Log (Sep 2004)

■2004年9月30日(木)  ─ 月見だんごセレナーデ。 ─

 台風一過。
 晴れ渡る青空と、曇った心境のコントラスト。

 豪雨による土石流のように、
 忙しさは容赦なく心の余裕を押し流していく。

 多分、随分とつまらない些細なことで
 カリカリしたりイライラしたりしているのだと思う。

 ***
 スーパーの安売りコーナーで、
 賞味期限の近い月見だんごが売られていた。

 二段階の値引きを感じさせる、
 二重に貼られた値引きシールが哀しい。

 月見だんごというと、
 三方の上に盛られた、白くて丸い団子というイメージがあるが、
 昔からウチで「月見だんご」といったら、
 細長い水滴の形をした、三色ういろうのような菓子を指す。

 月見だんご。

 米の粉を蒸して練り上げた、モチモチの弾力。
 口いっぱいに広がる、ほのかにうす甘い味わい。

 炭水化物の塊をくちゃくちゃ頬張りながら、
 自分はつくづくローカーブダイエットのできないタイプの人間なのだと痛感する。


■2004年9月28日(火)  ─ 平穏な日常を。 ─

 休暇明けのせいか、何だか気持ちに余裕のある一日だった。
 ことさら大袈裟に言うなら、「明鏡止水」というヤツだ。

 普段、随分とつまらない些細なことで
 カリカリしたりイライラしたりしていたのだなと思う。

 まるでビューネで潤ったお局様のお肌のようだ。
 まあ、二日もすれば元の木阿弥になるのだろうが。

 ・・・図らずもダブルミーニング。

 ビューネエンジェル。

 ***
 今週末に、ウチの区で市会議員の補欠選挙が行われる。

 それに伴い、近所を選挙カーがけたたましく走り回っている。

 あれも選挙活動の一環であることは確かなのだろうが、
 大音量で名前を連呼するだけなので、はっきり言えば迷惑だ。

 まるで絨毯爆撃のように、降り注ぐ騒音。
 あれで支持を呼びかけているつもりなのだろうか。

 信号待ちをしながら苦々しく睨みつけているのを
 「ご声援、ありがとうございます!!」とは、
 いったいどれほどのプラス思考なのか。

 ポリアンナの「よかった探し」も裸足で逃げ出すというものだ。

 選挙区はウチの区内だけなのだから、
 地道に自分の足で歩きながら、有権者と顔を付き合わせて
 遊説でもした方が好印象だと思うのだが。

 権利を行使するのは好きなので、多分投票には行くだろうが、
 どの候補者もどんぐりの背比べという感は否めない。


■2004年9月27日(月)  ─ 休暇の終わりに。 ─

 ひと月遅れの夏休みが終わった。

 5日間の休みは、思ったよりも長く感じた。

 他の人が働いている間、自分が休んでいるという状況に
 少なからぬ罪悪感を覚えてしまうのは、サラリーマンの哀しい性だ。

 明日から、また仕事。
 普段の日常に戻るだけだというのに、この夜が何故だか名残惜しい。

 まるで玉手箱をもらって竜宮城を後にする浦島太郎のような気分だ。

 せいぜい、仕事で「浦島太郎」状態にならないように頑張ろうと思う。

 ***
 さむい。


■2004年9月26日(日)  ─ ネコ科にメロメロ。 ─

 映画『トゥー・ブラザーズ』を見に行った。

 おすぎとピーコがCMをしていた、トラの兄弟の物語だ。

 冒頭から、子トラの凶悪なまでの可愛らしさにメロメロになる。
 たどたどしい足つきから、ふとした仕草まで、一挙手一投足がいちいち琴線に触れる。

 よくサファリパークで、「子ライオンを抱かせて写真を撮る」という
 アコギな商売をしていたりするが、
 今、「子トラを抱かせてあげますよ」と言われたら、絶対に札ビラを切ると思う。

