最後から二番目の約束
鞭のように唸る根や枝が、宙を切り裂く。今まで静かに大きく佇んでいたイーファの樹は、もはやまるで自身が大樹であることを忘れたかのように枝や幹を手足のように伸ばし、しならせる。
そんな状態の中、ジタンは単身、クジャを救いにイーファの樹に乗り込んでいった。ジタンを狙うように追尾してくる樹の分身を、軽快な物腰で逃げ隠れしながら、ジタンはクジャを探した。
追われるままに入っていった樹の体内に出来上がった空洞に、クジャは倒れていた。まるで虫の息のようなクジャは、もはや生きてもしょうがないと言う。
そんな時、イーファの樹の暴走が、本格化した。もちろんその空洞も、その被害から逃れることは無かった。
ジタンの隣で、クジャが一瞬ぐったりと横たえた時。二人をイーファの暴走が襲った。
まるで魔物のような勢いで眼前に迫る枝の束に、ジタンは素早くクジャを守ろうと彼に覆い被さった。
・・まだ、『生きる』んだ!
まるで悲鳴を上げるようにジタンはそう強く思った。その思いがクジャにも通じたのか、その思いはジタンだけでなく二人の思いとして確かに同調した。
光が、二人に宿った。
『生きる』ということに対してぎりぎりの極限状態になると発動するトランス。幾度となくこなした戦闘で中で発動したその奇跡が、今そこでも二人を救う事になった。
イーファの暴走に流されつつも、超人的な能力が放出される奇跡の時間、二人は余裕の顔で笑った。
「今更・・生きたいなどと思うとはね・・。・・恥ずかしいよ」
もはや、自尊心の欠片もなくなってしまったクジャが、ジタンにそう言った。しかしそんなクジャを、ジタンは嬉しそうに見つめ頷いてみせる。
「今更なんて、思うことなんて無いさ。生きたいと願うことは、決して恥じゃない。生命を継ぐものとして当然のことだろ?」
「そう言ってくれると、嬉しいよ」
クジャはそう言うと、痛いような笑みをジタンに返した。ジタンはクジャの笑みにもう一度頷き返すと、それはそうと、と周りの状況を見つめた。
「この根っこの奴らが俺たちをどんどん突き落とすから、俺たちそれに流されてるけど、そろそろこの流れから脱出しないとだな」
「いや」
クジャはそれに首を振る。ジタンはまさか、と声を荒げた。
「そんな姿になってまで、『生きる資格が無い』とか、戯けた事いうんじゃないだろうな」
ジタンが睨むようにそう言うと、クジャはクッと笑った。その顔を見て、ジタンはふっと力を抜く。
「違うんならいいさ。で?何かまだここに用があるんだな?」
ジタンにそういわれて、クジャはおとなしく頷いた。ふっとジタンから目をそらすと、根やツタの束に乗ったまま急降下しているその先をクジャは見つめる。
「実質的なテラの計画は完了している。テラの者を君がインビジブルを使ってすべてガイアに輸送してくれたからね。しかし、後始末が残っている。」
「このイーファの樹の暴走だな」
ジタンがそう言うと、クジャが頷く。
「テラから流れ込み続けるこの霧エネルギーのパイプを、隔絶させる必要がある。そのシステムが確か、この樹の最下層に設置されているはずだ」
「よし、そういうことならこのまま行った方がよさそうだな!」
