コレル炭坑の西に小さな集落があった。街と呼ぶには小さすぎ、村というに は少々大きな集落。そこで、彼らは炭坑を掘り続けながら、日々の生活の糧を蓄 え、ほそぼそと暮らしていた。贅沢は出来なかったが、・・・日々やっとの生活 だったが、人々は平和だけを愛していた。それだけが、人々の慰めだった。
 そして今日は、一組のカップルが式を挙げた。
 もちろん、盛大ではない。その二人の新しい住まいに辺りの人々が集まって 、いろんな人が酒や料理を持ってきて。二人は一緒になることを報告する。それ だけなのだが、その場にいる人々は大いに楽しんでいた。
 新婦のエレノアは少しもじっとすることも出来ずに、次々に現れるお客達に 料理を勧めたり、話をしたりと大変そうだった。と、エレノアが、ある人物にぶ つかった。
「あっ!ごめんなさいっ!」
 ぶつかったショックでエレノアがよろめくのを、相手は慌てて手をさしのべ た。大きな手がエレノアを支える。驚きながら、エレノアが相手を見上げると。
「まあ!バレット!やっと来てくれたのね!待ってたのよ!!」
 花のブーケを髪飾りにしたエレノアが、巨体のバレットににっこり微笑んだ 。バレットが照れたように手を頭にやると、答える。
「すまん。何を持ってきたらいいのか分からかったんだ。とりあえず、これに したぜ」
 おずおずとバレットが差し出したのは、長い髪のエレノアにはもってこいの 髪飾りだった。もう片方の手には銀色の懐中時計も。
「髪飾りは新品だぜ。前にコスタ・デル・ソスの方から来た奴が安く譲ってく れたんだ。こっちの懐中時計はオレのをちょっと直したんだ。使えるぜ、コイツ はよ」
 照れたのを隠すようにバレットがにやりと笑う。エレノアは嬉しそうに眺め ると、ありがとう、と言いながら受け取った。
「ねえ!奥の方にたくさん料理が並んでるわ!一緒に食べましょうよ!ダイン もいるわ!」
「ここにいるよ。」
 エレノアのすぐ後ろから、すこし緊張した面持ちでダインが現れた。バレッ トが苦笑する。
「よう!花婿。やっぱり、こういうの苦手か。」
「バレット、お前の式の時も茶化しに行ってやるから、覚悟しろよ!」
 にやっと笑いながらダインがぼすっとバレットの腹に拳を突く。
「おいおい、ダインさん。男前が台無しだぜ〜」
「うるせい!エレノア、ちょっと外行って来る。」
 ダインが気分悪そうにそう言ったので、エレノアは心配そうな顔をしたが、 バレットを見てほっと息を付くと、素直に頷いた。
「ええ。わかったわ。」

