷりと深い霧の向こうだ。

 地下鉄の窓に、俺の姿が映っている。

 疲れた顔の、目の下のくまを指で軽くなぞって、
 緩んだネクタイを締めなおす。

 地下鉄の扉が開いた。
 とりあえず行きたくない方角ではないのだから、
 このまま前に進んでみよう。


■2004年8月16日(月)  ─ とろろトロトロ。 ─

 いわゆる食わず嫌いという奴なのだが、
 昔からとろろが食べられない。

 マグロの山かけを食べるときも、
 なるべくとろろのかかっていない部分を選び、
 その少量のとろろすら、醤油で洗い流してから食べる徹底ぶり。


 さて、よく行くレストランの、本日のランチは「和風きのこの冷製パスタ」。

 「冷製」という響きに誘われて注文したまではよかったが、
 給されたそれは、パスタ層+とろろ層+きのこ層の三層スキーマ。

 暫し、その白く滑らかに泡立つ中間層を見つめる。
 パスタの上にとろろとは、不意打ちのボディブローもいいところだ。

 にんじんが嫌いな子供に食べさせようと、
 すりおろしたにんじんをハンバーグに混ぜ込むお母さんのようなだまし討ち。

 期せずして向き合うことになったとろろ。
 もはや避けては通れない。
 おもむろに、かつ大胆に全体を均一に混ぜ合わせ、フォークに巻き付ける。
 パスタの1本1本にとろろが絡まって、湿った輝きをたたえる。

 とろろとろとろ。

 恐る恐る口に運ぶ。
 案の定、ねとねとだ。

 虚ろな目をして、半ば作業的に平らげる。
 俺の体内に、こんなにとろろが入ったのは初めてだ。
 齢28にして、とろろを克服。


 ちなみに、納豆も食わず嫌いで、ほとんど食べない。

 いつか、納豆がのったパスタが、だまし討ちのように出てくるかも知れない。

 にんじん入りのハンバーグを食べさせられた子供のように、
 ちょっと疑り深くなってみる。


■2004年8月15日(日)  ─ オリンピック中継。 ─

 オリンピック中継に食指が動かないのは、
 もちろんオリンピックにあまり興味がないというのもあるが、
 芸能人キャスターの存在や、番組の作りによるところがかなり大きい。

 俺の記憶が確かなら、
 オリンピックというのは「参加することに意義がある」ものだったはずだ。

 4年に一度の祭典で、張り切りたい気持ちも分からないでもないが、
 競技そのものをショーアップする必要はないような気がする。
 すべてが予定調和のようにも見えて、逆に興ざめする。

 オリンピックを楽しみにしている人たちにとって、
 ああいう幕間のタレントのやりとりはどう映るのだろうか。

 やっぱり邪魔だと思う。

 調味料も、度が過ぎれば素材の味を殺してしまうのと同じで、
 ゴテゴテに飾り立てることで、伝わらなくなるものもないとは言えない。

 ***
 オリンピック中継を見ないで何をしているかといえば、「パルテナの鏡」だ。

 ヤラレチャッタ。

 こういう、トライ&エラーで
 パターンを見つけて進んでいくゲームは久しぶりで、純粋に進めるのが楽しい。

 今ではすっかり擦れっ枯らしだが、
 多分、仕事に対してもそう思える時期があったんだと思う。

 失敗しないことも大事だが、失敗しないようにすることが目的ではない。
 ・・・来週からは、もう少しちゃんと仕事をしよう。


■2004年8月14日(土)  ─ パルテナの鏡。 ─

 プリンタのインクを買いに電機店に行ったのだが、
 店を出てふと気付くと、
 なぜかゲームボーイアドバンスSP(ファミコンカラー)と、
 ファミコンミニ「光神話 パルテナの鏡」を買ってホクホクしている自分がいた。

 パルテナの鏡。

 小学生の頃、友達の家で遊ばせてもらったことがあるゲームだ。
 誕生日とクリスマス以外、滅多なことではゲームソフトを買ってもらえなかったあの頃。
 ノドから手が出るほど欲しかったゲームソフトのひとつだ。

