掲載日:2002/05/26




CROSS GATE[後編]







 大臣はルッカとボッシュに一礼すると、こちらへ、と部屋へ二人を促した。二人は頷くと大臣の後ろに連れ立って入っていった。
 私は二人が入った後、静かにドアを閉めた。かちゃん、とドアが閉まった音が廊下に鳴り響いた。
 そんな些細な音が鳴り響くほど、城内は静けさに満ちていた。
(クロノと結婚したばかりの頃までは)
 私はそう思ってからふっと王の間に続く廊下を見やった。
 耳が痛くなるほどの静寂と、そこに漂う重たげな空気。行き交う人もない、廊下。今では、過剰な召使達は奉公をやめさせて家に戻らせていた。その代わりに、増員されるのは兵士達。反王国派のスパイへの対策を考える兵士や逆に反王国派の足取りを探るためのスパイ、それに、不安定な国内の状況を知ってか国外から訪れる魔物の群れに対抗する騎士団。しかし、それでも。
 兵士は足らない。重なっていく、死の連続。国民の痛みが、悲鳴が、今度は刃となって返ってくる虞も、十分にある。それらを弾圧する部隊も必要となってくるとすれば、きりがない。
(廊下は、こんなに静かじゃなかったはずなのに・・)
 私はふうっと息を吐くと首を振った。昔を懐かしんでも何も返っては来ない。今ある現実をきっちり見て、最善の道を選ぶこと。それが私の今の目下最前の使命なのだから。
「やるって決めたしね・・」
 私はもう一度だけ息をついた。これが最後の、ため息だ。
 私はそれから、一度部屋に戻ることにした。

 部屋でルッカとボッシュを待っている間、私はルーネをあやしていた。ルーネは握り締めたゲートホルダーを振り回しながら、にこにこと笑っていた。今日はずいぶんご機嫌なようだ。
「きゃぁっ!だーぁ!」
「あらあら、ルーネ。今日はずいぶんご機嫌なのねぇ」
 私は嬉しくなって籠からルーネを抱き上げてあやした。ルーネの機嫌がいい時に父上にルーネの姿を見せようと思っていたのを思い出し、私は部屋を出る。ルッカとボッシュは暫く時間がかかるはずだ。
 クロノが王の部屋を使うようになってから、父上は東の塔のてっぺんに住む様になっていた。父上は引退しても尚国を案じ、その塔のてっぺんを居と選んだ。
「ここからならば、もし動けなくなっても窓から外を見渡せる。危険を知らせることができるからな」
 そういって、選んだ塔の部屋。父上に不思議な力があったとは思えないが、私はこの言葉を聞いたその時、一瞬びくっと肩を揺らしたのを覚えている。鋭い刃を突きつけられたときのような鋭角的な悪寒。それが体を走り抜けた。
 そしてその1年後、父上の言葉は正確な予言を含んでいたことを知る。父上の足が急に、立たなくなったのだ。以来、父上は特別なことがない限り、塔の部屋から出て来れない体になってしまった。
 考え事をしながら塔を上っていると、すぐに目の前にその父上の部屋の扉が見つかった。前には衛兵が2人並んで立っていて、私を見ると一礼してどうぞ、と促してくれた。
「父上?」
 後ろで扉の閉まる音を聞きながら、私はベッドに横たわっている父上を見つけてそう言った。ベッドに寝たきりという割には顔色はいい。ただ足が立たないというそれだけなのだ。
「おお、マールや。ルーネもつれてきてくれたか、そうかそうか」
 嬉しそうに笑う父上を見て、私はやっぱりほっとした。
「ルーネ。おじいちゃまよ」
 私は近づきながらルーネにそう言った。ルーネは目をぱちぱちさせてから、ぎゅっと私の服を握る。
「おや、嫌われたかな?」
 父上はおどけるようにそう言った。足に力が入らないので上半身を起こすことも出来ない父上。私はルーネを父上の隣に寝かせてから、父上の上体を起こしてあげた。
「どぉれ。おじいちゃんのだっこはあったかいぞ。」
 大きな手が、逞しい腕が、ルーネを抱き上げる。ルーネは一瞬吃驚したように手をぱたぱた動かしていたが、父上がすっぽりと包んでしまうとそのぬくもりと逞しさに安心したのか、おとなしくなった。
