CROSS GATE[前編]
ガルディア王国の千年祭が開催されている間に、クロノの王国裁判が執り行われた。具体的な日付を覚えていたわけではないから、召使にその事を確かめたら呆れた口調でこう言われた。
「王女様の誘拐を白昼堂々企むなんて・・。でもそんな犯人と疑われた人物と結婚するなんて本当に不思議なものですねえ・・」
私は召使の複雑な表情を読み取って、肩を竦めて見せた。
私はガルディア王国現王妃マールディア。夫は現国王クロノ。
ガルディアの、ひいてはこの星の命運を賭けて戦った私たちは、無事現代へ帰ることが出来たのだった。
ただし、その帰ってきた間のことは、時間旅行をしてきた私たち以外は誰も知らない。少しの出来事で未来に大きな影響を与えることを学んだ私たちは、友人のルッカを中心にこう決めたのだ。
『過去も現在も未来も、一時は全て私たちの手の中にあった。けれど、もうその必要が無くなったから、私たちはその運命の鍵を神様に返しましょう。時の改ざんは私たちの責任の及ばないところまで影響を及ぼすことが十分すぎるほど分かったのだから・・』と。
ルッカは私たちの中の頭脳だった。あらゆる角度からの時代の検証をしてから、ゴーサインを出すのは彼女の役目だった。そんな彼女の言葉を、みんな蔑ろにするわけが無かった。
それは時間旅行を許された者達への最後の、そして永遠の約束。
だから、ガルディア王国が今あることを知るのは、その世界を守ったのはクロノだってことを知っているのは現代ではルッカと私だけ。
――――そもそも問題はここにあったのかもしれない。
―ガルディア王国暦1001年
もともとクロノとの婚儀に反対するものは多かった。
私はその「誘拐事件」が起こる前から、ただ名家の貴族というだけの取るに足らない男と結婚することが決まっていた。その貴族の名前は・・もう覚えてはいないけれど。
一番最初の障壁は、もちろん父上。
クロノは一度私の誘拐犯人として疑われた人物だし、何よりも「一体いつ何のきっかけで私とクロノが結婚するほどの関係になったのか?」ということを父上はずいぶん訝しんだ。一平民でしかないクロノが王座を射止めるなりの理由が、父上は欲しかったのだとは思うのだけど。
明確に理由が欲しいというのなら、その剣技だと私は父を説得した。今までのように喚いて父上を承諾させることはできないと思ったから。それくらいの小さな問題ではないと、私自身よく分かっていたから。
「千年続いた大国がいつどんなタイミングで崩れるかわからないんだよ?父上。そのために王は強いに越したことはないんだから!」
私がクロノと一緒になるために父上を説得した言葉だった。そのことが現実になるとも知らずに。
―ガルディア王国暦1002年
その頃、ルッカは稀代の発明家としてあっさりガルディア城の門をくぐるようになっていた。もちろん、国王の友人でもあるわけだから当たり前の待遇なんだけど。
「この前ね、ロボの縮小版のプロトタイプ歩行テストをしてたときにね」
お茶を飲みながら、ルッカはそう切り出した。
クロノは丁度大臣達と会議があって、ルッカの相手が出来ない日だったからクロノはいなかった。私はルッカを私の部屋のベランダに備えたテーブルに呼んで、ルッカの話を聞いていた。
「・・ぷろとたいぷ?」
「ああ、試作品ってこと。お試しバージョン、てことよ。」
事も無げにルッカはそう言ってにっこり笑った。私は呆れたように声を上げてルッカを見やった。
「・・ロボの小さい版を作ったってこと?それってすごいことじゃない??」
「うん、苦労した〜。」
ふーっとそのときの苦労を思い出しているのか、ルッカは深く長い息をついた。
「ロボの小さい版かぁ。ねえ、今度持ってきてよ。私見たいよ。」
私はルッカに強請(ねだ)ってみる。ルッカはその言葉を嬉しそうに受け止めてくれるのが分かっていたから。
案の定、ルッカはお安い御用、とでも言うように笑って見せてくれる。
「じゃあ、次の機会には連れてくるわ。それまでにテスト終わらせなくちゃね」
お茶を飲みながら、ルッカはそう言った。私はチビロボ、楽しみにしてるからね、というとルッカはまた笑った。
「で?その歩行テスト・・っていうか散歩でしょ?結局」
「まあ傍目で見ればそうだけど。」
ルッカは苦笑しながら私を見る。私はルッカのこう言うところが昔から好き。私を王女様っていう枠で見ないで、とお願いしてからの彼女の切り替えの速さは誰よりも早かった。彼女の頭の回転のよさを感じる。
「それで、散歩の時に何か見つけたの?」
「うん、赤ん坊を」と、ルッカは困った様子を少しも見せずにそう言った。
ルッカの平静な態度に、私は一度自分の耳を疑ったほどだ。
「えっ?赤ん坊・・赤ちゃん?!」
「そう、まさか・・あんたが捨てたんじゃないでしょうね?」
