地域独特の民間金融(模合)


商業近代化那覇地域部会『那覇地域 商業近代化地域計画報告書
  (中小企業庁委託事業) 昭和50年3月発行

 阿部は、この報告書の
 第2部 地域商業をとりまく環境の現状と展望
  第三章 地域の金融
を担当、執筆した。
 ここでは、その4節 地域独特の民間金融(模合)を掲載する。
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  目  次  

  第三章 地域の金融

  第1節 沖縄の通貨制度と金融
(1) 沖縄の通貨制度と金融
 @ 第一次通貨交換 1946年4月15日
 A 第二次通貨交換 1946年8月5日
 B第三次通貨交換 1948年7月16日
 C 第四次通貨交換 1958年9月15日
 D 第五次通貨交換 1972年5月15日
(2)地域金融の概要
 @ 金融諸機関
 A 那覇市の金融上の地位
 B 地域の商業金融

  第2節 市中金融機関
(1) 終戦直後の金融機関(沖縄中央銀行ほか)
(2) 普通銀行(琉球銀行、沖縄銀行)
 @ 琉球銀行
 A 沖縄銀行
(3) 無尽会社及び相互銀行
(4)外国銀行
(5)信託会社
(6)保険会社
 @ 生命保険会社
 A 損害保険会社
 B 外国保険会社

  第3節 制度金融機関及びその他の金融機関
(1) 琉球復興金融基金(復金)
(2) 琉球開発金融公社(開金)
(3) 大衆金融公庫
(4)政府金融機関
(5)協同組合
(6) 労働金庫
(7) 信用保証協会
(8) 沖縄振興開発金融公庫
(9) その他の金融機関
 @ 政府系金融機関
 A 沖縄県の制度金融

   第4節 地域独特の民間金融(模合)
(1) 模合の歴史
(2) 模合の種類
(3) 組織と責任
(4) 模合の利弊
(5) 金融における模合の役割(量的分析)
 (i) 資金調達面からの「那覇広域都市圏」調査の概要
 (ii) 貯蓄面からの全県調査の概要
(6) 模合の将来

表2−3−13 模合加入世帯の加入理由別、模合実態
   (沖縄総合事務局全県調査分、昭和48年l0月)

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   第4節 地域独特の民間金融(模合)

 沖縄の模合(モヤイ)は他県の「頼母子講」と同様の民
衆の相互扶助機関であって、金融上の便宜にめぐまれなか
った沖縄では、資金調達や貯蓄のために重要な役割をはた
してきたと信じられているのであるが、私的に行なわれる
ため、その実体の統計的解明はなされていない。この点に
関して、昭和48年度に沖縄開発庁沖縄総合事務局の手で実
態調査が行なわれ、その報告書『沖縄の模合実態調査』が
同49年3月に発行されているので、これをもとに論ずるこ
とにしたい。

