光の幻影


 オヴァリアを刺した。
 俺の手が、無意識に、反動的に、俺の腹に刺さった短剣を抜いて、オヴァリ アの腹に、そのか細い体に刃を突いた。
 オヴァリアは抵抗もせず俺の腕に頽れた。俺の顔を見て、オヴァリアは、う っすら笑っていた。
(分かっていたの・・・あなたが私を躊躇なく、刺し返すことを・・・。分か っていたから、私はあなたを刺したの・・)
 言葉ではなかった。オヴァリアの思いがその瞳から読みとれた。それなのに 、俺はそれを不思議だとも何とも思わなかった。
(死にたかったのか?)
 俺はそう思った。オヴァリアにも何故か、俺のその思いは通じていた。オヴ ァリアが、ゆっくり頷いた。
(生きていたら・・あなたをずっと信じていけそうになかったから・・あの世 でなら、信じていけそうだったから・・)
 オヴァリアを支えきれずに自分ごと地に伏す。俺だって、土手っ腹に力一杯 短剣を刺されては、出血多量で死さえ免れない。それでも、俺はお構いなしにオ ヴァリアの真意を問おうとしていた。
(何故?俺を信じられなかった?)
 オヴァリアは朦朧とした目をして、俺を見つめていた。迂闊に気を抜くと、 生気さえなくなってしまいそうな蒼白な顔で。しかし、それでもオヴァリアは答 えてくれた。
(今度は、私が使い捨ての道具になるんじゃないかって、そう思ったのよ。)
 そして、オヴァリアは目を閉じた。何もかも終わったようなそんな表情をし ていた。
 俺は、オヴァリアの肩を揺らして何とか目を覚まさせてやりたかった。違う と言ってやりたかった。
 しかし、結局俺にはその力もなかった。次第にオヴァリアを見るために地に つけていた肘からも力が抜け、血が届かなくなった頭も朦朧とし、目が閉じてし まった。体が冷たくなっていくのを感じながら・・。
 既に、その美しい庭園の一角は由緒正しい王家アカトーシャの血と、英雄と なった平民ハイラルの血で赤く染め上げられていた。


「兄さん・・・」
 誰だ・・?まさか・・ティータ・・?
「そう、私よ。ティータよ。久しぶりね、兄さん。こんなに早く会えるとは思 わなかったでしょ?」
 ・・本当に?本当にティータか?お願いだ!顔を見せてくれないか!
「ダメよ。私、今「心」だけで形がないのよ。兄さんには見えないの。」
 ・・そう、か。
「でもね。兄さん。輪廻、って知ってる?人は死して生まれ変わるって言うの よ。私、新しい「形」を与えられていたの。兄さんにもっとも近い人になれる予 定だったの!」
 ・・本当か?すぐにそうなればいいな!そしたら、前以上にティータを大事 にしてやるのに!
「・・嘘。兄さん。私の「形」を兄さんが壊したのよ。」
 壊した?俺が?ティータ!何のことだ!?俺は・・
「オヴァリア様のお腹の子は、私が入る予定だった「形」なのよ・・・」


