【FINAL FANTASY9】

■初めてみる貌

掲載日[2009/09/04]








 バッツが、壊れた。
 言葉にならない悲鳴を上げながら、今までに一度も見たことがない顔で飛空艇の舵をめちゃくちゃに回す。エンジン制御の部分につながる部分もすべてスイッチを入れて最高出力になった飛空艇は、世界中の空気を切り裂きながら走り過ぎていった。
 そう、それはまるで刃物のようだった。バッツは自分の心と同じように世界を切り裂きたいと、一瞬でもその時思ったのかも知れない。
 そんなバッツを、レナは信じられないような瞳で見つめながら呆然とするしかなかった。

「バッツ!やめろっ!」
 気丈にもファリスが一番最初に我に返ってバッツを舵から引き離そうとした。しかし、まるで石像のようにその体が重く硬い。今までこんなに強固なバッツをみたことがないファリスは驚きのあまり息を飲んだ。今までこの男が我を失って何かに感情をあらわにすることなど一度もなかったのだ。いつも静かに、あるいは周りに調子を合わせて、いつもそばにいたような気がする。
 その男が、狂ったのだ。
 彼の故郷が無に飲みこまれたという事実の前に。
 とにかくバッツの操縦は荒々しくて危なすぎる。エンジンもこのままでは過負荷がかかり炎火しないとも限らない。微動だにしないバッツにファリスは舌打ちすると、後ろを振り返りレナを見た。
「レナ!手伝ってくれ!バッツを舵から引き離すんだ!」
 しかし、レナは呆然としたまま、自分が船から放り出されないようにデッキの縁にしがみついてへたり込んでいるのが精一杯だった。青白い顔をしているから、船酔いしているのかもしれない。この運転じゃ無理もない。ファリスはすぐにクルルを目で探した。
「クルル!お前、立てるか!?」
 クルルも同じように舵の近くにある手すりにしがみついていたが、ファリスの声で何とか正気を取り戻したようだった。
「う、うん!」
「手伝ってくれ!バッツの手を舵から離してくれ!」
「わかった!」
 クルルはぐっと拳を握りしめて気持ちを奮い立たせると、揺れる甲板を手すりに伝いながらバッツのところにやってきた。さっそくバッツの指から舵を剥がそうとする。堅く貝のように閉じたバッツの指は、なかなか舵から離れない。まるで舵と一体になってしまったかのようだ。
「バッツ!手を緩めてよ!」
 クルルは力を入れて、尚もバッツの手を引き剥がそうとする。ファリスはバッツの体を後ろから羽交い絞めにし、後ろ側に引っ張り続けた。
「バッツ!てめぇーしっかりしろよぉ!」
 ファリスの一言で、やっとバッツが力を抜いた。ふっと一瞬で失った腕の力が、やっと人間らしくなって舵から落ちて、バッツはその場に頽れる。クルルがすぐに不要なエンジンのスイッチをオフにし、船の加速が落ちた。安定した飛行を取り戻した船が、完全に停止したその地はリックスが無にのまれたその地だった。クルルはその景色から目をそらすように舵とり台から降りた。
 ファリスがバッツのその体から手を離し、レナに振り向いた。レナは先ほどと同じ青い顔のまま、やっとのように立ち上がるとファリスの傍によろけるように歩いてきた。
「姉さん。私がバッツを看るわ」
「…そうか。とにかくこいつは少し休ませよう。一緒に運ぼうか」
「ええ」
 二人の姉妹が、男をはさんで立ちあがる。クルルがその後ろ姿を見て声をかけようとしたが、すぐにファリスが振り返り、元気づけるように陽気な声を張り上げた。
「すぐ戻るから、クルルは舵見ててくれな!」
「わかった!」
 クルルは力なく歩いて行く三人の大人を見てから、悲しそうに目を伏せた。

