【FINAL FANTASY5】

■風の邂逅

作成日[2005/6/5]










風が渡る。
高く遠い空を抜けるように自由に、軽やかに。
そして突拍子も無く強く吹いたりして、人を驚かす。
からかう子供のようにそれは気まぐれで、それなのに風は人を不快にはさせない。
それどころか、そんな気まぐれだからこそ、風に触れられたそのときの喜びは大きい。
風はいつもどこかに行ってしまう。
けれど、ふとしたときに戻ってくる。
自分の頬を撫ぜに来る。
それが心地よい。

――あの人みたいに。

 タイクーン城の南東の小部屋に、レナの部屋はある。石造りの頑強なその城は外観からはどっしりとしていて無骨な戦士を思わせたが、内部のそこここには繊細な造りが施されている。もちろん、レナの部屋にも作り手のその繊細な息遣いを垣間見ることが出来る。王女の部屋には清らかな水が滾々と湧き立ち、部屋の一角にその水がなみなみと溜まっていた。その水は彼女が大事に育てている草花を枯らさずにおいてくれるのだった。水の竜の象徴リヴァイアサンを模した彫刻が囲いの中央に鎮座し、リヴァイアサンは余すことなく水を吐き続けている。その水音は年中途絶えることは無い。地下水をくみ上げているため、冬場水が凍りつく心配も無いのだ。
 レナはそのリヴァイアサンから水を頂戴した。太陽の光を反射してきらめく小皿がやけにまぶしく感じる。傍らにおいていた小瓶を手に取り、中の液体を2,3滴垂らした。ふわりと心地よい香りが辺りを包み込む。小瓶の中身は、花の香りを凝縮したもののようだった。小皿の水の色にはほとんど変化はなかったが、辺りの空気の色が変わったようにレナは思えた。レナはその希釈液に手に取り、首筋や手首、足首などにゆっくりつけていく。花の香りに満たされて、レナは幸せな気持ちになった。
「ふう・・」
 やっと気分が落ち着いて、レナはほっと息をついた。先ほど、窓辺で心地よい風に身を任せていたところまではよかったが、ある人の記憶をよみがえらせて急に心がきゅっと締め付けられるような思いにとらわれたのだ。それがどうにも収まらず、レナは香料の力を借りることにした。香料が期待通りの効果を発揮してくれたので、レナは平常心を取り戻すことができてほっとしていた。
「今頃、どうしているかしらね・・・?」
 原液の小瓶の蓋を閉じながら、レナは一人ごちた。花から抽出した香りの原液は、『薬士』を経験したときに得た技術を花に試してみたところ、偶発的にできた産物だった。何度かに一度しか出来なかったその技術も、今では慣れて百発百中に作ることができるようになっていた。この香料さえあれば、花が枯れても香りだけは楽しむことが出来るのでレナは気に入っていた。
「元気かしら」
 小瓶の隣には、小瓶の数と同じ分相当の植木鉢や一輪挿しがあった。それらは全てレナ自身が買ってきたものではなく、ある人から贈られた花や植物を活けた植木鉢たちだった。あんまり珍しい花だったから、とその花のためだけにタイクーンに立ち寄ってくれたことだってあった。
 一輪挿しに挿した花はたいていが蕾を持たないひとつきりの花だったので、その花から原液を抽出するかどうかを迷っていた。最初のころはどうしても彼がくれたものを長くとどめておきたくて、原液を抽出したが、最近ではそうしていない。原液を抽出すると花は枯れてしまう。せっかく花に生まれたのだから、花らしく生命を終わらせてあげたい、とそう思い、ただ、彼が手折った時点でこの花の寿命は限りなく磨り減らされたことも考え――もちろん手折った彼を責めるわけではないが――花を思いやると堂々巡りがとまらない。ただ、彼は美しいと感じたものをレナに見せたかっただけだし、そしてレナ自身もその花をくれた彼をより好ましく思えたのだからそれはそれでいいのだろうが。そんな思いをめぐらせながらも、結局レナは一輪の花ならば花自身を愛でることにし、植木にできる花はその花の一輪を拝借して原液を抽出することに決めていた。