(1)模合の歴史

 昭和15年に当時首里無尽鰍フ専務取締役であった山口
全則氏の書かれた「催合考」によれば「モヤイ」は語義
からして「模合」は誤字で、持ち寄る事等の意味を有す
る「催合」が正しいのであり、その性格は他県の「頼母
子講」と敬神思想涵養のための「伊勢講」とを合体した
ような形で発達したものであり、またその起源は口碑の
伝えるところでは約300年前とされるが文献的には「球
陽」第13巻尚敬王21年(1733年)に時の政治家蔡温の定
めた「模合法」が最初である。
 この「模合法」は経済的に窮していた士分の相互扶助を
すすめるために設けたものであった。「模合」は祖先崇
拝から発して宗家・本家の祝祭日の費用や困窮した本家
の救済のかてに穀物を親族一同が寄合ったのに始まり、
次第に近隣部落内での相互扶助へと普及発展したもので
ある。明治前までは、窮した者へ先に給付する本来の精
神に合致した堅実な組織であったようである。
 明治初年になると貨幣改革が行なわれ、物価の昂騰も
おきて、民衆生活は困憊し、模合も一時混乱したが、比
較的早く収拾し、明治12年の廃藩置県以後は商工業者の
間に殷賑を極めたという。
 日清戦争以後は、鹿児島商人が増加し寄留する者も多
くなったこともあって、鹿児島式の入札模合が次第に増
加し、それまで単純であった沖縄の模合に大変化がもた
らされ、多種多様な様式に分化していった。黒糖の取引
が盛んになり、金融機関の必要性が増した結果、明治21
年に鹿児島の百四十七銀行の支店が那覇に設けられ、以
後明治32年に農工銀行、同33年に沖縄銀行と国頭銀行、
同40年には那覇商業銀行と実業銀行等が設立されて銀行
の全盛時代を迎えたが、これらの銀行は比較的大きな商
人等のみが利用しうるもので一般民衆には利用しえなか
ったため、模合は漁民金融機関として発展の一途を辿っ
ていった。黒糖の荷為替を主要に扱った百四十七銀行の
金利が鹿児島まで7日間で35銭、手形割引が普通で4銭
5厘といった具合に高金利であったのがその一因であっ
た。
 このように資本主義経済の発展とともに、模合はその
素朴さと堅実性を失なって、営業化して行き、悪質なも
のも増加して行った。そのため、大正15年には「模合取
締規則」が発布されている。
 第二次大戦後も、模合は盛んに行なわれ、復興にかな
りの役割をはたしたと考えられる。これは、当時無尽会
社が乱立したことで証明される。
 本土復帰後の昭和48年においても後述のように全県で
の模合加入世帯の割合は61%もあり、またその掛金は月
あたり1万円以上5万円以下のものが多いなどなお盛ん
であることがうかがわれる。
 なお、頼母子講を営業する場合(不特定多数を対象と
し、経済的利益を目的として反覆継続すること)は戦前
からの無尽業法や戦後の相互銀行法により取締られるこ
とになっている。戦前には首里無尽鰍はじめ計3社、
戦後は1949年から54年にかけて、共栄無尽、沖縄無尽、
那覇無尽、八重山無尽、南陽無尽、三和無尽などの法人
組織が多数設立されている。戦後の乱立ともいえる状況
は「模合」に対する需要の大きさを示している。戦後の
無尽会社は復帰前までに沖縄銀行に吸収合併されるか沖
縄相互銀行に統合されている。

(2)模合の種類

 模合には親睦や相互扶助ないし貯蓄を目的とした古来
からのものと、営利を目的としたものとに大別されるが、
周期や対象等により種々の区分がなされている。模合の
開催周期で区分すれば、年模合(1年に1〜4回、大口
が多い。年1回、砂糖期に開く砂糖模合もこの一種。期
間は旧式では15〜20年のものも普通であったが現在はず
っと短縮している。)、月模合(最も多い様式で期間1
年前後が多い)、日模合(商人等に見られ期間は2ヶ月
〜3ヶ月20日が多い)があげられ、構成員で区分すれば
親睦を主としたものとして一門模合(親類間の親睦を計
る意味と、宗家救済等に利用されている)や近所模台(一
名交際模合)があげられ、家庭の不幸を救済するための
龕(こう)模合(講模合とも書く。別名、封詮模合)は模
合中最も喜ばれるものである。また、担保をとるものは
質物模合(別名、担保模合、年模合等の大口・長期のも
のに多い)と呼ばれる。入札模合では入札により、親睦
的模合などではクジ引きや話合いによって、給付先の決
定が行なわれる。その場合、番模合といって予め取り番
を決めておくことも行なわれる。また利息のない親睦的
模合もあるが、利息付の模合ではその財源をうる方法と
して、上げ模合(給付をうける際に提示した価額を標準
掛金順に加算してその回以後支払う様式)や下げ模合(割
落し模合ともいう。給付をうける際に提示した価額だけ
他の参加者に払戻す様式)がある。ほかにトンスジチャー
といって富くじ式の賭博同様のものもあったが、現在で
は全く行なわれていない。