「父上、すっごーい」
「わはは、伊達にじゃじゃ馬一人を育てておらんからな」
「ひっどぉい。それって誰のこと?」
 父上の言い草にむっとして、私は思わず腕を組んで父上を睨み付けると、父上はにっこりと深みのある顔で微笑んだ。
 その顔に私ももう一度安堵してしまう。
「元気そうで、何よりよ。父上」
 ふっと安心した言葉が口から零れ出る。ベッドの脇に腰を下ろし、父上の顔を窺う。
「なに、足が動かんだけでなにも不自由はない。心配するほどのことではないよ」
 穏やかな声の父上。その声に、私の緊張の箍(たが)が外れそうになる。私は思わずいけない、と思い返し、すぐに父上に優しい笑みを送る。
「それよりもクロノの話、聞いたぞ」
 ルーネをあやしながら、私の顔を見ずに父上はそう言った。私の顔が、見れないのかもしれない。父上も心配してくれているのがよく分かる。
「うん・・。ちょっと疲れちゃったかな、クロノ」
「そうだな。休息も重要な時間だ。少し休んだらまた頑張れるさ。人間、そうそうずっと頑張れるものではないからな」
 そういいながら、父上はルーネを私に差し出した。私はルーネを抱き取りながら、頷く。
「うん、そうだよね・・」
 ルーネを見ると、すやすやと眠り込んでいた。ずいぶん父上の抱きごこちが気持ちよかったようだった。
「行くね、父上」
「ああ。思うようにやったらいいよ。マール。辛くなったらここに来るといい」
「うん、そうする」
 私は父上のその言葉を聞いて、決心を固めた。ルーネを抱きしめながら、私は父上の部屋を後にした。

 私が部屋に戻ると、ルッカとボッシュが丁度戻ってきたところだった。
「あ、マール。許可証もらったわよ!」
「クロノはどこにおるんじゃ?」
 ルッカとボッシュの許可証を見つめてから私は頷くと、二人にやっと微笑むことが出来た。
「どうぞ、案内するわ。クロノの部屋へ」
 私がそういって踵を返すと、二人も私の後に続いて歩き出した。
 私の部屋からクロノの部屋は同じ塔の一番奥の部屋だ。そこの廊下だけは王の部屋に続く廊下らしく兵士達が並んでいる。見回り兵士も部屋に近づくにつれ、増えていく。
「すごい厳戒態勢ね・・」
「これくらいしないと安心できないの。もうクロノはこの国の主だからね」
 私はそう言うと、ルッカを見た。ルッカはへぇ・・、といいながら兵士たちを見つめていた。
 部屋の前まで来ると二人の兵士が扉を遮るように立っている。私は二人の兵士にこう言った。
「私は現王妃マールディア。許可証を所持する二人を連れてまいりました。この者たちの許可証の確認を速やかに行ってください」
「かしこまりました、王妃様」
 兵士たちはそういうと、許可証を二人からそれぞれ受け取り、紙切れの文字を舐めるように見つめた。それから、ようやく頷くと、二人にどうぞお通り下さい、と言葉を告げた。
「あら、許可証はもう・・?」
 取り上げられたままの許可証に不思議に思ったルッカがそう言うと、兵士の一人がこう答えた。
「申し訳ありませんが、許可証は都度発行となっています。次回また必要な場合は再度申請を行ってお越しください」
「ほほう・・こりゃまた」
 ボッシュは驚きつつも呆れ半分のような声でこう言った。
「恐ろしいほどの厳戒態勢じゃな」
 すでに兵士達が避けた扉に手をかけ、私は扉を開いた。二人を先に促し、私もすべるように入っていくと素早く締める。
 ルッカとボッシュが横たわるクロノに釘付けになった。それほどまでに衰えたクロノを、信じられないようなほど精気のないクロノを、二人は呆然と見つめた。
「クロノ・・ルッカとボッシュが来てくれたよ」
 反応がないと分かってはいても、私はクロノに近づくと話しかけずにいられなかった。きっとこうやって話しかけ続けていれば、クロノは急に返事をしてくれるような気がして。
 二人はそんな私を気の毒そうに見つめていた。無理もない。こんなのは結婚3年目の妻のすることではないはず。それでも、こんな運命になっても、私はクロノと一緒になったことを後悔はしていない。