 それくらい冷静さを失っている。
 それくらい、子トラを撫でくり回したい。

 トゥー・ブラザーズ

 ただ子トラが可愛いだけでなく、物語もなかなかよく出来ている。
 ハウスの世界名作劇場とかでやれそうな題材だと思う。

 動物好きなら、掛け値なしに涙腺に来る。

 心のなかに、じんわりと温かいものが広がるような、そんな感じ。

 ***
 余韻に浸りながらクレジットの後まで見ていたら、
 日本語のちょっとした注意書きが、いくつかスクリーンに映し出された。

 それが少しトリビアの泉っぽくて面白くもあり、
 見事に余韻を損ねてもおりという感じだった。

 余韻に浸りたい方には、
 クレジットが流れている間に席を立つことをおすすめする。


■2004年9月25日(土)  ─ 雑記三本立て。 ─

 花屋の店先に、ゴールドクレストが並んでいた。

 毎年、クリスマスシーズンにもらったりもする、定番の観葉植物だが、
 これまた定番のように、春を待つまでもなく枯らす。

 観葉植物はかなり生命力の強い植物だという印象があるのだが、
 ゴールドクレストの、スペランカー並みの虚弱体質は何なんだ。

 違いない。

 ***
 スーパーで見つけ、思わず購入した冷凍食品。

 冷凍あんかけパスタ。(←画像クリックで拡大)

 おそらく東海地方限定販売だと思われるのだが、
 キヨスクあたりで売った方が儲かるのではないだろうか。

 ***
 昨日、数年ぶりに名鉄(名古屋鉄道)に乗ったのだが、
 電光掲示板に「今、時速何キロで走行している」という情報が表示される列車があった。

 別に、ダイヤ通りに到着してくれれば、時速何キロで走ろうがどうでもいいのだが。

 どうせなら次の駅までの所要時間でも表示すればいいのに、と思ったが、
 時速99キロから100キロになった瞬間に、
 少なからずカタルシスを感じたのは内緒だ。


■2004年9月24日(金)  ─ ゆるゆる紀行 in 犬山。 ─

 きっかけは、ヤフーで見かけた情報だった。

 ・「トリック繪画邸」(犬山市):渡辺健一の油絵によるトリックアートを展示。

 トリックアート。
 エッシャーのだまし絵やマグリットの絵の類が好きな人間の心をガッチリ鷲掴みだ。
 犬山城にも近いし、ちょっと犬山観光でもしながら、
 のんびりトリックアート鑑賞でもしようかと思ったのが、この休暇の数日前のこと。

 しかし、実際に行ってみると、想像以上にユルかった。
 それこそトリッキーなくらいに。
 犬山市は名古屋の北に位置し、名鉄で新名古屋駅から急行で30分ほどだ。
 日本モンキーパークや木曽川のライン下りが有名といえば有名だと思う。

 犬山駅で、いきなりユルい観光キャラクターを目にする。

 ゆるキャラ。

 余計なお世話だが、大人の事情は色々と大丈夫なんだろうか。

 ***
 駅を1歩出ると、いきなり雷鳴が轟く。
 ちなみに本日、愛知県西部には大雨・雷・洪水注意報が発令されている。
 日頃の行いというヤツか。

 西口を出た旧城下町の辺りは、都市計画か何かなのだろうか、
 マンションのような建物がなく、古くからの長屋や店舗が残っている。
 何だか、ここだけ昭和のまま時間が止まっているような感じ。

 それはもう、個人商店にアイスクリームの「宝石箱」が売っていても驚かないくらいの勢いだ。

 コンビニもファミレスもない。
 俺が生きていくには過酷な環境だと思う。

 ***
 「トリック繪画邸」は、個人画廊といった風情。アットホームだ。
 それほど期待はしていなかったのがよかったのか、割と楽しめた。
 派手さはないが、心地よいユルさ。仕事は丁寧。
 子供向けというよりは、中高年向けかも知れない。

 観光地を楽しむコツは、期待し過ぎないことなのではないかと、ふと悟りを開く。

 ***
 ついでに、犬山城を見に行く。
 城の隣にある針綱神社に、何の説明もなく十数羽のニワトリが放し飼いにされている。

 群れる。 孤高。

 特にニワトリに関する謂れがあるわけでもなさそうだ。もしや神主の趣味か。
 朝早くここを参拝したら、産みたての鶏卵が拾えたりするのだろうか。だったらお得だ。

 神社の前の、いかにも観光地っぽい、ユルい土産物屋で木刀を発見して大喜びの俺。

 木刀。

 「観光地のお土産といえば木刀」というのは中高生のお約束だが、
 ここで木刀を買うというのは、とても間違ったテンションであると思う。

 何だか修学旅行に来ているような錯覚すら覚えてくる。
 有名であれ無名であれ、観光地の基本は土産物屋と値段高めのお食事処と150円の自動販売機だ。
 修学旅行先は、程度の差はあれ、こんなユルい感じだったはずだ。

