【FINAL FANTASY9】

■惑いのプリンセス

掲載日[2009/08/31]






「ジタン!」

 唐突に名前を呼ばれたが、ジタンはそれほど驚かなかった。静かな宿屋にわざとらしい足音を立てて走りこんでくるのは、まずジタンの仲間しかない。今ここには仲間は誰もいないのだから、結論、足音の犯人の目的はジタンでしかありえない。ジタンは声がする前からそのことに気づいていた。

――ああ、それにしても。この村は、こんなに静かな村だったんだな。

 今日は静かな村ダリで休息を取ることになっていた。
 ジタンはのんびりと宿屋のベッドで横になっている。他のメンバーはそれぞれ方々に散っていたようだ。その散った中の一人、召喚士の村出身のエーコが先ほど宿屋に戻ってきたのは足音から分かっていた。それが先ほどの喚き声の正体でもあった。
「エーコ。レディはそんなに走ったり喚いたりするもんじゃないぞ。ダガーを見てみろ」
 あくびまじりで目に涙をためながら、ジタンはベットからしぶしぶ足を下ろした。こんなに騒がれてはゆっくり横になることは無理だと判断したのだった。
「そのダガーのことで来たんだけど!」
「なんだって?まさか誘拐とかあったんじゃないだろうな!」
 面倒そうに尻を掻いていたジタンは一転、目を剥いてエーコに振り返る。エーコはジタンを見上げると、はぁっと疲れた大人のように息をついて見せた。エーコは幼い割に大人びた態度を取ることがよくあるのだ。
「違う。ダガーずっと様子が変なの。エーコ、ジタンが何かしたんだと思って問い詰めに来たんだから!」
「へぇ…」
 ジタンはエーコを感心したように見つめた。エーコはダガーをなぜだかずっと目の敵にしていたようだったが、どうやら心の底から憎いと思っているわけではないようだ。それもそうか、とジタンは思いなおす。それほど憎いと思っていたりしたら、同じ仲間として行動することなどできないに違いない。
 それにしても、ダガーの様子がおかしいというのはどういうことだろう、とジタンは頭をひねる。
「で、ダガーの様子は?」
 エーコはうーんと唸ってみせてから、ぴっと人差し指を立てるとジタンに話し始める。
「なんかね、ぼーっと遠くを見ていたと思ったら、急にぷるぷるってチョコボみたいに首を振ったりね。あとぉ…、エーコが話しかけてもちっとも答えてくれなくて、遅れて『え?』とか聞き返してきたりして。ねえ、ジタン、変だよね?」
「うーん、なんか心当たりあるかも」
 同じくジタンも唸ってそう言うと、エーコがぱっと顔を輝かせた。
「え、どんなどんな!?」
 期待満面のエーコの顔をちらりと見てから、ふっと息をつく。そして、ジタンはびっと親指を自分の顔に向けて一言、言った。
「惚れたな、俺に!」
「…はいはい。ジタンさんに聞いたエーコがバカでした」
 完全に呆れた口調でそう言って、肩を落としたエーコは部屋から出ようと歩きだした。エーコがあまりに落胆するので、ジタンはさすがにバツが悪そうな顔で頭を掻いた。エーコはのろのろと部屋の扉まで向かってから、ジタンの顔を睨みつける。
「とにかく、あんな様子じゃこの先が心配なんだから!ジタン、ちゃんと聞いてあげてよね!」
 エーコはそれだけ言うと、ジタンから顔をそむけて扉を閉めたのだった。
 勢い良く締めた扉にエーコはもたれかかると、不意にはぁと悲しいため息が漏れてしまった。
(ダガーがジタンに惚れてる、なんて今に始まった話じゃないのに。本当に鈍ちんなんだから!)
 エーコはそれだけ思うと、つんとしてきた鼻を慌てて啜った。にじみそうになった涙をどうにかごまかして、エーコは宿屋から逃げ出すように走り出したのだった。

「ダガー?そういえば見ておらんな」
「おねえちゃん?いないの?あれ?さっきボクこのお店で見かけたけど…あれ?もういないや」
「娘?知らんな。もうお前の顔に飽きたんじゃないのか」
「おいしいものなら向こうの畑で見たアル」
「姫様!?姫様がおらんだと!?姫様〜〜〜!」

