続・英雄の花




どくん、どくん。
 体内に血液を巡らせる音が体中を響かせる。心臓の音がどうにも五月蠅くて、眠れない。一体どうしてこの心拍音が激しく鳴り響くのか、自分にもよく分からない。しかし、その音はそんな本人の意思などどうでもいいとでも言うように、その激しい心拍音を響かせる。
どくん、どくん。
 寝苦しいわけではない。今の気温はむしろ寝るのには心地よいくらいに涼しい。訳が分からず、眠るのを諦めてエアリスはベッドから起きあがった。
「一体何?・・もう・・」
 一体何?
 そう言った自分を少しエアリスは戒めた。
 一体何?
 解っているくせに。こんな感じを受けたのはこれが初めてではないことを。
 それなのに、それを肯定したくなくて、自分が解らないフリをしているだけなのだ。
 早い心拍音。とてつもない不安。そして・・・魂の灯火が見えた。それは、そう、母さんの大事な人が命を終えたときに感じたもの、それと酷似していた。
 しかし、先程のは少し違うところもあった。灯火はまだ、消えてはいなかった。ただその灯火は、もう少しで消えてしまいそうなくらい心許ない光りだったが。
「・・誰の、なの・・・」
 自分ならいい。エアリスはそう思う。大事な人の死が先に解ってしまったとは思いたくはない。だったら、むしろ自分だったらいいと、そう思ってしまう。けれど、それすら解ってしまう。自分のではないことすら、エアリスには解っているのだ・・・。
「解りたくもないのに・・・知りたくもないのに・・そんなこと・・。」
 悪寒に体を震わせて、エアリスは自分の体を抱きしめる。自分が「普通の」人ではない事を思い知らされる。そのくせ、この「死の予感」を感じることが出来ても、エアリスには回避させる力を持たないのだ。ただ、「予感」として前触れを察知できるだけ、なのだ。
「酷すぎる・・・回避できなければ、救えなければ、こんな力がないのよりも酷い・・」
 恐ろしいほど正確な死の予感。
 誰なのか。誰の死を予感したというのか・・・。
 エアリスははっと顔を上げる。的中して欲しくはない人の顔が浮かんだときに、とてつもない震えが全身を襲った。
 黒い長い髪の毛が風になびく。にっこり微笑んで嬉しそうに花を受け取る彼の姿が薄くぼやける。
 大きく首を振って否定する。違う、あの人じゃない。何かの間違いよ。しかし、残酷にも体の震えは肯定する。その人の灯火が見えたのだと。
 暗闇の中、エアリスの大きな瞳から涙が頬を伝う。呆けたようにまっすぐに前を見たまま、エアリスは今浮かんだ人の名を呆然と呼んだ。
「・・・ザックス・・・」