(3) 組織と責任

 模合は発起人(手元、座元、講元などと呼ぶ)が加入
者を募って形成するのが普通で、多くの場合一人ないし
数人の発起人が管理する。全会員の共同管理で、互選に
より管理者を決めるのは一部の近所模合や巍模合や職場
または同人等により組織されている相互扶助的組合くら
いであって、他のほとんどは前者の形式の営利的なもの
である。
 模合は民間で私的に行なわれるものであるから、一応
の規約は作られても厳守されるわけでなく、慣行に従っ
て行なわれる。最初の一回分は、慣習として発起人の手
に入り、さらに発起人には、押上、御物、御仲等々の利
益がある。
 このように発起人に多額の利益が入る仕組みになって
いるため、縁故関係等を頼って加入者獲得に奔走する者
が多くなり、比較的濃い人間関係をなお保っている沖繩
では「一定の収入のある者で催合に加入せない者は殆ん
どない位」に普及することにもなる。
 他方で発起人は、掛金の不払等の模合上のトラブルが
発生した際には全責任を負うことになっている。しかし、
発起人に「明確な責任保証の方法がなく」、しかも発起
人に婦人がなる例も多いため、結局全組合員の共同責任
となることもあり、収拾困難な状態に陥ることさえある。
模合が破産した場合の模失はほとんどが組合員の泣き寝
入りとなるが、一家心中に発展した例もある。

(4) 模合の利弊

 模合の長所としては、場合によっては無担保で武利の
金融を手軽に受けることができ、しかも返済方法が容易
であり、親睦を兼ねうることが最大のものとしてあげら
れる。
 これに加入者にとって理解が容易であり、負債が社会
的不名誉とならず、射倖的興味も与えられ、さらに設立
も容易であることもあげられよう。
 また短所としては、法律関係が不明で紛争解決が困難
となりがちであり、一期間に一回取り番がくるだけなの
で、欲する時に融通が受けられるとは限らず、入札式で
は落札価額いかんで実質的借入利率が高低し、講金を後
に受取る者ほど危険率が高いことなどが主たるものとし
てあげられる。さらに、乱設されがちであり、発起人の
不正を伴いやすく、射倖心を煽りやすく、多額の講金受
領で浪費の傾向を生むことなどが指摘できよう。
 この短所は、金融逼迫期に強調される。資金の必要か
ら、入札式では実質的利率が上昇し、その支払いのため
により多くの模合に加入して資金を回転させようとする
者が増加し、新規の模合が多数結成され、そこでの高利
率が一般民衆を引きつけることになるが、この逼迫期は
経済活動の行きづまりの時期であるから、全体としてそ
の高利を支払うことはできず、早晩やりくりがつかなく
なる者が出て、連鎖的にこの信用体系は崩壊へ向うこと
にならざるをえない。このような末期的状態に陥って模
合の崩壊を予想して、より早く講金を取ろうと加入者が
競争するようになったものをゴロゴロ模合と俗称している。
 以上のような利弊をもつ模合が、内部からの資本主義
的発展を待たずに、従って伝統的・社会関係を多分に残
したままで、高度な資本主義の世界に組込まれた沖縄に
おいて一見異常に発達したことは、内部での資本蓄積の
不足や金融制度の未発達等の事情からしても理由のある
ことであったといえよう。
 資本主義社会への包摂の初期においては、その弊害が
極端に現出している。下田将美氏は『南島経済記』(昭
和4年)において、「すべてかように金利の高い結果自
然の成行として無尽が発達し流行する。民間における
『催合』なるものがそれである。(中略)この『催合』
こそ琉球の人を苦しめ腐敗させる魔薬である。(中略)
発起人ともいふべき6,7名の手元なるものは、いつも零
細な金を巻き上げることに成功する『をさきい』といふ
言語道断な掠奪が平気で行なわれる」と指摘している。
また氏は奄美大島においても、同様の環境下で「『もあ
い』に入らないものはないと云っても過言ではないかも
知れぬ」程盛んであるが、それが「内地の無尽と同じよ
うに割引が流行しだしてからは、義務の履行者が少くな
り中途で消えてなくなる幽霊のやうな『もあひ』が貧し
い島民を泣くにも泣かれぬ目に合はせてゐる。現に笠利
村(同島北端部―引用者)などは『もあひ』の為に大打
撃を受けた。古仁屋(同島南部の魚港―同前)の今日の
疲弊も『もあひ』にたたられた点が多いのである。」と
当時の状況を伝えている。なおこの弊害を取り除くため
に「金融上の利便と改善」が緊急に必要であることを氏
は力説している。

