【Dragon Quest9】

■オリガと あると の願い[5]

掲載日[2009/09/28]













 村長の家の裏から山を迂回して入り込む海岸は、ツォの村の村長がプライベートビーチとして管理する海岸だった。村長が倒れたままの現在では管理する必要もなくなったのか、出入り自由の海岸となっている。ただ、海岸に出るまでの山道は村の区画から外れるために魔物が出現するので注意が必要だ。
 オリガは魔物から気付かれないようになんとか海岸を見渡せる丘までたどり着いた。しばらくすると、 あると とジェイドもやってきて、先に着いていたオリガを見て声をかけた。
「オリガ、よく一人でこんなところに来れるね」
  あると が感心しきりといった顔で言うと、オリガはとんでもない、と首を振る。
「魔物が通り過ぎるのを待ってたり、気配がしたら必死に逃げたり、の繰り返しですよ。 あると さん達は強いからほとんど薙ぎ払ってここまできたんだと思いますけど…。実は私もさっきここに着いたばかりなんです。いろいろ隠れたりしたらすごく時間かかっちゃって…」
 オリガは話しながら不思議そうな顔をしているのを読み取ったジェイドが、隣から声をかける。
「目当ての物を着た奴なら今着替えてる最中なんだ。すぐにここに来る」
 それを聞いてオリガが安心したようにほっと息をついた。
「そうだったんですか!そうですよね。たしかに巫女様が身につけていただけあって女性に着て頂いた方が効果が上がりそうです!」
 オリガが素直にそう言うのを聞いて、ジェイドと あると は顔を見合わせた。 あると が思わず訊ねてみる。
「オリガ、シジーに着せるつもりだったんじゃ?」
「え?そんなつもりなかったですよ。ただ、盾は重くて持てそうにないなって思っただけです。あ、でもシジーさんが着てくださるんですね!わ、シジーさんは髪の色も青いし、とても似合いそう!」
 オリガがシジーの姿を楽しみにしているのを見て、 あると は力が抜けた。結局全部レッティの口車に乗せられた形かと思うと、さっき自分がシジーに言い渡したセリフも申し訳なくなってくる。ダーマの神殿に行って自分が僧侶に転職して、着てもよかったと思う。オリガの口ぶりでは特に女性でなくてはならないというわけではなかったようだ。
「シジーの代わりに僕が着ればよかったかな」
  あると が心配そうにこの丘の出入り口になっている洞窟の入り口を見ながら言った。ジェイドがそれを聞いても何も言わなかったが、オリガがどうしてですか?と尋ねてきた。
「あ、深い意味はないけど」
 さすがにオリガの前で、シジーが着ることを嫌がっていたことを話すわけにもいかず、 あると は笑って誤魔化すように言った。オリガはそれを聞いて不思議そうに首をかしげたが、すぐに洞窟の入口を見つめながらうっとりと目を空にやった。
「あ〜でもいいなぁシジーさん!あんな綺麗な生地、私見たことないです!できることなら私が着たかったくらいです。でもあの盾はとても重そうで無理ですね。杖も漁師の私じゃあ持ってもきっと様にならないし」
「そんなことはないと思うけど」
  あると がオリガにそう言うが、オリガはすぐに首を振った。
「いいんです。やっぱりその人なりの役目ってありますからね!シジーさんならこの役目、とても似合ってると思います。だって僧侶ですもの。巫女も僧侶も神様のお声に傾けられる方ですからね」
  あると はそれを聞いて頷いた。確かにシジーならば似合うだろうし、僧侶と言う職からもこの巫女の身なりをするという役目は一番ふさわしいだろう。
「あ、来ましたよ。わぁ!やっぱりシジーさんお似合いです!」
 オリガが嬉しそうに声を上げて、洞窟から現れたシジーに近寄って行った。話しかけられたシジーは恥ずかしそうに答える。
「ありがとう。でも、良く考えたら巫女様の代役よね。私でよかったのかしら…」
「何言ってんの。なおさらそんなのシジーでちょうどいいじゃないの。そんなの あると やジェイドじゃ巫女様なんて似合わないでしょ。私はそういう信心深いの似合わないし。ま、美貌だけなら負けないけどね」
 レッティが大口叩くのを聞いて、シジーは吹き出した。
「レッティって本当にいつも素敵。そういう自信に充ち溢れてるあなたが大好きよ」
「笑いながら盛大なお褒めの言葉ありがとう、代理巫女さん。ほらほら、ちゃんと代理果たしてるところ、うちのリーダーにも見せとこうよ!」