ジタンはさも面白そうに腕慣らしを始めた。何事にも恐れぬ完全楽観主義者なジタンを見つめ、クジャは何故自分が目の前の人物に勝てなかったかという理由がなんとなくわかった気がして、一人苦笑いをした。
暴走した樹の勢いは、こうなっては都合が良かった。
何も考えていない分、樹の暴走は勢いとスピードで前を隔てるものをお構い無しに破壊しながら急降下していく。ジタンとクジャはただそのツタや枝に掴まっているだけで、目的の場所まで行くことが出来そうだった。
「もうすぐだ。もうすぐ、システムに着くよ」
クジャが静かにそう言った。ジタンもそれに頷いた。
以前、ダガーたちと召還獣を手に入れるためにこの樹の内部を歩いて行ったことがあるが、あのときに使った昇降機を先ほど通り過ぎたのをジタンは見た。そこよりもまだ最下層があるとは思わなかったが。
先のほうでツタが何かにぶつかった様な振動があった。今までならば破壊してしまうためにそれほどの振動は無かったが、そのときだけははっきりとぶつかった衝撃がわかった。
「『最下層』にぶつかったんだ。こいつからはもう降りた方がいい」
「ああ」
二人は今まで掴まっていたツタから手を放し、素早くその枝の束の勢いに呑まれないように離れた。
ようやく、足元が確かになったのもあり、二人のトランスは解けた。
最下層を歩いてみると、目の前には以前昇降機の降りきったところで見たのと同じに、緑を帯びた蛍光色の壁があった。しかしあのときのように壁が変化する様子もないし、言ってしまえば何の変哲も無い変わった色をした壁だった。
「この壁、上のほうでも見たけど、何なんだ?」
クジャは何かのシステムを立ち上げている最中だったのか、簡単なコンソールを叩きながら、答える。
「それがそのパイプなんだ。大きすぎて壁にしか見えないだろう?その壁を伝うと一周できるはずだよ。君が上の方で見たのはここから枝分かれした一本だろう。ここが源流で、ここからパイプは枝分かれしてるんだ」
ジタンは腕を組んでそれを聞くと、少し考えてからこう言った。
「上のほうで叩いても、その他のパイプが生きてるから意味がないってわけか」
「その通り」
クジャが何かのセットをしたのか何かが発動する音がして、一瞬にテラの文字が壁を覆い始めた。これもジタンは見たことがある。
ジタンをウイユヴィールへ送る際にクジャが転送魔法をかけたことがあったが、そのときに浮き出た青を帯びた蛍光色文字と同じだった。それに、ウイユヴィールの遺跡内でもテラの歴史を語り継ぐものとして浮き出たこともあった。
「テラの・・文字・・」
「古いのと、難しい呪法がかかってるせいで、君には読めないかもしれないね」
「呪法?」
今まで壁ばかりを見つめていてクジャを見ていなかったジタンは、そこの場所に降り立ってから初めてクジャの姿を見つめた。そこに見たクジャの姿は、コンソールに手をついたまま凍りついたように硬直していた。
「・・クジャ?」
ジタンは一瞬何が起こったのかわからずに、目を見開いた。続けて、声を荒げて叫ぶ。
「クジャ!お前・・お前何をしたッ・・?」
「テラ全体で推進していたシステムを壊すんだよ?システム停止の起動者には死の呪法がかけられてる・・」
「なッ・・!」
ジタンは、言葉を失った。せっかく、生きることが出来ると思ったのに。時同じくして生きることが出来ると思ったのに。
一体、何故?
