世界史の授業における音声教材
はじめに
世界史という科目は、その特性上、視聴覚教材を用いた際の効果がとくに大きい。たとえば、数年前NHKで放送され、ビデオ発売もされている「映像の世紀」などは、生徒に圧倒的なインパクトを与えることができる。ただし、このような映像を使った授業は教室移動やまとまった時間が必要になるので、年にそう何度も行えるわけではない。
しかし、単なる音声ならば、必要な機材はラジカセ程度で、時間も数秒〜数分であるため通常の授業の中で活用することができる。もちろん映像に比べれば効果は小さいが、単調になりがちな講義形式の授業に使い方次第でアクセントを加えることができるだろう。本稿では、世界史の授業に使えそうな音声教材を探し、その活用方法について考えることを目的とする。
入手方法
世界史の音声教材としては、その名も「音の世界史」というCD3枚組の教材が山川出版社より発売されている。内容は非常に充実しており、普通はこれだけで事足りてしまうだろう。難点は価格の高さ(1万8000円)で、私が結局購入しなかった理由もそこにある。第一、「このCDを買って使いましょう」ではそこで話が終わってしまっておもしろくないので、自力で教材を見つけることにした。
幸い、手持ちの「Microsoft Encarta百科事典」は膨大な音声データがあった。ノートパソコンのハードディスクにインストールしてあるので、教室にも持っていける。
インターネットでも、MIDI、WAVE、Real Audio、MP3など、さまざまな音声ファイルがダウンロードできる。検索サイトを使って探すとよい。
音楽CDの音声は、WAVEファイルに落とし、必要な部分だけ取り出してMP3形式でハードディスクに保存しておけば、ノートパソコンで運用することができる。ファイルを作成するのが面倒だが、作ってしまえばCDを入れ替えたり頭出しをする手間もなく、整理もしやすい。
ただ、ノートパソコンに接続するスピーカーが悩みの種である。パソコン用のスピーカーは左右2つ持っていくのが大変である。小型のラジカセをスピーカー代わりにすることも考えたが、最近のラジカセには入力端子がない。持ち運びに便利なスピーカーがないか探しているところである。
活用
1.歴史的録音
エジソンが蓄音器を発明して以来、演説、放送、インタビューなど、さまざまな録音が残されてきた。これらから、世界史に関連するものを授業に使うことができる。Encartaを調べてみると、次のようなものがあった。教科書に出てくる有名な人物の肉声や、重大事件のニュース録音を用いることで、授業に臨場感が加わることだろう。
アインシュタインの演説
アザーン
アジア太平洋戦争,敗戦の日
アボリジニの音楽
アメリカの対日宣戦布告
アルメニア教会の聖歌
イスラム神秘主義の音楽
ウィリアム・タフト
ウィルソン大統領
エーリヒ・フロムの講演
エジソンの蓄音機
エリナー・ルーズベルト
演説するヒトラー
演説するマルコムX
王冠をかけた恋
カミュ,パリ解放をかたる
キング牧師
空襲警報のサイレン
グレゴリオ聖歌
グレゴリオ聖歌「サルベ・レジオ」
月面の第一歩
月面の探査
ケネディの大統領就任式
コプト教会の聖歌
ゴルド・メイア
サッチャー
辞任を表明するニクソン大統領
ジャック・ラカンの講演
声明(じょうみょう)
セオドア・ルーズベルト
「宣戦の詔書」のラジオ放送
ソルジェニーツィン「プロイセンの夜」より
チベットの声明
チャーチル
中東の和平合意
チョーサー「カンタベリー物語」
ディエンビエンフーの陥落国家社会主義ドイツ労働者党
トーラーの詠唱
ド・ゴール
トルーマン大統領
トルコの軍楽
トルコのスーフィーのナーイ演奏
バーナード・ショー
パキスタンのスーフィーの宗教音楽
ピアリー
非暴力による抵抗を説くマハトマ・ガンディー
非暴力を訴えるキング牧師
ビル・クリントン,第42代アメリカ大統領
広島原爆投下時のトルーマン米大統領の演説
フェルデナンド・フォン・ツェッペリンのインタビュー
フランクリン・ルーズベルト
ウィリー・ブラント
米海外派遣司令官パーシング
「兵に告ぐ」のラジオ放送
ベトナム戦争からの撤退を表明するニクソン米大統領
ヘミングウェー「価値ある作品を生みだすために」
ボーボワール,少女時代の回想
マーガレット・ミード
マッカーサー
末弟エドワードによる兄への追悼演説
マリー・キュリーの思い出
マンデラ
ミュンヘン協定の調印
毛沢東
モースの発明した電信機
モリエール「守銭奴」より
ラッセルの講演
リンドバーグと愛機
ルネサンスに流行した世俗的歌曲
レーニン
ロシア正教会の聖歌
ロバート・ケネディ
