Log (Apr 2006)

■風呂敷。

 名古屋市博物館で開催中の「世界大風呂敷展」を見に行った。

 世界各国の風呂敷も興味深かったが、
 日本でも昭和50年代までは日常的に風呂敷が使われていたことを知り、少し驚く。

 ほっかむりに唐草模様の大風呂敷といえば、
 今ではリアリティに欠ける泥棒のステレオタイプであるが、
 自分が生まれた頃まではある程度のリアリティを持って語られたのであろうか。

 前々から古美術に興味があるという自覚はあったのだが、
 日本の古い風呂敷のトラッドな様に目を奪われる。

 家紋が入っていたり、柄のセンスが良かったり、何だか妙に格好いいのだ。

 そんな一方で「もったいない風呂敷」には、そんな格好よさを全く感じなかった。
 イトーヨーカドーの婦人ものスカーフ売り場に売っていそうな柄と、
 ゴリエがプリントされた柄である。

 ・・・それこそ勿体ないんじゃなかろうか。

 ところで、風呂敷は全てゼムクリップで留められて展示されていた。
 あえてコテコテの事務用品を使用する堅実なリユースっぷりに、
 もったいない風呂敷以上のエコ意識を感じた。

 ゼムクリップ。


■カカオ99%。

 遅ればせながら、「チョコレート効果」のCACAO99%を買ってみた。

 口の中でゆっくり溶かしている分には良かったのだが、
 うっかり噛んで割ってしまったところ、
 未だかつて口にしたことのない、悶絶するかのような苦味が口いっぱいに広がった。

 古代マヤ文明に生きた人々は、こんな苦いものを食べていたのか。

 マヤだけに。

 最初のひとかけを食べて満足、いや、むしろ降伏したので、
 残りをどうやって消費したものかと思案に暮れていたのだが、
 試しに3かけほどマグカップに割り入れ、牛乳を注いで電子レンジにかけてみた。

 ・・・ビターなココアである。これなら飲めそうだ。

 先人たちも、こうやって苦味を克服するための工夫を重ねていったのであろうか。


■奇術。

 アメリカのマジシャンが、
 水をいっぱいに入れたコンテナに潜って7日間過ごす、という試みに挑むらしい。

 以前にも、宙づりになったガラス張りの箱の中で食事をとらずに44日間耐える挑戦やら、
 氷塊の中で62時間過ごす挑戦やらをしたこともある人のようなので、
 おそらく電撃ネットワーク系の芸風なのだろう。
 何をするにしても、時間をかけないと気が済まないのだろうか。

 マジックの醍醐味は、短時間における密度の濃い緊張にあると思うので、
 だらだらと時間をかけてしまっては見る側の緊張の糸も弛緩してしまうような気がする。

 挑戦の内容に関してはとても真似できないと思うが、
 他者の共感を得られるかという観点で考えると、紙一重で自己満足でしかない。

 むしろ。

 マジシャンを名乗る以上、
 引田天功ばりの脱出イリュージョンの一つも見せて欲しいところではある。


■チョコレート。

 カカオ分の高いチョコレートが話題である。

 俺はチョコレート効果のCACAO72%までしか食べたことはないのだが、
 カカオ分99%の板チョコがあると専らの評判である。

 カカオ分99%って、何だそれ、古代マヤ文明のチョコレートか。
 ある意味、原点回帰である。

 カカオを水と混ぜて攪拌しチリパウダーを入れて飲むのが、
 「ショコラトル」と呼ばれる古代メキシコでの飲み方だというのを何かで読んだ記憶があるが、
 それが出来てしまうのではないか。