 多分、「観光バス」・「級友と旅行」という修学旅行ならではのテンションがなければ、
 あの頃の俺も、今と同じような冷静な目でユルい観光地を眺めていたことだろう。

 十数年経ってようやく見破った、修学旅行のトリック。


■2004年9月23日(木)  ─ ネクタイを巡る葛藤。 ─

 お気に入りの水色のネクタイに、よりにもよってトマトソースのシミを作った。
 クリーニングに出したのだが、油分に溶剤が黒く染み付いて返ってきた。再起不能。

 リクルートスーツと一緒に買ったので、かれこれ7年ほど愛用していた計算になる。
 惜しみつつ、処分する。

 明るい色のネクタイはそれ1本しか持っていなかったので、
 仕方なしに買いに行った。

 秋の新作とやらがたくさん並んでいたのだが、
 どれもこれも高くて驚く。
 ネクタイ1本、1万3千円とは何事か。
 サービスランチを650円とするならば、ほぼ1ヶ月分である。
 言ってしまえば、あんなもん細長い布を3つに折っただけだろう。

 一瞬、このまま手芸用品店に駆け込んで
 メーター500円の生地か端切れでも買ってこようかという衝動に駆られる。

 すんでのところで踏みとどまり、店内をさらに奥へ。
 「1900円の商品3点で5250円」という、
 まさに貧乏人さんいらっしゃいと言わんばかりのスペースにて、
 ワイシャツ1着とネクタイ2本をカゴに投入。

 レジまで至る道なりに、あの1万3千円のネクタイがあった。

 ふと立ち止まり、じっと眺め、手に取り、生地を撫でる。
 俺には違いが分からない。モノの価値って何なんだ。

 多分、コンピュータの世界で言うところの、
 市販ソフトとフリーウェアくらいの違いなのだろう。

 だとしたら、端切れで作ったハンドメイドのネクタイというのもアリな気がしてきた。
 今年の冬、電通あたりが仕掛けたら、流行ったりしないものだろうか。
 手縫いのパッチワークのネクタイとか。

 もうひとつの葛藤。


■2004年9月21日(火)  ─ ヤマザキ秋のパン祭りのように。 ─

 23日から、祝日と有給休暇を利用して5連休を取る予定だ。
 1ヶ月以上遅い、今さらの夏休み。

 納期前だし当たり前。

 言い換えれば、「ひとりオータム・フェスタ」である。
 ヤマザキ秋のパン祭りみたいなものか。
 シールを集めて、もれなく有給休暇をプレゼント。

 ただし、納期は納期として存在するので、
 ある程度仕事を進めておかねば休むことはままならない。

 多分、今のままではシールが足りない。
 このままでは、白いお皿も有給休暇ももらえない。

 そんなわけで、目の前にニンジンをぶら下げられたまま、
 ひたすら仕事に励む一日。

 やはり、目標があるとモチベーションが続く。
 逆説的に言えば、そういう目標がないとモチベーションが続かない。

 折角もらった白いお皿が戸棚の奥で埃を被っているように、
 休暇後のテンションの低さが今から想像できる。

 「夏草や 兵どもが 夢のあと。」


■2004年9月20日(月)  ─ 黄昏る。 ─

 「秋は、夕暮れに趣きがある」と書いたのは清少納言だが、
 今の時期、黄昏の町の雰囲気は悪くない。

 日が落ち、夕闇が群青色に立ち込めて、
 交差点に立ち止まると、行き交う車の音がやけに大きく感じる。

 隣で青信号を待つ散歩中の犬が、
 所在なさげにアスファルトのにおいを嗅いでいる。

 薄暗く、何だか水中にでもいるような空気感の中で、
 ふと、横断歩道の向こう側に懐かしい友人が立っているような感覚にとらわれる。

 「逢う魔が時」というのは、こういうのを言うのだろうか。

 暫くして、町がすっぽりと夜に包まれると、
 あの湿った空気感は薄れ、今度は虫の音が大きく感じる。

 文句のつけようがないくらい、直球ど真ん中で秋だ。

 ***
 プロ野球再開のニュースを見た。

 紹介された街の声は、概ね好意的だったのだが、
 俺としては、↓こんな発言があってもいいと思った。

 それがすべて。


■2004年9月19日(日)  ─ コーヒーゼリーを巡る思索。 ─

 最近、コーヒーゼリーをよく買うようになった。

 コーヒーゼリー。

 しかし、いつもコーヒーをブラックで飲んでいる者から言わせると、
 あの甘いクリームシロップはあまり有難くない。

 しかし、クリームシロップが別になっているコーヒーゼリーは、
 大抵3個パックで158円くらいで売られている安物で、あまり口に合わない。

 「鳴かぬなら、鳴くのを育てろホトトギス。」
 ひたすらビターなコーヒーゼリーを食べたいのならば、
 自分で作ればいいという結論に達し、スーパーで板ゼラチンを購入。

