儚き夢
「22番、アグリアス=オークス。」
「23番、ヴェルディア=ディンゼム」
「両者、前へ」
試験会場は騒然としていた。観客達が声援やヤジを飛ばしたりするのを、ア
グリアスは不機嫌に聞き流していた。
(何故、正式な認定試験をこんなコロシアムでしなけらばならないのだ?)
アグリアスは反面呆れながらも、自分の戦う相手であるヴェルディアという
女性を観察した。ヴェルディア=ディンゼム。騎士家系ディンゼム家唯一の女の
末裔、そして、唯一の女騎士になるだろうと謳われた女。スリムな体の奥底から
ほとばしる闘気。力強く構えた腕。機転の利きそうな細い目。アグリアスは知ら
ずに、舌打ちした。苦しい戦いになる、そんな予感がした。
そもそも、アグリアスは騎士認定試験を受けるようなことを考えてはいなか
った。
剣技は、世に有名な「ラグス=メイ」を師に仰いでいたが、しかし、それすら
は自分自身が望んだことではない。オークス伯爵、つまりアグリアスの父が娘の
すばらしい剣技に目を付け、うなる金を元に遠方から「ラグス=メイ」を呼び寄
せたのだ。ラグスはアグリアスを鍛えた。アグリアスも、剣技を磨くのは嫌では
なかったので、ラグスからの教えを受けた。結果、アグリアスは男にもかなわぬ
剣技を身につけた。
アグリアスは一人娘だった。母のフィレナはアグリアスを産んだ後、すぐに
他界した。だから、彼女の父はアグリアスを不憫に思い、溺愛しながら娘を育て
てきた。しかし、伯爵はアグリアスを授かった年齢が遅すぎた。アグリアスが1
3歳の時に、伯爵は倒れそのまま息を引き取った。享年58歳。
それから、アグリアスは天涯孤独の身となる。父が財産を残してはくれたが
、彼女の寂しさを埋めてくれるものなど、死に逝く父に残せるはずがなかった。
そして、アグリアスは自分の剣技を鍛えることに没頭するようになる。同時に、
女を捨てたような力強さを求め始めるのだ。
「アグリアスさん?初めまして。」
にっこりとヴェルディアが微笑みながら、右手をさしのべた。アグリアスは
頷くと、自分の右手をさしだし握手した。
「初めまして。ヴェルディア様。お噂はかねがねお聞きしています。」
「あら、私の台詞ですわ!」
ヴェルディアがころころと笑いながら、アグリアスから手を離す。
「男勝りの剣技をお持ちだとか!楽しみですわ!」
「あなたこそ、史上初の女騎士になると謳われています。」
「面白くなりそうですわね」
にこりともせず、ヴェルディアがそう言った。ヴェルディアの肩に掛かる金
髪が風にそよいだ。アグリアスも表情を引き締め、頷き返す。
やがて、レフェリーがやっとの様に腕を上げると、二人は距離を取り、剣を
構えた。
「始めっ!」
「アグリアス!振りが甘いぞ!もっと力入るだろ!」
ラグスは父が他界する直前に、オークス家解雇となっていた。アグリアスが
必要ないから、と父に言っておいたからだ。ラグスが故郷に帰った後、指南役兼
練習相手を買って出たのは、オークス家と遠い親戚関係に当たるレノバ家の3男
ザグレスだった。彼はアグリアスの3つ年上だったが、15の若さで騎士認定試
験に合格していた才能の塊のような男だった。
「・・うるさいっ!」
アグリアスはザグレスに怒鳴ると、一度剣を引き再びザグレスに振りかぶっ
た。しかし、ザグレスはそのでたらめなアグリアスの剣を振り払った。キィン!