 ディリータがようやく目を覚ましたのは、庭園で倒れてから2日後だった。 いつもの豪奢な自分の寝室で、ディリータが目を覚ましたとき、側で献身的な看 病をしていたメイドがほっと顔を弛ませた。
「お目覚めになりましたか。ディリータ王。」
「お前は・・・メイアか?俺は一体・・」
 メイアはすぐに食事の用意をするように、目で合図をした。側にいた別のメ イドが早速寝室を出ていく。
 メイアは獅子戦争中、ディリータがオヴァリアを連れて回っていた頃にオヴ ァリア専属の召使いとして使っていた傭人だ。そのため、ディリータとはつきあ いが長い。今ではディリータとオヴァリアの世話人の長として就かせている。
 そのメイアが、ディリータの顔を見てため息をついて答えた。
「庭園で奥様とチャンバラごっこをされたのを、覚えていらっしゃいますか? 」
 ディリータは気まずそうに眉をひそめると、ああ、と頷いた。メイアが横目 でちらりとディリータを見る。
「あれから丸二日、王は眠っておいででした。オヴァリア様はまだお休み中で すが・・」
 ディリータは意外そうな顔をして、メイアに問うた。
「オヴァリアは・・生きているのか?」
 メイアはディリータのその言葉に憤慨した。メイアはオヴァリアの歳に2, 3足したくらいの女性だが、まるで母親が子供を諭すようにディリータにこう言 った。
「生きていますとも!奥様が生きていらしたのを、どうしてそんなに意外そう な顔で聞くんです!もっと嬉々とした顔で、あるいは心配そうに言ってあげられ ないんですか!?」
「お互いに夫婦だとは、思っていないからなんだろうな・・」
 ディリータはため息をついた。そこに、ディリータへの食事が運ばれてくる 。寝台の上に台が載せられ、その上に湯気が立つ料理が次々に載せられていくと 、運んできた召使い達は一礼をして去っていった。
 ディリータはゆっくり手にフォークを取ると、料理を探るように見てから、 一口ずつ口へ運ぶ。メイアは、ディリータのその様子を見ながら、ぽつりと呟い た。
「それでも、奥様はご懐妊されていたというのに・・・」
 ディリータは耳を疑った。メイアに何?と聞き返すと、メイアはディリータ にこう告げた。
「オヴァリア様は、ご懐妊だったんですよ!ご存じなかったんですか!?」
「いや、知らない、俺は聞いていない!」
 ディリータは慌てた調子で首を振ると、寝台から起きあがって足を床につけ た。メイアが止めるのも聞かずに、オヴァリアは何処で休んでいる!と怒鳴る。
「分かりました。ご案内いたします!ですから、大声をお出しにはならないで 下さい!傷に障りますし、オヴァリア様も・・」
「もう、起きているわ」
 見ると、オヴァリアがディリータの寝室の入り口に立っていた。青ざめた顔 であったが、微笑んでいて、とても先程まで寝込んでいた病人とは思えないほど 、明るい表情をしていた。
「オヴァリア・・・」
 呆然とディリータがオヴァリアの名を呼ぶ。オヴァリアはそれに答えるよう に、また微笑んだ。
「お目覚めの気分が良くないようね?ディリータ?食事がまずかったのかしら ?」
 オヴァリアがメイアに頷きかける。メイアがそれを受けて、心得たように部 屋を立ち去った。
 オヴァリアはまだ、寝間着姿で髪の毛も結っていないので、まるで貴族には 見えなかった。もともと派手な顔立ちをしているわけではないので、オヴァリア はその質素な雰囲気も身になじんでいるようだった。
 そんなオヴァリアを見て、ディリータがやっとの様に手を差し出してオヴァ リアをベッドに座らせる。それからすぐに、ディリータがオヴァリアに謝った。
「すまなかった。短剣を突き返したりして・・。」
「おあいこでしょ。もう忘れましょう」
 オヴァリアが朗らかに笑う。一度は捨てた命。それがオヴァリアにはいい方 に働いているようだった。
「それに・・・子供がいたのか?俺との?」
「他に私が誰と子供を作るって言うの?」
 オヴァリアが挑むような表情でディリータにそう言う。ディリータはオヴァ リアがあまりに強気な言葉を返すので、調子が狂う。焦りながら、しどろもどろ に言葉を返す。
「いや、ああまあそうだよな・・。すまん・・」
「ディリータ、謝ってばかりね。」
 くすくすと、オヴァリアが笑いながらそう言う。しかし、その笑顔が崩れて いくのをディリータは信じられない顔で見つめていた。さっきまで朗らかな顔で 言葉を返していたオヴァリアの表情は、いつの間にか泣き顔に変わっていた。
「オヴァリア・・・?」
「私はね、あなたの子なんか、産みたくなかった。あなたの道具には、なりた くなかったの。」
 ディリータの顔を見ずに、オヴァリアは吐き出すようにそう言った。涙を流 して、辛そうに目を伏せながら。
「子供を産んだら、お払い箱になる気がしてならなかった。私は「道具」だっ たから。だから、子供ごと死にたかったの・・・」
 ディリータが複雑な表情でオヴァリアを見つめていた。オヴァリアはお腹を 辛そうに撫でながら、悲しげにこう言った。
「でも、赤ちゃんが死んだって聞かされたとき。私が死ねば良かったって思っ た!こんなに愛おしい私の子供を、私が殺してしまった!取り返しがつかないこ とを私はしてしまったんだから・・!」
「オヴァリアのせいじゃない。俺が手を下したんだ、お前が自分を責めること はないんだよ。」
 ディリータはオヴァリアの体をしっかり抱き留めた。オヴァリアはそれでも 泣きやむことはない。首を振って、私が私がと泣き叫ぶ。
「オヴァリア、聞いてくれ・・。俺に妹がいたのは知ってるな・・?」
 オヴァリアは訳が分からなかったが、とにかく頷いた。その様子を見て、デ ィリータも頷きながら話を続けた。
「夢に出てきてな、そのお腹の子が妹の生まれ変わりだったそうだよ。」
「じゃあ・・・私は二人も殺したことになるじゃないの・・・!」
 再びオヴァリアが悲痛に泣き出しそうになるのを、ディリータが待てよ、と 優しく言葉をかける。
「俺もお前も、そう言えば家族という奴に縁がなかった。お前に子供が出来て いた、って聞いて俺は正直嬉しかったんだ。俺の跡継ぎが出来るとかそう言う事 じゃなくて、ただ単純に・・同じ血を分けた人間がこの世に、俺以外に存在する って事が嬉しかったんだと思う。ティータ・・俺の妹みたいにな。」
 オヴァリアはディリータが話すのを、真剣に聞き入っていた。さっきまで頬 を流れていた涙も、ようやく乾きかけていた。
「オヴァリア、だからさ、「家族」作るチャンスを俺にくれないか?最初の子 はダメになったけど、最初の子は俺達に「家族」を思い出させてくれたんだ。そ ういう、使命を果たすための子供だったと、オヴァリア、そう思うことにしない か?」
 オヴァリアは頷いた。再び涙が溢れそうになっているのを、ディリータは笑 って指で拭いてくれた。オヴァリアが安心したように、やっと笑う。ディリータ はやつれた顔で笑うオヴァリアをもう一度抱きしめた。
「政略的な結婚だったから、お互いおかしくなったんだよな・・。今更だけど 、俺達が幼い頃に与えられなかったあったかい家族、作ろうな。」
 オヴァリアがディリータの腕の中で頷いた。ディリータからは見えなかった が、オヴァリアの表情は今までで一番疑いのない笑顔だった。

「兄さん・・じゃあ、すぐに私の輪廻は回ってくるわね・・」

 窓からの光からこぼれるように、優しい声が二人を包んだ。二人は光を見つ めて、穏やかに頷いた。


Fin.


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