【逆転裁判】

■大掃除の後に












 近頃では、駅の商店街は華やかにデコレーションされていた。
 年の瀬直前にこの国は無宗教であるという事実とは裏腹に盛大な祭りが催される。
 クリスマス、だ。
 赤と緑を基調としたイルミネーションを筆頭に、きらきらと金色のモールが柱という柱に巻きついていたり、まだ1ヶ月も先の一大イベントに寄せて音楽が盛大に流れていたりしていた。

 疲れ果てていた成歩堂にとっては、それらはただの喧騒、という言葉に締めくくられた。
 今回もぎりぎりの逆転で弁護人としての責務を果たし、疲れた体を励ましながら商店街を抜けて事務所に戻ったところだった。
 そして、成歩堂はたどり着くなり、ソファに横になってしまった。
 うとうととしてまどろんでいるのが今の成歩堂にとっては至福だった。
 頭では今日の法廷記録をファイルにまとめなくちゃな、とか、着の身着のまま横になっていたら一張羅が皺になるな、とか他愛のないことがくるくると浮かんでは消えていった。

事務所が成歩堂一人になってしまってから、こういうことはよくあった。

 始めは、一人ではなかった。
 ちゃんと目指すべき人がいたり、補佐してくれる子がいてくれたりした時期もあった。

 けれど、いまはひとりだった。

 しっかりしなくちゃな、と思うが、なにぶん一人の気安さでついついこうやってだらだらと横になってしまって夜を明かしてしまうことがままあった。
 自宅に帰るのも億劫になり、食事もずいぶん荒んできているように思う。
 今は自宅に帰って部屋を見るのも怖い。今回の事件を依頼されてから帰っていない気がする、のだ。

「はぁ」

 まどろんで眠ってしまおうと思ったのに、頭の中の他愛ないことが犇(ひしめ)いて、次第に目が覚めてきてしまった。
 しかし、まだ起きたくはなかった。体が憩いを欲していることはまちがいない。
 もうしばらくこうしていよう、とぼんやりとしつつもそう決め込んだ矢先だった。

こんこん、と事務所の扉がノックがされた。

 依頼人か?と思うが、すぐに勘弁してくれ、と思う。
 今人と話す気力はなかった。立ち上がる気力さえないというのに、そんなものがあるわけがない。
 居留守だ。決まり。
 そう思ったのだが、来客も簡単には引き下がってはくれないようだった。

こんこんこん、と今度は間隔が狭くなって、回数も増えたノックが聞こえてきた。

「やれやれ」

 どうやら逼迫した用件の持ち主のようだ。
 成歩堂は離れがたいソファから立ち上がった。元来の人の良さもあって、困っている人をほっとける性質ではないのだ。
 事務所の扉まで、スーツの襟を直して髪を軽くなぜてながら歩いていく。
 しかし、扉の鍵に手を掛ける直前、かちゃん、と音を立てて鍵が開いたのでびっくりする。

「なるほどくーん?いないのー?」

 勢いよく扉が開いて、現れたのは一人の女の子だった。
 女の子は扉の先に成歩堂がいるとは夢にも思わなかったようで、そのまま成歩堂の体に衝突する形になった。

「わぷっ!?」
「ま、真宵ちゃん?!」

 怪しげな装束を身にまとったその子は、成歩堂の師匠の妹であり、一時期補佐役を(勝手に)買って出てくれた綾里真宵だった。

「い、いたの?!」

 真宵はぶつけた鼻に手を当てながら、成歩堂を見上げた。成歩堂は頭をかきながら、ごめん、と謝る。

「つい、うとうとしてて・・開けるのが遅くなったんだ」

 さすがに居留守を使おうとしたなんてことは言えない、と思いながら、成歩堂は言い訳するようにそういった。
 しかし、成歩堂の言い訳よりも部屋の異常な暗さに真宵は声を上げた。

「真っ暗じゃない!」

 真宵は驚いて事務所の電灯を点けた。勝手知ったる動作で受付の電灯のスイッチを探り当てると、真宵は今度は明るくなったこの部屋の惨状を見て口をぽかんと開けた。

 受付のカウンターはまだいい。一応お客が来るので拭き掃除くらいはしているのだろう。多少物が置いてあるが、多分帰ったばかりの物が置かれたのだということで、真宵は目をつぶろうと思った。
 しかしだ。
 その奥にある接客用のテーブルセットはひどいものだった。
 テーブルの上にはインスタントラーメンのカップがいくつも重ねられていたり、コンビニの袋が散乱していたりで、これでは人が来客があったときに話ができるスペースはない。
 おそらく先ほどまで寝ていたと思われるソファだけ、邪魔なものがかろうじてない、という状態。