と金属音が高く鳴り響いて、アグリアスの剣が地に刺さった。
「はぁっはぁっはぁっ・・・」
アグリアスはへたりこむと肩で息をしながら、悔しそうにザグレスを見てい
た。ザグレスが呆れた顔をして、アグリアスの剣を取ると、アグリアスの目の前
に置いた。
「お前、ホントにあのラグスに鍛えてもらったのか?めちゃくちゃだぞ?」
「・・・う、るさい!うるさいうるさいうるさい!」
アグリアスは剣をつかむと、再び立ち上がった。既に座り込んでしまったザ
グレスに剣を向け、練習をつづける、とザグレスに言い放った。
「馬鹿、今指南役はオレだぞ?続けるかどうかは俺が決めることだ。それに、
休憩の時間だ、今は。」
ザグレスにそう言われて、アグリアスはふてくされたようにザグレスから離
れて座り込んだ。剣を眺めながら、ふう、とため息をつく。ザグレスがアグリア
スの方に向くように座り直すと、アグリアスに話しかけた。
「アグリアス、お前、なんでそんなに強くなろうとするんだ?」
アグリアスはザグレスを一瞥すると、再び剣に顔を向けた。ザグレスは気に
せず、続ける。
「女ってさ、お茶飲んだり、お菓子作ったりしてるもんだろ?」
「誰がそんな風にしなければならないと、言った?」
ザグレスの方を見ずに剣だけを見つめながら、アグリアスはそう言った。ザ
グレスは、アグリアスを見てきょとんとした。
「女は剣を持つべきではないと、誰が言ったのだ?」
「誰も言わないさ。ただ、一般の女と同じ事をしないあんたに、どんな理由が
あるんだってことが気になったんだ。」
「理由・・・」
アグリアスは空を見上げた。今日は朝から快晴だった。穏やかな雲がゆっく
りと東の方に流れていく。アグリアスは首を振り、ザグレスの顔を見た。
「穏やかな河もいつかは氾濫を起こす」
アグリアスは静かに言った。
「運命も同じ事。平穏を約束された運命など、あり得ない。不意に襲いかかる
運命は、人の人生を狂わす」
アグリアスは立ち上がる。すうっと息を吸って、再び静かではあるが強い意
志を込めたような声を吐き出した。
「私は二度と運命に惑わされたくはない!その為に力を、剣技を身につけたい
!・・・おかしいか?」
アグリアスは恥ずかしそうに座っているザグレスを見た。ザグレスが安心し
たように、アグリアスを見上げて笑った。
「おかしくない。そうか。お前が自暴自棄になるのを、オレはおそれていた。
それならいい。・・でも、女を捨てることないと思うんだが。」
「?」
アグリアスは振っていた剣を止めて、ザグレスに振り返った。ザグレスがま
ぶしそうに見上げながら、言った。
「好きだ、アグリアス」
「試合中によそ見をするなんて!大した余裕ですわ!」
キィン!
ヴェルディアの剣が、アグリアスの剣を払うと腕目がけてつっこんできた。
すんでの所でアグリアスはそれを避けて、無駄な動きなく剣を翻して応戦する。
ヴェルディアが悔しそうに顔を歪ませたが、向こうもそれをかわすのに成功した
。二人は間合いを取るために、一度体勢を整える。
お互いに肩で息をつくと、チャンスを狙って相手を射るような瞳で見つめた
。
先程、しつこいほどの剣の襲撃にやられたアグリアスの足から、今痛みを伴
って赤い血が流れ出していた。アグリアスはよろけながら、しかし最後の気力を
振り絞って、毅然と立っていた。
「そろそろ、私に引導を渡した方がよろしんじゃなくって?」
陰険な微笑みを洩らして、ヴェルディアが言った。アグリアスはヴェルディ
アを睨むと、静かに言い放つ。
「人の弱みばかりを探すあなたに、騎士の称号など渡すわけには行かない!」
その言葉にヴェルディアはぎんっと目を怒らせると、アグリアスに怒鳴りつ