(5) 金融における模合の役割(量的分析)

 前述の山口氏によれば、沖縄における模合の総額は
「大正8、9年でさえ1,700万円〜1,800万円」位、昭
和14、15年頃で「7,000万円〜8,000万円ではないかと
言はれている」がこれは当時の3無尽会社の契約高1,700
万円程度の約5倍にものぼる巨額のものであった。
従って氏は、模合が「無尽会社や市街地信用組合と共
に、庶民金融機関として銀行を利用せない、中産以下の
唯一の機関である以上催合の動きは、社会問題ともなり、
県民の生活問題ともなるから、重大問題」として大きく
取扱う必要性を強調している。また戦前において、ほと
んどの世帯が模合に加入していたことは既述したが、そ
の実数は不明である。
 第二次大戦後は模合が復興のために相当な役割を果し
たことは想像に難くないが、この時期の統計的資料には
未だ接していない。
 1967年11月に旧農林漁業中央金庫により農協、漁協の
現会員世帯を対象として行なわれた調査(同金庫調査資
料「農林金融調査報告書」1968年)によれば、全組合員
の金融資産14,179万ドル(51,044百万円、1ドル=360円換
算。以下同じ)のうち、貯金(農協、銀行、郵便局等)
が5,272万ドル(18,979百万円、構成比37%)第1位であ
るが、模合掛前は3,427万ドル(12,337百万円、24%)で
第2位を占め、構成比9%前後の保険、有価証券、貸金を
大きくひきはなして重要な位置を占めている。なお一戸
当りでは金融資産が1,668ドル(600千円)、うち貯金が
620ドル(223千円)、模合掛前が403ドル(145千円)、とな
っている。
 また模合加入の理由としては、資金調達が47.0%で第
1位、相互扶助が30.2%、親睦が14.2%、有利な貯蓄あ
るいは簡便が4.6%、断わりきれずにとするものが4.0
%あげられていた。
 昭和45年7月〜8月に北島照明氏が実施した調査(対
象1,000名。日大商学研究会「商学集志」第41巻4号、第
43巻1号)によれば、模合の加入率は66.9%あり、その
うち模合の加入回数では、初回が1.6%、1〜5回が
37.5%、6〜10回が25.5%、11〜20回が15.3%、20回以
上が18.3%を占めている。数回程度の経験をもつものが
比較的多い反面、20回以上の常習的な者も相当多くいる
ことを示している。また、加入の理由としては30.3%が
親睦、28.3%が相互扶助、27.7%が資金調達、11.9%が
有利な貯蓄をあげている。
 最近では前述のように昭和48年度に沖縄総合事務局に
よって実態調査が行なわれている。これは(i)資金調達面
からの調査と(ii)貯蓄面からの調査の二種類の調査から
なり、復帰後の模合を知る上で重要である。
 前者は「那覇広域都市圏」13市町村の事業所(従業員
5人未満)と農家を対象としたもので、昭和48年10月〜
12月に二段抽出された728人を訪問調査したものである。
 後者は県内全世帯を対象として抽出された2,488世帯
に対し同年10月に郵送調査したものである。