 早速板ゼラチンを水でふやかし、コーヒーを淹れる。
 その間に、小さな片手鍋とゼリーの容器を用意する。

 何だか「栗原はるみ」みたいな気分になってくる。

 片手鍋にコーヒーを移し、ふにゃふにゃになったゼラチンを軽く絞って投入。
 鍋を弱火にかけながら軽く混ぜると、すぐにゼラチンはコーヒーに溶け込んだ。

 こういう「すぐに溶け込む」というスキルが俺には足りないなあと思ったりもするが、
 それはまた別の話だ。

 あとは容器に流しこんで粗熱をとって冷やすだけだ。
 気分が高揚し、「マーサ・スチュアート」みたいな気分になってくる。

 いや、それは飛躍しすぎだ。ダメな方向に盛り上がっている自分を制する。

 二時間後、冷えて固まったゼリーを一口。
 そのままの表現だが、アイスコーヒーをぷるぷるに固めたような感じ。
 素朴で大味だが、舌触りもよく、求めていたほろ苦さに近い。

 ここ数年、趣味らしい趣味など持たずにきた俺ではあるが、
 今日から「お菓子作りが趣味なんですよ」と言ってもいい気がしてきた。

 普通自動車免許にたとえるならば、「ゼラチン限定」ではあるが。
 限定解除の日は来ない。


■2004年9月18日(土)  ─ 何となく思ったこと。 ─

 オフィスのOA用品に、電磁波防止エプロンというのがある。

 前に勤めていた会社は、労働条件が劣悪な割に、
 電磁波防止エプロンやCRTディスプレイのちらつきを抑えるフィルターが支給されるなど
 変な部分で手厚かった。

 そんな話はどうでもいいのだが、
 とにかく、同期の女子社員のほぼ全員が電磁波防止エプロンを着用していた。

 それゆえ当時の俺は、それを割と一般的な光景として受け止めていた。

 しかし、転職後、いくつかの取引先を訪問したり、
 数社の常駐先に派遣されたりして感じるのは、
 電磁波防止エプロンのマイノリティさだ。

 そういえば、電磁波防止エプロンをあの会社以外で見たことがない。

 何だか、「あの頃は日本のあちこちにトキがいてねえ・・・。」と、
 遠い目をしてしみじみ語る老人のようでもある。

 ***
 プロ野球がストライキに入ったらしい。
 しかし、予想していたほどストライキっぽくない。

 プラカードとハチマキはどうした。
 「要求貫徹!!」とか声高に決起してはくれないのか。

 まるでシズル感のないステーキを見るようで、何だかガッカリ。

 ***
 女子レスリングの浜口京子とアニマル浜口を見るといつも思うのだが、
 アニマル浜口が裏方に徹していさえすれば、二割増しで美談になるのではないか。

 アニマル浜口、前に出過ぎだ。そして、暑苦しい。

 ***
 オマケ。


■2004年9月17日(金)  ─ 採用情報ウォッチャー。 ─

 仕事の関係上、新規上場企業のサイトを閲覧することがある。

 大抵は「IR情報」の確認で事は足りるのだが、
 必ずといっていいほど「採用情報」のリンクを踏んでしまう。

 別に中途採用に応募するつもりもないし、
 募集要項を鵜呑みにするほどピュアでもない。

 不動産のチラシを眺めるのが好きな主婦のように、
 採用情報を隅から隅まで眺めつつ、詮索するのが好きなのだ。

 新しいシステムキッチンに思わずうっとりと見惚れるように、
 充実の福利厚生に嘆息を漏らしてみたり。
 収納の少なさに不便さを感じて不満げな表情を浮かべるように、
 残業手当がないことに顔を曇らせてみたり。

 ディスプレイを見つめる眼差しは真剣そのもの。
 イマジネーションをフルに稼働し、
 限られた情報から、センテンスの隙間に隠された実態を読み取ろうと必死だ。

 読み取る。

 主に見るのは、手当、休日・休暇、福利厚生。

 長く勤めるために重要なのは、給与金額の高低ではなく、
 そういう要素なのではないかと思うようになった。

 結局、他の何を差し置いてでも高い給料を求める道はスプリンター系だ。
 最初のうちはいいが、次第に息があがって続かなくなる。

 多分、会社に求めたいものが分からなくて、
 初任給の額だけで前の会社に就職を決めたことへの反省なのだと思う。


■2004年9月15日(水)  ─ なぞのセントレア。 ─

 愛知県の常滑沖に建設中であり、2005年の開港を目指す新空港の名称を
 ずっと「中部新国際空港」だと思っていたのだが、
 何やら「セントレア」なる愛称があったらしい。

