歴史言語学ノート

目次


「面白い印欧比較言語学」


やはり比較言語学は印欧モノが面白い。
アンドレ・マルティネの「印欧語族のことば誌」(ひつじ書房)という本を読んでおおいに感動した。
面白い。非常に面白い!

それでこの連載を始めることにした。

(それになんといっても、印欧比較言語学は、比較言語学の「規範」である。「本業」の「日本語の起源」を論じる上でも色々と参考になる事が多い。)


以下がネタ本である。
しかし単なる要約では芸がないので、今までに仕入れた知識と合体させて、なるべく話しが面白くなるような解説を試みた。


A.マルティネ著 「印欧人のことば誌」(ひつじ書房) 2003年

訳者は、神山孝夫氏(大阪外大)であるが名訳と思う。多くの訳注によって訳書の方が原著よりも優れた著作になっているとさえ思われる。私は比較言語という学問は、知的冒険エンターテイメントだと思っているが、そのオモシロさのエッセンスが詰まった著書である。私には推理小説のように面白い本だった。


神山孝夫著 「印欧祖語の母音組織」 -研究史要説と試論- (大学教育出版) 2006年

上の本の訳者である神山氏の著書である。題名だけ見るといかめしい専門書のように思えるかもしれないが、岩波新書から出ている「言語の誕生」(風間喜代三箸)よりもずっと分かりやすいし、読み物としても面白い。(特に「ソシュールの孤軍奮闘」と題された節の前後あたりからが白眉である!) 上のマルチネが「推理もの」とすれば、こちらは「ドラマ」である。 そもそも印欧祖語の母音がどのようなものだったかについては、学説が二転三転してきたワケであるが、その詳しい経緯が学者どうしの角逐といった人間ドラマを交えて描かれている。

神山先生のサイトへのリンク。

神山研究室HP と 業績紹介ページ (著書・論文リストなど)

前者のリンク先から、マルチネの訳書や著書の序文などを見ることができる。
後者からは神山氏の論文を閲覧できる。「印欧祖語のアップラウトと文法構造の発達」という論文は、印欧祖語が孤立語的・能格的言語から屈折語的・対格的言語に発展した過程や、印欧語の母音交替の起源について論じられている。


本文 

第一話: 「予言」  

1879年、21歳の若き天才が、失われた印欧祖語の音韻の存在を理論的に予言した。「現代言語学の父」、ソシュールである。
その音は、喉の奥で発音されたと推定されたため、彼の予言は「喉音理論」と呼ばれる事になった。


第二話: 「発見」と「再発見」 

1915年、チェコ人の言語学者フロズニは、紀元前2000年にトルコ半島を中心に一大帝国を築いたヒッタイトの言語の解読に成功した。その言語が印欧語であった事は学会に衝撃を与えた。しかもその言語には、ソシュールの予言したまさにその場所に喉音が存在したのである!しかし皮肉なことに、ヒッタイト語解読の切っ掛けを与えた「食べる」という語は、ソシュールの予言とは合わない。天才ソシュールの予言は成就したのか、それとも誤りだったのだろうか?


↑ 当初の予定では喉音理論で四話くらいの構成の読み物にするつもりだったが、挫折。「喉音理論」誕生のいきさつやその後の展開について興味を抱いた方は、上で紹介した神山先生の本を是非読んで頂きたい。



「歴史言語学あれこれ」

以下は、歴史言語学を勉強している時に遭遇した面白いネタの紹介である。下の「フランスでも『マクドナルド』は「マクド」である。」は「トリビアの泉」でも紹介され、見事「銀の脳賞」を獲得したネタである。

語源

借用語:

  1. フィリピンのある父親が、アメリカの「守護聖人」にちなんで、自分の息子の名前をつけました。その「守護聖人」とは意外にも・・・。
  2. フランスでも「マクドナルド」は「マクド」である
  3. 「ケチャップ」の意外な語源
意味変化:
  1. バイト(Arbeit)」と「ロボット(Robot)」と「孤児(orphan)」が同じ単語だった事
  2. 女預言者「カサンドラ」にインド人の親戚がいた事 


形態・文法
  1. ジョンは医者です。」 こんな簡単な文章がどういう経緯で成立したのか、謎だということもあるのです。インディアンのある言語におけるこの謎が解けたのは最近のことなのです。


音韻論  「音韻法則に例外なし!?」 
言語における音の変化には、必ずなんらかの説明が可能であるという歴史言語学の仮説)

  1. 数詞の謎 1から数えるか、逆から数えるか、順番によって数詞が変化するって、気づいてましたか?
  2. 薔薇の名前をめぐる論争 (音韻法則に例外なし!?): 英語のバラ rose は、ラテン語の rosa が語源とされます。ではrosaの語源は何か? 薔薇の名前の起源を求める事は、歴史言語学の有名なテーゼ:「音韻法則に例外なし」の例外が存在するかどうかの問題でもあるのです。
  3. なぜ「先生」はセンセーで「先公」はセンコーか?: なぜ「王子様」は、オージサマで、「帰ろう」がケーロウに変化するか、などなど、一見バラバラな音韻現象がヒトツの法則で説明できてしまうという話しです。これを知った時、私は言語という学問の奥深さ、美しさに感動しました。 
  4. 「ちゅらさん」の歴史言語学 (琉球語・超入門): 「ウチナースバ」「チュラサン」を例に、琉球語と日本語の音韻対応について論じ、比較言語の基本的な手法と考え方を説明したつもり。これを読んでも琉球語を聞き取ったり話せるようになるワケではありませんので悪しからず。
  5. ”break” と ”meat” の母音はなぜ発音が違うのか?(音韻法則の破綻) : break の発音は「ブレイク」meat は「ミート」と発音されます。-ea- という綴りは同じなのに、発音が違います。英語を習い始めた中学生が抱く素朴な疑問です。実は、この疑問は、長い間、言語学者を苦しめた難問でした。この問題の解決によって、「音韻対応法則の破綻」という深刻な結論が導かれてしまいました。