(・・いいえ、むしろ。)
 私はクロノを見つめながら切ない思いに身を任せる。
(むしろ感謝している。クロノが私を選んでくれたことを、感謝しているわ。)
 私はそう思ってから、ゆっくり二人に振り返った。
「二人とも、来て?」
 私はできるだけ二人が驚かないように微笑を浮かべてそう言った。部屋の入り口で呆然と突っ立っていた二人はようやく私の声に自分を取り戻し、私とクロノの傍に寄った。
「ボッシュ、どう?」
 私はボッシュに声をかけると、ボッシュは頷いてクロノの額やら頬やらを触り・・ベッドの掛け布をずらして腕の辺りを観察し始めた。
「つったっててもしょうがないし、ここはボッシュに任せようか」
 ルッカがそう言ってくれたので、私は頷いて、クロノの部屋の隅に置いてあるソファに腰をかけた。ルッカがそれに倣って隣に腰掛けた。
「ねぇ、マール」
 ボッシュが何かを探すようにクロノの体を診ている様子をみつめたまま、ルッカは私に話し掛けてきた。
「なに?」
 そういえばルーネを乳母に預けてくればよかったと思いながら、私はルッカを見つめる。腕の中ですやすやと眠るルーネはそろそろ起きてしまう時間ではなかったろうか。
「クロノは倒れる前に、変わった様子は無かった?」
「変わった様子って言っていいか・・ずいぶん疲れていたけど」
 私がそう言うと、ルッカはうーんと顎に手を当てて考え考え、こう言う。
「でも、なんか変じゃない?クロノは全世界の危機を守らなきゃならない危険に身を曝してきたんだし、例えば王制があまりにクロノに不向きだと仮定してもよ?アイツはそんなにヤワな体じゃないと思うの」
 私はルッカの言葉に頷く。
「それは何度か考えた。それ以上のストレスを感じていたのかも、と思ってもいたんだけど」
 私がそう言うと、ルッカはそれでも、と言葉を繋げた。
「それでもクロノは、疲れをアンタには見せなかったはずよ。アイツ、そういうやつだもの」
「そうね・・」
 私は頷くしかない。なんせ、クロノと幼馴じみのルッカの言うことだ。それに、確かに私もそう思ったから。
「それなのに、隠せなかった。隠しきれなかった・・きっとそれはそれ以外の要素の疲労もあったはずだわ」
「それ以外?」
 私はルッカの言葉に反応した。
「王制に対する疲労やストレスのほかに、クロノを蝕んだものがあったとすれば・・。」
 ルッカが呆然とそう呟く。ああ、こうなるとルッカはもうだめ。何も答えてくれない。自分の思考の世界に入り込んでしまうから。
 が、今回は違った。ボッシュがようやく診察を終えて声を上げたのだ。
「そうか、やはりこういうことが起こったか」
 ボッシュは私たちの座るソファに向かって歩いてくる。
「ボッシュ?」
「何かわかったの?」
 私たち二人はボッシュの話を聞こうと身を乗り出したが、ボッシュは落ち着けとばかりに手で遮る。
「私も老体でな、ちと座らせて貰えるとありがたいのだが」
「もちろん!ここに座って、クロノの話を聞かせて!」
 私は慌てて目の前のソファを勧めると、ボッシュはありがとう、と礼をいい、ソファに身を沈めた。
「何か、病気なの?」
 ルッカがおそるおそる、そう尋ねると、ボッシュは頷いた。
「タキオン中毒じゃな・・」
「タキオン中毒??」
 私は首を傾げたが、ルッカはどうやら思い当たったようだった。黙り込んでボッシュの言葉を待っている。
「超音速微粒子をタキオンといってな。時間空間の空気みたいなシロモノじゃよ。タキオンは時間空間の中に絶えず存在し絶えず蔓延しておる。毒というわけではないが、時間世界以外には存在しない珍しい粒子じゃ」
「聞いたことがあるわ。その微粒子の発見さえあれば、タイムマシンを作ることも不可能ではないといわれた超高速で、超高エネルギーの粒子・・」
 ルッカは何かの参考文献を思い出しているのか、宙一点を見つめながらそう言った。
「その通り。シルバードの存在はタキオンあってのものじゃからな」