 二人は風に当たりに外に出ると、無意識に炭坑の方に歩いていた。炭坑は二 人の仕事の場でもあり、男同士で何気なく時間を過ごすのには丁度良い場所だっ た。
「良い花嫁だ。エレノアは。」
 ダインが唐突にそう言った。バレットは黙って頷く。
「俺には、勿体なすぎる」
「のろけか」
 にやりと、バレットが言う。が、ダインは首を振った。とても力なさげに。
「俺は、炭坑に向いてない男だ・・・。こんなに細身じゃ、力も、体力もみん なに劣る」
「誰もそんなこと思っちゃいねえよ」
「でも、足を引っ張っていることは事実だ」
 ダインが悔しそうに地を蹴ると、座り込む。バレットは今にも沈みそうにな っている赤い夕焼けを眺めながら、黙っていた。
「そんなんで、エレノアを幸せにできんのかよ?」
 半ば投げやりにバレットはダインにそう言った。叱りつけるような、父親の ような口調だった。
「エレノアはお前信じて、一緒になる決心したんだぜ?そんなんで、やってけ るのか?」
 ダインはしばらく黙っていたが、やがてため息をつくと、バレットを見上げ た。
「不安だったんだよ、少しだけ。・・・でも、お前のおかげでやっと踏ん切り がついた。エレノアを幸せにすること。」
「いいねぇ。ダインさんよ。男前だぜ〜」 バレットがにやにやと笑いながら そう言うので、ダインがまたバレットの腹に拳を突く。さっきよりも強めの拳だ 。
「茶化すなっていっただろ!・・・と。あれ?」
 ダインがふと炭坑の方を見上げて、不思議そうな顔をする。バレットもダイ ンの目を追ってみると、炭坑の所々にある隙間からちょろちょろと人影が見えた 。
「おい・・・まさか、あんな所に人が?」
 ダインがぞっとしたようにそう言った。バレットも喉元をならして、見上げ ながら首を振る。
「まさか・・・あの辺は地盤が悪くて炭坑仲間ならまだ入り込む奴なんか・・ 」
「炭坑仲間じゃあ、な。俺が見た限り・・人影は女子供だった。」
「・・!ダイン、いってみようぜ!」
 二人は喉が焦りでからからに乾いていたが、そんなことはお構いなしに炭坑 の入り口に走った。もうすぐ暗くなることを見越して、明かり用に松明をもって 奥に入る。
「おおーい!誰かいるのかー!」
「返事しろー!!おーい!」
 二人は大声を出しながら、炭坑を走っていった。が、急に二人はその途中で 足を止めた。
「ここらへんだ、まずいのは」
「声も出せねぇよ!振動がどう響くかわからんからな・・・」
 バレットがちっと舌打ちをする。ダインはため息をつくと、とりあえず進ん でみよう、とバレットを促した。
「だれか、いるか?」
「いるなら返事しろー。」
 二人はさっきよりは声を控えてみたが、不安がどうにもおさまらない。やが て、ダインがしびれを切らしたのかバレットに振り返って、やめよう、と言った 。
「目の錯覚だったか、もしかして帰ってるかもしれないんだ。道なんか、俺達 が来た道以外にもあるんだし」
「そうはいっても・・」
「これだけ探していないんだ。帰ったんだよ、きっと」
 ダインがそういってきびすを返した瞬間、がらがら・・と石達が転がる音が 二人の耳をかすめた。
「・・!」
「まさか、ホントにいるのか?」
 二人は青ざめた表情で顔を見合わせると、再び前に進み出す。ふと、バレッ トの耳に女のか細い声が届いた気がした。
「・・イナ・・レイナ・・・」
「ダイン!今、女の声が聞こえなかったか?」
 バレットはダインの返事などアテにせず、黙って耳に手を当てて更に声が聞 こえるか、耳を澄ます。
「手が・・・手が・・・」
 今度はダインにも聞こえたようだった。身を見開くと、バレットを見上げる 。
「いるぞ!やっぱり!」
「ちっ・・何処にいるのか見当もつかねえ!どうすりゃいいんだよ!」
「待て、地盤が最近一番やばそうだったところにいってみよう。そこかもしれ ない」
 ダインは冷静にそう言うと、バレットをなだめて、前に進む。が、バレット はダインを引き留めた。
「バレット?」
「ダイン、お前は戻れよ。応援を呼んでくれ、先には俺が行って来るから」
 ダインはその台詞にぎょっとして、バレットを見つめ返した。が、バレット は笑って、いいからよ!という。
「けっ・・自分だけいいカッコなんかさせられねーな!」「エレノアがいるだ ろーが!」
 いきり立ったようにバレットが言う。いつもなら怒鳴っていたかもしれない が、とりあえず危険で不安定な炭鉱内と言うことは一番知っているので、こらえ たようだった。
「そんなこと言ってる場合か?毎秒単位で事態は悪化してるに違いないんだ! いくぜ!」
「あっ!おい!」
 二人は足下を確かめながら、踏みしめるように炭坑を進んだ。声が段々近づ いてくる。女の声と子供の声が2種類。3人らしい。