 レッティがシジーをひっぱるように あると 達の傍に連れて行く。 あると とジェイドは目のやり場に困るように目をそらしながら立っていた。
「ふたりとも大丈夫よ。殿方にも見せられるようにちゃんとカバーしてるから」
「レッティ…」
 シジーは恥ずかしそうにそう言うと、うみなりの杖をもじもじと持ち直した。
 レッティの言葉に安心したのか、ジェイドと あると がシジーに目を向けると、はっと驚いたように目を見開く。
「きれいでしょう!私の手にかかったんだもの。同然よ!」
「レッティ!」
 水の通う羽衣はドレスのようにきらきらと水色に光り、青く輝く髪にとても似合っている。その髪には黄金のティアラが燦然と光を放ち、腕にちらつく魔除けの聖印の金色と合わせてアクセントになっている。その手には勇ましくかつ清浄なる光を溜めたみかがみの盾と、海の色を宿したようなうみなりの杖が掲げられていた。靴はしとやかな白のシューズで全体が落ち着きのある色調に整っている。
「へぇ…」
 ジェイドが表情に変化はないものの感嘆の声を浮かべ、 あると は、シジーの姿にびっくりした後ににっこりと笑った。
「シジー、本当にすごく似合ってるよ。びっくりした」
「あ、ありがとう…よかった。そう言ってもらえて…」
 シジーは嬉しそうに頬を染めながらそう言った。
「俺としては『とうめいのタイツ』そのままがよかったが」
 ジェイドがそう言ったのを聞いて、顔を真っ赤にしたシジーはばっと盾で身を隠そうとした。
「変態!」
 レッティが汚物を見るような眼で睨みつけながら文句を言う。しかしジェイドは平然としたまま、言い放つ。
「男ってもんはそういうもんだ」
「やめてよ!平然と あると まで巻き込まないで!」
 きいぃ!とレッティが頭を振り乱して叫んでいると、あのぉ、とオリガが四人を割って入ってきた。
「そろそろ、私お祈りしてみてもいいですか…?」
「もっ、もちろんよ!ごめんねオリガ!もう!馬鹿なことあんまり言わないでよ!」
 シジーが慌ててオリガに返事をすると、ジェイドとレッティを叱ってから、オリガの隣に寄り添うように立った。
 見晴らしのいい丘から遠くの海が見える。さざめく海の音を聞きながら、オリガは膝を折って跪いた。手を祈りの形にするとこうべを垂れて祈りの言葉を海に捧げた。
「海を守り給うぬしさま。奇跡たるそのお声をどうかお聞かせください。神々しいお姿をどうかお見せください。私はツォの村の娘オリガ。私はぬしさまにお目にかかりたいのです…」
 オリガの祈りの声が終わると、海のさざ波の音が徐々に引いて行くようだった。不思議なことに目の前の海の波が力を失い、とうとう波が消えてしまうと、あたりはしぃぃんとした静寂に包まれた。海面のはずなのに、水たまりのような平面が広がっている。しかし、それも一瞬のことだった。まるで今までの波の力が一気に寄り戻しされたかのような高い波が何度も押し寄せて、それからオリガと四人の目の前に現れたのは、まぎれもなくぬしさまだった。
 オリガがそのことを喜んで駆け寄ろうとしたところを、シジーが慌ててその手を掴んだ。すぐにオリガの体を引き寄せて地面に伏せさせると、その直後に空気が掠る様な音が響いた。オリガは何があったのかわからず顔を上げると、鯨のお化けのような巨体を丘に上がらせていた。どうやらこの高い丘までジャンプして上がってきてしまったらしい。
「様子が変だわ。オリガは下がっていて」
 シジーはすぐさまオリガから体をずらすと、オリガの姿を隠すように立ち上がりオリガが離れるのを待った。バトンタッチをするように あると 達がシジーの周りに集まる。
「どうしたの?」
 レッティが訊ねるが、ジェイドが顎でぬしさまを示す。
「話を聞いてくれそうな雰囲気じゃないな。ちょっと痛い目見て正気に戻ってもらうか」
「来るぞっ!みんな!」
  あると が声を掛けると同時に、ぬしさまの巨大な尾が四人を薙ぎ払う。久しぶりにダメージを受けた体が、いつもより余計に痛みを感じた。シジーは回復呪文を唱え始めるが、発動には少しまだ時間がかかりそうだ。
「とにかく先手必勝!やるわよ!」
 素早さでは一、二を争う武道家ジェイドと盗賊レッティが先を争うように先手を仕掛けた。ジェイドは棍棒でぬしさまの頭を狙う。ぬしさまの頭は固く鉄板のようで、全く堪えていないようだ。レッティはぬしさまがうまくバランスを取っているひれを狙った。しかしこちらもビクともしない。