「でも、さっきボッシュ。それは毒じゃないって・・それならなんで『中毒』なの?どうしてクロノは動けないの??」
 私は今シルバードの存在なんてどうでもよかった。とにかくクロノの病状と治す方法が知りたかった。だから、思わず意気込んでしまった。ボッシュがそれに目を丸くする。
「ま、それはそうだが・・もともと普通の世界では存在しない粒子じゃ。少量ならばたいした事は起こらなくとも、それが蓄積され人の許容を超えたら何も影響はないとはいえんじゃろう。それに、そのせいで時空虫・・タイムバグにもやられとるようだな」
「時空虫・・?」
「なんなの?それは」
 ルッカは今度は思い当たらないらしく、眉をしかめてそう言った。
「時空虫も同じく時間空間にしか存在しないものじゃ。虫という名前がついておるが、まぁ生態が虫に似とるからそう名づけられただけで、実際は固体としては存在してはおらん。スピリチュアル的な存在、と言ったほうが近いといえば近いかもしれん」
「それで?そいつがクロノに何をしてるって言うの?」
 ルッカは自分が知らない存在の話をされて少し苛ついている。完璧な、科学者的気質。しかし、ボッシュはルッカのそんな癇癪を気にも留めず、話しはじめる。
「時空虫はな。そのタキオンのエネルギーを食らって生きておる。だからよりタキオンの濃度が高い方に移動して生きておる。普段はタキオンは時間空間の空中に漂っておるときにはそんなに濃度は高くない。しかし、人や物に蓄積されたタキオンの濃度は次第に高くなる。」
「でも、私たちも同じように時間移動してるのよ?」
 私は不思議に思ってそう言うと、ルッカが首を降る。
「したか、しなかったか、ではないのよマール。これは・・時間移動をした回数なんだわ」
「その通り。幾度時間空間に身を曝したか、それによってタキオンの蓄積量は変わる。そして一番濃度が高かったクロノはおそらく、一番時間旅行をしておるのじゃろうて」
 ボッシュがそう言うと、ルッカは参った、というように額に手をやって息を吐く。
「その通りよ」
「時空虫もタキオンを食らうだけではないからの。蓄積されたタキオンのエネルギーを食らい尽くせば、やがてはクロノ自身の生体エネルギーまで貪りはじめるじゃろう・・」
 私は思わずクロノの姿に目をやった。
(タキオン中毒に・・時空虫・・。時間空間を移動したことがこんなことになるなんて・・)
 同じくボッシュもクロノを見て、ふとこう言った。
「・・で、時空虫の退治方法がいるな・・」
 私とルッカはその言葉に驚いて、目を見開いてしまう。
「ボッシュ!?」
「知ってるんじゃないの?!」
 ボッシュは私たちに詰め寄られてソファに体を沈めたまま、目を瞬かせた。
「わしは何でも屋ではない。賢者と言われるほどの知識を得ることに身を投じたことは確かではあるが、専門職ではない限りこれ以上の知識を得るには困難じゃ」
 ルッカはそれに対しては、確かにそうだと頷いた。でも、私はこれから先どうしたらいいかを見失ってしまうわけにはいかない。
「でもボッシュ、それだけの知識を得られたんだもの。退治する方法を探すヒントでもいいの。お願い、何か思い出して!」
「マールよ」
 ボッシュは賢者らしい穏やかで静かな光を湛えた瞳で私を見つめた。
「落ち着きなさい。そして、何でもかんでもそう人を頼りすぎるものではない。そう言うお前でも、その小さな人生の中で得たものはあったはず。今のクロノにしてやれる事の経験が、あったはずではないか」
「えっ・・?」
 私は一瞬身じろいだ。私がボッシュの言葉に驚いていると、ルッカも隣でにっと笑い、そして頷いている。
「私が・・できること・・?」
「そうだ。思い出せ。お前もクロノと時間旅行を共にしたものであるなら、その鍵はお前たちにある」
 私は頭を抱えた。一体何を思い出せばいいのかわからない。
(・・時間旅行・・ペンダント・・ゲート・・中世・・ゲートホルダー・・三人の制限・・時の最果て・・ハッシュ・・。・・・あ!)
