2001年2月12日(月)「テレビのみかた。」
 子どもって、なんであんなにコマーシャルが好きなんだろう。コマーシャルになると、ぱっと集中。終わるとまた遊び出す。お気に入りも結構ある。金太郎が冷蔵庫の中で踊るミルミルのコマーシャルなんて、いっつも同じところで笑うんだよ。すごいね、0歳児。でも、コマーシャル見ているときに呼んだりしても、こっち向きもしない。こんなうちからテレビっこじゃ、イカンよ。21世紀を動かす人間なんだから。
 それにしても、今のコマーシャルってカット数が多すぎると思う。音楽も効果もガチャガチャしていて、せわしない。それなのに情報としての内容は薄い。いっぱい詰め込んでるから、よほどいいたいことが多いのだろうと見てみると、イメージのみをぱっぱっと見せるだけ。結局これ、なんの宣伝?というものが多い。それが今の流れなのですといわれればそれまでだけど、いかにも幼稚で品が無い。消費者として、バカにされているような気さえしてくる。私はこんな調子で偏屈なので、我が子がそんなアホらしいコマーシャルを必死で見つめるのを見るたびに、なんだか複雑な気分になる。まあ、彼なりに情報の質をきちんと見極められるようになってくれればいいのだけれど。まあ、がんばりなされ。

2001年5月8日(火)「万歳。」
 明日は聡のポリオの予防接種。テレビを見ながら準備。
あっ、食いしん坊が、いつの間にか松岡修造に替わってるっ!

 そういえば、高校の頃、雨の日の体育の授業でなぜか「松岡修造テニスレッスンビデオ」とかいうものを見せられた記憶が。あれはなんだったんだろうなあ。授業でテニスなんかしたかな? そもそもあれはレッスンビデオとは名ばかりで、ちょっといい男・修造のプロモって感じだったぞ。あれをおとなしく見ていた私も私だな。まだ、ういういの高校生だもんな。雨の日の体育なんて、そんなもんだよな。ああ、懐かしい。

そんなに食いたければ食ってくれ。私の餃子は美味しいぞ。

2001年5月11日(金)「最近ぐいぐい。」
 最近、息子の行動が面白い。なんでもぐいぐいする。私が本を読んでいると、僕にも読めと、ミッフィーの絵本を持ってきて、私の顔にそれをぐいぐいと押しつける。そこで、思いっきりミッフィーチックに読んであげると、大興奮。おしまいといって本を閉じるとそれを取り上げ、また私の顔にぐいぐい。きりなし。お気に入りの時計の音も、母も聞けと言わんばかりに、私の顔にその時計を押しつける。本当は耳に押しつけたいようだ。ぐいぐい。真剣な顔で押しつける感じがとてもかわいい。