 三者三様とはこういうことを言うのだろう、とジタンは仲間たちの声を聞きながら、がっくりとうなだれた。しかも、有用な情報はゼロと言う結果である。多少嘆きたくもなるというものだ。
「だいたい、こんな小さな村で、どうやって姿を眩ませられるってんだよ…」
 ジタンはチョコボの鳴く声を聞きながら、柵に寄りかかった。空を仰げば、真っ青に晴れたまさしく快晴である。田舎の陽の強さは都会よりもいや増す。遮るものが全くないおかげか、じりじりと焦げるような熱が全身に降り注ぐ。
「あっちぃ…」
 空を見上げた視界の端に、何かが入ってくる。何かと思って目線をそちらに流すと、それを見て思いだしたようにジタンは独りごちた。
「そういえば、物見山、見てねぇな。行ってみるか…」
 ダリの村のほど近くに小高い丘と言ってもいいような小さな山がある。ダリの人は物見山と呼んでいて、どうやら昔から灯台の役割を果たしていたらしい。最近ではアレクサンドリア間をつなぐカーゴシップ(輸送飛行船)が往行していたので、その見張り台となっていたが今ではその必要もなくなり、ただの灯台としての機能を果たしているようだ。
「とにかく、行ってみないと始まらないな」
 よっと掛け声をあげて、ジタンは柵から身を離した。
 暑がっていた割には、ジタンの足もとからは軽やかな足音がした。