 成歩堂はまずい、と思ったがもはや遅かった。
 くるっと成歩堂を振り返った真宵は、間髪置かずこぶしを握り締めて声を張り上げた。

「なるほど君!ゴミ袋だして!」
「は、はいっ!!」

 時期としては少々早いが、事務所の大掃除が始まった。
 成歩堂はゴミを集める係で、真宵も始めはそれを手伝ったが、スペースが開けてくると掃除機をかけ始めた。
 散乱していたファイルを戻し、埃の積もった書棚を叩き、テーブルやカウンターを一通り水拭きしてから、から拭きもした。
 そこまでやってから、真宵があっと声を上げた。

「チャーリーくん!!」

 今まで部屋の惨状で頭がいっぱいだったのだろう、姉・千尋が大切にしていた観葉植物(チャーリーくん)を思い出して、真宵はデスクのある部屋へすっ飛んでいった。
 成歩堂は持っていたファイルを棚に入れなおしてしまうと、真宵を追うように受付のカウンターを出た。

「よかった、枯れてない・・」
「枯らさないよ、さすがにこれだけはね」

 しばらくじっとチャーリーくんを見つめていた真宵は、やっと成歩堂を見上げてにっこり笑った。

「疲れたよね。お疲れ様のコーヒー、淹れるね!」

*************************

 真宵が二人分のコーヒーを淹れたマグカップをテーブルに置くと、ガラス製のテーブルがかちりと音を立てた。
 千尋はインテリアに凝る方だったようで、このガラス製のテーブルもモダンなデザインをしていた。
 さっきまではここにはインスタントラーメンの残骸でいっぱいだったことを、成歩堂はいまさらながら千尋に申し訳なく思った。

「お疲れ様のかんぱーい!」

 相変わらずのテンションで真宵がそう言うと、成歩堂もつられたように笑って真宵のマグカップと自分のマグカップをやさしく当てた。

「お疲れ」

 二人は並んでソファに座って、同じように一口だけ熱いコーヒーをすすった。
 幸せそうに真宵が微笑むので、また、成歩堂はその笑顔につられて頬が緩んだ。

「だめだよーなるほど君。こんなとこで寝ちゃ。風邪ひいちゃうよ?」
「ごめんごめん、ちょうど今日仕事の区切りがついて安心しちゃったんだ」

 えっ、と真宵は意外そうに驚く。

「そうだったんだ。ウチの里の事件が終わったばかりで、しばらく空いてると思ってたのに」
「そんな余裕ないんだよね。幸か不幸か」

 それだけ人を不幸にする事件が多いってことだし、というところを成歩堂はコーヒーごと飲み込んだ。
 静かにコーヒーをすする成歩堂をちらちらと真宵が見るので、成歩堂は少し笑った。

「どうしたの?」
「あ。うんと、聞いても大丈夫かなぁ・・勝ったんだ、よね?」
「もちろん」

 ほっと息をついて柔らかく微笑む真宵に、成歩堂の鼓動が一瞬だけ跳ね上がった。

「・・・?」
「どうしたの?」

 成歩堂がすっと真宵から目をそらしたので、真宵がその視線を追うように後ろを振り返ったりしている。
 もちろん、特に何かがあるわけではない。後ろには書棚があるだけだ。真宵は小首をかしげた。

「ん〜・・真宵ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「もう一回、笑ってみて」
「え?」

 真宵はわけがわからない、という顔で成歩堂を見つめ返す。
 成歩堂も成歩堂で人差し指を顎に当てつつ考え込んでから、再び真宵にこう言う。

「だめかな?」
「う、ううん。別に減るもんじゃないし・・こう?」

 にこっと、頬の筋肉に力が入ってます!という笑顔を真宵がしてみせると、成歩堂はその笑顔をしばし見つめてから、ありがとう、と言った。

「なに?なんなの?」

 完全に困惑顔の真宵が成歩堂に尋ねてくるが、成歩堂も首をかしげていた。

(まさか・・ねぇ)

