小菅煉瓦製造所
銀座煉瓦街の煉瓦は小菅で製造されました。
明治5(1972)年、東亰府第11大区1小区小菅村(後に東京府南葛飾郡小菅村、現・東京都葛飾区小菅)に、洋式による煉瓦製造所が設立されました。
明治維新の政変で、江戸は東京と改められ首都となりましたが、明治5年2月の大火をきっかけに、政府首脳は東京を火災から守り、新しい首都に変化させるために洋風化を企画しました。これが銀座煉瓦街建設の発端であり、煉瓦の需要は膨大なものでした。
(明治5年4月)民間人3名 (木村彦兵衛、鹿嶋万兵衛、西川勝八)、小菅籾蔵跡(こす
げもみぐらあと)の土地の一部で煉瓦を焼き始める。
(明治6年)英国人技師ウォートルスの指導により、良質の煉瓦を大量に生産できるよ
うになり、小菅煉瓦製造所は、銀座煉瓦街で使用される煉瓦の供給元と
なる。
(明治11年)小菅県庁跡に小菅監獄が設置される。
(後に東京集治監小菅刑務所、現・東京拘置所)
(明治12年)政府が買い上げて官営。囚治監で煉瓦製造を始める。

明治40年頃の小菅監獄外門(絵葉書裏面1/3が通信文欄、消印は明治45年)
モダンな門柱、4メートル近い高さの塀、中に見える建物は勿論煉瓦造りです。
この地は、現在の東京拘置所付近で、現在の姿は拘置所なので撮影することは出来ませんでした。
|
■ 東京拘置所の問い合わせ先:法務省矯正局
■ 交通機関:東武伊勢崎線「小菅駅」下車、徒歩約5分
(2003.8現在) |
|