「ハッシュだわ!」
 突然私が声を上げたので、ルッカとボッシュがびくっと肩を震わせた。でも、私は嬉しさに満たされて、思わず立ち上がってしまった。
「時の最果てにいたハッシュよ!あの人は常に時間空間にいるはずなのに、タキオン中毒にも時空虫にもやられていないわ!」
「ご名答!」
 ルッカがご苦労様、と言う様に私の肩をぽん、と叩いた。
「すぐにつれてきてあげる。待ってて!」
「私も行くわ!」
 私は慌ててルッカにそう言ったが、ルッカはおどけるように笑う。
「ルーネとクロノを見てなくていいの?人を一人連れてくるくらい、私一人で十分よ」
 ルッカはそう言うと、部屋を出て行ってしまった。
「・・まあ、なんとかなりそうでよかったの」
 ボッシュはゆっくり腰を上げてそう言った。私は慌ててボッシュに礼を言う。
「あ、ボッシュ!ありがとう!本当に・・!すぐうちの兵士に家まで送らせるから・・!」
「よいよい」
 ボッシュはにっこりと笑うと、私の肩をぽんぽん、と叩いた。
「あまり気を張りすぎるとお前さんがだめになってしまうぞ。今お前さんは夫と娘の命二分と国一つ分を抱えて生きておる。プレッシャーと心細さはお前さんの心をいつ食い破ってもおかしくない」
 言いながらボッシュはゆっくり扉の方へ歩き出した。私もボッシュに従うように歩いていく。
「そうならないためには、いつも落ち着くことじゃ。精神を安定させておくことじゃ。できる限りで。お前さんを急がせたり、無理強いさせたりするものは、意外とおらんものじゃよ。自分で思っておるよりな」
 かちゃりと、ボッシュは扉を開く。
「元気でな、マール」
 優しい声でボッシュはそう言った。私は胸を突かれた様に声も出なくなって・・頷くだけで精一杯だった。それでも、とにかくお礼だけはしっかりとしておきたくて・・、私は深く、お辞儀をした・・。

 それから、ルッカが城に戻ったのは一週間後だった。
「ゴメン!マール!」
 私の部屋に入るなり、ルッカはそう謝った。私は首を振った。
「謝らなきゃいけないのは私の方よ。ごめんね、大変だったんでしょ?」
「そーなのよっ!ったく、ハッシュったらものすごい頑固者なの!!」
 ルッカの隣にはハッシュはいなかった。私は始め驚いたが、頭の回転のよいルッカのことだ。きっと手ぶらでは帰ってきていない筈。
「絶対ここからは動かないって決めたんだって。何度も説得するんだけど、やっぱりダメで・・。だから、話だけ聞いてもらって、それで一つのアイテムをもらったわ!」
 ほら、とルッカが差し出したのは、掌一杯の大きな石のようなもの。
「これは・・なに?」
 私はルッカの手からその石を受け取ると、一瞬ぱちぱちっと音がして驚いた。
「なっ・・なになにっ!?」
「ああ、マールのタキオンがそこに移ったんだよ。少しマールも体の中にタキオンが残ってたんだね」
「へ・・ぇ・・」
 おそるおそる、私はその石を覗き込む。その石はガラスで出来たような透明な入れ物の中に、何か、言ってみれば魂のようなそれがぐるぐると回っている。
「これが、タキオン?」
「らしいわよ。その石はタキオンの捕獲器みたいなもので、それがあれば、タキオンを体内からその石に逃がすことができるってハッシュは言ってたわ」
「それじゃ、早く返さないとハッシュが・・!」
 私は驚いてそういったが、ルッカは平気みたい、と笑ってみせる。
「スペアがあるから返すのはいつでもいいって。あの人も賢者だから、それくらいのことはできるみたいね」
「そう、それならいいけど」