「うーん、僕もよくわかんない」
「じゃ、あたしが分かるわけないよね・・なるほど君がわかんないんだもん」
「そういうこと」

 ずずーっと二人はコーヒーをすする。
 真宵はふと窓を見ると、事務所の正面にあるホテルのイルミネーションが窓に時折映っていた。
 花が咲いているみたい、と思ったとき、成歩堂がそういえば、と声を上げた。

「真宵ちゃんはどうして今日ここに?」
「いまさらぁ?」
「ごめんごめん、だってイキナリの掃除命令でわけわかんなくなっちゃって」

 たはは、と力なく笑う成歩堂を見て、真宵も許す気になったようだ。
 マグカップをテーブルに置くと、成歩堂に向き直りきちんと手をひざの上で揃えると、あのね、と口を開く。

「ウチの里の事件のときね、あたしのこと助けてくれてありがとう。あと、あの時、はみちゃんのことも気に掛けてくれてありがとう」
「真宵ちゃん・・」
「あたし、ちゃんと言ってなかったから、お礼」

 ぺこん、と真宵は素直にお辞儀をした。
 成歩堂は驚いて、そんな真宵を止める。

「い、いいよ。そんなわざわざ・・」

 成歩堂に顔を上げさせられると、真宵はにこっと笑った。

「あとね、なるほど君どうしてるかなーって思って修行お休みもらって来たんだよ?」
「あ、ありがとう・・」

 少し照れながら、成歩堂も礼を言った。
 真宵は思っていることをいつも包み隠さずストレートに口にするので、時々その素直さが逆に恥ずかしくなるのだ。
「でも、来てよかったよー。こんなことになってるなんて、夢にも思わなかった・・」
「う。ご、ごめん・・今度から気をつけるから・・ね?」

 急にしょんぼりして真宵がうつむくので、成歩堂は慌てる。

「ちょっと疲れがたまってたんだ。た、たまたまね!そう、たまたまだから!!」

 一生懸命言い訳する成歩堂だが、真宵はむーっとしたように成歩堂を上目遣いに睨みつける。

「なるほどくんって、人を弁護することが仕事なのに、自分の弁護は下手だよね」
「うっっ!!」

 どこからともなくぐさぁっという効果音が聞こえそうなほど、成歩堂は胸を押さえて顔を青ざめさせた。
 真宵はそんな成歩堂を見ると腕を組んで、可笑しそうに笑ってみせた。

「そんな嘘、なるほど君の顔見ればすぐわかっちゃうんだからねっ!!」
「さすがはマヨイ様・・とほほ」

 真宵は上機嫌になってくすくすと笑ったが、また、気遣わしげな目をすると成歩堂を見つめる。

「でも、本当に大丈夫?この事務所を残したのは他でもないお姉ちゃんだけど、お姉ちゃんだってそんなに無理してるなるほど君見てるのは辛いと思うんだ・・」
「うん・・そうだね。少し仕事の量はコントロールしてみるよ・・」
「うん!絶対そうして!じゃないと、あたしも安心して修行なんてできないよ・・」

――じゃあ、戻ってきてよ。

 成歩堂は思わず口にしてしまいそうだった。
 何を甘えたことを言っているんだ、とすぐに思い返す。

(真宵ちゃんは霊媒の力を高めるべく里に戻ったっていうのに、僕が弱音を吐いてどうするんだ!!)

「なるほど君?」

 心配そうな真宵の声に成歩堂は自分を取り戻す。

(そうだ、真宵ちゃんに心配なんかかけられない!真宵ちゃんだって大変なんだ)

「大丈夫だよ、真宵ちゃん。これからはこんなことに絶対しない。約束するよ」
「本当?よかったぁ!」

 真宵は嬉しそうに手を合わせて喜んだのだが、すぐに思い返したように人差し指を顎に当ててからぼそりとこう言う。

「・・うーん、でもちょっと残念」
「なんで?」

 成歩堂が聞き返すと、真宵は左肩を上げて肩越しに見上げるような視線を投げかける。
 別に媚を売ってるわけではない。どうやらこの格好をするが癖のようなのだが。
 しかし油断も出来ない。こう言う仕草をするときは、ほぼ間違いなく天然真宵の爆弾が落ちる。