 世間的に認知されているのだろうか、この初耳な愛称は。
 空港関係者と一般人との間に、温度差を感じる。

 まあ、まだ開港までには日もあることだし、
 今は空回っているくらいがちょうどいいのかも知れない。

 個人的には、セントレアオリジナルキャラクターにぐっときた。

 その名も「なぞの荷物持ち」「なぞの旅人フー」「なぞのトリ」である。

 なにゆえのミステリアスなのか、まったく意図するところが分からない。
 すべてが謎のヴェールに包まれている。

 きっと、その謎のヴェールは、玉葱の皮のように剥いでも剥いでもきりがないと思う。
 それとも、つっこまれるのを待っているのか。

 何だか、別の意味で「セントレア」から目が離せなくなってきた。
 多分、空港関係者と俺との間にも、少なからぬ温度差があると思う。

 なぞ。


■2004年9月14日(火)  ─ 大相撲でごわす。 ─

 大相撲は、知っているようであまり知らない。
 番付というのだろうか、あのランク付けとか。

 横綱、大関の次にくるのは何だっただろう。

 専務と常務ではどちらが偉いのか、ときどき分からなくなるように、
 関脇と小結の序列がよく分からなくなる。

 関脇と小結は、間違えたところで微笑ましいものだが、
 専務と常務の序列を間違えるのはサラリーマン生命に関わる致命傷だ。

 会社員のヒエラルキーをスラスラ暗誦できる人は多いだろうが、
 大相撲の格付を全部言える人はそれほど多くないはずだ。
 相撲人気の低迷というのは、つまりそういうことなんだと思う。

 日本相撲協会のサイトを見ながら思ったのだが、
 昔ながらの格付の名称とは対照的に、最近の力士のしこ名は何だかとてもハイカラだ。

 「阿夢露(あむうる)」は「来夢来人」のようでもあり、
 「舞風」「星風」はタカラジェンヌのようでもある。

 是非、高らかに歌いながら土俵入りして欲しい。

 などと思いつつサイトをウロウロしていたら、
 大相撲の携帯サイトで、現役力士の「着ボイス」を配信中などというニュースを見つけた。

 普段、二言目には伝統だの格式だの言っている割には、
 意外と浮ついている。

 普段、職場ではおとなしいあの子が、
 休憩室でふんぞり返って、勢いよく鼻から紫煙を噴出しているのを見かけたような、
 それくらいの意外さ。

 意外。


■2004年9月13日(月)  ─ 寿司くいねえ。 ─

 週末モードを引き摺って、仕事に今ひとつ身が入らない。

 残業しても、さして進みそうもなかったので、
 思い切って早めに職場を後にする。
 気持ちを切り替えるため、景気付けに寿司でも食べようと
 回転すし屋に入った。

 客はまばらで、ベルトコンベアにもそれほど寿司は流れていない。

 お品書きを見ながら、ガリを齧り、お茶をすする。
 とりあえず、安いところから「たこわさび」と「ネギとろ」を注文。

 待つかたわらにも、お品書きの一品一品をためつすがめつして見る。
 次は何がいいだろう。少し高いのをいっとくか。
 「たこわさび」と「ネギとろ」を頬張りつつも、お品書きから目は離さない。

 「サーモンタルタル炙り」は旨そうだ。
 あと、やはり「はまち」は外せない。
 3席ほど離れた、隣のオヤジが注文した尻馬に乗って注文する。

 あとは、腹の具合と懐の具合で調節だ。

 あと600円分くらい食べるとして、
 安いのを3皿にするか、高いのを2皿にするか。
 またもや、お品書きとにらめっこだ。

 ふと、何だかカラオケボックスにいるみたいだと思った。

 食い入るように見つめるのが、お品書きか歌本かという違いだけで、
 回転すしもカラオケも、本質的には自己との対話なのかも知れない。

 全国共通。


■2004年9月12日(日)  ─ ミラクリン。 ─

 ***
 酸味を甘く感じさせるミラクリンを摂取したら、
 寿司も甘く感じるのだろうか。

 琵琶湖の鮒寿司とか。
 スウィーティ・鮒寿司。

 奇跡

 ***
 小学生の頃、ザリガニ釣りに行ったことがある。

 隣の区にある小さな池で、緑色の高いフェンスで囲まれているのだが、
 フェンスに空いた穴をくぐって中に入った。
 昔のフェンスには、少なからず大きな穴が空いていた気がする。