ワイツゼッカーインターネット上でも、浜島書店のホームページに「音と声の世界史」というコーナー(http://www.hamajima.co.jp/w-history/sound/)があり、ヒトラーやケネディ、キング牧師などの歴史的録音がダウンロードできる。
2.宗教音楽・民族音楽
世界史において宗教は重要な位置を占めるが、話が抽象的になりがちである。そのような時、宗教的儀式の音声や宗教音楽は具体的イメージを与える一助となるだろう。プリントを併用すると、その宗教の特徴や教義についての理解が深まる。
1) 讃美歌
キリスト教は教材が豊富である。何年か前に大きな話題となったグレゴリオ聖歌はその代表である。アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で印象的な使われ方をしたヘンデルの「ハレルヤ」、最近テレビでBGMとして用いられることの多いヴェルディ「レクイエム」などは、有名な一節を聴かせれば生徒の反応もいいだろう。
とくに取り上げたいのが、あのマルティン・ルターが作詞・作曲した、讃美歌269番「神はわがやぐら」である。宗教改革をやるときには日本語歌詞付きの楽譜とあわせて利用したい。これを聴かせた後に、ルネサンス絵画との対比から、信仰を絵画で外面化したカトリックと、音楽で内面化したプロテスタント、という具合にまとめるといいだろう。讃美歌は、“Moclin’s MIDI Data Collection”内の“Christian Hymnal”のページ(http://www.kt.rim.or.jp/~moclin/hymn.html)があり、たくさんのMIDIファイルがダウンロードできる。当然、歌は入っていない。歌入りが必要ならCDが出ている。
2) 般若心経
仏教では、「般若心経」をあげたい。日本人にもっとも親しまれており、かつもっとも短いお経である。内容も、大乗仏教におけるもっとも重要な教義「空」について説明したものであり、さらにこれを梵語から漢語に翻訳したのが三蔵法師こと玄奘となれば、使わない手はない。
音声は、「香川・妙法寺」のページ(http://www.niji.or.jp/home/myoho/)からMP3形式でダウンロードできる。読みと意味をまとめたプリントも、本やインターネット等で調べて作成した(資料1)。
3) コーラン
イスラム教ではやはり「コーラン」である。とくに役に立つのは、「ISLAMのホームページ」(http://www2s.biglobe.ne.jp/~racket/)で、重要な章の音声(rm形式)と解説を入手できる。授業では、毎日の礼拝で必ず唱えられる「開端章」の音声と、その読みと意味を書いたプリントを使用した。エキゾチックな朗唱と、右書きのアラビア文字の組み合わせはインパクト十分である(プリントは、前述のホームページをもとに作成した。著作権の問題があるため、ここには掲載しない)。
4) その他
世界各地の異文化を扱う際に、民族音楽も導入として適しているだろう。Encartaには、ここでは紹介しきれないほど多数の民族音楽(もちろん、部分だが)が含まれている。
3.世界の言語
Encartaには、世界の主要な言語のあいさつや数字の数え方を比較したコーナーがある。授業での用い方はいろいろと考えられるが、これを流して生徒にまねさせたりしてもおもしろい。正統派の(?)使用法としては、たとえば北京語と広東語のあいさつを交互に聴かせる、というやり方もある。方言というよりまったく別の言語であることがわかり、中国の統一王朝がさまざまな文化圏を包含した存在であることが理解できる。また、広東語の「はい」がどう聞いても「はい」としか聞こえない(これがかなりうける)ことや、数字の数え方も日本語にどことなく似ていることから、華南と日本の文化的関連についても推測させることができる(実際にどうなのかはわからないが)。
国歌は、当然ながら各国の歴史的な事情を色濃く反映しているので、授業で活用できる。ただ、歌入りの音を入手するのは思いのほか難しい。歌詞が他の国民にとって不快なものもあるためらしい(たとえば、ドイツで歌入りの国歌を探していたらネオナチと間違えられたという話を聞いたことがある)。音楽を聴かせ、歌詞(日本語訳)を紹介するだけでも十分だろう。歌無しの音ならば、廉価版CDで容易に購入できるし、Encartaにも入っている。原語の歌詞については、”National Songs of the World Anthem Database”のホームページ(http://www.geocities.com/CollegePark/Library/9897/)がほとんどの国を網羅している。日本語訳も、根気強く探せば多くの国のものが見つかる(資料2)。使えそうな教材は次のとおり。