  あると はジェイドが叩いた場所をさらに狙ってダメージの増大を狙う。しかし、もともとも大したダメージが与えられておらず、そこにはかすり傷が残っただけだった。
 シジーがその頃ようやく呪文を唱え終えて、全員の体力が回復する。
「ベホマラー!助かった!一旦態勢を整えよう。ジェイドはテンションを上げる!僕はその補助。レッティ、僕とシジーをピオラでカバーしてくれ!シジーは回復重視。僕らが攻撃に切り替わったら加勢してくれ!」
「了解!」
  あると が全員に即座に指示すると、すぐさま残りの三人がその攻撃作戦に応じた。
 一旦ぬしさまから距離を置いて四人が作戦通りに状態を整えようとすると、それを阻止するかのようにぬしさまが津波を呼ぶ。勢いのついた海の波が四人を襲う。全員が完全に水に濡れて、ぶつかった水圧と濡れた服から体力を奪われてしまった。
「もー腹立つわね!シジー、あんたの回復にかかってるわよ!ピオラ!」
 レッティは体力を奪われても憎まれ口を叩くことだけは止めないようだった。ピオラの呪文を受けたシジーの素早さが上がる。海水にふっ飛ばされたシジーがよろけるように立ち上がると、すぐにベホマラーを発動した。
「ありがとうレッティ!これで間に合ったわ!」
 全員の体力が回復する。気のせいか、濡れた服も少し乾いて不快感が治まった。改めてジェイドが力をためる。その隣で あると がジェイドを応援している。ジェイドのテンションがこのときばかりは順調に上がっているようだ。
 立て続けにピオラをレッティが あると に唱え、 あると の素早さがあがる。
 しかしその間にまたぬしさまが攻撃をしてくる。どうやらこちらの狙いがばれたのか、ジェイドを狙い撃ちするようになった。それを見越してシジーがジェイドを回復に徹する。
 応援しているうちに、 あると もテンションが上がったのかテンションブーストがかかった。ジェイドがスーパーハイテンションになるのとほぼ同時のタイミングで、 あると もスーパーハイテンションになった。こうなれば、一斉攻撃のチャンスだ。
「一斉攻撃に入る!みんな、武器を持って…今だ!」
  あると の掛け声ひとつで、一斉に四人が足を繰り出した。ジェイドの棍棒が大打撃を与え、ぬしさまの意識が一瞬なくなり、その間にレッティ、シジーが追い打ちをかけるように短剣と杖を繰り出した。最後に あると が剣をもってぬしさまの頭を叩くと、ぬしさまはぐったりとその丘に横たわった。
「なんだよ…今でも強ぇ…」
 久しぶりに地上の敵に大ダメージを食らわされて、ジェイドは悔しそうに息を乱した。 あると は剣を手に持ち直しながら、そろそろとぬしさまから離れる。いつ起き上がって反撃してくるかわからないからだ。
 離れていたシジーとレッティが前に来て四人が合流すると、ぬしさまがゆっくりと起き上がって四人を見つめた。四人は固唾を飲んで身構えたまま、ぬしさまの様子をうかがっていたが、やがてぬしさまは声を上げた。
「すまんすまん。ずいぶん久しぶりに地上に出たもんで、じゃれついてしもうた」
「じゃれてたのかよ…」
 ジェイドがため息をつきながら、後ろに下がっていく。自分の役目は終わったと判断したのだろう。岩陰に隠れていたオリガがジェイドとすれ違い、ぬしさまの目の前に立ち尽くす。
「ぬしさま…!あなたが…!」
 感動で胸いっぱいになったのかオリガが涙目になりながらぬしさまを見上げた。
「私、ぬしさまにずっとお会いしたかったんです。海で貴方様の影を見つけて…ずっと…!」
 ぬしさまはオリガを見つけると、おお、と声を上げた。
「そなたがオリガかね?よかった。わしもそなたに会いたかったのだよ」
「私に…?」
 オリガは不思議そうにぬしさまを見上げていると、ぬしさまは光る何かを口から吐き出したのだった。
「そなたの父に頼まれての。確かに渡したぞ」
 オリガが確かめる間もなく、ぬしさまは丘を降りて海へと潜っていった。水しぶきが丘まで上がったあと、オリガが光るその何かを手にした。
「なんなの?」
 好奇心旺盛なレッティがさっそくオリガに訊くが、オリガもわからないようだ。光りが徐々に納まって、それが何かのお守りなのだとわかって、オリガがあっと叫んだ。
「これ、父が持っていた漁師のお守りです」