 池のほとりには雑木林があって、木漏れ日が茶色い水面を照らしていた。
 棒にタコ糸を結んで、先っぽにスルメや煮干を結わえた釣具を垂らすと、
 赤黒いアメリカザリガニが割と簡単に釣れた。

 車で出かけた帰り道、渋滞を避けようと裏道に入ったら、
 二十年ぶりくらいにその池の辺りを通りがかることになった。

 雑木林は切り開かれ、池は護岸工事で固められ、
 あの頃の面影は何一つ残っていなかった。
 多分、あの池にザリガニ釣りに来る小学生はもういないのだろう。

 昔と全く変わらないまま残っているのも郷愁を誘うが、
 昔の面影を残さぬほどに変わってしまった光景というのも、
 何だか自分と同じだけ時の流れに晒されたようで趣き深いものがある。

 変わり果て、酸味のきいた光景も
 甘く優しい思い出が包み込む。

 郷愁は、人生のミラクリン。


■2004年9月11日(土)  ─ 陰謀のセオリー。 ─

 同時多発テロの番組を見た。
 JFK暗殺みたいになってきたと思う。

 異星人とコンタクトしたり、世界を牛耳ろうとしたり、
 アメリカ国務省ほど陰謀の香りと機密の壁が似合う機関は珍しい。

 このところの台風や地震も、アメリカ国務省の陰謀のような気がしてくる。
 陰謀のセオリー。

 ***
 プロ野球のストライキが回避されたそうだ。
 野球に興味がないので、事の経緯がよく分からない。
 ただ、ユニフォームを着ていない野球選手はどう見ても普通の人だなと思った。

 一口に「ストライキ」と言うが、もし決行していたら何をしていたのだろう。

 ストライキというと、「待遇改善」とか「要求貫徹」とか書いたはちまきをして、
 赤字で「ベースアップ」とか書かれたプラカードを掲げて気勢を揚げるイメージが強い。

 プロ野球選手がハンガーストライキとかしていたら面白いと思う。

 ひょっとしたら今回のスト騒ぎも、誰かの陰謀なのか。
 陰謀のセオリー。

 感想。


■2004年9月9日(木)  ─ イノベーションとノスタルジー。 ─

 MicrosoftのWordや、ジャストシステムの一太郎などの文書作成アプリケーションを総称して、
 「ワープロソフト」と呼ぶことがある。

 割と普通に使われている単語だと思うが、
 今の若者は「OASYS」や「書院」といった、
 いわゆる「ワードプロセッサー」を知っているのだろうか。

 印刷も遅い。

 熱転写のインクリボンや2DDのフロッピーは、
 既にノスタルジーの域に達している気がする。
 イノベーションはドッグイヤーだ。

 敢えてダジャレでいうならば、「スピーディー・ワンダー」。
 イノベーションはファンクである。

 ダイヤル式の電話あたりもそうだが、
 もうレッドデータブック並みの絶滅危惧種なのではないだろうか。

 知らず知らずのうちに、新しい技術・新しい製品が浸透し、
 慣れ親しんでいたはずの技術・製品が時代遅れの旧式になっていく。

 EdyやSuicaのような電子マネーも、今は物珍しく映るが、
 いずれはそれが主流になっていくのだろうか。

 10年後には、今ワープロを懐かしむように、
 紙幣や硬貨にノスタルジーを感じたりしているかも知れない。

 あと、法律用語でパソコンのことを「電子計算機」と呼んだりするが、
 その上位互換っぽい言い回しは、何だか「原動機付き自転車」みたいだと思う。


■2004年9月8日(水)  ─ お役所仕事。 ─

 残業中にヤフーのニュースを見ていた。
 年賀状が11月1日から発売されるというニュースが目に留まる。

 もう年の瀬の話題か。

 まだ暑さも残る秋口に、コンビニのレジ横でおでんが湯気を立てているような、
 階段を三段飛ばしで駆け上がるくらいの季節の先取り。

 あわてんぼうのサンタクロースも裸足で逃げ出すというものだ。

 しかし、そんな時期に売り出したところで、誰が買うのだろう。
 個人向けというより、業者向けのインフォメーションなのかも知れない。
 小売店とか、印刷会社あたり。

 ハワイ旅行やデジカメなどの賞品を揃えたり、
 年賀状を送った人にも賞品が当たるキャンペーンをしたりと、
 手をかえ品をかえ、年賀状の売上を伸ばしたい算段のようだが、
 年賀状が配達されずに捨てられる事態の再発防止策でも発表した方が
 よっぽど印象が良いのではないかと思ったりもする。

 年賀状は、ある意味、個人情報のカタマリだ。

 それが確実に相手に届くという保証が失われた以上、
 年賀状の仕組みは電子メールの仕組み以下だと思う。

 ***
 通勤定期が切れた。

 毎回、定期券の自動発売機で継続定期を購入するのだが、
 名古屋市営地下鉄の定期券自動発売機は
 駅構内の、奥まった分かりづらい場所にあることが多い気がする。

 どっちが体だ?

