月の華



「アルマ?」
 チョコボに騎乗した兄が妹を捜している。彼は、獅子戦争を終結させた張本 人。ラムザ=ベオルブ。しかし真の英雄でありながら、教会側の陰謀により異端 者扱いをされ、歴史より名を伏せられた哀れな人物である。そして今、そんな兄 と共に旅をしているのは妹のアルマ。
 アルマは丘に咲いている小さな花を見つけて、一心に見つめていた。そんな 妹を兄はやっと見つけだす。チョコボの足が立てる音に、気付いた妹はやっと兄 を見上げると笑った。
「兄さん。見て、綺麗な花でしょ」
 ラムザはチョコボから降りると、アルマの側によってその花を観察した。ラ ムザの顔が、ずっと憂鬱げだったその顔が少し弛むのをアルマは見た。
「本当だ。綺麗な花だね、アルマ。名前を知っているかい?」
 言われて、アルマは顔をほころばせた。まるで、そう聞かれるのを待ってい るかのように。微笑みながらアルマは言った。
「月の華っていうのよ」


 白い小さな花だった。薄い薄い花弁で、その丈は手のひらの大きさほど。
それをティータは月の華よ、と教えてくれた。
「月の華?月って空に見えるあの月??」
 その日は久しぶりに3人が揃って、お昼の食事をとろうとしていた。
アルマの提案で修道院の裏にある小高い丘に3人は揃って、お弁当を広げてい たのだ。
 アルマは座り込むとその花を見つめながらそう聞いた。オヴァリアが興味あ りげにティータの話を聞く。
「そう、その月よ。月に帰れなかった月の精が花に姿を変えたって逸話が残っ ているの。それで、月の華。」
「綺麗な、でもどこか儚げな花ね」
 オヴァリアは穏やかにそう言った。アルマもそうね、と頷く。アルマがその 花に触れると、濡れているように花弁が輝いた。
「あれっ?今、光らなかった?この花」
「花粉じゃないかしら。この花の花粉が光ったみたい」
 オヴァリアが珍しげに見つめていた瞳を輝かせてそう言う。ティータが珍し く微笑んでええ、と言った。
「この花が月の華と言われた由来でもあるんじゃないかしら。この花の花粉は 光を放つのよ。」
 アルマはティータがやっと笑顔を見せてくれたのでほっと息をついた。ティ ータは修道院では身分の違いを理由に、周りから迫害の身であった。こうやって 、アルマとオヴァリアがずっと一緒にいてやれれば、そんなこともまずないのだ ろうが、修道院側に大抵の事をティータとは別な扱いを受けているので、そうそ うそばにいてもやれない。アルマはいつもティータにすまない気持ちでいっぱい だった。
 アルマがこの丘でお昼を取ろうと言い出したのは、ティータの修道院での嫌 な思いを少しの間だけでも忘れさせてあげたい、という思いからのものだった。
「さ、お昼を食べましょう。遅くなったら先生がうるさいから。」
 オヴァリアが微笑みを浮かべてそう言った。他の二人も頷く。修道院から支 給された食事は、堅めのパンと3種類の薬草が混ざったサラダ、それとリンカの 実を絞ったジュースだった。リンカは赤い小さな実の事で、冬時にとれる数少な い食べ物として重宝されている。
「リンカの実ってあんなに赤くておいしそうなのに、どうしてこんなにまずい のかしら。」
 一口口に含んでから、アルマは不服そうに言う。オヴァリアはパンをちぎり 、ふと修道院とは逆の海の方を見ると、訝しげに首を傾げた。やがて、ねえアル マ、と声をかける。
「海の方からあんなに人が来るなんて・・今日は何か特別な日だったかしら? ?」
 他の二人も振り返るようにして、海の方に目を向ける。オヴァリアの言った とおり、海の方向からこちらに向かって人が道を狭しと近づいてくる。
「・・?なんだか重々しいわ。何かあったんじゃないかしら・・」
 アルマが不審気に呟く。ティータが素早く立ち上がった。広げたものを片づ け始める。
「戻りましょう、修道院に。なんだか嫌な予感がするわ」
 しかし、背後の雑木林から低い男の声が3人を震わせた。
「そうはいかねえ。アカトーシャ一族末裔オヴァリア様、及びベオルブ家末娘 アルマ様、ちょっとお顔をお貸しいただけませんかね?」
 雑木林の奥から数人の野蛮そうな格好をした連中が現れた。それを見た、オ ヴァリアとティータは恐怖に顔を青ざめさせる。が、アルマは気丈にも言葉を返 した。
「何者か名乗りなさい!イヴァリース国の最高なる権威者一族の御前で、無礼 にもほどがあります!」
「ア、アルマ!」
 オヴァリアが心配そうにアルマに声をかける。ティータもオヴァリアだけは 守ろうと、自分を盾にオヴァリアの体を隠そうとしながら言う。
「つっ・・ついでに目的もね!」
 やせ我慢で自分たちの前に立ちはだかる娘達を、男どもは鼻で笑いあった。 やがてその中のリーダー格の男が、前に出て話し出した。
「まあ、いいだろう。俺達は骸旅団の下っ端さ。俺達みたいなのにも格っても んがあるんだ。格上げには必ず手柄ってもんがいるだろ?お前さん達の誘拐を手 柄にしようって魂胆さ。」