「漁師のお守り?」
  あると がオリガの言葉を繰り返す。そういえば、ツォの村の聞き込みをした時に、漁師の男から聞いたような気がした。
「ツォの漁師の家では、初めて海に出る時にお守りと父から譲り受けるんです。父が漁に出たまま亡くなったので、私は父からお守りを受け取ることができなかったんです」
 シジーはそれを聞いて、オリガを羨ましそうに見つめながら言った。
「オリガのお父さんが海でぬしさまにお守りを頼んだのね、きっと」
「ええ!ああ、これでやっと父の漁師の心を受け継ぐことが出来ました!ありがとう、 あると さん!シジーさんにレッティさん、あれ…ジェイドさんは?」
 オリガがきょろきょろとあたりを見回していると、レッティが気にしないで、と肩をすくめた。
「ジェイドって変なプライドがあるらしくて、弱ってるとすぐ隠れちゃうのよね。素直にシジーに回復頼めばいいのにさ」
 それを聞いてシジーも心配そうにジェイドを目で探していると、 あると が不意に、また来た!と声を上げた。
「え!?」
 シジーが何が?と聞く暇もなかった。ざざぁっと海水が丘に上がってきたかと思うと、また先ほどのぬしさまが巨体をジャンプしてきたのだった。大きな地響きが鳴り響いて、ぬしさまがまたもや丘に現れたのだった。
「すまん、忘れものじゃ〜」
 恐ろしい形相に似合わないゆったりとした声でぬしさまがそう言うと、またぬしさまは大きな口をかぱりと開けて、何かを吐きだしたのだった。金色に光る何かを見て、シジーは一瞬嫌悪感に鳥肌が立った。それが何かまだ何もわからなかったのに、体が先に反応したようだった。
「海を彷徨っとったら拾ったもんじゃ。わしはいらんもんじゃから、ここに置いて帰るよ…」
 ぬしさまはそれだけ言うと、また水柱を上げて海へと戻って行ったのだった。しかし、四人はその金色の物質に目が釘付けになっていた。
 オリガが、ぽつんと丘に打ち捨てられたその金色のものを拾うと、その光が徐々に薄れてその正体が目の前に現れて、誰もが声を殺して驚いた。
 その金色のものは、四人の想像通り「女神の果実」だったのだ。
「これ、私には必要ないものですから、 あると さんに渡しますね。私はこのお守りがありますから」
 オリガはそう言って、 あると にその果実を渡す。オリガは果実を渡してしまうと、 あると に声をかけた。
「きっとこの黄金の果実は人の願いを叶えるんだと思います。前には父の願いをかなえてくれたし…。 あると さんの願いもこの果実がかなえてくれるかも…。あ、余計なこと言ってごめんなさい。でも あると さん、なんだか寂しそうだから…」
 オリガはそれだけ言ってしまうと、ぺこりと頭を下げて丘を去っていった。
 そして、四人が丘に残された形になった。
 海はすでにあるべき姿を取り戻し、さざ波を繰り返している。その音が、この丘にもいっぱいに広がっていた。シジーはその音を聞いて、気持ちを静めるようになんとか集中しようとしていた。
 シジーは、迂闊に口を滑らせてしまいそうになる自分が怖かった。必死に抑え込まないと吹き出してしまいそうな黒い気持ちが溢れてきそうで、シジーは恐ろしかった。
 だから、できるだけ果実の方を見ないようにしていた。
 レッティが隣にいてくれて、それとなくシジーの腕を支えるように掴んでいてくれた。それだけで、シジーは救われるような気がする。レッティのおかげで、今立っていられるような気さえしてくるのだ。
 ジェイドも、ぬしさまが再び現れたタイミングで、四人のそばに来ていた。しかし彼もまた、一言も言葉を発しなかった。余計なことには口を挟まないジェイドであるから、これはいつものことなのだが、なんだか四人とも空気が淀んでいるようで場の空気が重いと感じていた。
  あると は手のひらに再び戻ってきた女神の果実を見つめていた。そもそも果実を追ったのは自分が天使に戻るためではない。その果実が悪用されないように確保しようと思っただけだ。けれど、オリガの話で初めて気づいた。一度は果実を口にして願いを込めて人間になった。しかし、もう一度願いを込めて果実を口にすれば、それはもう間違いなく天使に戻れるだろう。そのことにだ。
 しかし、これでは あると は仲間に誤解されるのではないかと恐れた。自分が人間でいるのが嫌で果実を求め、天使になるのだと思われたくなかった。
 他でもない彼の仲間は人間ではないか!
