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ヨーロッパとビザンツに関する論文を紹介します。
大学の卒業論文です。高校のとき、中公文庫「世界の歴史」で読み関心をもったテーマを選びました。「地中海帝国」建設という壮大な夢に挑み、敗れ去っていく風雲児シャルル・ダンジューの生涯です。
日本語の資料にあまりよいものがなく、かなりの部分をRunciman "Sicilian Vesper"に頼りました。原稿用紙138枚の大作ですが、今読み返すと、内容・構成・文体ともに未熟だと思います。ただ、あいかわらず日本語の文献が乏しいテーマなので、この時代を研究する人の参考になると思い掲載します。読みやすくするため改行を増やした他は、ほとんど加筆・修正はしていません(直しはじめるときりがないので)。
はじめに シャルル・ダンジューとアルル王国 シャルルのプロヴァンス経営/アルル王国再建問題/まとめ シャルル・ダンジューと教皇権 問題の所在/教皇のシチリア王国奪回計画/教皇−アンジュー同盟/シャルル時代の教皇/まとめ シャルル・ダンジューとイタリア都市国家 シャルルの覇権とグエルフィ・ギベリーニの理念/グエルフィ・ギベリーニの実態/イタリア支配の挫折/まとめ シャルル・ダンジューと十字軍 シャルル登場以前の東地中海情勢/シャルル・ダンジューの地中海帝国構想/東方計画の曲折/まとめ 「シチリアの晩鐘」とシャルル・ダンジューの敗北 シャルルはなぜ没落したか/外的要因/内的要因/「シチリアの晩鐘」とその後/まとめ おわりに
先の論文の、シャルル対ビザンツの部分をふたたび取り上げたものです(焼き直し?)。ただし、Geanakoplos "Emperor Michael Palaeologus and the west"など3、4冊の洋書を新たに使ったため、内容的に多少充実しています。「茨城史学」(何号だったっけ?)に掲載。
1204年、第4回十字軍にコンスタンティノープルを占領されビザンツ帝国は滅びますが、その皇族によって各地に亡命政権が建設されます。そのうち、のちにビザンツを再建するニカイア帝国の政治的イデオロギーについて論じています。もともと研究発表なので、ここでは「茨城史学」に掲載された要約と、発表の際のレジュメをもとに編集しました。内容は自分では気に入っています。ただし、史料の和訳や固有名詞はちょっと怪しいかもしれません。
なお、ミカエル・パライオロゴスの凱旋入城と演説(英文)、「官職論」(日本語)について、ビザンツ研究の第一人者井上浩一先生のホームページ「劇場国家ビザンツ帝国」より引用させていただきました(現在は閉鎖しているようです)。この場を借りて感謝申し上げます。
その1 はじめに/コンスタンティノープル陥落に対するビザンツ人の反応/正統性の主張 その2 理念の継承/「ビザンツ的聖戦」 その3 古代ユダヤとのアナロジー その4 ヘレニズム回帰/おわりに/附1:ビザンツ亡命政権関連年表/附2:亡命政権系図
ハンガリー・ルーマニア国境 − トランシルヴァニアをめぐって −
大学時代、国境・領土問題についての演習で発表したもの。その際のレジュメ(若干加筆)に地図をつけただけのものですが、マイナーテーマなのでそれなりの意味はあると考えて公開します。