 先人たちが、少しでも苦味を緩和して美味しく食べようと
 砂糖を入れたり、ミルクと混ぜ合わせたりしてきた苦労も水の泡である。

 ぱっと見のインパクトや話題性以外に購入意欲を喚起されないような気もするが、
 果たして継続的に売れるのだろうか。

 ・・・もしかして、青汁みたいなポジションか。

 ビター。


■青いフリカケ。

 「DIET FURIKAKE」という商品名の、
 青いふりかけが注目を集めているというニュースを見た。

 確かに青い粉末のかかったご飯は食欲をそそらないが、
 明治生まれが見たら「食べ物で遊ぶな。お米には7人の神様が・・・」と言われかねない。

 色彩心理学。

 恐らく、小腹が空いた分、間食が増えるような気がする。

 また、最近は米の国内消費量が年々低下し、
 それほど米飯を食べるわけでもないというのも泣き所である。
 毎食毎食ドンブリ3杯にご飯てんこ盛りでガツガツ食べているならまだしも、
 普段茶碗に1杯程度食べている米飯を多少減らした程度で、
 そんな如実に変わるものなのか。

 青いご飯のお守りストラップが付いてくるくらいなので、
 どこまで本気で売っているかが分からない。

 いっそのこと、青い色メガネをかけて食事をすればいいような気もする。


■相対性理論。

 新しいプロジェクトが始まったものの、進捗はあまり芳しくない。

 複数の企業で進める予定なのだが、
 会社間のスケジュール感の認識相違の溝がなかなか埋まらないのだ。

 連日、長々と続く会議を聞いていると、
 何だかどちらの言い分にもそれなりの説得力があるような気がして、
 それって「相対性理論」のようだな、などと考える。

 皮脂テカ。

 文系なのであまり詳しくは知らないのだが、
 相対性理論とは、絶対的な基準がなく、状況に応じた相対的基準しか存在しない、
 つまり、複数の時間の流れが存在する理論ではなかったか。

 まあ、この相対性理論に関する理解については
 この間読んだ『99.9%は仮説』(竹内薫・光文社新書)という新書の受け売りなのだが。

 ところで、相対性理論といえば有名なのが、
 「E=mc^2」:エネルギー(E)は質量(m)と光速(c)の2乗の積によって求められる、であろう。

 またも『99.9%は仮説』の受け売りになるが、
 それはつまり、停止している物体であっても光速の2乗のエネルギーを持っている、
 ということらしい。

 今のところ、停止しているプロジェクトが持っているエネルギーはほぼゼロなので、
 そういう意味では相対性理論とは程遠い。


■書き順。

 仕事帰り、後輩と回転寿司を食べに行った。

 食事中、たまたま漢字の書き順の話になり、それが思わぬ盛り上がりを見せた。

 俺は書き順にこだわらずに三十年生きてきたので、かなりいい加減な書き順なのだが、
 後輩も後輩で何だか怪しい書き順なのだ。

 以下、いくつか例を挙げてみるので、
 自分はどちらの書き順で書くか、どちらが正しいのか、少し考えてみていただきたい。

 属。

 母。

 年。

 用。

 田。

 重。

 建。

 終いには寿司も頼まず、店内のありとあらゆる漢字に関して書き順を比べては
 何だか妙に盛り上がっていた。

 パソコンを使っていると漢字が書けなくなる、とはよく言われるが、
 書き順に関しては手書きしていても間違えているわけで、
 もう今さらどうにもならない。

 日本語、ムズカシデスネー。

 【解答】(角川最新漢和辞典より)
 「属」:後輩が正しい。 「母」:後輩が正しい。 「年」:俺が正しい。 「用」:俺が正しい。
 「田」:後輩が正しい。 「重」:俺が正しい。 「建」:後輩が正しい。


■お札チョコレート。

 スーパーの駄菓子コーナーで見つけた、コインチョコならぬお札チョコレート。

 チョコレート。

 やたらと精巧に印刷された壱万円札の右下には、
 「お金のカードいり」の文字が躍る。

 中身を確認してみると、
 これまたやたらと精巧な千円札を模したカードが入っている。

 ピン札。

 一応、「子供銀行券」とは書いてあるのだが、
 本物のお札をカラーで縮小コピーしたんじゃないかというくらい、
 不必要なまでにリアル志向である。

 ウハウハに儲かっている比喩で「まるで、お札を刷っているようだ」という言い回しがあるが、
 これはまさにそれなんじゃないか。
 抽象的な表現として羨ましい限りであるが、具体性を纏うと何だか間抜けである。

