【Dragon Quest9】

■オリガと あると の願い[2]

掲載日[2009/09/23]














 翌朝も漁村の天候は晴れだった。海面がきらきらと輝くのを見ながら、 あると は外で背伸びをした。また温まりきれない空気が肺を満たすと、体が目覚めるような気がしてくる。残りの三人はまだベッドの中で寝息を立てていたのを、 あると だけこっそり抜け出して来たのだった。昨日は本当にくたくたで、ジェイドのように水浴びする気力もなかった。おかげで朝起きたらうんざりするほど体がべたついていた。 あると はそれに我慢できず、先に起きたというわけだ。
 早めに目が覚めたころから、海岸では漁に出る男たちがざわめいていた。船は多くも大きくもなく、数隻の船にいろんな家の男たちが乗り込んでいる様子だった。その中に、なんとオリガもしっかり入っているのだから驚きだ。
「あ、 あると さん!おはようございます!」
「おはよう。本当にオリガ、漁に出てるんだね」
 オリガがそれを聞いて嬉しそうに頷いた。
「まだまだ、見習いですけどね!ちゃんと覚えてお父さんみたいな漁師になりたいんです」
「そうか。それが、オリガが生まれ持った物だもんね」
  あると が呟くようにそう言うと、オリガは不思議そうに首を傾げた。
「生まれ持った物?って?」
「ああ、なんでもないよ。いい天気でよかったね。昨日の巫女さんのことは、オリガが帰ってくるまでこっちで頑張っておくよ」
  あると はオリガが忙しそうに準備に追われているのを見て、邪魔にならないようにその場から離れつつそう言った。オリガはそれに気づいて、昨日と同じように深く頭を下げた。
「すみません!よろしくお願いします!」
「うん、気をつけて。オリガ」
「はい!」
 オリガははきはきとそう返事すると、すぐに漁の準備に取りかかった。女の子の細腕で本当に漁なんてできるのだろうか、と あると は心配になったが、自分が心配しても仕方のないことだ、と思いなおす。
 なによりも、彼女は自分でそうすると決めて進んだ道なのだ。レッティもそうだが、人間の女の子は本当に強いなぁと あると はしみじみそう思った。

 太陽が完全に上ったころ、残りの三人がようやくベッドから起き上がってきた。正しくは、シジーにジェイドとレッティが叩き起こされたという体だ。
「昨日大決戦だったのよぉ〜?もうちょっと寝かせてくれてもいいじゃないのぉ〜」
 レッティは寝起きが悪い。愚痴を言いながらシジーに引きずられるように部屋から出てきたところだった。ちょうど水浴びから戻った あると とシジーが顔を合わせると、困ったように笑ったシジーが朝の挨拶を口にした。
「あ、 あると 。おはよう」
「大丈夫?それ」
 レッティを指差して あると はそう言うが、シジーはにこりと微笑んで、大丈夫よ、と笑う。
「洗面所までの辛抱なの。鏡を見たら目が覚めるわ」
「どういう意味よう〜〜」
「毎朝同じことさせないで、って意味!」
 シジーはそのままレッティを洗面所まで連れて行こうとした。
「あ、 あると 。ジェイドは起きてるけど、多分立ったまま寝てると思うからもう一度目覚めさせてあげて!」
 てきぱきとそう指示するシジーに頷いて あると が部屋に入ると、シジーの言った通り、ジェイドがベッドの傍らにぼーっと立っているのを見つける。ヌボーンというぼーっとしたモンスターがいるが、それに似ていて あると は笑いそうになった。
 その気配に気づいたのか、ジェイドがぼんやりと目を開いた。
「 あると か。ずいぶん機嫌よさそうだな」
「ジェイドのおかげでね。目が覚めたならちょうどよかった。そろそろ朝ごはんを食べに行こうよ」
 この宿は小さくてどうやら食事を出してくれそうにないので、 あると は外で食べるしかないなと思っていた。
「そうだな。腹が減っては戦はできないな」
 ぼんやりとしたまま、ジェイドがのそのそと歩きだすのを あると は後ろからついて行った。
「今日は村の聞き込みだから、戦はないよ、ジェイド」
  あると がそう言った直後、洗面所の方からレッティとシジーの言い争う声が聞こえてきた。
 何でこんな恰好のまま部屋を出したのよシジー!最低!もうちょっと考えてよ!起きないからでしょう!まったく毎度毎度起こす身にもなってちょうだい!誰もあんたに起こしてなんて頼んでないわよ!私が起こさなかったらレッティはずっと眠ったままよ!ヌボーン盗賊さん!なんですってばくだん岩頭!言ったわねー!!
「…今日もにぎやかだな」
 感情が全く伴わない声でジェイドがそう言う。
「今度シジーには『めざめの花』をあげようかな」
  あると がそう言うと、ジェイドがそりゃぁいい、と返答した。
「あいつはお前がくれるんならなんだって喜ぶ。ただもうちょっと色気のあるもんがいいだろうな」
「色気?」
  あると は不思議そうにジェイドを見た。 あると とジェイドとは身長の差はほとんどないが、 あると よりもジェイドは二歳ほど年上だった。ジェイドの方が体が引き締まって多少頭身が高く見えるので、ぱっと見ジェイドの方が背が高く見えることがある。
「んー。まあ、めざめの花でも一応花だからな。花束にしちまえば多少の色気はでるか」
 朝の回転しない頭でジェイドがぼそぼそとそう言うと、 あると は訝しげに首をかしげた。
「え。何の話?」
 とんちんかんな返答しかしない あると に、ジェイドはがっくりと肩を落とした。
「…おめーが言い出したことだろうが…」
 不思議そうに あると がジェイドを見ていると、洗面所の方からようやく二人の少女が現れた。さっきとは打って変わってばっちり髪を盛り上げて軽く化粧も施されているレッティは、スーパースターとまではいかなくとも十分に派手な美人だった。さきほどぐでぐでだったレッティは影も形もなくなっている。
「おっまたせー!お腹減っちゃった!どこで食べる?海辺といえば海鮮ものよねっ」
 後ろから現れたシジーがすでに疲れた顔をしている。シジーはレッティの変わり身の早いテンションについて行けないようだった。
「毎朝ご苦労さま」
  あると がシジーに声をかけると、シジーはやっとのように笑ったが、顔が引きつっている。毎朝のことだが、毎朝シジーはレッティの相手をして疲れ果てているのだ。
「とにかく、朝飯にしよう」
 一番寝起きが遅かったジェイドが先頭切って歩きだした。シジーはそんなジェイドについていく あると を見ながら、カリスマというステータスがあれば あると はきっと高くないのに、どうして私たちは あると に魅かれているのだろう、と不思議に思った。

