◇祖父は豪商、鹿島清三郎(英、仏に足掛け八年洋行。兄、鹿島清兵衛と共に日本にカメラを広める)。祖母は古曲の名手、鹿島満寿。父、鹿島大治は岡田三郎助を師とする洋画家であるが、叔父に長唄の名手、吉住小三郎(晩年、慈恭、人間国宝)、叔母に三世宮薗節家元、宮薗千之を持つ家柄だっただけに、幼少より三味線の音を身近にしながら六歳より習い始める。


◇十九歳より池袋の天才少女と騒がれ、三味線の弟子を取り始め、一九六〇年に桃山流創立、家元となる。日本音楽にも造詣の深かった父、鹿島大治と江戸軟文学の研究者、尾崎九弥が共同で取り組んだ文化文政の頃の流行歌「神戸節(ごうどぶし)」「潮来とっちりとん」の復原曲から新曲まで、幅広い三味線音楽を演奏、教授。


◇一九六三年安田武が『思想の科学』に「桃山晴慧論」を発表、これと相前後して様々なジャンルの人たちとの交流を考えて”於晴会”を結成。会員には琴作りの名人、柿沢真泉(人間国宝)、作家の添田知道、円城寺清臣、安田武、加多こうじ、小野十三郎、詩人の秋山清、伊藤信吉などが。また同時期、さらに芸を磨くために古曲宮薗節に入門、四世宮薗千寿(人間国宝)の唯一の内弟子となる。


◇一九七四年家元を止め、『古典と継承シリーズ』をスタート。第一回は青山タワーホールで井野川幸次検校をゲストに「晴衣・古典をうたう」を開催。一九七五年、渋谷ジャンジャンにて『古典と継承シリーズ』第二会「晴衣・伝承をうたう」で桂小文枝を招き新作「雪女」発表。同年、渋谷ジャンジャンにて『古典と継承シリーズ』第三会「晴衣・女をうたう」で『婉という女』(原作/大原富枝)を始め、宮薗節「桂川恋の柵」、岡本文弥をゲストに「新内・桂川恋散柳」を発表。


◇一九七六年一月、長野御本陣藤屋にて「チントンツトチトツトチントンシャンの会」を開く、司会は永六輔、助演に鬼太鼓座。五月、「鎌倉落語会」桂小文枝他。十月、「晴衣・音楽を考える」大阪、ゲストに桂枝雀、岡本文弥。(一九七四年は音楽転換期にあたり、小泉文夫、中村とうよう、山城組などと交流があった。またこの頃、日本音楽状況に疑問を持ち、音楽が生まれた情況、生きている情況を探し求めて、各地のわらべうた、子守唄、古謡などを調べ始める。さらに明治、大正の演歌を添田唖蝉坊の子息、添田知道について学ぶ。於晴会をグループの在り方、作り方につきディスカッションをして運営していく、人間集団として転換。機関誌「桃之夭夭」発行。


◇一九七九年、畑を耕し時給自足の生活を志す。「晴衣が歌う三味線の秋」開催。名古屋ジャンジャン、ゲストに伊藤信吉。東京ジャンジャン、ゲストに中村とうよう。ビクター・インビテーション・レーベルから初のLP『弾き詠み草』発表(坂本龍一がシンセサイザーで参加)。
◇一九八一年、同レーベルより第二弾LP『梁塵秘抄』をリリース(日本古典音楽の繊細さと民族音楽の素朴さを見事に融和させたこの作品は、桃山にとって自己の分水嶺といえるものになった)。映画『蔵の中』(高林洋一郎監督)の音楽担当。『梁塵秘抄』を持って、一年半にわたる全国ツアーを行なう。
◇一九八二年、ウード奏者ハムザ・エルディンと五回にわたってジョイントコンサート。同年七月、渡仏。パリで七回にわたって公演を持つ。パーカッショニスト、土取利行と出会う。
◇一九八三年、土取利行とのジョイントコンサート「インターエスニック・インプロビゼーション」を開催。土取のLP『銅鐸』をプロデュース。一九八四年、土取の『磬石・サヌカイト』をプロデュース。パリでピーター・ブルック劇団の音楽家と交流。
◇一九八五年、モロッコのマラケシを訪ね、ベルベル族などの三絃楽器と音楽を吸収。機関誌『苑』創刊。
◇一九八六年、パリのジャンルイ・バロー劇場でコンサート開催、フランス国営放送にてオンエアー。人形劇『ロメオとジュリエット』(ひとみ座)の音楽製作。秋山清の書き下ろした『夢二絃唱』を土取利行と渋谷シードホールで初演、レコーディング。ビクター・インビテーション・レーベルLP第三弾『鬼の女の子守唄』発表。初の著書『恋ひ恋ひて・うた三絃』上梓(筑摩書房)。