 ←父。思い切りのいいぶれぶり。  ←子。ぶれぶりもまだまだ。

2001年5月27日(日)「ありんこ」
 6時前位か、目が覚めて台所へ行った。メガネをかけていないのでいささかぼやけてはいたが、何者かが玄関のドアから進入している様子。すごーく嫌な予感。足許を気にしつつ近づいてしゃがんで目を凝らして見ると。ああ、やはり。ありんこありんこありんこありんこ。ヤッターマンの今週のびっくりどっきりメカのように、ありんこが列を作って、ぞろぞろぞろぞろ。うひ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。追いかけてみるとテーブルにも、冷蔵庫にも、あっちにも、こっちにも。思い出しただけでかゆくなる。(本当にいまぼりぼりかいてます。)部屋に戻りメガネをかけ、事態の収拾を夫に頼もうとしたが、何せ、今は休日の朝6時。夫にしたら、真夜中に等しい。いびきをかいて気持ちよさそうに寝ている人を日曜の朝6時の叩き起こして、ありんこ退治してよ!なんて言ったら、怒るよな。いくら、しんしんと粉雪つもるフィンランドの寒村で迎える旧正月のようにもの静かな夫でも怒るだろう。私だったら、もちろん怒る。しかし、見てしまった以上そのままにしてまた眠ることは出来ない。よって、夫に助けを求めるのをあきらめ、私はひとりでどこからともなくわいてきてどこへ行くともしれないアリの行列をつぶしていった。ゴム手袋をはめ濡れた雑巾で、ごりごりと。はじめはそれでも感触が気持ち悪く、それ以上に殺生が心苦しく、泣きたくなった。しかしそれも30分ぐらいやっていると、麻痺してきた。アリはもともと発見次第つぶすべき生き物であるかのように感じ始めた。黒い粒が動くと反射的に雑巾を押しつけた。数え切れないほどアリを殺した。しかし、殺せば殺すほど、同時に自分の中の何かが死んでいった。
 夫が起きてきた頃には、残党が数匹うろうろと逃げまどっている程度にまでになっていた。私は心底ぐったりしていた。ささくれだって機嫌が悪かった。もう、黒い粒は見たくなかった。しかし目をつぶると黒い粒がぞろぞろと網膜の裏から頭の中へ入り込み、無秩序にはい回っていた。コーヒーの粒にさえ、びくびくした。そんなベトナム帰還兵のような妻を見て夫は「なんだ、起こしてくれればやってあげたのに。」とあくびをしながらこともなげに言った。
 私は、どんな場合においても決してなにも生み出さない戦争や暴力、そして、甘いものを心から憎む。

2001年6月12日(火)「炊飯器」
 
暴力は日常の中に潜んでいる。それは6月の午後、炊きたてのご飯の湯気と共に私の視界を大きく揺らした。
 なんの気なしに炊飯器のふたを開け、ご飯をよそろうとしたら中に馬の首が入ってたんですよ。めまいがしました。ご飯粒がくっつかない魔法のしゃもじを持つ手も震えるっつーの。ゴッドファーザーだっけ?ベットの中に馬の首切っておいとくのって?まさに、いきなりのバイオレンス。もちろん、聡の仕業です。そういえばさっきがたがたやってたな。これって、おどし?なんの?飯がまずいってこと?夫が女子高生でごったがえしているソニープラザで最後までゾウにするか、ウマにするか、と悩んで買ってきたソフトビニールのタオルハンガーがあきたこまちの中でほかほかになって汗をかいてました。かわいそうに。
(注:いつもは赤子は炊飯器には近づけないようにしています。炊飯器から出る蒸気は危ないんです。よい子はまねをしないでね。と言うより、気を付けなさい、私。)

2001年6月21日(金)「ご飯粒と街」
 あちこちでご飯粒を踏む。ご飯粒を踏む感触っていやなものですよね。それも家のあちこちで不意になんてもっと嫌ですね。踏まなくても、え?なんで?というところでご飯粒としょっちゅう出会う。小さい子どもがいると、びっくりするくらいご飯粒がとびちるんです。困ったものです。そして、ご飯粒を踏むたびに、私はカヴァフィスというギリシャ人の詩を思い出します。街というタイトルで、君はこの街を出てやり直すんだと言うけれど、この街で損なわれたものは、どこに行ってもついてまわるよ、ダメになったのは街じゃなくて君なんだ、廃墟となったのは君なんだ、というような内容のもので、ものすごく好きな詩なんですが、なんでご飯粒を踏んで思い出すのがこの詩なのかは、自分でも分からないんです。掃除をさぼっている自分を、ご飯粒を踏むたびに思い知らされるからかな。ご飯粒はどこへでもついてくる。損なわれた自分からは逃げられないということでしょうか。掃除しよっと。あ、カヴァフィス、いいですよ。