 花の名前は調べようと思えば調べられた。タイクーン城は古代図書館ほどではないにしろ、膨大な書物を所有していたのでそれには不自由なかった。だが、レナはそうしなかった。彼がくれたのは花だけではなく、その花があった地方にまつわる土産話もたくさん披露してくれた。だから、レナはもらった花たちをその地方の名で呼んでいた。
 花たちの名前を呼びながらああ、とレナは思う。いまさらながらに気づいた自分に笑みがこぼれた。知らない土地の名前など一つも無いことに、だ。世界中を飛び回ったこともあった。チョコボでなんだかわからないうちに世界一周をしてしまったこともあった。だからといって知らないところにも町はあっただろうし、冒険の洞窟だってあるだろう。いや、知らないところにこそそんな洞窟はあるべきだった。世界中を飛び回ったとはいえ、世界制覇したわけではないのだから。彼が、旅する彼が、そんなところを見つけないはずが無い。探求の心を受け継いだ彼が、行かないはずが無い。それでも、執拗に、彼の贈る花の名前だけは。知った土地の名前ばかりなのだ。――あの旅で足を運んだ場所ばかりなのだ。
 そんなことはただの偶然かもしれない。レナは思う。例えそれがそうだったとしてなんになる?
 なんにもならない、とは思う。ここからはレナの想像に過ぎない。あてどもない旅をしている彼が、知らない境地に立たされて何とか苦難を乗り越えたときの彼が、ほっと息をつけるのはかつては4人で訪れた町並みではないだろうか。思い出の地に立って、かつての和気藹々とした雰囲気を思い出しては彼は今自分が生きていることに安堵の笑みを浮かべているのでは?そんな心の余裕があるからこそ、花の美しさにも目が行く。――だからこそレナを思い出してくれるのでは?
 ああ、とまたレナは思う。恥ずかしさがこみ上げる。最後の方は想像に拍車がかかりすぎている。これでは希望と期待が混在した妄想に過ぎない。・・でも、それは、そうであってほしいと、思う。
 レナは立ち上がって火照ってきた頬を冷やすためにリヴァイアサンからまた水を頂戴することにした。グラスを取ろうと戸棚を開いたときに風がまた背中を撫ぜていく感覚が心地よくて、それだけでも気持ちが落ち着くように感じた。レナは穏やかな表情でグラスを手にとって、戸棚を閉め、振り返ると。
「こんにちは」
「きゃっ!」
 驚いてグラスを取り落とそうとしたが、かろうじてをそれを免れた。ぎゅっとグラスを胸に押し込める形になってしまったが、グラスが割れて掃除をする羽目になるよりはずいぶんましなはずだ。ただ、レナ自身はグラスがどうなったかよりも、目の前にいる人物に完全に視線を奪われていた。
「ば、バッツ・・!!」
「ひさしぶりだな。あれ、ちょっと痩せたみたいだ」
 よいしょ、と事も無げに窓から足を部屋に入れた。ただ、まだ部屋の主には許しを得ていないので窓枠から垂らされた足はまだ床には着いていない。しかし未だに、そんな気遣いもこの部屋の主はまったく目に見えていなかったのだ。
「大丈夫?グラス割れない?」
 あまりに呆然としながら見つめるレナに、バッツがおずおずとそういった。レナが握り締めたグラスに力が入っているのを見つけて、バッツはそういったのだが、レナは言われて初めてグラスを持っていたことに気づいたようにあわてて手の力を緩めた。しかし慌てて力を緩める、という動作は普段人はしないもので、結局、グラスが派手な音を立てた。
「・・あー・・」
 二人して割れたグラスを見つめてから、ふっとレナが噴き出した。つられたようにバッツも噴き出してしまう。二人してしばらく忍び笑いをしていると、レナがにこりと微笑んでバッツに言った。
「3ヶ月ぶりね。いつタイクーンに?」
「昨日の夜にね。お昼になるのを待ってたんだけど、あんまりゆっくりもできないし、午前中は悪いかな、とも思ったんだけど」
 午前中は公務が多いと言っていたことを覚えていてくれたのだろう、レナは大丈夫よ、と言うと、すぐに箒とちりとりを持ってきてグラスの破片をかき集めた。
「驚かせて、ごめんな」
「いつものことだもの」
 ガラスの破片を集めながらレナがそういうと、バッツはしょげたように肩をすくめた。そんなバッツを見て、レナは微笑みながらガラスの破片を片付けてしまうと、バッツに向き直った。