 子供の頃に手に入れられなかったものを取り戻そうとするかのようでもある。

 ゲームソフトを手に入れることはできても、時間を取り戻すことはできない。
 ただ懐かしさとおぼろげな記憶だけが、過ぎ去った時間の果てから押し寄せてくる。

 そうそう、敵を倒すと巻き舌みたいな音がするんだよな。
 ああ、相変わらずコイツは嫌らしい動きをするなあ。

 パルテナの鏡。

 料理用語で言うなら、「ひたひたになる」くらいのノスタルジー。
 卒業アルバムを開いたときのように、甦る数々の思い出。

 あの頃憧れたような、かっこいい大人にはなれなかったが、
 かっこ悪い大人だって、それほど悪いものでもないと思う。


■2004年8月13日(金)  ─ 雑感雑記。 ─

 ***
 交通機関が休日ダイヤなのに気付かず、危うく遅刻しかける。

 平日の昼間なのに、地下街をやたらと人が歩いている。
 定食屋がどこも混んでいる。

 ああ、世間はお盆休みなのか、と実感する。

 ***
 サッカーで日本が負けたらしい。
 職場のサッカー好きが騒いでいる。

 アテネオリンピックは開会前なんだから、どうせエキシビションだろう。
 たかがエキシビションで負けたくらいで、何を大袈裟な・・・。
 と思っていたのだが、どうやら公式試合だったらしい。

 そういうもの

 開会式は今日なんじゃないのか。
 何で開会前に公式試合をしているんだ?

 「浦安にあるのに、何で東京ディズニーランドなのか。」みたいな、割とどうでもいい疑問。

 ***
 オリンピック関連で、
 「なでしこジャパン」だの「長嶋ジャパン」だの言っている。
 「○○ジャパン」というのが一過性の流行のようだ。

 ・・・唐突に、「みつまJAPAN」を思い出した。


■2004年8月11日(水)  ─ ファイナル? ─

 >>超巨大UFOを眺める!「ゴジラ」最後のエキストラを募集中

 「これで最後。本当にこれで最後だから。」と
 なかなか博打から足を洗えないダメ親父のように、
 最後最後と言いつつ続いてきたのが東宝のゴジラ映画だ。

 今回も、本当に最後かどうかは怪しいものだ。

 延々何十作とシリーズ映画を作り続けるというのは、日本映画によく見受けられる現象だ。
 世間では概ね肯定的に捉えられているようだが、
 エンタテイメントとしては停滞だと思う。

 かつてゴジラ映画を見た子供が、
 長じてオマージュとしてゴジラ映画を撮る。

 エポックメイキングなのは最初だけで、
 以後数十年間、結局はリメイクの繰り返し。
 既に、そこには新しさを感じられない。

 「10体以上の怪獣が登場!」とか言われても、
 思い浮かぶのは閉店セールの在庫一掃売り尽くし。

 もはやお約束となった、ゴジラから逃げ惑うエキストラ。
 そこから犠牲者が出るわけでもなく、本当に単なる記号だ。
 パターンをなぞっているだけでは、いかにも紋切り型で退屈。