「だって、あたしがいなくちゃ寂しいでしょ?なるほど君」
「・・・。はいはい」

 ふいっと顔を逸らして、成歩堂はおざなりにそう言った。

「あっ!何よその言い方!!」
「あーマヨイちゃん早く戻ってきてほしーなー」
「ひどーい!!ちょっとそれ全然心こもってないよ!!なるほどくん!!」

――そりゃぁ、そうだ。
――まだ、心をこめるほど僕も君も準備できてないからね。





■END


イツニナッタラ準備OK?(笑)>なるほど君
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●今回のオマケ
(3−3のネタバレ含みます。)
真 宵:こんにちは、綾里真宵です!
成歩堂:成歩堂龍一です。
真 宵:サイト内の統一のため、この話のオマケが『あとがきアンチョコ』から『会話式オマケ』に変更です。
成歩堂:一応管理人創作の順番としては「大掃除のあとに」が1番目だったんだけど。
真 宵:この『会話方式オマケ』を書き始めたのは「哀しき研究者」(3番目)からだったんだよね。
成歩堂:意外と書いてて面白かったので、全部につけようということになった、という・・。しかし、いいかげん極まりないね、ここの管理人は。
真 宵:一応、管理人の言い訳代弁しておくと、はじめはこの会話方式がうまくやれるか自信がなかった、と言ってたよ。
成歩堂:自信をもったってこと?今は。
真 宵:まあ書いているのが楽しくなってきた、とは言ってた。
成歩堂:・・・。まあいいか。とりあえずじゃあ本題に持っていこう。
真 宵:今回は、だらしないなるほどくんの話だっけ。
成歩堂:だらしないとはヒドイな。ちょっと油断してただけだよ。
真 宵:でも机の上整理してないよね。
成歩堂:片付けるのは苦手って設定みたいだから、ぼく。タクシューがそうだからかな?(笑)
真 宵:でも自宅の部屋はきれいだって設定みたいだよねぇ・・公式ブログでは。
成歩堂:慌てて片付けたんじゃないかっていうのが管理人見解らしいね。
真 宵:でも事務所のトイレ掃除だけは念入りだったりして、よくわからない主人公だよね。
成歩堂:本人を目の前にして、よくわからないとか言わないで欲しいな。
真 宵:そうそう、この話を書いてる頃って2−2後らしいんだけど。
成歩堂:ああ、霊媒師殺人事件ね。
真 宵:あたし殺してないよ!・・で、この話書いたあと3−3「逆転のレシピ」をプレイしたとき管理人大喜びだったらしいよ。
成歩堂:どうして?
真 宵:「バグダス」って会社に行ったこと覚えてる?なるほどくん。
成歩堂:うん、被害者の勤務先だよね。
真 宵:そこでなるほどくんに負けずとも劣らない汚いデスクみたよね?
成歩堂:(・・・言い回しが気になるけど)・・うん。
真 宵:そこで、デスクの片付けの言い合いになったじゃない、私たち。
成歩堂:ああ、「絶対同意しないぞ!」(うろおぼえ)ってやつね。うん。
真 宵:あれでこの話の裏付けが取れて一人狂喜乱舞したらしいよ。なるほどくんは片付けが苦手、と。
成歩堂:逆にいえば裏付けなしに、この話を書いたってコトか・・。
真 宵:まあ、そういうことだね。浮かんだ妄想は使い尽くせ!ってタイプだから。
成歩堂:なんかタクシューがそういうこと言ってたよね。妄想、じゃなかったと思うけど。
真 宵:そうそう、でも話作る人って結局そうなっちゃんだよねぇ〜ってやっぱり微笑んでたみたい。
成歩堂:(嬉しそうだな・・)まあ、僕は弁護士だからその辺のことはよくわからないけどね。
真 宵:相変わらず興味がないことにはクールなコメントだね、なるほどくん。
成歩堂:つっこみようがないから。
真 宵:ま、そうなんだろうけど。
成歩堂:あ、でもそういうところがFF7の誰かに似てるのかも、って言ってた。管理人。
真 宵:あ!そういえば!(笑)
成歩堂:それで真宵ちゃんは、管理人好みの『逆境に強い女の子』なんだよね。
真 宵:ん?そうなの?
成歩堂:うん、家庭環境が不完全な境遇の女の子に弱いみたいなんだよ、管理人。片親、とか。
真 宵:あたしは逆境なんて思わないけど。
成歩堂:それが好みみたいなんだよね。管理人。
真 宵:ふうーん。よくわからないな。あたし。
成歩堂:まあ、その方が真宵ちゃんらしいけどね。


(オマケ製作日:2005/12/13)

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