 バッツのこと頼んだ、といい、バッツをベッドに寝かせてやるとファリスは早々に部屋を出て行った。レナはバッツにケアルをかけた。しかし、彼が負ったのは体の傷ではない。心の傷までケアルが届けばいいのに、とレナは一人そう思う。
「バッツ…」
 掠れる声で彼の名前を呼ぶ。
 ずっと穏やかな青年だと思っていた。初めて会ったときから、彼は激しく怒ることも、大げさに苦しみを表に出すこともなかった。しかしそれは感情に起伏がないというわけではない。楽しく笑う時は大声で笑うし、びっくりしたときには見た目にも疑わないほど驚く。同世代のレナ、ファリスにとどまらず、ガラフやクルルのような年の差がある相手とも親しく場を和ませる名人のようなひとだ。
 その彼が、自分が壊れるほど、我を失うなんて。
「今まで、…隠して来たの?それともずっと我慢してたの?バッツ…」
 初めの頃こそ初老のガラフに、海賊の長ファリス、バッツで完全に男所帯だったはずなのに、一転して今では女性3対バッツ1である。さすがに女性の前では弱音が吐けないということもあったかもしれないが、バッツはそもそもそういう影の欠片すらみせることがなかったのでレナには彼にそんな一面があるとは思いもよらなかった。
 彼が見せた悲しみの一面。ないと信じていたわけではない。けれど、自分が彼のそんな一面を目にするとは思わなかった、というのがレナの本音だろうか。
「私、体が動かなかった。あなたのそんな姿を見て、怒らないでね…怖いと思ってしまったの」
「…ごめん」
 別の低い声がして、レナは目を見開く。バッツが薄く目を開いていたのを見て、レナはかっと顔を赤らめた。
「寝たふりなんてずるいわ、バッツ」
 バッツが言われて、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん、さっきなんとなく意識は戻って…、声だけ聞こえてたんだ」
 レナはそれを聞いて、仕方無いわね、と笑う。顔はまだ少し赤い。
「気分は?気持ち悪くない?」
「ああ。それより言ってるレナの方が顔色が悪い。寝なくて大丈夫か?」
 バッツが起き上がろうとするのを、レナが止める。
「ダメよ、もう少し寝てて」
 半身を起き上がらせて、バッツが抵抗する。レナのか細い手首をつかんで、こちらもレナを押し戻す。
「だってレナの方が…」
「私はいいの。バッツが治ってくれたら治るわ」
 レナも少しも自分を譲る気がないようだ。懸命にバッツをベッドに戻そうと力を込めた。
「だったら俺、もう治ってるって!」
 むっとしたバッツがレナの細腕をぐいとずらしたところで、力の均衡が崩れた。ぐらりとレナの体が傾き、小さな悲鳴を上げる。
「きゃ…」
 バッツが慌てて手を広げてレナの体を支えようとする。しかしバッツも上半身が不安定のままだったので、レナの体を受け止めたまま、二人はベッドに倒れ込んでしまった。
 ぽすんと、ベッドが場違いなほど気の抜けた音を立てた。
 二人にとっては気が抜ける状態ではない。緊張のあまり、固まってしまったバッツとレナが言葉をなくす。何しろ年頃の男女がよりによって一つのベッドの上で横になる状態というのは、二人が特別な関係でない限りあまり、ない。
 とっさのことだったので、バッツはレナを受け止め抱きしめる形になっていた。レナの顔はバッツからはよく見えない。それが余計恐ろしい。怒っているかもしれないし、驚いているだけならまだしも、嫌な顔などされていたらどうしよう、とバッツは瞬時に思考を回転させた。
 一方、レナもがっちりとバッツに抱きしめられて身動きがとれず、どうしたらいいのかわからない。先ほどやっと赤みが引いていた顔も、いつの間にか熱く火照っているのがわかる。全身の血液がどこもかしこも騒いでいてうるさいくらいだ。
 それでもバッツは体が動かなくなってしまったみたいで、レナは困り果ててしまった。実は顔を彼の胸板でふさがれているので、少し息苦しい。