「でもね、いつもうれしい」
 レナは頬が熱くなるのを感じた。バッツも照れたように頭を掻いていたが、あ、と思いついたように荷物の中に手を突っ込んで取り出した。
「レナに似合う花、また見つけたんだ」
 バッツが取り出したのは今までに見たことの無い花だった。細長い花びらの先端だけが赤く染まっていて全体的には黄色いその花は、これから夏が訪れるのを待ちきれないというイメージを持たせてくれる花だった。
「今までの花とはちょっと違うのね?」
 レナはバッツから花を受け取りながら、ありがとうと礼を言った。ここのところバッツも花を手折ることに良心の呵責があるのか、根っこごと掘り起こして持ってくるのだった。
「うん、なんか、これもレナって感じがしたんだ。色が強がってるだろ?花びらは細いのにさ。そういうとこがなんとなく」
「強がってる?」
 レナは意外そうにバッツを見返すと、バッツが慌てたように手を振って弁解した。
「気に障ったんならごめん。でもなんとなくそう思ったんだよ」
「ううん、別に気に障ったんじゃないわ。うん。そうね、でも、女の子は強がらないと生きていけないから」
 今度はバッツが意外そうな顔をした。『強がってる』なんて言うとひょっとしたらレナは怒るんじゃないかと思っていたのだ。
「強がらないと?」
「あ、でも女の子の専売特許じゃないのよ。バッツだってどこかにあると思うの。旅しているときってやっぱりどこか自分を奮い立たせるものってあるでしょ?負けちゃいけない、っていうか、そういう気負いみたいなもの。それはやっぱり強がってるんじゃないかな」
「ああ、なるほどね」
 バッツはレナが言ったことに納得したようにうなずいた。レナは新しい花を植木鉢に入れて、土を手際よく足している。
「でも、バッツはどうして私が強がってるなんて思うの?」
 レナは何気なくそう聞いたのだったが、バッツは急に態度がそらぞらしくなった。荷物をまとめると、足を窓の外に出そうとしていたのだ。レナはそんなバッツを見つけて、慌ててバッツの服を引っ張った。当然仰け反るはめになったバッツは声を上げた。
「わぁっ!」
「どうして急に帰ろうとしてるのよ!」
 本当に驚いたのだろう。レナの目には涙がにじんでいた。
「いや、そろそろ出ようかなーと」
「・・・」
 本当は、そんなに急に行かなきゃいけないところがあるの?とレナはいいたかった。だが、行きたいときに行きたいところにいくのが旅人だ。旅人にする質問でこれほど愚問な内容はあるまい。それがわかって、レナは思わず唇を噛み締めてその愚問を口にするのをこらえた。
「ほら、強がってる」
 言われて、バッツがレナの顔を覗き込んでいることに気づいた。バッツはまた足を部屋に入れて、レナの頭をぽんぽんとやさしく叩いた。
「レナ、やっぱ強がってるよ。我慢してるよ。だから、なんかあの花みたら俺帰らなきゃって思って、さ」
 レナはバッツにそういわれて、涙がこらえきれなくなった。ぽろぽろとこぼれてくるのはきっと涙だけじゃない。心の奥底に溜まっていた感情のかけら。
 ――自分でも気づかないくらい心の奥底で吹き溜まりなってる感情があるの。いつもバッツが来てくれた瞬間から心に流れるのはたった一つの言葉だけ。イカナイデ、イカナイデ、イカナイデ。それだけの言葉がずっとずっとまるで警報みたいに鳴り響いてとまらないの。言っちゃいけない言葉だってわかってる。わかってるから・・余計心は警報を鳴らすの。イカナイデ、イカナイデ、イカナイデって。
「レナ、言ってみない?思ってる言葉」
 さりげなく、できるだけさりげなくバッツはそう言ったのだが、レナははじかれたように顔を上げてぶるぶると首を振った。涙にぬれた顔で、レナは自分を手放すことだけはしないように祈りの形に手を組んでいた。爪が手の甲に食い込むのではないかというほどの力がこめられていることが、バッツにもわかってそれがひどく痛々しかった。
「じゃあ、俺も言うから。一緒に言ったらきっと怖くない」