 しかし、どう話したら信じてもらえるだろうか。そんな誤解を受けるくらいならば、この果実は今後一切誰の手にも届かないところに封印した方がいいとさえ思う。しかし、どこにそんな場所があるだろう。どんなに強固な封印でも、人の手で施した封印はいずれ必ず人の手によって封印を解かれるはずだ。
「どうしよう…」
  あると がようやく言葉を発したときに、残りの三人が あると の方に向きなおった。 あると の声に呼ばれたかのように、三人が あると の傍に集まる。
「言いたいことがあるならここで言ってしまおうよ!シジーもそれでいいでしょ?」
 いつもならシジーが先に言いそうな言葉だったが、シジーは自分を抑え込むので精いっぱいだった。レッティが代わりにとばかりに声を上げる。シジーはそれになんとか頷いた。
「俺は、 あると の好きにしていい。 あると がどんな存在だろうと俺は構わない。今まで通りだ」
 ジェイドは先にそう言ってしまうと、先に踵を返してそこから去ってく。レッティも慌てて、意見を言った。
「私もそうだよ!だって、最初っから あると はずっと あると だったもん!だから あると の好きにしていいんだよ!だってほら!私も好きなことしてるしさ!」
 レッティはそう言うと、ジェイドを追って逃げるように立ち去って行く。シジーはレッティを目で追っていたが、結局止めようとはしなかった。シジーはうまく自分の気持ちを言えるように、気持ちの整理をすることで精いっぱいだった。
 しばらく沈黙が続いていた。
 その間も あると は何も言わず、シジーが何かに踏ん切りがつくのをおとなしく待っていた。
「 あると 」
「うん?」
「私もあなたに、聞いてほしいことがあるの」
 シジーは深呼吸の後、やっとのように あると に顔を向けた。 あると は、いつも通りの顔で少し微笑んでいた。なんだかそれだけで、この人は天使以外の何物でもないのだ、とシジーの中で決定づけられてしまった。
 悲しいけれど、不本意だけど、認めたくないけれど。
「うん、聞くよ」
 落ち着いた声でそう言った あると は、シジーに耳を傾けた。
 気持ちが決まったシジーは思い切って胸の内を明かす。
「あのね。私、 あると に天使になってほしくないの」
  あると はそれを聞いても、驚く様子もなかった。 あると の中ではそう言われることも覚悟の上だったのだろう。
「うん。どうしてか、訊いてもいいかな」
  あると が静かにそう訊いたので、シジーはゆっくりと、気持ちが高ぶらないように注意しながら話した。
「女神セシリア様は天使界の人々を星空の守り人として星にしてしまったわ」
「うん」
「女神様の一存で天使は一瞬にして星になってしまうことを知ったわ」
「うん」
  あると はシジーの言葉にゆっくりと頷いた。
 一瞬、シジーの顎がわななくように震えた。ゆっくり少しずつ話していたと思っていたのに、もうそれができそうにない。高ぶりゆく気持ちとともに、口調はどんどん速くなっていくのをシジーは抑えることができなかった。
「天使でなければ、星にされることはないわ。 あると の命が女神の一言でどうにでもなるのは怖すぎる。だって、星になるって言ったけど、私たちの世界では星になることは、イコール死ぬことなのよ!そんなのは嫌!」
 シジーは震える体を抑えることができなかった。こんな言い方ではいけない。こんな言い方では あると を傷つける。そう思っても、抑えられない感情が噴き出して止まらない。
「人間でいても あると は強いし、エルギオスとも対等に戦えたじゃない。人間でいることに不自由はないって思ったはずよ。天使を捨てられない あると がいることもわかってるの。だけど、…ごめんなさい…私、怖いの…! あると の命が誰かに握られているかもしれないなんて…考えたくないのよ…!」
 一気に吐き出した感情のあと、シジーはとてつもない罪悪感に苛まれることになった。何という自分勝手でわがままな言葉を言い連ねてしまったのだろうと、自分に嫌悪感が増す。あの女神の果実に感じた嫌悪感と全く同じだ。