「それじゃ、いきますか!許可証は先にもらっておいたわ!」
 ルッカはそう言って、許可証を見せる。
「抜け目ないのね、相変わらず・・」
 私は許可証を見ながらルッカを見つめると、久しぶりにルッカは高笑いをしながらこう言った。
「ホーホホホッ!天才発明家のルッカ様に落ち度なんてないのよっ!」
 ルッカの調子に私も思わず笑い出した。久しぶりに、笑ったような気がした。
「じゃ、クロノのところに行こう!」
 私も昔の通りの声の調子でそう言ったら、ルッカは嬉しそうに頷いた。
 クロノの部屋に行くと、私とルッカはクロノの傍に寄っていった。クロノはもうずっと、意識が無く、食べ物も口にしていないせいでどんどん痩せ衰えている。私が必ず1日に三度ヒールをかけて体力だけは補っているのだけど、人間の体は魔法の力があればどうとでもなるほど簡単ではない、ということだけが分かっていくばかりだった。
「クロノ、もうすぐ、話もできるよ。もう少しの辛抱だよ。ルッカがね、クロノを治す方法をもってきてくれたんだよ」
 私はクロノの頬に手をやった。頬がこけ骨が張っている。あまりに無残なクロノ。
「マール・・」
 ルッカは控えめにそう言った。私も気を取り直して、ルッカにお願い、と言った。
 ルッカは頷くと、その石をクロノのお腹のあたりに置いた。すると、クロノの体に蓄積されたタキオンが、ばちばちっと音を立てながら石に吸い込まれていく。
「でも・・タキオン中毒はこれで解決するけど・・時空虫は?」
 今更ながらに私はそのことに気付いてルッカに尋ねると、ルッカはにっと笑って一つのアイテムを取り出す。
「そっちにはコレよ!あんたはコレ!」
「えっ?」
 ルッカの手にあるのは戦いのさなかに使っていたガンショット。ぽいっと投げられたのは、自動弓。一体どこにしまっていたのやら。
「時空虫はおそらく、その石の濃度につられて出てくるわ!そこを仕留めてやるのよ!」
 意気揚揚とそう言うルッカ。
「ルーネをつれてこなくてよかったわ・・」
 私は苦笑いしながらそういうと、長く垂らしたドレスの袖と裾を破り、下ろしていた髪も上げた。戦うと分かっては今のままの『王妃様』では無理だ。
 やがて、クロノの体から出てくるタキオンが尽きて、石が一瞬音を立てるのを止めた、そのとき。
 クロノの体から強烈な圧迫感を持つ何かが飛び出した。虫、という名前から想像できないほど美しい思念体のような生き物。ボッシュがスピリチュアル的な存在というのも頷けた。
「でたわね!この寄生虫っ!!」
 ルッカがいきなり、ガンショットを打ち鳴らした。クロノの位置とすれすれに飛んでいった弾を見て、私はぎょっとしたが、ルッカはしてやったりと笑う。よくみると、思念体はその弾から逃げるように反対側に逃げた。つまり、時空虫はクロノからも完全に離れてくれたのだ。
「こんなにクロノを苦しめた報い、今受けなさいっ!!」
 自動弓を時空虫に向け、そいつの一部に弓を発射した。弓は見事命中し、時空虫の動きが少し鈍る。
「頭が分かれば・・そこを叩いてやるのに。どこが頭だか分かったもんじゃないわね・・」
「しょうがないよ。とにかく動かなくなるまで打ち続けるしかないわ!」
「そうね」
 私たちは手元の武器を打ち鳴らしながらそう話し、時空虫を撃ち続けた。
 弓矢の数も段々と減っていき、ルッカの弾も何度か装填しなおすのを見た。思念体の動きは鈍りはじめているものの、決め手に欠ける。
「どうしようか・・」
「うーん」
 私たち二人に迷いが生じたのを見てとったのか、思念体はいきなり私に襲い掛かってきた!