 あからさま。

 悪いが俺は、「本当に、これで最後にしてくださいね・・・。」なんて言いながら
 大事な虎の子を渡すような、よくできた奥さんとは違う。


■2004年8月10日(火)  ─ 猫と夕闇。 ─

 西の空が紅く染まると、緞帳を引くように東の空から夕闇が包む。

 夕闇を受け入れた街に、静かに小さな灯りがともる。
 小さな灯りはやがて大きな光の渦となり、夜の街を明るく包み込む。


 悲しみを受け入れたあなたの心に、灯りをともすことができたら。

 今はただ、何の言葉も見つけられずに朝を待っている。

 ・・・。

 〜 数多のファンの一人として、「猫たまり」 良春さまに捧げる。


■2004年8月9日(月)  ─ ラッシュ。 ─

 世間では、そろそろお盆休みのシーズンだ。

 押し寿司の型みたいにぎゅうぎゅうに人が詰まった新幹線。
 高速道路の渋滞はヤマタノオロチとなり、8つの谷と8つの峰に渡って横たわる。

 陸路も空路も、帰省ラッシュやら出国ラッシュやら、
 いろいろとピークに達したりしていることだろう。

 それと同調するかのように、俺の慢性疲労もピークに達しつつある。

 ちなみに、俺の辞書には「お盆休み」の文字はない。
 お盆期間も普通に出勤だ。

 消化できない有給休暇と暗澹とした気持ち。

 降って湧いた残業手当のゴールドラッシュ。
 目の前に広がるは、荒涼としたコンクリートの不毛なフロンティア。

 既にやる気をなくしたフォーティ・ナイナーズがここに一人。

 ポケー。


■2004年8月8日(日)  ─ ドナルドのウワサ。 ─

 マクドナルドのCMで、「ドナルドのウワサ!」というのがある。

 何がしたいんだ、あれは。
 毎回、思わず倒置法でつぶやく。
 「ドナルドのウワサ!」編に限らず、最近のマクドナルドのCMは不快だ。

 「ドナルドのウワサ!」については、
 ドナルドというキャラクターを積極的に前面に押し出していこうとしているのだろうが、
 前面に押し出してしまって大丈夫なのだろうか。

 はっきり言ってしまえば、俺は子供の頃からあのドナルドというキャラクターが何か怖い。
 赤や黄色など、極彩色に彩られた道化風の風貌。
 しかも、流暢に日本語をしゃべっている不自然さ。
 妙に生々しいリアルさを有しつつも、あくまで非現実的な佇まいを崩さない。

 俺の無意識が、高らかに警戒のシグナルを発令する。
 能面を見つめたときに感じるのに似た、根源的な恐怖の感覚。

 今さら意外な一面を見せられたところでどうにかなるものでもないし、
 ドナルドのウワサといっても、噂の出処がマクドナルドなのはミエミエだ。

 CMの訴求対象が子供なのは何となく分かるが、
 それならばなおのことドナルドはスタメンから外すべきではなかったか。

 今日も今日とて大量にテレビから流れてくる、ドナルドに関するムダ知識。
 いかんせん、ムダな知識の数が増えても不快感は増すばかりだ。

 アメリカン。


■2004年8月7日(土)  ─ 現実感。 ─

 昼間、天気雨が降った。

 晴れ間から射しこむ陽射しに、大粒の雨粒がキラキラと反射する。
 見慣れた外の風景の上に、白く光る縦線が絶え間なくできては消える。

 いつ見ても思うのだが、不思議な感覚だ。
 現実感がすっと薄れて、虚構の色がにじみでてくるかのような。

 これを「狐の嫁入り」なんて呼んだ、昔の人のセンスに感心する。

 ***
 現実感が薄いといえば、
 「おさるがモンキッキに改名」というのもまるでリアリティがない。

 ブラウン管の向こうで、そっちだけ盛り上がって面白がっているような。
 お笑い番組なんかでスタッフの笑い声が入ったりすることがあるが、あんな感じ。
 かえって興ざめする。