 しかたなく、レナは声をあげてみることにする。
「バッツ…」
「な、ななななに?」
「…ちょっと、手を緩めてくれないかしら…苦しいわ…」
「わ、ごめん!」
 バッツはがばっと手を離してしまうと、レナの様子を見ようと顔を近付けた。
「レナ、平気か?」
「う、うん。あまり、見ないで…顔…きっと、赤いから…」
 恥ずかしそうにうつむいて顔をそらすレナに、バッツは慌ててそれにあわせたように顔をそらした。
「ご、ごめん!」
 レナは少し名残惜しそうな顔でバッツの顔を見上げるが、バッツの方は完全にレナと反対側を向いてしまっている。かすかに見える耳の下側が、とても赤いのを見つけてレナは笑いそうになってしまった。
「バッツ、耳真っ赤よ」
「あ!言ったな!言っとくけど、レナだって真っ赤なんだぞ!」
 言われて、憤慨したようにバッツはすぐに言い返した。レナがぱっと顔に手をやって泣きそうな顔をする。
「ひどい!わざわざ言わなくたって!」
「あ、ごめんごめん!」
 緊張がほぐれたのか、バッツが笑いだす。つられてレナもくすくすと笑い、ふと気づいてみれば、二人は並んでお互いの顔を見つめていた。
「レナ」
「なに?」
「…二人で寝ようか?」
 目を見開き、息を飲む。レナはじっとバッツを見つめると、いつも優しいバッツの目が緊張しているのがわかった。
 静かに、レナが言う。
「私の生き別れの姉さんは、怒ると怖いのよ」
「それは…知ってる」
「きっと、怒られるわよ。いいの?」
 バッツがにこりと笑う。でもこのバッツの笑いは、目が笑っていなくてレナは少し身を引きたくなった。
「レナ、ごまかしてるね?俺の誘いの『君』の答えは?」
 レナはバッツに二度も問われて、顔を赤くする。死んでしまうくらい恥ずかしいのに、何故か嬉しい気持ちがこみ上げる。言葉にすることが、嬉しくて苦しい。
「…私…嫌なら、最初からここに横になって…ないわ」
 レナが掠れるような声で言ったその瞬間、レナは抱きしめられた。そして、その直後にドアが勢い良く開いた音が鳴り響く。わけがわからない二人は目を丸くして船室の扉を見ると、そこには青白い炎を背負ったファリスと不服そうな顔でファリスを見上げるクルルがいた。
 バッツは一瞬にして顔を青くして、レナはあわててバッツの腕から逃げ出した。
「はーい、現行犯逮捕ね〜。ったくうちのレナに手を出すなんて一億万年早いっての!」
「あーもうファリスったらー。もうちょっと聞いてたかったのに〜!」
 クルルのセリフにバッツとレナが同時に声を張り上げた。
「聞いてたの!」
「聞いてたのか!?」
 クルルはにへ、と笑うと、ばっちり♪と指でOKサインを見せた。
「なー!!」
 バッツがベッドで枕を頭からかぶって煙を立ち昇らせん勢いで恥ずかしがり、レナはサイドテーブルに突っ伏した。
「バッツてめぇ!あとで覚えてろよ!レナはこっち!」
 きびきびと二人に指示すると、ファリスはレナを引きずり部屋から出た。バッツの方が3人に合わせる顔もなかったのだろう、枕をひっかぶったまま微動だにしない。
 そんなバッツにクルルが嬉しそうに近づくと、バッツ、と声をかけた。
「ファリス、前回の戦闘でみだれうちマスターしてるから、気をつけてね!」
 クルルはそれだけ言うと、ぽんぽんとバッツの肩を叩いて部屋を出て行った。
 やがてバッツはゆっくり身を起して、再び青い顔のまま天を仰いだ。しかし見えるのはほど近い船室の天井であるが。
「どうやって気をつけろっていうんだ…?」
 バッツはそれだけ言うと、もう一度ベッドの中に潜り込んだ。これが夢でありますように、と念仏のように唱え、彼が今できる精一杯の現実逃避をするしかなかった。






Fin.


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