  あると の反応が怖くなる。自己中心的な言葉に あると は呆れたに違いないと、シジーは今度はそれがそら恐ろしくなった。 あると はまだ、何も言ってこない。重苦しい沈黙に、シジーはじっと耐えた。自分勝手なことを言って、そこから去るなどはさすがに自分を許せそうもない。自分の言ったことの責任は持っていたいとシジーは必死に自分に言い聞かせた。
「ありがとう、シジー」
  あると はいろいろ考えた後だろうが、やはり微笑んでいた。 あると の天使たるその所以が あると すれば、シジーはその笑顔だと答えるだろう。
「シジーが僕のことをすごく深いところで心配してくれてるのが伝わった。だからお礼を言うよ、ありがとう」
「 あると …」
 シジーは泣きたいのをどうにか我慢する。その言葉で、 あると はやはり天使に戻るのだとわかった。
「シジーが心配しているセシリア様のことだけど、セシリア様は無理やりみんなを星にしたんじゃないんだよ。あのときはそう見えたかもしれないけど、女神様はそんなに浅はかじゃないんだ。天使界のみんなは…何といえばいいか、もともとあの姿を借りていたんだ」
  あると がゆっくりとシジーに話す。シジーが心配していることがわかって、その心配を少しでも取り除こうと懸命に、優しく声を掛けた。
「姿を借りて…?」
「そう。一時的にね、僕たち天使は女神様が自ら木に体を変えられたため、女神様をお助けすべく天使と言う形を与えられたんだ。お役目を全うしたから、天使たちは本来の姿を取り戻したと言っていい。役目を解放されたっていうだけなんだよ。人の死とは…概念が違うかなぁ…多分」
  あると は考え考え言葉を選んで話す。シジーもそんな あると の言葉をしっかりと胸に刻み続けた。
「現に、星たちは生きていて、声を交わすこともできると思うよ。僕は人間だから聞こえないけどね。だってそうじゃないと星空の守り人にはなれないでしょ?」
  あると はそう言うと、笑って見せた。シジーも あると の笑顔につられたように笑顔を取り戻していく。
「天使界の人たちは無理やり殺されたわけじゃないんだよ。それと、僕のことはセレシア様に『地上の守り人』をすでに言い渡されているから、『星空の守り人』になることはないよ」
「本当…?」
 シジーは恐る恐る聞き返すが、 あると がそれを笑う。
「神様とか女神様って人に比べてとんでもないレベルで生きてるから、時間の感じ方が違うんだ。だから命じたら最後、シジーが生きている間に僕の役目が変わることはないよ。それに地上の守り人たる僕が一人の人生も見きれないうちに役目を終えてたらそれは『地上の守り人』じゃないしね」
  あると に言われてシジーはそのことに気づいた。言われてみればそうだ。神様のレベルならば、地上の守り人と言うのは人知を超えた長い時間 あると は地上を見守り続けなさい、ということだ。では、やはりそもそも、 あると は人間になってはいなかったのだろう。元上級天使エルギオスと戦えるようになるために、いわば天使の抑制の鎖を一時的に外したにすぎないのだ。その証拠に、 あると は死した魂と未だに話すことができるではないか。やはり、女神セシリアは侮れない、とシジーは一人思った。
 それならば、やはり あると はその天使の鎖とやらを、本来の通り元に戻すのが筋だろうとシジーは思う。このままではやはり、 あると が中途半端で可哀想だ。人間にも結果としてなりきれていないのならば、ちゃんとした天使に戻った方が あると も生きやすいに違いない。
 シジーの心はそう納得した。
「 あると 、私間違ってたみたい。 あると はやっぱり、天使に戻るべきひとだわ」
 シジーは あると にようやく、そう言うことができた。 あると はそれを聞いて頷いた。
「ありがとう。シジー。やっぱり僕はずっと君に救われ続ける気がする」
 あると はそう言うと、果実の実を口にした。
 あると が再び天使になるのを、シジーはしっかりとその目に焼き付けた。
 どうか、天使になった あると が少しでも迷いなく生きられるようにと、願いながら。











The End.

■天使界の件やら、地上の守り人の件やらは全部捏造です。そうだったらつじつまあうなぁと思っただけです。

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