「あっ!マールっ!!」
「やっやだぁっ!!」
 襲い掛かってくる思念体と私の体の間に、何か影が入ってきた。驚いて私が身じろいでいると、影は私の手から弓矢を取り上げる。
「いやぁぁぁぁっ!」
 渾身の声と力が、部屋中の大気を揺らす。手にもった弓矢を剣代わりに、その思念体を切り裂く。思念体は形を保つ力を失ったように、ふわっと空気中に溶けていった。
「クロノ・・あんた・・大丈夫なの?」
 ルッカがそう言ってはじめて、私は目の前にいるのがクロノだということに気付いた。見上げてみると、クロノが、私の優しい夫が、穏やかに微笑んでいる。
「あ・・あ・・クロノ・・!!」
 クロノの微笑みが、私を至福に追いやる。それと同時に、私は安心して気を失ってしまった。
 すぐに、クロノが抱きしめてくれた。私は気を失いながらもその逞しさと暖かさに、酔いしれた・・。

―ガルディア王国暦1004年
 クロノの体調は、一進一退が続いていた。
 反王国派は国民と結託し始め、徐々に反乱のデモや行進を起こし始めていた。国民が結託し始めた理由は、日照り続きの食糧難のせいだと聞いた。食べ物が手に入らず、抵抗力のない子供や老人たちが次々に命を落としていったから、と。
 王家の倉庫荒しが毎夜の如く騒ぎになり、王家を罵倒しながら刑に処されていく。そんな毎日が段々と日常茶飯事になっていくのが怖かった。
 貧困と死者の増加で人々の心は病んでいったのだろう。病んだ心をなんとか奮い立たせようと、人々は何かを憎まずにいられない。そこに反王国派が『今の王が悪い。貴族の血もないのに治世など行うからだ』と言われれば、人々は疑いも無くそれを信じる。いや、信じたわけではなかったかもしれないけれど。
 人々は結局、怒りの矛先が在ればよかったのだ。

―ガルディア王国暦1005年
 遂に反王国派の軍と、王国軍が衝突した。
 1年の緊迫状態を越えて始まった戦争は、見るに耐えない激しいものになってしまった。
 クロノは国王として剣を取り、指揮を行った。馬に跨り、剣を掲げる姿を見たら、誰だって彼を王でないとと疑う者はいないだろうに、と私は何度もそう思った。
 けれど、結局。
 人々はただ、戦いたかったのだ。
 人々はただ、怒りをぶつけたかったのだ。
 その思いに、王国軍は勝てなかった。結局は優しい武将であるクロノでは、人々の心を切り裂くことなどできなかった。そして。
 私はそれを、最初から分かっていた。
 だって、それがクロノだから。
 この星を守った、クロノだから。

「見つけたぞ!王妃だ!!」
 遂に城に火をつけられ、轟々と熱い風が吹き荒れる部屋の中、私はルーネを抱きしめてベッドに座っていた。そして、そこに現れたのは反王国派の鎧を纏った軍勢。
 私はぎゅっとようやく2歳になるルーネを抱きしめる。
(・・もう・・だめ、か。)
 ルーネは泣きもせず、私の体に寄り添っていた。そう、ルーネはなかなか泣かない、強い子だった。
(いい子ね、ルーネ)
 私はもう一度、ルーネを抱きしめた。
(ルーネだけでも、助けられたら・・)
 母としての切実な想い。目の前の軍勢は、いざ王家の私を目の前にするとなかなか決心がつかないようだったから、好都合だった。
「ルッカ・・ねえ、ルッカ。このゲートホルダーは・・本物、でしょう・・?今、その力を解放して頂戴・・」
 ルーネの手に握り締められたゲートホルダー。それが一瞬、ちかちかっと光る。
「・・やっぱり、そうなのね・・!」
 ゲートホルダーがヴィィィン・・という大気を振るわせる音が鳴り響く。軍勢たちはその音に驚いて一瞬後退した。
 そして、私の目の前に現れる、小さなゲート。ルーネがやっと入れるくらいのゲートが。
 私はペンダントをルーネに託した。
「・・ありがとう・・ルッカ・・」
 ルッカへの感謝でいっぱいになりながら、私はルーネをゲートに押しやった。ゲートはそれを引き受けたとでもいうように、瞬時に消えてしまう。
「どんな方法でもいいの。生きて、生きてね・・ルーネ・・」
 その後、反王国派の軍勢に囲まれ、そして。
 私の命は、途絶えた。

―時の最果てにて。
ほぎゃぁ、ほぎゃぁ、ほぎゃぁ・・
(そうよ、こう言うときは泣かなくちゃ・・気付いてもらわなくちゃね、ルーネ)
 何本もの光の柱が並ぶその部屋の、一つの柱にルーネがいた。私はもう、意識だけしかなくて、ルーネに何もしてやれなくて、それでも、ルーネがどうなってしまうか、それだけが心配で。
 今はもうそのぬくもりにも触れられないルーネを、私はじっと見守っていた。
 やがて、その声に気付いたのか、一人の男が現れる。ハッシュだった。
「おや?これはまた・・」
 ハッシュはゆったりと腰を下ろし、ルーネを見つめた。ルーネはそれに気付くと、笑い始めた。
「じーじ!じーじ!」
(あらあら、父上と間違えてないかしら??)