 周りにいた数人が3人を取り囲んでしまう。逃げ場はない。
 オヴァリアが身震いするのがティータにも分かった。アルマも、足がすくみ そうになるのをこらえながら、思う。時間を稼がなくては、と。
(海の方から来ていた人たちが私たちを助けてくれる人なら・・!)
「何処に連れていこうって言うの!修道院からあなた達みたいな野蛮な格好を した人たちが移動しているのを見たら、一発で怪しまれるわよ!」
「おやおや、俺達は難なくここに入り込んできたんだぜ?野暮なこというんじ ゃねえよ。さ、質問はこれまでだ。おとなしくついてきてもらうぜ・・・」
 リーダー格の男がにじり寄ろうと片足を一歩踏み出したときだった。
「ぎゃあっ!」 仲間の一人がもんどり打って倒れた。思わずびくりとしてリ ーダー格の男、その他が目をそっちに向けたとき、その数人を取り囲む円陣が新 たに現れた。その中にアルマもティータもそれぞれの人物を見いだして、顔をほ ころばせる。
「兄さん!!」
 それぞれの口がそう言うと、まだ少年とも言えそうなあどけない顔をした青 年と、年の割にしっかりした顔立ちの青年が頷き返した。ラムザとディリータ、 彼女達それぞれの実兄達だった。ラムザが安心させるように言う。
「大丈夫かい?」
「ええ!よかった!3人とも無事よ!!」
 アルマが満面の笑みで答える。ティータがほっと息をつき、オヴァリアの方 に兄たちです、と言付けると、オヴァリアも安心したように頷いた。
 新たな円陣を組んだ中の、陣頭指揮を取っているらしい人物が野蛮な連中に 威勢良く言葉をかけた。
「我々はアカトーシャ家末裔オヴァリア様をお守りするための、ガリランド王 立士官アカデミー護衛隊である!王女にいかなる危害をも加えた場合、命はない と思え!!」
「アカデミーだと?けっ。騎士の卵にもならんお子様達が出る幕じゃないぜ! !」
 下っ端の骸旅団はこう言うことも計算済みだったのか、素早くティータから オヴァリアの体を引き寄せると、オヴァリアの首に剣を突きつけた。
「傷を付けるかつけないかは、てめえらの動き次第だぜ?この場はさっさと引 き返さねえと、この丘に高貴な血が一面に広がることになる。」
「それはどうかな?」
 皮肉っぽく男の声が丘に響くと、リーダー格の男の背中目がけて剣が一閃し た。
「うあっ!?」
 男は素早くオヴァリアをさらい、ティータと共に円陣から離れたところまで 誘導させる。アルマはラムザが守っているのを見て、ティータはほっと胸をなで 下ろした。そして、自分の手を引くその人を見て、もう一度安堵のため息をつい た。
「兄さん、ありがとう」
 一斉に護衛隊が骸旅団の連中に向かって攻撃を始める。アルマを背にラムザ は戦うのを不利と感じたのか、ラムザもディリータを追ってアルマを安全なとこ ろに誘導させることにした。
「兄さん?どうしてオヴァリア様が狙われることが分かったの?」
 味方に守られながらやっと円陣から這い出ると、アルマがラムザにそう聞い た。ラムザはひたすらに走りながら、アルマの手を引きこう答えた。
「実を言うと、こう早く向こうがこんな行動に出るとは思わなかったんだ。さ っき、護衛隊って、イザムール将校がいっただろ?」
「ええ、私もおかしいとは思ったの。襲われてるって分かってたら、護衛隊じ ゃ手ぬるいって」
 アルマがそう言うと、ラムザは参ったようにアルマを見た。
「アルマは女なのに、そう言うことに頭が切れるね。そう、いざ襲われると分 かっていれば僕たち護衛隊じゃなくて、骸旅団を専門に扱う士官達が集まること になってたんだ。僕たちはそれ以前の、オヴァリア様の身の安全を護衛役に来た だけだからね。」
「骸旅団がそういう誘拐を企んでいることに、ある士官が気付いたから?」
「その通りだよ。」
 やっとの思いで、ディリータ達を見つけたラムザはディリータに手を振った 。ディリータは修道院の裏門の側で二人を休ませていた。
「二人は無事かい?ディリータ!」
 ディリータはラムザを見つけると、ああと頷いた。アルマがオヴァリアとテ ィータを抱きしめ、よかった!と言った。
「じゃあ、僕たちはあの円陣の戦いに参加しようか?」
「その前に。」
 ディリータは懐を探ると、一つの懐剣を取り出した。その剣をディリータは オヴァリアに差し出す。
「何?剣なんて、私使えないわ」
 オヴァリアはきょとんとした顔で、ディリータを見上げる。ディリータがそ れなら、と口を開いた。
「尚更持っておくんだ。使えるようになっておく方がいい。高貴で命を狙われ やすいと分かっていて、丸腰じゃあ狙って下さいと言っているようなものだ。」
 オヴァリアが一瞬悔しそうに唇を噛んだ。が、相手の言うことがもっともだ と思ったのだろう、手をのばしてディリータの懐剣を受け取る。
「・・ありがとう。」
 オヴァリアが目を合わすことなく懐剣を握りしめてそう言った。ディリータ の方も気にした様子もなく頷くと、行こうか、とラムザを促した。