ルッカに、いきなり突拍子もないことを言われて私は混乱した。
―赤ん坊が落ちていたってこと。
―ルッカがその赤ん坊を私が捨てたと思ってること。
「なっ・・なんで私がっ・・!?だってまだ赤ちゃんだって・・いないのに・・」
言ってて恥ずかしくなってきて、私は最後の方をもごもごさせながらそう言った。ルッカがそれを聞いて笑う。
「あははっ!やぁねえ、冗談よ。マール。でも、子供が出来たら一番に知らせてくれるんでしょ?そういう約束だもんね」
「うん、もちろんだよ。ルッカ」
私は頷いてそう言った。結婚式のときに、ルッカに言われた言葉を思い出す。
『赤ちゃんが出来たら、一番に教えてよね!とっておきのプレゼント考えてあるんだから!』
プレゼントってなんだろう?そんなことを考えながらルッカの表情を見ていると、段々とその表情が曇っていることに私は気付いた。
「・・その、赤ちゃん、どうかしたの?」
控えめに、私がそう尋ねてみると、ルッカははっとして私の顔を見た。そして、視線を落として・・私の胸元にあるペンダントを見つめる。時間旅行の引き金になった・・ガルディア王族に伝わる青いペンダントを。
「・・そのペンダントはずっと持ってたよね。手放さなかったよね?」
ルッカはペンダントを見つめながらそう言った。
「?」
訳がわからず、私は首を傾げる。ルッカはペンダントから視線を外すと、ため息をついた。
重く、深いため息を。
「・・してたんだ。そのペンダントを、その赤ん坊が」
ルッカは疲れたように首を振った。ルッカの台詞に、私は言葉をなくしてしまった。
「・・な、なんで・・」
「わからない。きっとあんたがそのペンダントを手放していないってことは、別の時代のものなんだろうけど・・いつの時代なのかはわからない・・」
ふう、と息をつくと、ルッカは眼鏡を外す。ハンカチで眼鏡を拭きながら、こう続ける。
「ずいぶんゲートホルダーを見て悩んだんだよ。もとの世界に戻すべきか、それともこのまま私が育てるべきかって・・。でも、戻すって言っても時代時代のガルディア血族を探すなんて途方もないじゃない。」
「そうね・・」
1000年続いたどの時点でのガルディア王族がその子の両親なのかを調べるというのは、確かに大変なことだと分かる。
「それで、まず始めにあんたに話を聞きに来たのよ。とりあえずこの時代のペンダントの所在を確かめるためにね」
そういって、ルッカは眼鏡を元のようにかけなおした。
「この時代のペンダントに異常がないとすれば、その赤ん坊はこの世界にいるべく存在しているってわけでしょ?」
「・・・???」
私はとうとうルッカの話についていけなくなって、首を傾げた。ルッカはそんな私を理解したようにうなずいて見せると、こう続けた。
「もしね、このペンダントと赤ん坊が過去のもので、過去から現代に移されたものだとしたら・・過去のペンダントはどこ・・いえ、どの時代にある?」
「それならカンタン!この、現代でしょ?」
得意げに私は答えて見せると、ルッカは頷いた。深刻そうな顔だ。
「そうよ。で、過去のガルディア血族からもしそんなことが起こっていたら、今あんたの胸にあるペンダントはどうなっていると思う?」
「過去から現代に移動したペンダントなら・・」
そこまで考えて、私ははっとした。ルッカは、だから私のペンダントを見に来たのだ。
「私の胸にはないはず・・、よね?」
「その通り」
ルッカはそういってふーっと息をついた。
「でも、あんたの胸には今そのペンダントが以前と変わらず光り続けている。ってことはこの赤ん坊は『歴史に予定された時間移動をしただけ』なのよ。もし予定外の時の改ざんなら、あんたの胸に今そのペンダントは無いわ」
「でも・・それって・・変じゃない?」
私は腕を組んで考え込んだ。ドレスが皺になってしまうと思ったけど、思考が止まってしまいそうでそのまま腕を組んだまま考えることに専念した。
「だって、今私がしているペンダントは王家の物で。歴史的な改ざんも行われずちゃんと受け継がれてきたペンダントよ。じゃあ、その赤ん坊のペンダントはなに?偽者なの?」
私はルッカの目を覗き込んだ。ルッカは、無言で私に頷いて見せた。まるで、『そう。それが問題なのよ』という言葉が言わずとも伝わってきたようだった。
「偽者なら・・ただの偽者ならこんなに平和なことはないんだけどね。その赤ん坊はただの現代での捨て子で、ペンダントは王家の物と思わせるだけのただの悪戯。それならまだ、ずいぶん平和なんだけど・・。」
がっくりとうなだれて、ルッカは首を振った。
「多分、本物。ゲートホルダーと共鳴するのを確認したわ・・」
「・・そうなの・・」
思わず黙り込んでしまう。ルッカがそういうのだから、多分間違いはないだろう。
だとすると、そのペンダントは一体どこの時代で作られたものなのか?