「ニブルヘイム?」
 窓から光が溢れる神羅ビルのある会議室。そこにザックスは上司と向き合って座っていた。
 ザックスがしかめっ面で上司の顔を見上げる。上司であるはずの男はそのしかめっ面にたじろいだ。ザックスの容赦ない態度が、この上司は苦痛なのだった。しかし、スーツを正しながら、威厳を取り戻すともう一度言い直す。
「そう、ニブルヘイムの調査に行って欲しい。」
「やだね」
 上司はそう言われると解っていたりもした。少しため息をつきたくなるが、こらえる。自由放漫な性格の、ザックスの回答らしいと言えばそれまでだ。
「まあ、わざわざそんな辺境の地に追いやられるのが不満な君の気持ちもわからんでもないが・・・」
「わかってるじゃねえか。別のにしろよ、俺でなくても1stはいるぜ?」
 相変わらず傲慢な態度で、ザックスは上司をさげすむように一蹴した。
 上司がこめかみを押さえる。頭痛がするらしい。お気の毒に。
「そう勝手なことをいうな、ザックス。戦争が終わったことをいつまでこだわってるつもりだ?新しい道を見つければ、英雄にはなれんぞ?」
「辺境の地に行っても英雄になるとは思えないよ〜。」
 そういうとさっさと呼び出しを受けた個室から出ようとする。右手をひらひらと上司に振りながら。
 しかし上司はふっと息をつくと、少し声高にザックスの背中にこう言った。 「英雄セフィロスとの仕事だとしてもか?」
「・・・・・なにいっ!?」
 ザックスががばっと今出ようとしたドアの前で振り向くと、上司に向かって突進してくる。
「うわあわ・・」
 上司はてっきりあまりの勢いに殴りかかられるのかと思い、腕で前をガードするようにしてあとずさりをしていたが。
「詳しく話せ!!」
 そのザックスの言葉に、一瞬目が点になり、今まで溜まっていたため息を吐き出した。
 説明を受けて意気揚々と自分の部屋に戻る最中のエレベーターで、隣の部屋のクラウドに会った。トレーニングルームからの帰りらしかった。
 ザックスに気付いたクラウドが子供なげに微笑むと、ザックスに尋ねる。
「あ、ザックス。何か呼び出しだったけど、何だったんだ?」
「へっへっへ〜・・俺ももう少しで英雄の仲間入りだぜ〜クラウド」
 その言葉にクラウドが好奇心たっぷりな目で聞きたそうにザックスの次の言葉を待つ。が、ザックスがもったいぶるように人差し指をちっちっちと振ると、クラウドにこう言った。
「部屋で教えてやるよ。まだ、あまり周りにばれちゃ俺の英雄の道が誰かに邪魔されるかもしれないからな。」
 クラウドはザックスのご機嫌な様子を見て、はは、と笑った。
 部屋に戻り、ザックスの話を一部始終聞いた後、クラウドの第一声はこうだった。
「俺もニブルヘイムへ!?」
 クラウドはそう言うと呆けたようにあんぐりと口を開けていた。
「ああ〜・・クラウド君。驚くところが違うだろ?セフィロスだぜ?セフィロス〜・・」
 ザックスはクラウドの反応に不服そうに口を挟んだが、当のクラウドは聞いてはいないようだった。
「なんで・・何で俺まで・・・」
 頭を抱えてぐるぐると目を回しているクラウドを見て、ザックスがあれ?っと頭を掻いた。
「お前の故郷だったろ?だから俺推薦したのに・・・まずかったか?」
 その言葉を聞いてクラウドは一度ザックスを見ると、はあ、とため息をついて座り直す。
「いや、確かに俺の故郷だよ、ニブルヘイムは」
「だったらいいじゃねえか、たまの里帰りくらい」
 脳天気に笑いながらそう言うザックスを、半ば睨むようにクラウドがぼやいた。
「ザックス・・・俺はソルジャーになるって言ってあの村を出たって言ったの、覚えてる・・?」
「あっ・・・!」
 ザックスが思い出したように目を点にした。が、わははと誤魔化すように笑う。
「ま、まずかった?」
「うん、かなり・・」
 暗い表情での少しの沈黙の後、クラウドが意を決したように、でもいいよ、と言った。
「英雄セフィロスのお共ができるなんてそうそうないもんね、うん。」
「だろ、だろ〜〜!!」
 ザックスはよほど興奮しているのか、大喜びで頷く。
 そんなザックスを見てクラウドは笑う。そして、もう一度息をつくと、はっきりと言った。
「うん、俺もニブルヘイムの調査に行くよ。」
 それを聞いて安心したようにザックスがほっと胸をなで下ろす。
「悪かったな、余計なこと言って」
「いいよ、俺もちゃんと整理つけなきゃならないことだしね・・」
 少し気分は重そうだったが、クラウドはそう言う。ザックスはちょっと頭を掻いてクラウドを見ていたが、気を取り直すようにぽんぽんとクラウドの肩を叩くと本気か冗談か解らない表情でこう言った。
「彼女に同情されない程度の言い訳、考えとくといいぞ。」
「〜〜〜!?」
 クラウドが顔を赤らめてぶるぶるぶるっと頭を振る。ザックスがからかうように笑う。
「あれ〜?マジだったんだ〜クラウド君〜。隅に置けないな〜」
 更にクラウドがぶるぶるぶると首を降り続ける。貧血を起こさないか、ザックスは少し心配になったので、こいつをからかうのもこのへんにしておこうと思った。
「んじゃ、俺はこの辺でっと・・」
 ザックスが立ち上がるのを見て、クラウドがやっと首を振るのを止める。 「あれ?もう寝るの?」
「ばあーか、ちょいと野暮用だよ。プレートの下に行って来る。」
「下に?何かあったっけ?」
 ザックスが呆れたようにクラウドを見ると、ため息混じりにこう言った。
「・・・野暮用だって言ってるだろ??」