 扱う金額が大きいからだろうか。
 それほど頻繁に利用されるものでもないからだろうか。
 それとも、窓口で購入しないことに対するあてこすりか。

 三ヶ月に一度、周期的に湧いてくる疑問。


■2004年9月7日(火)  ─ 雑感二本立て。 ─

 朝8時半頃、地震があった。

 ちょうど朝礼をしていたので、職場の全員が起立した状態だったのだが
 俺は、「あれ?今朝は何だか立ちくらみがするなあ。」くらいに思っていた。

 建物がガタガタと揺れる音を立てるに至り、ようやく地震であることに気付く。

 昼休みに雑談をしていたところ、
 俺と同じように「何だかくらくらするなあ」と思っていた同僚が3人いた。

 きっと、立っていたので重心が高い位置にあり、
 身体が揺れることで自然と免震されたのだと思う。

 横浜みなとみらいのランドマークタワーが採用している免震技術と同じ理屈だ。

 ランドマークタワーの免震技術はいいのだが、
 「東南海沖地震はいつ起きてもおかしくない」と言われる昨今、
 もう少し地震に対して敏感であってもいい気がする。

 ***
 ブルガリア出身の力士である琴欧州に、
 「ブルガリアヨーグルト」のメーカーである明治乳業が化粧まわしを贈ったそうだ。

 「ブルガリア」つながりとは、何だかクモの糸のように細いつながりだ。
 むしろつながっていない。

 化粧まわしのデザインにも首をかしげずにはいられないのだが、
 ヨーグルトのパッケージを思わせる図案に、何故か薔薇の花があしらってある。
 会社名もバッチリ刺繍されていることは言うまでもない。