1) イギリス国歌
“God Save the Queen(King)”である。18世紀に生まれた、もっとも古い国歌として知られている。往年のロックバンド、クイーンのレパートリーでもあり、観客と一体となった大合唱がすばらしい。
2) フランス国歌
改めて語ること必要もない、「ラ・マルセイエーズ」。フランス革命を教えるときには欠かせない教材である。ライン軍のための軍歌として工兵大尉ルジェ・ド・リールにより作曲された勇壮な行進曲であり、残酷で生々しい歌詞に驚かされる。実際、1992年のアルベールビル冬季オリンピックの開会式で、10歳の少女がアカペラで朗々と歌ったときはフランス人もショックを受けた。もっとも、大多数の国民が歌詞の改変には反対であるという。
3) アメリカ国歌
米英戦争さ中の1814年9月13日、ボルチモアのマックヘンリー要塞は25時間にもおよぶ砲撃を受けた。その中でもはためき続けていた星条旗を見て感動したフランシス・スコット・キーが詩をつくり、それに曲がつけられたのが“The Star Spangled Banner” 。ウッドストック・フェスティバル(1969年)でのジミ・ヘンドリクスのギター演奏を聴かせれば、ロック好きの生徒にもうけるし、ベトナム戦争の話などにもつなげられる。「ウッドストック1969.8.17」というDVDが出ている。
4) ドイツ国歌
原曲はハイドン作曲の弦楽四重奏曲で、神聖ローマ皇帝フランツ1世に献呈された。19世紀中頃詩がつけられ、ワイマール時代の1922年国歌となった。1番の歌詞はあの「世界に冠たるドイツ(Deutschland uber alles)」で、ナチスによる戦意高揚に利用された。戦後、西ドイツは団結と権利と自由を歌った3番のみを国歌として用いることにした(東ドイツは共産主義賛美の別の国歌を制定している)。ドイツ統一後の1991年、あらためて3番のみ国歌として承認された。ただし、公式の場で歌うということがないそうで、半分近くの国民は歌詞を知らないという世論調査がある。
5) イタリア国歌
第二次大戦までは「国王行進曲」が国歌であった。1946年、王政廃止にともない、共和国議会で「マメーリの賛歌」を国歌とすることが決まった。統一運動さなかの1847年に、愛国詩人マメーリがつくった歌である。スキピオの名も出てくる。ただ他の国歌と同様、歌詞が古めかしく、歌えない人も多いらしい。
6) 中国国歌
1935年に制作された「嵐の中の若者たち」という抗日映画の主題歌「義勇軍行進曲」である。歌詞の「敵」とはつまり、日本のこと。沖縄サミットで朱鎔基首相がリクエストされた国歌を遠慮した、というのは紳士的な態度だと思う。
7) 旧ソ連・現ロシア国歌
ソ連邦成立時の国歌はパリ・コミューンの中で生まれた「インターナショナル」。1944年、一般公募から選ばれた「祖国の歌」が新たな国歌となった。1956年のスターリン批判以後、歌詞の一部に不適当な箇所があるとして廃され、1977年に書き直された。1991年のソ連崩壊の際には、エリツィン大統領が独断でグリンカの曲を国歌としたが浸透せず、歌詞も決まらなかった。2000年末、プーチン大統領は旧ソ連国歌を復活させることを提案、上下両院で可決された。さすがに真っ赤な歌詞はそのまま使うわけにはいかず、新たな歌詞が2001年1月につけられた。国民の圧倒的多数はソ連国歌復活に賛成であるという。たしかに、曲自体はなかなかいい。
5.クラシック音楽
クラシックにも、興味深いエピソードを持つものが多い。吹奏楽やピアノをやっている生徒にはなじみが深いし、音楽的に優れているので活用したいところだ。授業で用いる際には1分程度の抜粋にならざるをえないが、現在校ではワークをさせる時間がとれるので、そのあいだBGMとして流すのもいいかもしれない。
1) ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」
ベートーヴェンがフランス革命の英雄ナポレオンに捧げるはずだった曲。しかしナポレオンが皇帝になったと聞くと、「あいつもただの俗物だったか」と激怒して献呈の文字を塗りつぶし、「ひとりの英雄の思い出のために」と書き直したという有名なエピソードがある。とはいえ、従来の交響曲の概念をうち破る斬新な構成と巨大さ(「エロイカ的飛躍」などといわれる)、雄大な曲調はナポレオンにふさわしい。授業で使うなら第1楽章冒頭だろう。
2) チャイコフスキー 序曲「1812年」