「考えても仕方のないことだって分かってるけど・・家でその子がいるとね、やっぱり考えちゃうのよ」
「せめて、どこからきた子供なのか分かればいいのにね」
私はペンダントを手にすくう様に乗せ、その不思議に青く輝くペンダントを見つめそう言った。ルッカもそんな私の言葉に深く頷く。
「送り返すくらいはしてあげたいんだけど・・もしかしたらそれすらも『するべきこと』ではないのかもね」
「どういうこと?」
私はまたもやルッカの言っていることが分からなくなって、思わず尋ねた。
「これからの時代に、その赤ちゃんは必要な人物なのかなって。だから、誰かがわざわざこの世界に『送り届けた』ってこと」
「ええっ!?」
まさか!と私はそのルッカの言葉に驚いて声を上げた。
「だって、その子、赤ちゃんなんでしょ?」
「ええ」
「歩けるの?」
「まさか、乳飲み子同然よ」
「だったら違うわよ〜・・」
私の言葉にルッカが今度は不思議そうな顔をした。
「だって、今回はルッカがちゃんと拾って保護したからよかったけど。そんな乳飲み子状態の子供をどうして一人だけで送っちゃうの?この時代でも危険が全く無いわけじゃないわ。場所が悪ければ、下手したらモンスターとかに食べられちゃうかもしれないのに!使命とやらがあるなら、もうちょっと育ってからの方が自然じゃない?」
「そっか・・時系列的観点からそう言うことも考えられるかと思ったけど、論理的じゃなかったわね。ごめん。マールの常識的観点はいつも助かるわ」
「そんなに難しいこと言った覚えはないんだけど・・」
私はいつもながらのルッカの難しげな物言いに苦笑いした。
ルッカは、それにしても、と私を覗き込んだ。
「クロノは?相変わらず元気にやってる?」
「うん、いつも元気だよ。口数少ないのは相変わらずだけど」
私は肩を竦めてそう言った。ルッカはそれを笑う。
「それで会議なんて意味あるのかしらねぇ・・黙って聞いてるだけじゃだめなんじゃない?」
幼馴染みのルッカはクロノのことなどお見通しだ。私もその言葉に笑う。
「結構ね、要点だけは話すみたい。あとは大臣とかに任すんだって。」
「へえ、影の支配者みたい」
ルッカが面白そうにそう言った。その言葉に私がぷっと吹き出した。
「ルッカにしては陳腐な台詞だね」
「私もそう思う」
そう言って、私たち二人は笑い出した。
ここの窓から見える景色は最高だった。城の前に広がる森の色、森を越えた先にある岬の小さな家。その家はルッカの家だ。その先には広大なる海が見える限りの視界を覆う。キラキラ光る水面や、空を飛び交うカモメ。いつもと変わりない景色を笑いながら眺めていると、唐突に体に異変が起きた。
どくっと脈が逆流するような気分の悪さに加え、あまりに唐突な吐き気。
「マール!?」
顔色が瞬時に変化したのだろう。ルッカが慌てて私の隣に駆け寄ってきた。でも、私はルッカの体を押しのけるように部屋を飛び出した。
「マールっ!」
「平気っ!そこに、いて!」
部屋の前に控えていた召使達が慌てて駆け寄ってくる。私は二人に支えられるように、歩き出した。
汚れたドレスを手早く着替えさせられて部屋に戻ってみると、ルッカは予想していたのだろう、にっこり微笑んで私にこう言った。
「おめでとう。来年が楽しみだね!私もプレゼントを早く作らないと!」
私はルッカの言葉に、ようやく自覚が出来てじわりと涙ぐんでしまった。
「あり・・がと・・」
私はゆっくり自分の手をお腹にあてがった。まだ、何もないと思っていた体の中に、もう一つの生命が宿っている。それも、大好きなクロノとの子供が。
その幸せに、そしてそれを祝ってくれる友達がいてくれることに、私は両親に自分が生まれてきたことを改めて感謝した。涙が止まらない私を、ルッカは優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫。きっと、これから不安なことはなにもないよ。それを取り除くためのことを私たちは一生懸命やってきたんだから」
でも、残念ながら。未来はこのときのルッカの言葉通りにはならなかった・・。
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