 何か、これと酷似したものを知っているような気がしてならなかったのだが、
 卒業記念品と称して学校がくれる粗品と似ている。

 人に物を贈るときは、相手の気持ちに立って、贈って喜ばれるものを贈りたいものだと思った。

 嬉しくない。


■2004年9月6日(月)  ─ 「おはし」と「レイク」。 ─

 台風が相次いで上陸したり、立て続けに地震が起きたりと、
 何だか最近災害に見舞われる日本列島である。

 9月といえば9月1日は防災の日であり、
 防災の日といえば避難訓練なのであるが、
 小学校以来、避難訓練などした記憶がない。

 そういえば、小学校の避難訓練には、
 何か標語のような合言葉があったような気がするが、すぐに思い出せない。
 確か「おやつ」のような語感だった気がする。

 そうだ、「おはし」だ。
  「お」 : 押さない
  「は」 : 走らない
  「し」 : しゃべらない

 EXIT

 それぞれ尤らしいことを言っていると思うが、
 それを「おはし」で括るのはどうかと思う。
 牧歌的というか、眉をひそめたくなるほど緊張感がない。

 避難訓練においては往々にして、
 浮かれた小学生は「しゃべらない」を遵守できず、
 訓練後、校長に説教されるのが常である。

 が、実際にエマージェンシーな状況下にあっては、
 呑気にしゃべっている精神的余裕はないと思う。

 「押さない」「走らない」に比べて、
 「しゃべらない」の立たされた曖昧なスタンス。

 レイクエンジェルでいうなら、
 いかにも大変そうな「レ」と「イ」の人に比べて、
 いかにも楽な姿勢の「ク」の人に対して感じる違和感に似ている。

 ***
 「避難訓練・おはし」でググったところ、
 やたら気合の入った避難訓練をしている小学校があった。

 子供の教育に関して、
 こういうリアリズムの追究に手間を惜しんではいけないと思った。


■2004年9月5日(日)  ─ 雨の日にジャズを。 ─

 台風で落ちなかったリンゴを、
 「落ちないりんご」として販売できるご時世だ。

 灰を被ったキャベツだって、
 「シンデレラキャベツ」と銘打てば売れるような気がする。

 こういうときには、いっそ開き直るくらいの発想の転換が必要だと思う。

 ***
 加入しているケーブルテレビのウェザーニュースが、
 バックミュージックでジャズを流しているときがある。

 普段は少しばかり違和感があるのだが、
 今日のような雨が降りしきる日にはジャズが絶妙にマッチすることに気付いた。

 雨の日に、ジャズ。
 今までの自分にはなかった新機軸だ。
 きっかけはどうあれ、ジャズに心地よさを見出すのは大人な感じがする。

 道路が軽く冠水するくらいの土砂降りのなか、ジャズのCDを買いに行った。

 ちゃんと聴いてみると、ジャズもなかなか。

 ジャジー。

 これなら、台風18号や19号が上陸しても大丈夫だ。

 吹き荒れる暴風も、叩きつける豪雨も、
 すべてはジャジーナイトのモダンでメローな雰囲気に包まれる。


■2004年9月4日(土)  ─ 真夜中にGoogle。 ─

 なかなか寝付けない夜、
 ぼーっと天井を眺めていると、どうでもいい思索が浮かんでは消える。

 本当にどうでもいいことしか考えていないのであるが、
 たまに、鋭い鈎針でも付いているかのように脳裏に引っ掛かって外れないことがある。

 昔、高校生クイズかアメリカ横断ウルトラクイズか何かで、
 「世界一長い首都名は何?」みたいな問題があった気がする。
 確か、スリジャヤ何とかかんとか。
 あれの正解は何だったっけか。
 で、それはどこの国の首都なんだったかなあ。

 気になって、余計に眠れなくなる。
 ノソノソと起きだし、パソコンの電源を入れ、「スリジャヤ」でググる。

 ああ、「スリジャヤワルダナプラコッテ」。
 そうそう、スリランカの首都だった。

 納得。

 すっきり納得して横になるも、目が冴えて眠れない。
 そして、またどうでもいい疑問が浮かんでくる。
 今度は、「コエンザイム」というフレーズが頭から離れなくなる。
 思い出せない。何だ、コエンザイム。

 コ・エンザイムのように、「コ」と「エンザイム」で別々の意味とか持っていそうだとか、的外れな思索を巡らせる。
 エンザイムとエルガイムは少し似ている。

 気になって、余計に眠れなくなる。
 再度ノソノソと起きだし、パソコンの電源を入れ、「コエンザイム」でググる。

 何のことはないサプリメントで、少しガッカリ。

 秋の夜は長い。眠れない夜はなおさらだ。
 そして、眠れない夜の必需品、なくてはならないGoogle。


■2004年9月3日(金)  ─ ジェンガな毎日。 ─

 急に朝晩冷え込むようになった。
 シベリア寒気団が、加速度をつけて秋を運んできたようだ。

 秋の訪れはシベリア超特急。

 ***
 仕事というのは、
 微妙なバランスの上に成り立っているという点でジェンガに似ている。

 ひとつのブロックでさえ、少し間違えばバランスを崩して倒れてしまうジェンガ。
 一度にいくつも動かそうとすれば、なおさらだ。

 今にも倒れそうにゆらゆら揺れているのを、
 手のひらをかざして倒れないように念を送っているような、そんな毎日。

 そんな俺をあざ笑うかのように、ますます不規則に積まれていくブロック。

 染之助・染太郎並みのバランス感覚が欲しい。

 ゆらゆら。

 ***
 『へんないきもの』 (早川いくを著、バジリコ)を読んだ。
 世の中には、変わった生態の生き物がいるものだ。

 読んだ後、何となく思ったのだが、
 一番「へんないきもの」は人間なのではないだろうか。


■2004年9月1日(水)  ─ マゼラン。 ─

 「カラープリンタのトナー取ってきて。」

 「何色が要ります?」

 「とりあえず全部。シアン、マゼラン、イエロー!」

 言いたいことは分からないでもないが、
 マゼランは世界一周航海をした大航海時代の人物だ。

 マゼンタ。

 ***
 「世界一周」と簡単に言ってはみたものの、
 大航海時代の世界一周は、今の俺が想像する世界一周とは全く意味が違うのだろうと思う。

 そもそも地球が丸いという確証も、戻って来られるという確証も、海図すらないまま船出するのだ。

 現代で言うなら、NASAのバックアップなしに、
 スペースシャトルであてずっぽうに上を目指して火星に到達するようなものか。


 関係ないが、マゼランの航海は「スタートレック」に似ているような気がする。

 ***
 「航海」というのは、人生に喩えられたりするなど、
 教訓や示唆に富んだ要素がある。

 「船頭多くして船山に登る」というのは、まさに俺の置かれている状況を的確に表現してやまない。

 愚かなドリーマー、呆れたビリーヴァー。



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