 もし自分に5歳くらいの子供がいたとして、
 「好きなお菓子を一つだけ買っていいよ」と言ったときに
 これを持ってこられたら、地味にショックかも知れない。

 何なんだ、その歳で拝金主義か。

 それとも、むしろ老後の安心に思いを馳せ、頼もしく思うべきなのか。

 対象年齢はいくつだ。


■統計。

 1世帯当たりの年間の支出金額及び購入数量が集計されている、
 「家計調査からみた品目別支出金額及び購入数量の県庁所在地別ランキング」が面白い。

 名古屋市(2位)と岐阜市(1位)の喫茶代に費やす金額が高かったり、
 長崎市のカステラの購入金額がズバ抜けて高かったりという結果に、思わず納得する。

 しかし、一方でスイカの購入金額の1位が名古屋市だったり、
 ケチャップの購入金額・購入数量において岐阜市が1位だったりと
 思いもよらぬ結果に驚いたりもしている。

 エビふりゃあとか言う割に。

 ・・・そんなに購入していたろうか、スイカを。
 また、ケチャップの購入が多いことの意味するところは何であろうか。

 恐らく、世の中には答えの出ない命題というのもあるのだと思う。
 よしんば解けたとしても、あまり意味のある命題ではない、というのも事実である。


■規格。

 仕事中に不意な腹痛に襲われ、
 自販機でミネラルウォーターを買ってきて正露丸を飲んだ。

 心当たりなし。

 「毎回思うが、大人(15歳以上)1回4錠というのは多くないか・・・?」と
 余所見しながら正露丸のフタを締めたのだが、
 よく見たら正露丸のフタではなくペットボトルのキャップを付けていた。

 しかも、それがピッタリと嵌まっている。

 正露丸。

 「うおっ」と地味に驚いて、一瞬腹痛を忘れた。

 どうやら、正露丸の瓶の口径とペットボトルのキャップの口径はほぼ同じらしい。
 よく分からないが、JIS規格か何かで決まっているのだろうか。

 普段、あまり規格というものを意識することはないが、
 ありとあらゆるものには規格があり、それに従って製造されている。

 そんな事を考えながら周囲を見回してみると、
 世の中を律している目には見えない決まりごとが見えるような気がして、何だか面白い。


■無粋。

 無粋な春の嵐が、5分咲きの桜を激しく揺らしている。

 ビュゴオォォ。

 ***
 花見の時期と選挙の時期が重なると、
 立候補者が花見会場に遊説に来ることがあるが、
 あれにどれだけの効果があるのか分からない。

 どう考えても花見の席には無粋であるし、
 人の集まるところとはいえ、大半が酔っ払いである。

 まずまともに話を聞くわけがないし、
 聞いたところで忘れてしまうのが関の山である。

 投票が近付いて、焦っているのだろうか。
 「人が集まるところなら、もうどこでもいいから遊説しとけ」という感じで、
 なりふり構わず遊説して回っているのかも知れない。

 それは何だか、テストの終了時間が近くなって、焦りに焦って
 何でもいいからとにかく空欄を埋めとけ、という学生に似ている。

 俺の経験から言わせてもらえば、その手の足掻きは大概が無駄に終わる。


■タスキ。

 安藤美姫が一日警察署長をした、というニュースを見た。

 一日警察署長といえばタスキというのは定番であり、
 ご多分にもれず安藤美姫もタスキを掛けていた。

 しかし、何であれはタスキなのだろう。何か規定でもあるのか。

 タスキ。

 一日警察署長を除けば、
 ミスりんごやミスこけしといった「ミス○○」であったり、
 選挙中に遊説する立候補者、もしくは駅伝走者くらいしか掛けない、タスキ。

 一日警察署長やミス○○といった肩書きや立候補者の名前、学校名など、
 要するに自己や所属団体をアピールするツールの一種であることは分かるが、
 21世紀にもなってまだタスキである。

 もうちょっとこう、何らかの技術革新やらモードの変化やらがあってもよくないか。

 駅伝はルール上、タスキを使う必要があるから仕方ないとしても、
 一日警察署長やミス○○や選挙活動に関しては、
 旧態依然を是とするようなお役所的な属性を持つという共通点があるような気がする。



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