◇一九八八年、郡上市八幡町に音楽活動の拠点「立光学舎」(りゅうこうがくしゃ)を土取利行とともに設立。日印両政府による「インド祭」参加企画「タ
ゴール展」(西部美術館主催)の監修に携わる。インドの超一流アーティストを招いて「郡上八幡88フェスティバル」を開催。『梁塵秘抄』発祥の地、大垣青墓円興寺で「梁塵秘抄をうたう会」をもつ。立光学舎でワークショップ開始。


◇一九八九年、立光学舎フェスティバル『伝でん・奥美濃ばなし』開催。同フェスティバルで谷川健一の講演とシンポジウム開催。「立光学舎通信」発刊。


◇一九九〇年、土取利行の縄文プロジェクトのプロデュースに着手。池袋スタジオ200で『シリーズ日本音楽講座』を開始(ゲストに俵万智、中村とうよう、杉浦日向子、フランソワーズ・モレシャン、小松和彦、水野政雄、小林達雄、永六輔ほか。ピーター・ブルック演出『テンペスト』の音楽制作のため渡仏。東京、青山円形劇場で『伝でん・奥美濃ばなし』を一週間上演。


◇一九九一年、立光学舎フェスティバル『高賀山鬼伝説』を地元の農民歌舞伎役者と上演(脚本、演出も手掛ける)。同フェスティバルで姫田忠義の講演と映画『奥会津の木地師』上映。池袋スタジオ200、「音楽大陸アジア・アフリカ」でイランのケマンチェ奏者マモード・タブリジ=ザデと共演。
◇一九九二年、原宿ラフォーレミュージアムで『梁塵秘抄の世界』公演、演奏は自ら結成したバンドMOMO、ゲストに山口小夜子の舞踊。


◇一九九三年、下北沢タウンホールでMOMOのコンサート。大野一雄『小栗判官・照手姫』の音楽を土取利行と担当(藤原湘南台文化センター)。

◇一九九四年、パリの太陽劇団(テアトロ・ド・ソレイユ)に招聘され一ヶ月に渡るワークショップ。今様浄瑠璃『夜叉姫』初演(梅若能楽堂)。大野一雄『小栗判官・照手姫』赤坂国際フォーラム開館記念公演。


◇一九九五年、五木寛之『蓮如』(前進座)の音楽制作。今様浄瑠璃『照手姫』初演(両国シアターX)。


◇一九九六年、郡上市大和町で『雪月花』日本音楽を聴く会を企画・監修。この会では一年間に四回の演奏+講演がもたれ、ゲストに今井勉検校(平曲)+関山和夫、横山勝也(尺八)+松岡正剛、嘉手苅林晶、知名定男+草野妙子、桃山晴衣+フランソワーズ・モレシャン。シアターXで「ももやま塾」開始。


◇一九九七年、今様浄瑠璃シリーズ『夜叉姫』『照手姫』『浄瑠璃姫』を各地で開催。


◇一九九八年、『梁塵秘抄パート2』開始。シアターXで役者のための「俳優修行」開始。


◇一九九九年、織部賞(知事賞)受賞。


◇二〇〇〇年、『梁塵秘抄パート2』全国ツアー、大原三千院、熊野那智青岸渡寺、京都法住寺などで梁塵秘抄ゆかりの地で公演。桃源郷通信発行。

                  ©立光学舎2010