けた。
「生意気な女!ただの落ちぶれた貴族のくせして!」
いきなり、間合いも何も取らずにヴェルディアがアグリアスの方に走ってく
る。怒りにまかせた剣がアグリアスに迫って来る。
「アグリアス。感情に任された剣ほど、命取りなものはない。なぜなら、その
剣は攻守ともに死んだ剣だからだ。」
「ザグレス・・・!」
アグリアスは昂然と顔を上げて、ヴェルディアの剣の行方を計算した。瞬時
にそれは経験から算出できたし、その避ける方法も見つけていた。・・・勝ちは
見えていた。
「覚悟!!」
「アグリアス。今日でオレはこの稽古をやめる。」
アグリアスはその時、ザグレスのその言葉で愕然としていた自分に気付いて
はいなかった。
「何故だ?逃げるのか。」
「そんなんじゃない。国王の命が下ったんだ。明日から国の騎士団に所属して
戦争に参加する。」
アグリアスが少し考えてから、おもむろに呟く。
「五十年戦争・・・」
「そう、戦地からここは遠いから今この国が戦争してるって事、忘れそうにな
るけどな。俺達みたいに、騎士の資格を持ってるとお呼びがかかる。」
「けど!戦地に赴くのは二十歳以上だって・・!」
「騎士が足りないんだろ、どっちにしても国王の命だ。背けやしないさ。アグ
リアス、途中で稽古を投げ出すようだが、本当にすまない」
ザグレスがアグリアスに頭を下げる。アグリアスは思わずそんなザグレスか
ら目をそらした。一瞬、ザグレスがとてつもなく遠い人に思えた。
「稽古、できないじゃないか。行くな。」
アグリアスは気付いていなかった。
・・・あまりの動揺に震える声にも。
・・・瞳から流れ落ちる涙にも。
・・・自分がザグレスに思いを寄せていたことも。すべて。
「アグリアスらしくないぞ、そう言うことを言うのは。」
小さな子供をあやすように、ザグレスはアグリアスの肩をつかんだ。ザグレ
スの手の確かなぬくもりが、アグリアスの肩に伝わる。おかげで、アグリアスも
少し落ち着くことが出来た。やっとのように、アグリアスはザグレスを見上げて
睨むと、強気に言い放った。
「必ず、帰ってこい。稽古、終わってないんだから!」
「分かってる」
「勝者!22番アグリアス=オークス!騎士の称号獲得!」
大歓声が割れんばかりに広がった。
アグリアスはほっと息を付くと、剣を鞘におさめた。対戦者ヴェルディアは
右腕に致命傷を受けて、地にくずおれていた。悔しそうな泣き声が、まだアグリ
アスの耳元には聞こえてくるのだった・・。
その日の午後、アグリアスは花束を持って、町外れの墓地に赴いていた。ア
グリアスは騎士の称号の証を手に、一つの墓の前で立ち止まった。
『ザグレス=レノバ 19歳
五十年戦争の戦いで見事な勇姿を残し、ここに眠る』
「騎士の称号、ザグレスより遅れたけど、とれたよ。ホラ」
騎士の証が陽の光にきらりと輝いた。アグリアスは花束と共にその騎士の証
を墓の前に置くと、にっこりと微笑んだ。
「ザグレスは、騎士の称号が似合うな。」
突然、アグリアスの頭上を、鳩の群が飛び去っていった。アグリアスがそれ
と同時に上を見上げる。すると、あの日と同じ快晴の空が瞳に飛び込んできた。
アグリアスは墓に向き直ると、じゃあ、と言った。
「また来る。それまで、ザグレス。称号は持っていてくれ。」
アグリアスはきびすを返すと、墓地を出ていった。
(・・・ただの「騎士」になるつもりはない。運命を断ち切るために必要なの
は、称号などではないのだ。)
それから数年後、アグリアスは再び歴史と運命に翻弄され、ホーリーナイト
として世に姿を現す。再び運命の人と、巡り会うために。
FIN.
Copyright 1997 BY SAE