 ←ひ、ひどい、この胚芽なし。

2001年7月1日(日)「ヨーグルト」
 池袋の駅近く、信号を待つねーちゃんが明治ブルガリアヨーグルトを手に持っていた。あの人信号待ちながらヨーグルト食べる気かな、と運転席の夫に言う。夫怪訝そう。ねーちゃんはプラスチックの小さなスプーンの袋を上手に口を使って破りだし、今、まさに食べんとす。ほらやっぱり、と盛り上がる私。しかしねーちゃんが食べ出す前に信号が変わり車は発進。横断歩道を渡りながらブルガリアヨーグルトを食べるねーちゃんを見届けたかったが叶わず。なんか損した気分。そもそも、落ち着いてどこかでなんて余裕もなく、往来のまっただ中でヨーグルトを食べざるを得ない状況ってなんだろう。せっぱ詰まりまくりの便秘か。
 余談だが、家には、本場ブルガリアからお越しのヨーグルト菌を元に増やしたヨーグルトがある。モノホン、モノホン、本場もんだよ、全然違うよ、と知人がくれた。すこぶるヘルシーなモノなのに、お里が分かりそうで実はよくわかんない加減がなんとなく密輸とかご禁制っぽい。実際市販のモノとは段違いの美味さなので、私も人に分けたりした。ちょっと小声であたりをうかがいながら「実はさ、本場もんのブルガリアヨーグルトがあるんだけどさ、私の友達の友達がなんたらかんたら」と言うと、さらに嘘っぽくいかがわしくていい。
 このもらったヨーグルト、牛乳を足せば、すぐ増える。室温でほったらかし。ブルガリアというと、ヨーグルトしか連想できない。ブルガリアがどこにあるかも正確にはわからない。それでも、本物のブルガリアの菌を持っているものだけが世界を制すのだ。

←とっても親切な参考資料:世界地図(サボテン版)

2001年7月11日(水)「夕日」
 聡がひとりでトコトコベランダに出ていった。てっきりまた服着たままプールにでも入りに行ったなと思い、追いかけてみると、大人用のイスによじ登り、座って、沈んでゆく陽を見ていた。水色とも紫ともピンクとも何とも言えない空だった。たまにはこういう日があっていいと思う。
 うるせーばばあ、と言われる日が来ても、この日の空は忘れないでいたい。この日の空を忘れずに、「どの口が言ってんだ?どの口だ?」と生意気に薄いひげが生えだしたヤツの口をぎゅうとつまんでやりたい。

 ←やらせ再現写真。この日の空はどんより。

2001年7月14日(土)「肉」
 自転車ですっころんでなんだかわかんないけど血が出ていた親指。爪の上の方まで肉が盛り上がってはれてきた。病院はとことんひどくなるまで行かない派としては、けががせこすぎてちと恥ずかしい。こんなんで見てもらうっていうのもナンですが、なんて、卑屈な態度で受診したら、なんか結構大げさに処置されたゾ。薬なんて3種類。痛み止めやらなんやらかんやら。痛いの我慢できたら飲まなくていいですかと聞くと、アホな子に説明するように、全部飲んでくださいね、と言われた。しかし、あまり薬は飲みたくない。私は薬を飲むとき、いつも、「こんなの飲んだら食べられなくなっちゃう」と思い躊躇する。食肉としての価値が落ちるのだ。私の健康に対する尺度は、「食ってみてどれくらい美味いのか」である。訳の分からない抗生物質なんか摂ったら食用にさえならなくなる。それは辛い。動物として生まれたからには、せめて食えるものでありたい。私はその上、霜降りだ。食える上に高価。薄切りにしたら一枚一枚ビニールに張られるようなヤツだ。お父さんがボーナスが出たとき買って帰るくらいのランクだ。子どもらは生の私肉を前に輪になって小踊りする。もちろん、夢見るように美味い。
 今回だけは妥協して、薬を飲んだ。そうだ、食われる前に腐ってはいけない。4日分を、一週間くらいかけて飲んだ。傷はほぼ完治。