 バッツはこのとき初めて窓枠から床に足を下ろし、レナの前に立った。レナが怖がるように首を振り続けるので、バッツは渾身の勇気を振り絞って、手を伸ばした。レナの手を取り、ゆっくり、レナが驚いて失神しないように、できるだけゆっくり体を引き寄せる。やがて、バッツの胸にはレナの骨ばった肩があたり、バッツの腕はレナの背中に回された。その間、レナはじっと体を強張らせていた。
「レナ」
 バッツはあまりの緊張で声が上ずっている。
「なに?」
 レナは鼻をすすっているせいで完全に鼻声になってしまった。
「言えそう?」
「・・うん」
 レナは一度こくんと息を飲み込んで自分を落ち着かせようと努力した。そうして、何度か深呼吸をした後、あのね、とレナはバッツに顔を上げた。
「行かないで、って言いたかったの。バッツが来るたびに、いつも、いつもそう思ってた。次にもう会えなかったらどうしようって、ずっとそう思っていたの」
「うん」
 レナが言った言葉に、バッツは神妙な顔で頷いた。
「バッツは?」
 一緒に言おう、と言ったことをレナは忘れてはいなかった。バッツにも自分になにか我慢していることがあるのだと知って、確かにそれを知りたいと思ったからこそ言えたのだと、レナはそう思った。
「俺も、連れて行きたいって思ってた。でもそんなわけにはいかないだろ?わかってるんだ。わかってるから、仕方なくってとにかく花を届けてやる口実で・・会いに来てたんだ」
「なぁんだ・・」
 レナがようやく最初の笑顔を取り戻した。
「一緒の、気持ちだったんだね。私たち」
 花のようにほころぶレナの表情を見て、バッツはほっとした。間違ったことをしたんじゃない、と思えてようやくバッツは安堵のため息をつく。
「でも」
 レナが不機嫌そうに言葉を続けたので、バッツはどきりとした。なにかまずいことをしたのか?とおどおどとした目をレナに向けると、レナはやっぱり不服そうな顔でバッツを見上げている。
「やっぱりいくんでしょ?」
「レナだって・・一緒には来れないだろ?オアイコだ」
 言われたレナも不服そうではあったが、そうねー、などと間延びした声を出している。さっきの取り乱した様子からは比べ物にならないほど、落ち着いた声を出している。
「じゃ、行くよ」
 バッツはそう言うと、勢いよくぱっとレナから体を離した。今までどのタイミングで体を離したらいいかかずっと迷っていたのだろう。あまりに不自然なくらいの動きだったので、レナはなんだか笑いたくなった。
「・・なに?」
 苦笑いするレナを見つけてバッツが問いただす。レナはなんでもない、といい、もう一度バッツの服を、今度は仰け反らないほど優しく、引っ張った。
「これからは、花を見つけたから、なんて理由がなくても、来てね?」
 レナがおどけるようにそう言うので、余計バッツは恥ずかしくなった。なんだか、そう、女の子には敵わないな、と思わされたような、それでも幸せな気持ちには違いないのだけれど。
「わかった」
 そう言うのが精一杯だった。笑顔を作ったつもりだったけど、顔は引きつっていたかもしれない、とバッツはそう思った。
 バッツが窓から見えなくなった。レナは、身を乗り出してバッツが降りていく姿を見つめる。石造りの壁とはいえ足がかりになるはずの継ぎ目の部分は防犯上簡単には足が掛けられないはずだ。気をつけて、とレナは祈るような気持ちで見つめていたが、バッツは意外なほど簡単に降りていってしまった。地上に到着した時点で、もう一度手を振り、すぐに別の場所に移動して見えなくなる。しばらくすると黒チョコボが羽ばたいて飛んでいくのが見えた。どこかに黒チョコボを隠していたのだろう。
 バッツが完全に見えなくなって、レナは再び後悔の念に苛まれる。
 引き止めればよかった?それとも私が無理にでもついていくべきだった?
 現実的にはどちらも無理なことはわかっている。だから、今はこうすることが一番だったのだと自分に言い聞かせる。
「あの人は風だもの・・風はきっとまた戻ってくるわ」
 レナの声に答えるように、窓から入ってくる風が優しく髪を揺らした。風の優しさに、レナはそのまま目を閉じ、彼の無事を祈った。





■Fin.


←←TOPへ←目次へ
Copyright 2005 BY SAE