ナポレオンのロシア遠征をテーマにした曲。フランスとロシアの国歌が戦って、フランスが有利と思いきや、最後にはロシア国歌が勝利し、祝砲や鐘のなかで高らかに演奏される、というわかりやすく景気のいい曲。旧ソ連時代、どういう経緯なのかはわからないが、ロシア国歌を別のメロディに置き換えた録音があったという。すごい話だ。ラストの大砲連発(実物をつかったものもある)が、迫力があってよい。
3) ショパン 練習曲ハ短調「革命」
19世紀のポーランドは各国に分割支配されていた。1830年、パリに向かう途中のショパンは、愛国者の反乱がロシア軍に鎮圧されたことをきき、怒りからこの曲を作った。タイトルどおりの激しいピアノ曲である。短いので、音楽室で生徒に実演してもらってもよいが、難曲のため弾ける人はまずいないだろう(ショパンの練習曲は、ハノンやツェルニーなどの練習曲とはまったく異なり、相当の熟練者でないと歯が立たない代物である)。ドラマ「少女になにがおこったか」で、小泉今日子演じる主人公が猛練習していたことで知られるが、今の生徒にその話をしても通じない。
4) ヴェルディ 歌劇「ナブッコ」より「行け、わが思いよ、黄金の翼にのって」
イタリアオペラの第一人者、ヴェルディの出世作(1842年作曲)。テーマはユダヤ人のバビロン捕囚(ナブッコとは、ユダヤ人を捕らえたネブカドネザル2世のこと)である。外国支配に苦しんでいた19世紀のイタリア人の圧倒的共感をよび、とくに第3幕におけるユダヤ人の合唱「行け、わが思いよ、黄金の翼にのって」は第2の国歌ともいわれるほど親しまれた。また、ヴェルディのイタリア語のつづりは「イタリア国王ヴィットリオ・エマヌエレ」(Vittorio Emmanuele, Re d'Italia)の頭文字と一致するため、歌劇場における「ヴェルディばんざい!」(Viva VERDI!)の喝采は一時、イタリア独立と国家統一のひそかな合言葉にもなった。リソルジメント(イタリア統一)を扱う際の必需品だろう。ついでにバビロン捕囚の復習もできるという優れた教材である。
ヴェルディのオペラには歴史に関係したものが多い。古代エジプトを舞台とした「アイーダ」もそのひとつ。スエズ運河開通記念として作曲され、カイロで初演されたので、エジプトの植民地化のところで用いることができる。第2幕の「凱旋行進曲」はサッカーの応援でもよく歌われる。
5) ショスタコーヴィチ 交響曲第5番
ショスタコーヴィチは現代音楽を代表する作曲家である。スターリン支配下のソビエトで、たびたび弾圧を受けながら活動を続けた。この第5番は、珍しく当局に絶賛された曲である。その理由は、「革命」と通称されるように、陰鬱で苦悩に満ちた曲が一転、第4楽章で炸裂、高らかな勝利で終わるという、いかにも共産党が好みそうな内容にある。しかしショスタコーヴィチ自身は後に、第4楽章の歓喜は強制された歓喜なのだ、と述べている。名指揮者ムラビンスキーによる初演では、演奏が終わっても聴衆は泣き続けたという。同時代を生きた人々は、作曲者の意図を理解したのかもしれない。もちろん、難しいことを考えずに聴いても感動する名曲である。授業で用いるなら第4楽章の冒頭。
なお、交響曲第7番はその名も「レニングラード」で、第二次大戦中、レニングラードがドイツ軍に包囲されているさなかに作曲された。
6.ポピュラー音楽
ポピュラー音楽となると時代はおもに20世紀後半となる。ふつう、授業ではここまでたどりつかない(笑)。ただ、もともと黒人音楽であるジャズ、ブルースには、黒人問題を扱う際に使えそうな曲はたくさんありそうだ。昔のアメリカ音楽には詳しくないのでよくわからないが。
変わり種としては、アイアン・メイデンというイギリスのへヴィメタルバンドがある。ベーシストのスティーブ・ハリスという人が歴史好きのため、世界史に関連した歌詞をもつ曲が多い。面白いのはそのプロモーションビデオで、クリミア戦争をテーマとした“Trooper”という曲ではバラクラバ砦への騎兵突撃を再現した映画のシーンが挿入されているし、第2次大戦、英国上空の戦いを扱った“Aces High”では、チャーチルの演説、空中戦など、貴重な実写フィルムがふんだんに使われている。3〜4分程度なので、実際に授業でも用いたことがある。音楽自体は男子にうけがよく、CDを貸してくれという生徒が何人かいた。ビデオはもう絶版になっている可能性がある。
おわりに
以上、思いつくままに授業で使えそうな音声教材をあげてみた。実際の運用上は、音量の問題(他のクラスの迷惑になる可能性がある)、流しているあいだは教員も生徒もぼーとしているしかない、などの問題もあり、うまく活用するのはなかなか難しい。ただこれらも、教室移動する、本文でも述べたようにプリントを併用する、などといった工夫でカバーできるだろう。