 (i) 資金調達面からの「那覇広域都市圏」調査の概要

 まず現在加入している割合は事業所で56.2%と半数を
越え、農家で44.6%である。過去に加入していたものを
加えると前者で90.6%、後者で83.1%となりほとんどの
者が経験していることを示している。また加入理由とし
ては、事業所では親睦が46.4・%で第1位、次に事業資金
調達が33.3%、貯蓄が10.0%を占め、農家では親睦が
38.9%,で同じく第1位、次に貯蓄が24.8%、住宅資金調
達が16.8%を占めている。事業所では資金調達、農家で
は貯蓄への志向が強いといえよう。
 加入模合数は事業所、農家とも1グループが40%前後
と最大を占め、2グループはそれぞれ32%・31%、3グ
ループは14%・21%となっており、事業所では6グルー
プが3%もあって5グループを最高とする農家とは異な
り、手広く加入している者がかなりいることを示してい
る。平均は事業者で2.14グループ、農家で1.97グループ
である。
 また、加入延口数は、事業所では1ロが41%、2口が
29%、3口が15%で、6口が3%、7ロが0.3%となっ
ており、平均2.16口で1〜3口に集中している。小口が
多いのは親睦的な加入が相当あるためであろうか。農家
では1口が25%、2口が33%で最多、3口が20%で、以
下6口の8%まで分布しており、平均2.61口で1〜3口
への集中が強い。これは農家の貯蓄志向のあらわれとい
えようか。
 掛金額(1口1回当り)は、事業者で1〜2万円が40
%で最も多く、ついで2〜5万円が22%、0.5〜1万円が
14%、5万円以上が14%弱となっており、5万円以上の
平均を10万円とすれば、全平均は2.9万円となり、多額
の方向にかなり分散している。農家では1〜2万円が
62.4%と大多数を占め、ついで2〜5万円が22%、0.5〜
1万が7%で、5万円以上は4%と少なくなっており、
平均で2.2万円となり、1〜5万円にほとんど集中して
いる。また、掛金の納期は月掛が両者とも95%・77%とほ
とんどを占め、日掛等はほとんどない。農家では半年掛
(9%)や年掛(5%)も比較的多い。
 以上のことから、1人当りの掛金額を推算すると事業
者で月6.3万円弱(年75万円)、農家で月5.7万円強(年
69万円)というかなりの額に達する。
 模合の構成員数は、事業者では11〜15人の38%を最高
に、16〜20人が23%、21〜25人が17%、10人以下が16%
となっており、農家ではやはり11〜15人の32%を最高に、
16〜20人が24%、21〜25人が16%で、それ以上が17%も
あり、比較的多人数の模合が多い。
 また、構成員間の関係は、両者とも知人・友人が47%・
36%を占め、次いで事業所では近隣の人18%、同一業種
の人17%となっており、農家では近隣の人28%、同郷の
人や親類15〜14%となっていて、地域的な結びつきが多
いことを示している。
 模合の規模としては、事業所・農家とも20万円以上が
56%・63%を占め、次に10〜20万円が27%、23%となっ
ていて、5万円以下のものは7%・5%と少なく、かな
り大規模なものが多いことを示している。
 また落札方法は、両者とも競争入札が76%・75%を占め
て主流となっており、次いで農家で話し合い16%、事業
者ではくじ引き12%が多い。落札方式では、利息負担方
式が84%・80%を占め、受取額指定方式の6〜4.6倍と
なっている。
 落札額(利息)は事業所・農家とも500円未満が29%・
26%で最も多く、1,500円未満の合計が各々69%・64%
を占めているが、高額部分にも山があり、5,000円以上
というものが各々9%・6%もあって、親睦的なもの
と営利的なものとの混在を示しているといえよう。
 座元(発起人)は持回りが事業所で17%、農家で24%
と少なく、専任者がいるものが普通である。その責任者
でも、3分の1近くは複数の模合の座元になっており、
専業としている者も農家のもので3%強いることになる。
 取前(掛金の累計額)が預金総額のうちに占める割合
は、1割未満の者が事業所では28%、農家では20%を占
め、後者では1〜3割が25%と最多を示し、7割以上と
いう者も前者で17%、後者で20%を占め、模合の比重が
人により異なっていることを示している。
 また、模合の送り前(落札金額−掛金累計額)の総借
人類中での割合も1割未満の人が30%・25%を占める反
面、7割以上という者が26%・40%もおり、小生産者の
金融に模合が占める役割が、特に農家でなお高いことを
示している。
 模合でトラブルを経験した者は、事業所で18%、農家
で8%であって、かなりの率となっているが、農家では
比較的堅実な模合が行なわれているといえよう。
 模合に現在加入していない者の理由は、資金的余裕が
ないというのが最大で37%及び61%であり、これに加入
の機会がなかったとする者を加えると、52%及び73%と
なって非加入のかなりの部分が加入する潜在的意向にあ
るともとれよう。被害の経験あるいはその可能性をあげ
て意識的に加入しないのは事業所で14%、農家では3%
にすぎない。事実、模合に今後も加入したいとするのは
事業所、農家でそれぞれ40%・35%もあり、加入したく
ないとするのは30%・39%で、模合の性格によってはや
ってもいいとするのが25%・21%あって、加入賛成者は
条件付を含め事業所で64%、農家で56%に達し、模合が
なお当分盛んに行なわれることを予想させる。
 金融機関に対しては、借入手続きの煩雑をきらうのが
事業所の22%、農家の24%もあり、容易になれば積極的
に利用したいとするのが32%・19%あるから手続きの簡
略化が行なわれれば現在も利用している20%・28%に加
えて利用率は多少とも上昇しうることを示している。