 朝の食事は白身の魚の香草焼きと海藻サラダ、パンもおまけに付けてくれた。宿の隣で小さく焼き物を出している露店があり、そこで食事をとることにしたのだった。波の音を聞きながら、食事ができるので観光客には人気があるという。
「それほど多くはないけどね。たまに人がふらっと立ち寄るんだよ。一応港だからさ。ダーマの神殿の入口でもあるし。そうだねえ、星ふぶきの夜を見たからこれからは増えそうな気もするけど」
 露天で料理をしながら、元海女さんだったという老齢の女性は朗らかに話題を口にする。
 星ふぶきの夜、とみんなが口を合わせていう現象は、 あると 以外の天使たちが星空の守り人になったその瞬間、人の目にはそう映ったものの名称のようだった。 あると 達天使は世界樹と体を変化させた女神セレシアを元に戻すために、それとは知らず世界樹の実、すなわち女神の果実を木に実らせるため、世界中の人間の感謝のオーラを集めてきた。無事人の姿を取り戻した女神セレシアは、天使たちを本来のあるべき姿「星空の守り人」に戻すために力を放った。天使たちはそうしてやっと、「星空の守り人」となり、人の目には星が天空に吹雪くように放たれ、遠い天球に落ち着いたというわけだ。その一方で、 あると はその「星空の守り人」ではなく、地上の「ひとびとの守り人」として地上に残されたというわけだった。
 女神がどうして あると だけを別の「守り人」として あると を地上に送ったのか、その理由が当事者の あると にも、そして仲間として見守ってきたシジー達にも全くわかっていない。
「ああ、それで巫女さんの話だけどね」
 その言葉に、四人がぐっと顔を寄せて期待をしたのだが、女性はあははと笑った。
「実際のところ、巫女さんの家系が途絶えてしまってね。私みたいな若い娘じゃわからんのだわぁ」
 あははは、と朗らかに笑う女性の声は確かに若々しかったが、四人はそろって肩を落とすとテーブルに残された食事を食べることに専念し始めたのだった。
 食事を終えて満腹になった4人は、さっそく海岸の砂浜で作戦会議を始めた。棒きれを持って、シジーがさながらホワイトボードに書き記すがごとく、さらさらと砂浜に字を書いて行く。「重要!」と書かれたところに、村人全員!と書かれた。もちろん下線も引かれる。
「とにかく、話を一人一人丁寧に聞くこと!子供もはずさないで!」
 シジーが声をあげた。
「子供も?!」
 面倒そうに三人が声を張り上げた。
「どういう形で伝承されているのかわからないんだもの。当然でしょ。もしかしたらわらべ唄に秘密が隠されてるかもしれないじゃないの」
「変な本読みすぎなんじゃないの?」
 レッティがぼそっとジェイドに耳打ちするのを、シジーがにっこりとほほ笑んで棒を構える。「きゅうしょづき」の構えだ。
「人間の急所って意外とわかりやすいのよねぇ」
「ちょ!勘弁してよ!」
 レッティが慌ててシジーから離れる。盗賊なだけにすばやさだけは天下一品だ。
「とにかく、4人で手分けしよう。普通の町なら東西南北に分けるところだけど、ここは海岸沿いで扇型だから、海沿いの家の北側を僕とシジー、南側をジェイドとレッティ。分け目は二人でそれぞれ相談して4人手分けしようか」
  あると の言葉に残りの3人が口をそろえて声を上げた。
「了解!」