 ←アイスクリームなら食べられそう、くすんくすん、なんて言いたい。

2001年7月20日(金)「ダメな予感」
 夏は暑い。それは仕方ないことだが、ちょっといい気になりすぎてやしないかい?おぉ?とついつい短気になっている。まだ、気が短くイライラしているうちはいい。そのうち、動きが鈍くなり、声は小さく、もう、どうでもいい、このまま汗にまみれて臭くなってハエがたかるんだ、私は、くらいになると、ちょっとまずい。まさに一歩手前だ。

 ←目は開いているがどこも見ていない。

2001年7月22日(日)「換気扇」
 さっきすごい音が台所から聞こえた。換気扇が落下したのだ。危険きわまりない。そもそも、ここに入居した当初より、こいつはかなり危ないヤツだった。第一、どこにも固定されていなかった。壁の隅に空けられた穴に押し込まれているだけだった。おっと、と思い、固定しようとしたが、構造上無理と分かった。これまでにも2回突然落ちた。回そうとひもをひっぱたら、そのまま落ちたこともあった。ドリフのコントか。しかし、もしも人に当たったりしたら、熱い鍋の上に落ちてきたら、と考えると、恐ろしい。出来たら、落ちずに、そのまま回りながら飛んでいって欲しい。そうしたら、大家さんへのクレームも付けやすい。換気扇、飛んでっちゃったんで、新しいのつけてください。和む。

 ←写真中央の黒い点。そこを拡大したのが次の写真。

 ←換気扇はかなりのスピードで北区の方へ飛んで行った。

2001年7月23日(月)「真昼の真ん中」
 毎年、夏には、極力炎天下には立たないようにしていた。これ以上地球に暑くなってもらっては困るので、クーラーも自分では使わず、じっと日陰や大きな石の下に潜んで秋を待っていた。だが、今年は、一番暑い午後一に毎日お出かけである。ああ、いやだ。いやだって言ったってしょうがない。お子さまのご意向なんだ。昼前に一眠り、夕飯前に一眠り、というサイクルの子どもなので、どうしてもお出かけは13時〜16時ぐらいになる。お天道様はまっすぐ頭の上にある。つむじにじりじり火がつきそう。子どもを自転車に乗せ、ヨロヨロと少しでも涼しい場所へ行く。近くのスーパーさかがみはすごい。割とナチュラル気取っているくせに、ガンガンに冷房を効かせている。エコはどうした?と思うが、つい吸い寄せられてしまう。そしてちょっと割高の無農薬野菜かなんか買ってお茶を濁し帰りに向かう。しかし、子どもはスーパーでお買い物を外出とは認めてくれない。まだまだ散歩は続く。結局公園に行く。

 ←夏の昼寝は大切です。

2001年7月25日(水)「土用なのに水曜」
 やはり一番は公園だ。世の中公園デビューがどうしたこうしたとうかれているようだが、よく分からない。本当か?会員制のクラブじゃないんだから。公園にはいろいろな人が来る。勝手に来る。みんな勝手に来て勝手に帰る。そういうもんだよね。私がよく行く六義園は昼なお暗く涼しくていいのだが、ここに来る親子の多くは赤の他人の名前が書いてある服やバッグをもっていらっしゃる。お屋敷街なのだ。お金持ち。わ、いるんだ、こんな人、とちょっと感動した。公園に一張羅。私は普段からおしゃれしている人にたいしては、好き嫌いはおいといてえらいなあ、と思う。しかも、夏。プチブルも夏は暑いはずなのに。あ、ストッキングはいてるぞ。えらいなあ。涼しげである。一方、プロレタリアートの夏は暑苦しい。私もこざっぱりしたい。そうだ、私だって他人の名前が入ったモノ持ってるぞ。電話番号とか住所だって書いてある。頭にも巻けるし、首にかけてもおしゃれ。汗も拭ける。便利なタオルだ。よく考えると、他人の名前を背負って歩くという点で、高価なブランドものも、名入りタオルも大差ない。私は私の名前で歩きたい。よし、タオル作るぞ。(それはちがう)