 (ii) 貯蓄面からの全県調査の概要

 なんらかの貯蓄を保有している世帯は全世帯の90.5%
で全国平均の95.3%より低く、地区別では那覇地区が
94.1%と最高を示し、本島南部が87.1%で最も低くなっ
ている(表2−3−13参照)。
 貯蓄保有世帯のうち94.0%が預貯金をもち、48.6%が
模合に加入し、27.7%が保険類に加入している。預貯金
の内訳は銀行預金54.5%、農漁協貯金37.5%、郵便貯金
25.4%などである。模合貯金は、銀行預金に次ぐ普及率
を示し、農村地区では52〜60%を示している。保険、株
式、投信、公社債の保有率は全国平均に比べ目立って低
く、地区別では模合貯蓄の高さに相反している。
 現に模合に加入している世帯の割合は平均61.0%であ
り、地区別では本島南部が68.9%で最も高く、最も低い
本島中部でも58.3%あり、都市部の那覇でさえ58.8%と
過半数を示しており、(i) より高い数値を示している。
 模合加入理由としては、親睦が48.6%、相互扶助が
36.0%、「簡単に資金調達ができるため」が29.0%、さ
らに貯蓄が24.2%と従来指摘されてきたのとほぼ同様の
ものが上位を占めている。ただ前述の旧農林漁中金の調
査では資金調達がほぼ半数を占め、親睦が14%にすぎな
かったから、6年間に順位に大きな変化が生じたように
見える。これが現実的変化を反映しているか、調査や統
計の主体ないし方法上の相違によるものかは断定できな
いが、両者の中間時期(1970年)に行なわれた北島氏に
よる調査ではほぼ中間的な割合が示されていることから
しても、資金調達という積極的な金融目的から次第に親
睦的なものへと変化しつつあることはうかがえる。
 次に模合加入グループの数、構成及び規模等は(i)の調
査とほぼ同様であって、加入数では1グループが47%、
規模では10〜15人が46%と集中的傾向がやや強く出てい
る。
 掛金額等でも(i)とほぼ同様の傾向がみられる。1口の
掛金額では1〜3万円が最大の39%を占めているが、0.5
〜1万円が35%、3万円以上が13%と(i)よりもやや少額
に片寄っている(推定平均1.7万円)。
 また1ヶ月に支払う掛金額では1〜3万円が35%、0.5
〜1万円が24%、0.5万円以下が15%、5万円以上が13
%、3〜5万円が11%となっている。5万円以上の平均
を10万円と仮定すれば全平均は2.62万円となり、年間で
は約31万円の高額となる。非加入世帯を加えた全世帯で
平均しても19万円という額になり沖縄県全体(約25万世
帯)で年間480億円位の巨額な資金が模合で動いたこと
になる。これは、模合が本県の経済生活・社会生活に大
さな比重を現在ももっていることを示している。そのほ
か、期間別では1〜2年が59%、形態別では月掛が90%、
取り番決定法では競争入札が62%を占め、(i)と同様の傾
向となっている。
 模合給付金の使途については、借金返済の22%を最多
として生活費の21%、住宅資金の20%、事業資金の17%、
預貯金等の17%、耐久消費財購入の13%、結婚・教育・
医療資金の10%と続いている。
 また圧倒的に個人的な用途が多く、しかも借金返済や
生活費等が上位を占めていることは若干危惧の念を抱か
せる。もっとも上記のように相当な金額が掛金として毎
月出て行くために、給付の際にその穴うめをするにすぎ
ないとも考えられる(6) 模合の将来