 結果からいえば、この聞き込み人海作戦は失敗に終わった。すべての村民に間違いなく聞き終えたはずなのだが、誰ひとりとして巫女の話を正確に覚えているものはいなかった。
 日中の容赦ない日差しを浴びながらの聞き込みを終えて、漁に出ていたオリガ達が戻った後も聞き込みが続行されたが、漁をする男たちはなおさらその話題には疎かった。まだ、昼間他愛ない話題としてでも女性たちの間から出てきた端々の言葉の方が期待が持てたが、肝心なことは何一つ得られなかった。
 夜、オリガにそのことを報告すると、オリガは残念そうに視線を地に落とした。
「そうですか…。やっぱりずいぶん昔のことだから、きっと誰も覚えていないんですね」
「力になれなくて…」
  あると の方も、ずいぶん残念そうだった。そもそも、 あると 自身にもぬしさまに用があったので尚更だろう。
「ずいぶん無理なことをお願いしてすみませんでした。私、もう少し時間をかけて調べてみます。もしかしたら誰かが昔の書物とか持ってるかもしれないし…。こんなこと1日や2日で解決しようなんて、甘いですよね。じっくりやります!」
「オリガ…」
  あると はそう言ったまま、次の言葉がでてこなかった。
 オリガの家を後にする。 あると の後ろを歩いていると、 あると がどれだけ落胆しているかがわかって、シジーも悲しくなってくる。けれど、一方で安堵もしている。女神の果実など、見つからなくていいと思う。あの果実が、あの女神が、 あると を苦しめるなら、もう永遠に見つからなくてもいい、と。
 けれど、 あると はずっと寂しそうだった。どこがというわけではないが、やはり天使として見えていたものが見えなくなったものが多くあるのだろうと思う。人になったのだから、昔のことはもう忘れた方がいいなどという無責任なことは言えなかった。 あると が、ずっと大事にしてきたものをその言葉はいともたやすく壊すに違いない。
「あ…」
  あると の声が小さく聞こえてきて、シジーは何?と問いかけた。しかし、 あると は気付いていない。 あると が見ているのは漁に使う網が干してある場所だった。もちろん、そこには砂浜と網以外のものは何もない。しかし、 あると には何かが見えているようだった。
「あなたは…もしかして…」
  あると が誰かと話し始めた。けれど、シジーには何も見えない。振り返ってジェイドとレッティにも目くばせするが、二人とも首を振る。
「なにか見えてるんじゃないか?あいつ」
 ジェイドが言う。シジーは嘘、という声が声にならない。レッティも目を見開いて あると を見つめている。
 これまで、 あると が天使だったころには、 あると には特殊な能力があった。死者の魂と話すことができたり、人間よりも異常なほど丈夫な体だったり、天使界や神の国というところに行くことができたりした。しかし、 あると はその力を失ったはずだった。しかし、今も彼の目には何かが見えているらしい。
 おそらく、死者の魂と話しているのだ。
「天使、辞めたんじゃなかったっけ?」
 レッティが言う言葉がそのまま、シジーの中でも木霊する。そうだ、 あると は女神セレシアに促されるまま女神の果実を口にした。己の身が人間になってしまう果実を。どれだけの決心で あると がそれを口にしたのかを想像するだけで、 あると が可愛そうになる。それなのに、 あると は能力を失っていない?けれど天使界には戻れない?いったいそれでは あると は、どこに属せばいいのだ。人間?それとも天使?
――僕は、人間として振舞っていいのかな?
 こんな残酷なことがあるだろうか。神様に仕えるべき職に就きながらも、 あると を貶める女神セレシアに思い切り罵りたい思いに駆られる。
 お願い、 あると をもう、自由にしてあげて!
「わかったよ!」
 嬉しそうに あると が戻ってくる声で、シジーは我に返った。 あると の嬉しそうな顔を見て、きっと巫女様のことがわかったのだと思う。シジーは呼吸を整えるように、生唾を飲み込んだ。