「どうしてお前はそうなんだっ!?どうして自分から死を望むんだ・・!!」
「そうじゃない、ジタン」
クジャはもう動けなかった。時が止まったように最後の動きから、全てを封じられてしまっていた。
それでも、ジタンにはクジャがしゃんと背を伸ばし、ジタンを見据える瞳があるような気がした。
「僕は『死ぬ』だろう。でも、僕が一度滅そうとした人々は僕の今の行為で『生きる』んだ・・僕はそれでようやく償いができるんだ・・」
「・・ッ・・!」
「ジタン、最後に頼みたいことが」
ジタンはぐっと拳を握ると、最後なんていうな、とクジャを睨んだ。
「最後から二番目の頼みなら聞いてやる。最後なんてまだ先だ!」
クッとクジャは笑う。
「そうだね。じゃあ、最後から二番目の頼みだ。」
「なんだ」
ジタンは泣きそうになるのを堪えて、無愛想な声を出した。
「テラの人々を、ミコトを、導いてやってくれないか」
「・・!」
クジャの言葉に、ジタンはまたも言葉を失った。クジャが、いやかい?と念を押してそう言ってきたので、慌ててジタンは首を振って答えた。
「判った。最後から二番目の約束だ。最後の頼みは次の機会に聞いてやるからな」
強情にそういって、ジタンはクジャの傍まで歩いていった。クジャの体に手を置くが、もはや石化したかのように冷たく固い感触がするだけだった。
「・・絶対、だぞ」
一度は命を賭けて打ち倒した相手でもあり、また、自分がもしかしたらそうなったかもしれない人物。そして出生を同じくする同類でもある。もしかしたら兄弟ともいえなくもない、一番近い存在。
世が世ならば、ただの兄弟で済んだかもしれない。
そう思うと、かけがえのない存在に思えて、ジタンはどうしても目の前の兄弟が死ぬと言うことを受け止めたくは無かった。
「わかってる・・君の考えは理解できないよ・・。さあ先に上がってくれないか。僕もすぐに『追いつく』から」
理解できないと言いつつもジタンの思いが通じたのか、クジャはまるで兄のような窘め方でそう言った。
「ああ、そうする」
ジタンはそういって、くるりと踵を返すと先ほど掴まってきた枝の束が壊した穴を這い上がった。
そしてもう、ジタンは振り返りはしなかった。
・・ジタン、生きるって難しいことだね。
不意にビビが別れ際にいった言葉を思い出した。ジタンはやりきれない思いを抱えて首を振る。
(そうだな。ビビの言う通りだな)
必死に穴を這い出ていると、途中別の枝の束の暴走にぶつかった。ジタンはそれに素早く飛び乗ると、一気に以前使った昇降機の近くまで戻ることが出来た。ジタンがその昇降機の位置で枝の束から飛び移ったときに、今まで暴走していた枝やツタがぴたりとその動きを止めた。
今までまるで無作為のラインを描きながら暴走していた枝やツタは、ばたばたと重力の力に従うように落ちていく。
それをジタンは見つめながら、呆然と二つの事実を確信した。
(発動・・したんだ。)
パイプの隔絶と、クジャの死の呪法。両方が発動したのだろう。
その事実にジタンの胸に鋭い痛みが貫いた。
苦しい、痛い。怪我をしたわけでもないのに、尋常でないほどの思いの痛み。
(なんで・・なんでこんな辛い思いして、人は生きなきゃならないだ?)
ジタンはもう痛みを抱えて生きるなら、死んだ方がましではないかと思った。それほど、重い死の痛みがジタンの気力を削いでいく。
もう歩く気力もない。這い上がる気力もない。俺は、兄弟を見殺しにしたんだ・・。
ジタンはその場によろけるように倒れた。
・・それが、あなたの答えなの?
鋭い、それでも優しい声に、びくりとジタンは肩を揺らした。
(あの時と同じだ。ガーランドの城パンデモニウムで自分を見失ったときの・・。)
・・私たちだって、ジタンのこと助けたいと思ってる!
(最初は伏目がちに話してたってのに、本当に強くなられたんだな。王女様は)
ふっと笑う気力が出て、ジタンはようやく以前と同じに自分を取り戻した。お腹に力を入れて、膝を立たせる。片足を前に出して、二つの足で地をしっかり踏みしめた。よし、とジタンは頷く。
・・必ず、帰ってきて。
「かしこまりました、王女様っと」
きっと上を見上げ、昇降機の乗り場を見つける。まだ、行ける。歩ける。
『いつか帰るところ』に、帰ることはできる。そう思うと、ジタンはゆっくり微笑んだ。
「何度潰れてもそのたびに立ち直ってこそ、『生きる』ってことなんだな」
しみじみジタンはそう思うと、今度ビビに会ったら教えてやろう、と心に決めながら、足を走らせた。
頭の中に、ダガーの歌を思い描きながら。
fin.
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Copyright 2001 BY SAE
えへへ。やってしまいましたラスボス直後〜エンディングの空白攻め!(笑)
頭の中でぐるぐるしてたので書きやすくってもう幸せ〜v