 名入りタオルは最小120枚から作れるらしい。誰に配ろう。半分以上うちで雑巾になりそうだ。しかし、気分はいいはず。ああ、ものすごく心引かれる。

2001年7月27日(金)「10円」
 誕生日、会社帰りの夫と待ち合わせ、近くの上海チキンの店で夕飯を食す。その日の午前中、私は住宅金融公庫の融資申し込みに行って、幻の大金を動かして来たばかり。ものすごい金持ちなのかものすごい貧乏なのか分からない気分のまま、血迷って1200円のエビそばなどを食べてしまった。レモンが入っていてなんか美味い。食後、自転車を引きながら夜道を歩いていると、小学校近くに必ずあるような駄菓子屋兼文房具屋を発見。もう30年ぐらい商品が動いていないようで、日に焼けてホコリをかぶったジャポニカ学習帳が置いてある。呼ぶと奥の居間から生涯一ばばあのような婆さんが出てくるのもお約束だ。もしかして、小学校前のこんな店は、全国展開のチェーン店なのではと思うほど、どの店もよく似ている。それともデジャヴ?
 私は中に入り駄菓子を物色。のしイカもどきを一つとチョコリングを一つ。あと酢イカも、と言うと、婆さんは酢イカだけは20円だよ、20円だけどいいのかい?と言った。前の二つは10円なのだ。私は夫と二人分で酢イカを2本と思っていたのだが、婆さんにそう言われると、急に「えっ、マジ?」なんて気分になり、「じゃー、1本にしておきます」と言ってしまった。
 永年小学生相手に何十円の商いをしてきた婆さんにかかったら、私とてまだまだジャリ銭人生真っただ中なのか。それとも、私が今日借金の申し込みに行ってきたのもお見通しということなのか。どっちにしろ、せっかくだからとりあえず、酢イカ1本から節約をはじめてみた。

 ←ジャリ銭人生突入前のこども

2001年8月3日(金)「換気扇その後」
 先日換気扇の文句をつれづれ日記に書いたら、それを夫が読んだようだ。朝起きたら、きれいに油汚れを落とした後しっかりと所定の位置に取り付けられていた。夫は、きちんとネジで留めたので、もう落ちないはずだと言う。そういえば昨夜遅くまで台所で何かしている気配がした。日記に文句を書くと、知らない間に改善されているなんて、ドラえもんの道具のようではないか。楽しいぞ。前も、「パソコンが遅くてしびれる」などとブツブツ言っていたら、いつの間にか速くなっていた。どうやら誰かが、というか夫が、秋葉でなにやら仕入れ私のマックに仕込んだらしい。
 というわけで、今、日記に何を書こうかものすごく真剣に考えている。そして、それを読んだときの夫のげんなりする顔を想像している。

 ←たらららったら〜。おねがいにっきー。

2001年8月16日(木)「実家にて」
 実家に帰った。パッチワークの教室の為に日帰り往復計3時間。げっそりだ。そのうえ、家に帰ってみると、またちょっと様子が変わっていた。母の仕業だ。なんなんだ、これは、と尋ねると、「涼しい演出」と答えた。母のやることは、町に必ず一人はいるちょっと危ない素人発明家のようである。たけしの誰でもピカソの勝ち抜きアートバトルに出て、ある意味貴重なんて言われるような発明家。母は昔、私の弁当のご飯に青のりで「うんこ」と書いた女である。