 おさるを「モンキッキ」なんて呼んだ、細木数子のセンスのなさに感心する。

 嫌な予感。


■2004年8月6日(金)  ─ 「シュール」という名の弾丸で。 ─

 室温20℃のサーバルームで涼をとる。

 至福の時間。
 いっそサーバになりたい。

 ***
 そういえばアテネ五輪がいつ始まるのか知らない。
 何となく今週末くらいに始まるんだろうと思っていたが、それは高校野球だった。

 世間は本当にアテネ五輪で盛り上がっているのだろうか。

 ところで、オリンピック期間中しか盛り上がらない種目というのがあると思う。
 俺の中では、柔道とか体操はそういう種目に分類される。

 アテネ五輪特集をボーっと眺めていたのだが、
 ともすればオリンピック期間中でも盛り上がりそうにない、
 クレー射撃なんかに心惹かれるものがある。

 冷静になって考えてみると、
 他の選手が一生懸命走ったり飛んだり泳いだりしている隣で、
 ゴルゴ13みたいなことをしているのだ。

 ・・・シュールだ。
 むしろ心を撃ち抜かれた気がする。

 もし射撃の日本代表に、角刈りで太い眉、寡黙で眉ひとつ動かさない選手がいたら、
 実力の如何を問わずスター選手になれると思う。

 ゴルゴ。


■2004年8月5日(木)  ─ 馬肉のキモチ。 ─

 >>谷亮子、左足首を馬肉で治した

 谷亮子のショーマンシップが旺盛なのは結構だが、
 おかげで俺の中でどんどんアテネ五輪がどうでもよくなってくる。

 結局、金メダルを獲ろうが獲れまいが
 何か美談にされそうな予感がして、今からげんなり。
 「谷亮子物語」を半強制的に見せられているような不快感。

 おそらくは精肉店で馬肉を買ってきて使ったのだろう。

 馬刺しとして美味しく食されるために店頭に並んだであろう馬肉。
 食卓に並ぶことも暖かな団欒に包まれることもなく、なぜか谷亮子の足首に乗せられる馬肉。

 嗚呼、馬肉の無念さやいかばかりか。

 馬肉。

 まさか、自分が馬肉の気持ちになれる人間だったとは思っていなかった。
 やれば出来る子だった。

 1秒でも速く、1ミリでも遠く。
 そういうアスリートたちの飽くなき限界への挑戦とは全く関係ないところで、
 俺は俺なりに人間の限界を超えた気がする。


■2004年8月3日(火)  ─ ブームに縁がない。 ─

 少し前までダーツにはまっていた後輩が、
 今度は「北斗の拳」のパチスロにはまっている。

 会社の帰りに終電近くまでカチカチ押しているらしい。

 「だんだんコツがつかめてきたんですよ!!」と顔をほころばせるのだが、
 3年目なんだからそろそろ仕事のコツをつかんで欲しい。

 流行の波に、もれなく乗り遅れるという星の下に生まれた俺は、
 当然のようにダーツもパチスロも興味なし。

 瞳キラキラ。

 別に流行り物が嫌いというわけでもないのだが。

 本当にブームというものに縁がない。
 かろうじて、第2次ベビーブームに乗って生まれてきたくらいだ。


■2004年8月2日(月)  ─ 今、つながる過去。 ─

 夏休みといえば読書感想文の宿題だが、
 あれは本当に苦手だった。

 本屋で売っている課題図書を買ってきて読むのだが、全然面白くない。
 大して読みたくもない本を読んでいるのだから当たり前で、
 読後も原稿用紙にしたためるほどの感想はなかった。

 どうしても義務感が先に立ってしまう。

 本を読んで感銘を受け、誰かに伝えたい気持ちが生まれて、
 その衝動を文章という形に表現するのが自然な流れだと思うが、
 そもそも感想がないのに感想文を書けというのも無理な話だ。

 全く反省していないのに反省文を書くのに似ている。


 上司から、「業務改善の提案をしろ」との通達が来た。

 どうしたもんかね。

 改善すべき点が思いつかない。
 むしろ大いに現状に迎合したい。

 ありきたりな提案文書をまとめつつ、3枚の原稿用紙に向かったあの夏の日がオーバーラップする。


■2004年8月1日(日)  ─ CROSS WORD2に行ってみた。 ─

 家から歩いて15分くらいのところで、何やらクラブイベントがあるらしい。
 クラブなんて行ったこともないし、ネット上に知り合いもいない。

 そんな四面楚歌ともいえる状況下、
 町内の盆踊りにでも参加するようなノリで「CROSS WORD2」に行った。


 まず、クラブイベントに行ったことがないので、何をしていいか分からない。

 奥まったスペースにお菓子が用意されていたので、ひたすらにうまい棒を齧ってみる。
 ああ、いつ食べてもジャンクな味。
 勝手にバクバク食べてしまったが、あれは食べてもよかったのだろうか。

 それにしてもタバコの煙が目に染みる。
 パッシブスモーキングで鼻毛が3割増毛するんじゃないかと思う。

 とりあえず見よう見まねで、音楽に合わせて横揺れとかしてみる。
 うん。大丈夫、大丈夫。
 馴染んでる、馴染んでる。

 CROSS WORD2

 2時間くらいプラプラ横揺れしてたら、膝が笑っていた。
 股関節もゆわせたみたいだ。
 「お前はうまい棒でも齧ってろ」と遠まわしに言われているような。

 23時スタートで翌朝5時までの割には、時間を短く感じた。
 クラブイベントってのは、そういうものなのだろうか。

 何だかんだで最後までいたのだが、
 終わった途端睡魔に襲われ、挨拶もそこそこに家に帰って寝た。


 もう仕事以外ではオールのできない年齢にさしかかってきたんだなあと
 しみじみ黄昏る28歳、夏の夕暮れ。

 クラブイベントの本質は今もさっぱり分からないままだが、ああいう雰囲気は嫌いじゃない。
 「もう一度行け。」と言われたら、割と喜んで行くと思う。



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