「シジー?顔色が悪いね?昼間、陽に当たりすぎた?」
 心配そうにのぞきこむ あると に、シジーは精一杯笑って見せた。
 辛いのは あると だ。シジーが勝手に傷ついても何もならない。 あると は、この先のことを、天使として生きるか、人間として生きるかも含めて、自分で決めていかなければならない。それをシジーでは、たかが人間では何もできない。できることは、 あると がこれ以上不安にならないようにただ笑っていることだけだ。
「そんなことないわ。ここ月明かりの影で暗くみえるからそのせいよ。それよりも、 あると 。何がわかったの?」
  あると はそんなシジーの顔を見て気にしたように、うん、と頷いたが、とにかく今聞いたことを話すことにしたようだ。
「今、老齢の女性がそこにいて、その人昔巫女様だったらしいんだ。巫女には決まって身につける服があるらしくて、それが、ええと、うみなりの杖、みかがみの盾、水のはごろも、らしい。それを身につけて見晴らしのいい丘でぬしさまに呼びかければ出てくるかもしれないって」
 三人はへぇ、とそれを聞いて頷くが、レッティがすぐにちょっと待ってよ!と口を出す。
「その三種の神器みたいなもの、オリガが揃えられるわけないじゃない!どれをとっても高そうな代物よ。水のはごろもなんて、買うと18000Gもするのよ!杖はともかく、みかがみの盾なんて、今まで聞いたこともないから錬金でもしないとお目にかかれない代物よ!」
「おー、さすが。伊達に盗賊やってねぇなぁ」
 ジェイドが力の籠らない拍手をレッティに送る。
「拍手なんてしてる場合!結局!わ・た・し・た・ちが集める羽目になるのよ!」
 レッティはいきりたちながらジェイドにすごんだが、ジェイドはするりとレッティをかわした。
「わかってるなら喚くな。体力の無駄だ」
「な…!」
 ジェイドにかわされたレッティが あると を見ると、 あると は息をつきながら、頷いた。
「僕らで集める。オリガには無理だ」
「あ〜〜やっぱりこうなる〜〜」
 がっくりとレッティは肩を落とす。盗賊という職業上、手に入れたものが自分のものにならないということには最大の屈辱というか、ストレスがかかるようだった。
「レッティ?でも、一緒に行ってくれるでしょ?」
 シジーが優しく問いただす。レッティは恨みがましい顔を上げると、おもむろにゆっくり立ち上がり、いくわよ!と声を張り上げた。
「あんたたちみたいなお人好し集団放っておけないもの!ったくもう!今日はもう面白くないし先に寝るからね!」
 レッティはそれだけ言うと、宿屋の方に走って行ってしまった。ジェイドもそれを見ながら、歩き出す。
「 あると はオリガに一応説明に行くんだろ?俺も先に帰ってる。疲れた」
「うん、今日はありがとう。ジェイド」
 ジェイドは頷いて、そのまま宿の方に歩いて行ってしまう。シジーはどうしたものか、と あると を見て思ったが、一瞬もたたないうちに あると について行こうと思った。
「シジーも、疲れたのなら戻っていてもいいよ。今日は疲れたよね」
  あると が優しくそう言ってくれたが、シジーは首を振って あると に訊いてみる。
「私、ついてってもいい? あると 」
 シジーに言われて、 あると は心配そうにもう一度シジーを覗き込んだが、シジーの目が揺らぎなくまっすぐ あると を見つめているので、やがて あると は大丈夫だと判断した。
「うん、じゃあオリガの家に行こうか」
「ええ」
 シジーは あると の後を歩きながら、少しでも多く あると を見ていよう、と思った。 あると に、人間か天使かを選べる選択肢が現れたとき、 あると は迷わず天使を選ぶだろう。それならば、今の、人間に少しでも近い あると を見ていよう。自分に近いと錯覚できる あると を少しでも長く見ていようと、シジーは思った。









to be continued.

■うーん。前後編予定が(汗)

←←TOPへ←目次へ次へ→
Copyright 2009 BY SAE