「そうだった・・・オヴァリア様に初めて剣を渡したのは・・ディリータだっ たわね・・」
 アルマは思い出したようにそう言った。ラムザは、アルマが唐突にそう言っ たのを不思議そうに見ていたが、やがて一つの記憶を蘇らせたのだろう、静かに 頷いた。
「あの、噂は本当なのかしら・・」
 オヴァリア妃とディリータ王は今、瀕死で寝込んでいるという。前に通り抜 けた炭鉱都市ゴルランドは王都ルザリアから南にある、いわば城下町である。そ こで、二人はある噂を耳にした。オヴァリア妃は王を懐剣で打ち、王は怒りに任 せて妃を打ち返した、と。
「・・・・」
 ラムザは答えなかった。信じられない、とも言い切れなかった。なにかの原 因が、二人狂わせたのかもしれない、ともラムザは思っていた。しかし、影に生 きる者に真実は届かない。
「死んだりしないよね、二人とも。」
 アルマはその花に願うようにそう言った。ラムザは頷く。死んで欲しくはな い。ラムザが、そしてディリータがやっとの思いで平安を取り戻した世界だ。生 きねば、意味はない。
「生きてるよ。結局目指したのはディリータも僕も一緒なんだ。道が違ったけ れど、求めていたものは確かに同じだったんだから。」
 アルマはラムザを見て頷く。もう一度、花を見つめて、それに、と言葉をつ なげた。
「ティータが守ってくれるわ。ディリータもオヴァリア様も。」
 月の華は答えるように輝いた。
 風が吹いた所為かもしれなかったが、アルマはティータが答えてくれたのだ と思った。


Fin.


Copyright 1998 BY SAE