 ←仏間の窓。傘を入れるビニール袋を使用。中には絵の具で着色したカラフルな色水。

 ←台所と土間の間の窓。棚の上に青い色水を入れたペットボトルを置き、観葉植物でミドリをプラス。ポイントは色水とすだれか。ママン、あなたはどこへ行くのか。

2001年8月19日(日)「ガリガリ」
 夏と言えばガリガリくんである。我が家の定番だ。ただいま減量中の私なので、アイスアイスと言うわけにはいかないが、ちょっとしたご褒美には、やはりガリガリとやりたいのである。
 ガリガリくんを知れば知るほど、ガリガリくんの美点は際だってくる。何たって、安い。60円。(しかもあたりつき)さらに、低カロリー。(約70キロカロリー)アイスクリームだとそうはいかない。チョコモナカジャンボが約210キロカロリー。三倍だ。1チョコモナカは3ガリガリ。値段にして約1.7ガリガリ。ファミリーパックのガリガリくんで言ったら、さらにお得。とにかく、ガリガリくんはえらいのだ。
 これを書くために私はガリガリくん数種、ガリガリくんファミリーパック、チョコモナカジャンボを完璧に胃の中へ納めた。とても意味のない、そして危険な行動をとってしまうのも夏の魔力なのである。

 ←二人とも私ととっても仲良しだ。

2001年8月20日(月)「クレープ」
 王子駅前のクレープ屋の店員はトロピカル甚平を着ている。どうやらそれが夏の制服のようだ。皆、トロピカル甚平がよく似合う今風の若者達だ。超マジ激ヤバとか違和感なく言えそうだ。トロピカル甚平といい、超マジ激ヤバといい、私はもうクレープ屋ですらバイトできないのだなと痛感した。私が働ける場所がひとつ減ったことは置いておいて、この店の厨房の壁には、「クレープはフランスの誇る9番目の芸術です」と書いてある。クレープが9番目なら、1番から8番はなんだろう。さしずめ、


?ワイン
?ルノアール
?エッフェル塔
?シネ・ヌーベルバーグ
?ベレー帽と横縞シャツ
?岸恵子
?ベルサイユのバラ
?フランス書院


あたりだろうか。でもって、9番目がクレープなんだから、10番目にはトロピカル甚平が続くはずだ。ビブラフランス!

 ←描きはじめた時はちゃんとフランスだったのに。どこかが違う。所詮、私にとっては、空港を通り過ぎたことがあるだけの国の人。

2001年8月27日(月)「米その後」
 今日はちょっとした私のくず人間自慢になりそうだ。
 まず、柔らかめに炊いたご飯を用意。夜、炊飯器の保温を切って、熱帯夜を丸一晩。次の朝、ご飯は、まるで、パーマ液のような匂いになっています。「すえた匂い」を通り越して、「目にしみる刺激臭」このご飯を髪に塗ったら、米粒大のロットを巻くが如く、すごく細かいパーマがかけられそう。うわ、おしゃれ。ちなみに、私はこのパーマ液を今年の夏、2度ほど製造した。もう、しばらくあの匂いは嗅ぎたくないです。

 ←冷蔵庫にしまいます。それでもラップしてジップしてはめんどくさい。

2001年11月13日(火)「アナザーサボテン」
 思い立ち、やふーにて、「サボテン通信」を検索してみた。引っかかった、引っかかった。他にもあったよ。サボテン通信。まんま同じ名前が沢田知加子さんのレコーディングスタジオ情報(ファンの人が作ったモノ)。もう一つは正式名称「SABOTEN WORLD」かとも思われるゲーム関連なのかとんとわかんないぞというページ。どちらも専門外なので、ひじょうに遠い感じがする。名前は一緒でも、あいさつだけしてそれっきりの友達の友達の友達のような微妙な感覚である。しかし、沢田知加子さんの方のサボテン通信は数年前に発見したときから変化がないし、ゲーム系サボテンの方も日記と称するコンテンツがあるものの、更新は滞りがち。あらら、妙なところでうちとの共通点発見。全くどいつもこいつも。サボテン通信という名前を付けたがる人間は、まめさに欠けるのか。それとも、もしかしたら「サボテン通信」自体の画数が悪かったりして。だとしたらツノダ☆ヒロ風に「サボテン☆通信」とかモー娘。風に「サボテン通信。」とかに改名すべきなのか。改名したらどーんと盛り上がるのか。それとも、また私は逃げているのか。そうだ、逃げているのだ。