 ザックスはプレートの下にあるスラム街に入った。
 あまりにも巨大であまりにも進化したミッドガルであるはずなのに、プレートの上と下の暮らしはまさに天と地の差があった。上では星の恩恵の魔晄が充分に行き渡り、恵まれた生活が営まれているというのに、下の生活はその上の生活の廃棄物で生活が営まれているのだった。それでも下の人々はここからは逃げ出さない。地に着いた生活を離したくはないのだ。
 ザックスは6番街と5番街の間にある教会を目指した。その娘にはそこで初めて会い、そこで最後に分かれた。それから、今日まで会ってはいない。彼女が今の時間にそこにいるという確証はない。それでも、ザックスは疑いもせずに教会に向かう。彼女はそこにいると、確信して。
 ようやく教会が見えて、ザックスは心を躍らせた。なんだか、彼女と会ったことを、とてつもなく昔のことのようにも、そして、ついさっきの出来事のようにも思えた。
 幻想的に光を浴びた教会を眺めて、ザックスは一つ息をついた。それから扉に向かい、軋むドアを開く。
「エアリス?」
 今会いたい娘の名を呼ぶ。教会の奥に視線を巡らせる。ほぼ中央の花壇の前に娘の姿があった。屋根から漏れる光を浴びながら、天使のような光りを放っているように見えて、ザックスは思わず目をこすった。
 そんなザックスにエアリスも気付く。不安そうに願っていた姿勢を解いて、立ち上がる。振り返ってザックスを見つけたとき、泣き笑いのような笑みを浮かべてしまいそうになった。
「ザックス・・ザックスね!」
「ああ、久しぶりだな!エアリス!」
 二人は懐かしげに視線を交わした。ゆっくり近づいていって、お互いにお互いの顔を見つめ、変わりがないことを確認しあう。
「よかった。本当によかった・・」
 エアリスが心底安心した表情でそう言うのを聞いたザックスが、訝しげに首を傾げる。
「何かあったのか・・?」
「ううん、ちょっと心配だったの。でも、よかった。ザックスの顔が見れたから、私、安心した。」
 この前会ったときと同じ、とびきりの笑顔でエアリスがそう言った。ザックスも、それを聞いて頷くと、そうか、と言った。
「それより、ザックス?今日はプレートの下にはどうして?お友達とまた来たの?」
 エアリスが不思議そうに見上げてザックスの目をのぞき込む。ザックスはにっこり笑うと、報告したいことがあるんだ!と目を輝かせてエアリスにそう言った。
「何?」
「俺、英雄の道を見つけたかもしれないんだ。それをエアリスに一番に報告したくてさ!」
 内心エアリスはずきんと心臓の辺りが痛むのを感じたが表には出さなかった。にっこりと微笑みながら、ザックスの報告を楽しみに待つフリをする。
「ちょっと遠いニブルヘイムってところに調査に出なくちゃならないんだけどさ。その調査自体は面白くはないと思うんだけど。俺が加わる調査隊リーダーがすごいんだ!英雄セフィロスだぜ!!」
 子供のようにはしゃぐザックスを、エアリスは複雑な表情で見守った。どうしてもあの灯火が頭から離れない。もう、にっこり微笑んでいることも、出来やない・・・。
 反応がとれないエアリスを、ザックスは不安そうに見つめた。思わず、ザックスらしくない弱気な言葉が出る。
「喜んでくれないのか?」
「ご、ごめんなさい・・。そんな訳じゃないの、違うのよ・・」
 既にエアリスの頭の中には、迷いが生じていた。
