ANECDOTA  トロヤ戦争とシュリーマン


 ゼウス、ポセイドン、アポロンなど数多くの神々が人間くさい(?)物語をくりひろげるギリシア神話。そのハイライトがトロヤ戦争で、ホメロスの叙事詩「イリアス」に描かれている。

 「もっとも美しい女神へ」と書かれたリンゴが神々の席に投げこまれたのがことの発端。このリンゴをめぐって、ヘラ、アテナ、アフロディテの3人の女神が争いはじめる。裁定をまかされたトロヤの王子パリスは愛の女神アフロディテにリンゴを与え、ほうびとして与えられた世界一の美女、スパルタ王の妻ヘレネをトロヤに連れ去った。

 当然、妻を奪われたスパルタ王は激怒した。ギリシア連合軍が結成され、1000隻の大艦隊がトロヤに押しよせた。しかし神々もまきこんだ戦争は長びき、10年間もダラダラと続いた。

 戦争10年目、ギリシアの英雄アキレウスは、妻を寝取った総大将に腹を立てて戦線を離脱した。たちまちギリシア軍は押しまくられ、敗北寸前に。しかし、親友が戦死するとアキレウスは戦場にもどり、トロヤの大将ヘクトルを討ちとった。

 このアキレウス、幼い頃、母親によって冥府のスティクス川に入れられ、不死身になっていたのだが、母親がつかんでいたかかとだけが生身のままだった。そこへ、パリスの放った矢が突き刺さり、さしものアキレウスも絶命する(アキレス腱の語源)。

 ふたたび、戦いは膠着した。ギリシア軍はついにひきあげ、後には巨大な木馬が残された。トロヤは勝利を確信し、木馬を女神アテナに奉納しようと城内に入れた。しかし、これはギリシアの知将オデュッセウスのしくんだ罠で、木馬の中には50人のギリシア兵がひそんでいたのだ。

 トロヤの神官ラオコーンはこの計略を見破り、木馬を破壊するよう主張した。しかし、ギリシアに味方するポセイドンの送った海蛇によってラオコーンは殺され、トロヤの人々は結局、木馬をトロヤ城内に入れてしまう。その夜、木馬のギリシア兵は町に火を放ち、城門を開け放った。ギリシア軍がなだれ込み、トロヤはついに滅亡した…。

 さて、19世紀のドイツに、ホメロスを読みふけっていたシュリーマンという少年がいた。彼は貧しい境遇からはい上がり、30代にして大富豪となったのだが、少年の頃の夢を忘れていなかった。彼は仕事をやめ、トロヤがあると考えたヒッサルリクの丘の発掘にとりかかった。人々は、トロヤなんて神話だよ、あるわけない、と笑ったが、1870年、彼は数多くの精巧な財宝と、5層に積み重なったトロヤの都市遺跡を発見した。その後、ギリシアのミケーネの発掘にも成功し、ギリシアに先立つエーゲ文明の存在を明らかにしたのだ。

 もっとも、彼は相当に腹黒い人物だったらしい。彼の語るロマンに満ちた人生には見栄とハッタリが多く、なんと偽造したものや買ってきたものを出土品に紛れ込ませたこともあったという。あの「ねつ造事件」の元祖といえる。「それでも偉大な学者」と評価されているのはすごい。

 …ところで、トロヤ戦争には後日談がある。ギリシア軍の暴虐なふるまいに天罰が下り、その後ギリシアの英雄たちはろくな死に方をしなかった。一方、トロヤの生き残りであるアイネアスの一行は7年間の放浪の末、イタリアにたどり着く。その子孫であるロムルスとレムスという双子の兄弟があのローマを築いたのだと、伝説は語っている。


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