 既論のように、模合は辺地にあって外来者の収奪等に
より蓄積が乏しかった沖縄で民衆の生活手段として発展
し、資本主義社会に編入されてからは営利主義に毒され
て混乱した時期を経過した後、次第に安定し、第2次大
戦後は決定的に不足した資金の融通手段として恐らく相
当な役割をはたしたのち、親睦的な機能に比重を移しつ
つあるようである。
 そして長期的にはいわゆるマニアを除けば漸次、縮小
して行くものと考えられる。
 その理由は、第1に金融機関が整備改善されてきてお
り今後一般に金融上の利便がより増加するであろうこと、
第2に那覇や中部地区で非加入者が比較的多いことに示
されるように、都市化が経済的個人主義を浸透させ、模
合の前提となってきた伝統的人間関係を善かれ悪かれ改
変してしまうこと、第3に先に復帰した奄美では、戦前
下田氏が慨嘆したような模合の悪性な流行が現在ではほ
とんど影をぴそめ、一部の紬業者や主婦などがマニア的
に行なっているにすぎないといわれていることなどにある。
また生活費に喰込む程の掛金を出している状態が広範に
見られるとすれば、生活上無理がかかっているのである
から、やがて大部分は適度の水準に落ちつかざるをえな
いであろう。
 模合は一種の月掛貯金のようになる可能性もあろう。
もっとも、本県が自立的経済基盤をもたないうちは、中
央政府や米軍の支出や資本投下の推移いかんで資金調達
や相互扶助の手段としての機能が復活をして根強く存続
して行く可能性もかなり残っていると考えられる。模合
は沖縄の経済・社会を反映するものといえよう表2−3−13 模合加入世帯の加入理由別、模合実態
   (沖縄総合事務局全県調査分、昭和48年l0月)
       (単位:%、()内は回答実数)

	【表データ省略】
(注)
 1.上表中、模合給付金の使途別は、現に加入している
  模合の給付を受けた世帯について回答してもらって
  いるので、回答数の合計を100として算出した。
 2.被害の有無も同じく回答数の合計を100としている。
 3.上表の各項とも不明回答を除いて掲記している。
 4.複数回答のため回答率は100%にならない。
 5.抽出世帯数2,488(抽出率 1.0%、回収数 922(回収率
  37.1%)でうち加入回答数は 562(61.0%)であった。




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