 セトラの民としての本能が彼に知らせるべきではないと言う。
 女としての本能が、彼を守りたいと思う。
・・・一体どうすればいいのか。
「どうした?エアリス。顔色悪いぞ?」
「大丈夫、大丈夫よ・・」
 見捨てたくない!殺させたくない!私の大事な・・・!
 星ノ巡リヲ壊ス気カ・・・?ライフストリーム、命ノ流レハ運命ヅケラレテイルノニ・・・!
 それぞれの思いがエアリスの頭の中で交錯する。混濁した頭の中で、声が行き交う。そのあまりの激しさに、頭が割れそうになる。
「エアリス?そこに座れ。歩けるか?」
「ええ・・・ええ・・・」
 ザックスに手を引かれるままに、エアリスはよろめく足を何とか動かして椅子に腰掛ける。気分はよくならない。
 思いの交錯が、一瞬飛んだ。
 エアリスは決心した。彼を運命から回避させる事を。
「ザックス!ニブルヘイムにいくのを、止めて!」
 エアリスが急にすごい剣幕でそう言ったのを、ザックスは驚いたと言うより、呆然として聞いていた。やっとのように、ザックスが次の言葉を紡ぎだしたその声は、力が抜けたような情けない声だった。
「・・・英雄になれるって・・エアリスが言ってくれたんだぞ?」
「そうだけど、でも、そこに行くのは止めて。ねえ、なんとか止められないの?」
「そうはいかないよ、俺だってそうそうこんなチャンスはないんだから。」
 ザックスはエアリスの反応に少し腹を立てたようだった。当然と言えば、当然だ。「英雄になれる」と太鼓判を押してくれたその娘が、そのチャンスをつかんだ瞬間にそれを拒否してと、理由も言わずに言い出すのだから。
「ねえ、お願い。だって貴方ね、きっとこの調査で・・」
 エアリスは、予告を言うつもりだった。しかし、声は喉を通らなかった。かすれもしなかった。喉に言葉が詰まったように、声が出なかったのだ。
 エアリスはうなだれた。結局、セトラの血は予告を口に出すことを許さなかったのだ。エアリス自身も、それが解って、悔しかった。
 だめだわ・・・助けられない・・・。解っているのに、なんて歯痒い。
 ザックスはエアリスの態度が理解しきれなくて、くるりときびすを返した。エアリスがはっと顔を上げたときには、ザックスはもう教会の扉の前まで歩いていってしまっていた。
「おめでとうって、言ってくれると思ってたんだけど・・。俺の思い上がりだったんだろうな。悪かったな、時間無駄にして」
「ザックス!」
 エアリスは立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。さっきの思いの交錯のせいか?それとも、セトラの血が引き留めるのを妨げているのか?
「でも、調査の成功は祈っててくれよな」
 それだけ言うと、ザックスは教会の扉を開けて、出ていってしまった。
 エアリスは呆然と、その扉を見つめていた。
 なんて、無力な・・。
 そう思わずにいられない。解っていても妨げる力を持たないなんて、残酷すぎる。
「信じない・・・灯火程度なんかでダメになるような人じゃないもの・・!」
 エアリスは昂然と顔を掲げて扉を見つめた。
「祈ってるわ。祈ってるから、きっと帰ってきてね・・!」




fin.


Copyright 1998 BY SAE

                

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