「レイナ・・手をはなしちゃ・・あっ!」
 がらがら・・・とまた石達が転がる音が聞こえる。 そうして、二人はやっ とたどり着いた。そこで二人は仰天した。なんと坑道が崩れて一人の子供が今に も外に転がり落ちそうになっているのを、女が手をとってかろうじて落ちていな い状態だったのだ。が、しかし女の方もそうそう安全ではなかった。 地面が外 側に傾いている状態なので、女もろとも今にも落ちそうな状態になっている。  もう一人の子供がまだ坑道がしっかりしている方で泣いていた。
「おっ・・おい!手はまだもちそうか!?」
 ダインが慌てて女に呼びかける。人が来たことにようやく気付いてた女は、 べそをかき始めると首を振った。
「どのくらいそうしてる?」
「・・・5分・・くら・・い」
 バレットは手を伸ばして女をその傾いた坑道からこちら側に引き寄せようと するが、手が女に届かない。
「じゃあ、あと1,2分が限度だな。子供とはいえ、手が痺れ始めてる頃だ。 地盤もまずい」
「ダイン、俺の足を支えててくれよ。子供だけでも届きそうだ。」
「いや、俺がいく。お前を俺が支えられる訳ないだろ。」
 ダインは苦笑しながら、崩れた岩をよじ登って子供の方に手を伸ばす。バレ ットがダインの足首をしっかり握って、安全そうな岩まで登って足を固定させる 。ダインは無理矢理奥の方に手を伸ばして、子供の服をつかむとぐいっと引っ張 り込んで、子供を安全な坑道に引っ張った。一同がほっとした瞬間だった。が、 ほっとしたのもつかの間、どうやら子供の重さも均衡に関わっていたらしく、石 達がころころ・・と転げだしたかと思うと、徐々にその数も音も増えていく。女 の体の位置が外側にずれていく・・!
「あ・・あ・・!」
「うおおおぉぉっ!!」
 いきなり、バレットが固定したはずの足場を駆け上がって、女の手をつかむ と女ごと抱え込んで、ダインの方に転がり込んできた。女もバレットも土だらけ になったが、とりあえず無事救出できた。
「はあ・・はあ・・こんなとこに子供連れて遊びに来るんじゃねーよ!」
 バレットが乱暴にそう言ったのを、女はごめんなさい、と泣き出しながらそ う言った。
「まあまあ、バレット。ねえ、どうしてこんな所に?」
 女はしばらく泣いていたが、やがて落ち着きを取り戻すと二人に頭を下げた 。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして。私はミーナ。この二人はレイナとジュ ナ。私の双子の妹と弟になるんです。二人が秘密基地にいくんだっていうから、 ついていったら・・」
「なるほど、この二人が元凶ってことか。」
 バレットは苦笑しながら、双子を双肩に抱える。双子は今までのことを忘れ たように、きゃっきゃっと喜んでいる。それをみたミーナがほっと胸をなで下ろ した。
「すみません。本当に。」
「無事でよかったですよ。さあ、下にもどりましょう」
 ダインが慰めるようにミーナにそう言うと、ミーナを促した。ミーナは頷く と、二人について炭坑の道を戻っていった。
「もしかして、ダインさん?」
 途中でミーナがそう言った。ダインがそうです、と笑う。それを聞いてミー ナは更に吃驚したように話しかけた。
「ダインさんは今日の花婿さんじゃないですか!ああ!私ったらどうしてこん なにドジなんだろう!」
「でも、あなたを見つけたのが俺とバレットだったから、よかったようなもん ですよ。俺達のチームワークは仕事場でも評判ですからね!」
「へっ!さっきまでボヤいてた奴の台詞には思えねえなあ!」
「うるさいな!バレットは!」
 二人がじゃれるように喧嘩しているのを、ミーナはおかしそうに笑っていた 。坑道を出ると、ミーナはあらためてほっとしたように、既に暗くなった夜空を 眺めていた。
「じゃ、俺は先に帰ってるぜ!花婿だからさ!バレットは彼女、送ってやっと いてくれよ!」
 唐突にダインはそう言うと、走っていってしまう。バレットは慌てて呼び止 めようとしたが、ふう、とため息をつくと、あんた、家は?と聞いてみる。
「この炭坑の入り口からそう離れてはいません。バレットさん、本当に・・」
「おいおい!もう礼は十分聞いたぜ?すみません連呼でもう、聞き飽きてるか らよしてくれ!」

「まあ、ふふ」

 ミーナはまたバレットをおかしそうに笑うと、じゃあ、家までお願いします 、と歩き出した。バレットは双子をまだ双肩に抱えたまま頷くと、ミーナを家ま でエスコートした。
  


FIN.


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