私が自然観察において(自然保護においてではありません)最も重視?しているフィールドが「道端」です。
なぜかというと、私を含む多くの人にとって「最も接する機会の多い”自然”」が道端だからです。
遠方に旅行してナントカの名所みたいなとこに行って、ナントカカントカとかいう花の盛りにお花畑のような草原だか湿地だかなんかそんなのを見て、、、とまあそれもいいんですが、なかなか何回も何回も、毎月毎週毎日はそんな場所に行けない(人が多い)でしょう。
それに比べて道端の自然は圧倒的に接する機会が多いのです。毎日毎日死ぬほど働いているサラリーマン等の人々にとっても、たとえ駅まで歩く距離が100mしかなくても、接する頻度は道端の自然が多いはずです。
接する機会が多いと何より得なことは、「覚えられる」ということです。目の前に見えている「あれ」や「それ」が何であるか分かるということは、たぶん本来?人類とねずみに共通の喜びのはずです。
道端に生息・生育する動植物の多くは、公園にも山野にも生息・生育しています。
道端に生息・生育している動植物を覚えてから公園や山野に出かけると「あっ!あれがいた!」と道端にいた「あれ」や「それ」が同じように(or違うように(笑))生息・生育しているのがわかります。
そして、その「あれ」や「それ」がピーピーやかましいヒヨドリという鳥だとわかったり、「タンポポみたいなの」がオニタビラコだとわかったり、やたら服に種がくっついて取れにくくて困るのがコセンダングサであるとわかったり、リーリーと夜間にやたら樹上でやかましく鳴いていてちっとも「チンチロリン♪」などと鳴いてくれないのがアオマツムシだとわかったり、その下の生垣の植え込みでチンチンチンとひそかに鳴いているのがカネタタキだとわかったりするとまたきっと楽しさが増すと思います。
さらに、そうやって道端が新しい発見をする場所となり、公園が新しい発見をする場所になっていくと、歩くこと、出かけること自体が楽しくなっていくと思うんですがね。なりませんかね(笑)
で、歩いて出かけることが楽しくなってくると、自動車を余計なときに使わなくなって、地球温暖化防止に貢献して、将来的な人類とねずみの生活も安泰に保たれる、と思うのですが、保たれませんかね(笑)。