 思わず私はルーネを笑ってしまいそうになる。しかし、そのお陰でハッシュも安心したのか、ルーネを抱き上げてくれた。
「こんな赤ん坊だけで・・一体何事かな・・?」
 ハッシュはそう言うと、光の柱の位置を確かめる。この柱は一つ一つがそれぞれの時代に繋がっているので、その位置がわかれば自然、どの時代と繋がっているのかが分かる。
 ハッシュはやがて、私の時代を言い当てた。
「王国暦1005年から、か。ペンダントをしているということは、ガルディア王族最後の一人・・・この日がとうとう来てしまったのか・・」
(・・?なんのことを言っているのかしら?)
 私はハッシュの言っている意味がわからずにいた。ハッシュはそんな私の思いなどもちろん知る由も無く、ルーネを抱いたまま、別の光の柱に足を進ませる。
(でも、あの光の柱・・私たちが旅した頃には無かったけど・・・?ハッシュ?一体何を・・)
 思っている間に、光の柱は光り始める。私は慌てて後を追うためにその光の柱に意識を集中した。
 時間空間を漂い、ルーネとハッシュを見失わないよう追い続けると、やがて一つの時代に到着する。
 そこは真っ白な世界だった。吹雪が絶えず吹き曝されていた、あの古代文明の世界。紀元前1万2千年の・・。
「紀元前1万3千年じゃ、間違いないな」
 ハッシュはそう言うと懐中時計を閉じた。ハッシュの時計は時代時計になっているらしいけど・・けど、紀元前1万3千年って。
(古代文明もまだ無い時期なんじゃ・・)
 ハッシュはやがてそこに赤ん坊を置く。
(えっ?ちょっと!ハッシュ何を考えてるのっ!?)
 私が必死にそう言う言葉を思っていても、ハッシュが気付くはずも無く、ハッシュはやがてゲートを開いて帰っていってしまった。
 そして、残されたのはルーネだけ。外は猛烈の吹雪で、ただその風を受けないだけましだとはいうものの、きっと酷い寒さのはず。
(死なないでね。死なないでね。ルーネ、お願いだから・・)
 私はそれを請い願うだけだ。
 
 ・・・それからどれくらいの時間がたったか、ルーネの前に一人の人間が現れて、そして。
 ルーネを大事そうに抱えて連れ出してくれた。
 それをみてやっと、私は安堵した。ここで、ルーネは生きていくのだ。紀元前一万3千年の時代の娘として。
(へぇ・・じゃあ、ルーネの子孫が古代文明を作ることになるかもしれないわ!)
(じゃあ、もしかするとマールはルーネの子孫・・?)
(そういうことになるかもね)
 私は唐突に出てきた会話に驚いた。声はルッカとクロノの声そのものだったから。
(い、いつからいたの!?)
(ずっとアンタの近くにいたわよ)
(そうそう)
 私は呆れた。
(なによ。さっさと声かけてくれればいいのにさ・・)
(だって、全然マール気付かないだもん)
(そうそう)
 私が言葉を失っていると、ルッカの声がこう言った。
(あ、なんか『お迎え』とやらが来たわよ。さ、もうここにはいられないから行かなくちゃ)
(マール、一緒に行こう)
 優しいクロノの声がそう言って、私の気分もようやくおさまった。
(そうね)
 そして、ここで私たちの意識は潰えた。

 ―美しい星の夢は、終焉の時を迎えたのだった。



End.


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