 絶対あると思っていたのになかった多肉植物園芸マニアのページ。サボテンファンがつながりを求め試しに「サボテン通信」と検索すると、こんなページしか引っかかってこないのだ。まずげんなりだ。サボテン天国 サボテン三昧 で検索するとようやく本物のサボテンと出会えた。そもそも、ただ「サボテン」だけの方がいい。当たり前だ。それこそチクチク痛いくらい引っかかってくる。

2001年12月2日(日)「福引き」
 横浜のクイーンズなんたらでL.Lなんたらのソファーベッドを買った。丁度セールの時期だったので、福引き抽選券が38枚ももらえた。夢のよう。福引きなんて、いつもなら補助券をせこせことためてやっと1本引ける程度のモノなのに。それがどんと38本。まあ素敵。宿泊券とか、商品券とか、御食事券とか、当てちゃうのかしら、うふふふ、と、とらたぬで勇んで抽選会場へ向かった。おしゃれな若者スポットでもくじは昔ながらのがらぽんくじ。まず夫が19回がらぽんがらぽん回したが、すべて赤玉。はずれまくり。次に私が19本。だんだん中の玉が少なくなってゆくのを感じながら回したが、結局3本がやっと下から二番目の賞に引っかかっただけだった。後は全てはずれ。まあ、3本当てたからいいじゃないか、それより、実は当たりなんて入ってないんじゃないの、と慰め毒づき合いつつ、係のお姉ちゃんが渡してくれた参加賞35個と下から2番目賞3個がつまった袋を持って、私たちは帰ろうと歩きだした。その瞬間、大当たりを告げる鐘の音が背中に突き刺さった。なんだよ。なんなんだよ。私たちの38本はなんだったんだよ。そうさ、私たちの38本は次の人の当たる確率を上げただけだったさ。あははん。私たちは他人の為に鳴らされた鐘の音に送られつつ会場を後にした。それはものすごく気高い自己犠牲的行為だった。

新春お年玉企画

素敵なグッズプレゼント!!!

 ←A賞:カード&カードクリップ(3名様)

 ←B賞:綿棒・絆創膏セット(35名様)

*2003年3月現在一通の応募もありません。もう、ばらして我が家で使用しているので、差し上げることも叶わなくなりました。非常に残念です。

2001年12月12日(水)「ホンダ100点」
 乗り物大好きな息子は、本屋で「ホンダ100点」という本をねだり、泣いて放さなかった。仕方なく買ったのだが、この本が変なのだ。講談社から出ている絵本ののりものアルバムというシリーズの一冊なのだが、他の巻は「特急・超特急100点」とか「はたらくおおきな自動車100点」とかそんな感じなのだが、その中でこれだけがいきなり唐突に「ホンダ」なのだ。ホンダがあるからといってニッサンやトヨタがあるわけではなく、もちろんヤマハや東芝もない。突然「ホンダ」。内容はこの手ののりものの本とさほど違いはなく、車の写真とその説明。タイトル通りホンダの製品など100点が列挙されているのだが、めくっていくと、「これはどうなんだ」というモノに何度か出会う。はじめの方のオデッセイ、ステップワゴン、ライフ(初代)なんてのはいい。力丸、ラッキーボーイモンパルポータブル発電機ドライビングスクール?なんですか、それは。100揃えるのに苦労のあとが見える。しかし苦労はしても100揃えられるだけでも「ホンダ」はすごいのかもしれない。ホンダに勤め、休日返上、深夜まで仕事で帰りの遅い父親。寂しがる子どもに母はこの「ホンダ100点」を読み聞かせる。「お父様はこんな素晴らしいお仕事に携わっておいでなのですよ」と。もしかしたらそういう家庭用に作られた本なのかもしれない。私の夫はホンダ勤務ではないので、意味ないのだが。しかし、そういう本があってもいいと思う。

 ←ホンダ勤務の父親を持つ家庭の図(想像)

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