「ここにいたのか」
 山頂、というほどの高さではないが、山の頂きだから山頂としか言いようがない。その場所で、ジタンはダガーを見つけることに成功した。
 ダガー、またの名をガーネット・ティル・アレクサンドロス17世。彼女は先代ブラネ・ラザ・アレクサンドロス16世の血の違えた忘れ形見 、後のアレクサンドリア女王となる女性である。
 しかし、まだ彼女はその座に就くことはできなかった。彼女はまだ、ジタンのそばにいることに決めて、今はジタンと歩いている。
 山頂の手すりはあまりに簡単な作りで危なっかしい。その手すりにつかまって、ダガーはここからの景色を見つめていた。
 魔の森が一体に広がり、その先はアレクサンドリア領のはずだが、細身の女性がすいと立ったような美しい城の姿は今はもうない。いずれ、ダガーと国民が総出をあげて復興させることには間違いないだろうが。
 そして逆側には北ゲートが見える。そこから先はシド大公が治めるリンドブルム領になる。見渡す限りの緑とリンドブルム領との境目であることを言わずとも得心させるような山の連なりがそこにある。
「ジタン。ごめんなさい。集合時間に遅れたかしら?私」
 ワンテンポ遅れた拍子で、振り返ったダガーが言った。風で髪がなぶられて、その黒髪が反射してきらきらと光る。
 エーコの言ったとおりだ、少し変だ。とジタンは思いながらも余計な口を挟まず、さりげなくダガーの隣に立った。
「うわ、絶景だな!風が気持ちいいし最高だ。ダガーはこういうところ見つけるのうまいよな」
 心底嬉しそうな顔をして、ジタンが背伸びをした。ジタンの気持よさそうなその表情に、ダガーもつられたように笑みを溢す。
「エーコが何か言ったのね?」
 ジタンは深呼吸の最中だったのでぐっと何かが詰まって、げほげほとむせた。大変!とダガーが慌ててジタンの背中をさする。
「大丈夫?ごめんなさい」
「げほっげほっ」
「本当に大丈夫?ジタン?ああ、お水でもあれば…」
 ダガーがおろおろとあたりを見回しながら手ではジタンの背をさすっている。と、ジタンの手が伸びてきて、その手の感じが酷くいやらしかったので、ダガーは反射的にその手をぴしりと打った。
「てっ…容赦ないなぁ、ダガーは」
 つまらなそうにふーっとジタンは打たれた手を冷ます。ダガーはジタンのすることにはかなり慣れたようで、肩をすくめると、再びジタンの目をじっと見て問う。
「エーコ、なんて言ってたの?」
 ジタンはダガーをちらりと見てから、不貞腐れたように手に息を吹き続けている。
「もう。本当に嫌な人ね、ジタン。ケアルしてあげるから機嫌直して頂戴」
 ジタンの手を取り、ダガーが何かを祈るように治療魔法を唱える。青白い光がダガーの額からポウと漏れて、そこからジタンの手に光が伝わってくる。とても暖かい、そして清廉な光だ。ジタンはダガーが魔法を使うところが好きだった。汚れなき姫がただ自分のためだけに魔法を使ってくれるのは、なんだかとても贅沢だ。
「へへっ、サンキュー」
 嬉しそうに笑うジタンは現金そのものだ。ダガーはそれでも、心底正直な彼の笑みが嫌いになれない。
「ジタンったら…」
 呆れてしまう。けれど、嫌いになれない。何故心は複雑な意識を混同せずに認識させることができるのだろう?
「エーコとの話を聞くのはマナー違反だろ?エーコは俺に相談に来たんだから」
 ジタンがもっともらしくそう言ったので、今度はダガーの方が言葉に詰まった。王族としては余計な詮索をしないのがマナーだ。悔しいが、ジタンがこう言った以上聞くことはできない。
「じゃあ、ジタンはどうしてここに?」
「ダガーが俺にいてほしいって思ったからさ」
 さらっと、こういうことを言えてしまうところがジタンなのだ。ダガーは顔を赤らめないように注意して、ジタンから目をそらした。景色に目を走らせて、何でもない顔をして言葉を返す。
「思ってないわ。そんなこと」
「そっか、そりゃ残念」
 軽く、いなすように言われてしまう。きっと城下の町の女の子たちとも、こういうやり取りをしてきたのだろう。
 幾度ともなく。
 違う。それが悪いんじゃない。
 彼を否定するようなことを思いたくはない。けれど。
「ダガー…?」
 心配そうに見つめてくるジタンの様子が、見なくてもわかる。どうしてだろう。どうして、見なくてもわかるんだろう。
「何か、辛いのか…?」
 泣きそうになる。あなたを知って、理解して、あなたのそのままを好きでいたいのに。
 どうして、思う通りに心があなたを思わないの。私の心なのに!
 たった一人の人をまっすぐに思えないのに、私はこのまま女王になるの?
 民の目をまっすぐみれないような、そんな女王になってしまうの?
「ジタン。私…怖い」
 ダガーがやっとのように言えた言葉。それにジタンは静かに頷いた。
「うん」
「一人の人を―――穿った目で見ているのよ。たった一人のひとをよ」
「うん」
「私はじき女王になる。多くの民の頂点に立とうとしている。たった一人のひとさえまっすぐに見られないのに、よ」
「違うよ」
 ジタンは言う。さらりと、何でもないことのように。
 驚く。ダガーはジタンをついに見つめてしまった。こんな情けない顔を見られたくないと思って必死に顔を逸らして、ジタンを見ないようにしていたのに、そんな努力もこの人はあっけなく崩してしまう。
「やっと、こっちを見たね」
 嬉しそうに、笑う。ジタンの笑顔。
 なんて、温かで優しく笑うのだろう。この人は。
「ダガー。君は万人に同じように笑わなきゃいけない立場になるんだろうけど。万人に同じ思いを持たなきゃならないんじゃないよ。それじゃあ、――君のお母さんと同じだ。ブラネは黒魔導師たちを個として見なしてなかった」
 ダガーを気遣うように、ジタンがそう言った。ダガーも確かにそのことに関しては納得できる。だから、これは母の悪口でも批判でもない、事実だと受け止めて、ゆっくりと頷いた。
「人間はお互い個だから、いいんだよ。穿ったり、信じたり、疑ったり、尊敬したり、侮蔑したり…まあ女王としてふるまうのに相応しくない感情もあるとは思うけどさ。でも、感情は結局、消したり殺したりはできないから」
 ダガーはジタンの言葉に多少驚く。
「できないかしら?」
「できない」
 迷いのない口調できっぱりと、ジタンは言う。
「消そうとすることはできると思う。でも完全には消せない。人は、絶対に自分にだけは嘘はつけないから」
 ああ、なんで、この人は。こんなにまっすぐなのだろう。
「ジタン、私にもできるかしら。私、ちゃんと嘘をつかずにやっていけるかしら?」
 どうか、怖いの。まだ、私は怖いの。あの王座に就いていいのか、まだ私、自信がない。
「心配ないって。ダガーだってそうだったろ?君が最初に城を出ようと思った気持ち、それは君が自分に嘘をつけなかった立派な証拠だ」
「ジタン…!」
 ああ、神様!
 私は今感謝します。
 この人に出会えた運命を、心の底から感謝します。

「ダガー、君が『いつか帰るところ』に帰るまで、俺が守るよ」






Fin.


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