【逆転裁判】なるまよ

■ぬいぐるみの逆襲

掲載日[2007/12/28]








 しゅんしゅんと、ストーブの上に置いたやかんが音をたてている。そろそろヒーターを買いたいね、と成歩堂が言っていたが、真宵はそうは思わなかった。空気が乾くほど暖めるストーブも、そして音をたてて身をやつすように空気を湿すやかんも真宵は結構気に入っていたのだ。
 成歩堂法律事務所の窓側にはいつもどおりのソファとローテーブルが並んでいて、そこには珍しく成歩堂が座って書類を読んでいた。いつもは自分の事務机があるから、そこで書類に目を通しているのだが、今日は窓際の光が恋しかったのか、彼はソファーの背中に体を横向きに寄り添わせて、テーブルとは違う方向に腰かけている。そのおかげで、真宵が買い物から帰ってくると成歩堂の背中を最初にみることになったのだった。
 真宵は、自分に気づくことなくぶつぶつと一人ごちながら書類を読み続ける成歩堂の背中を見てから、そっと荷物をテーブルに置いて、自分もソファに座ることにした。真宵の足はローテーブルに向かっているので、そのまま体を横側に倒すと成歩堂の背中にぶつかる形だった。
 ぽふん、と温かな温度と一緒に安物の背広の毛羽立った感触が頬に伝わって、なんとなくそれが真宵にとって不思議に心地よい温度だと思った。
「わーあったかーい」
「あ、真宵ちゃん、買い物ありがとう」
 寄りかかってきたのでようやく真宵に気づいた成歩堂が、書類から目を離してそういった。真宵は肩越しに振り返った成歩堂を見上げると、うん、と返事をした。
 いつもなら3倍返しの調子で返ってくる言葉が、たまにないと成歩堂は不安になってしまう。
「どうかした?なんか、元気ない?」
「ううん、なんか、気持ち良くってさ、なるほどくんの背中」
「あ、そう?」
 成歩堂がちょっと照れてはにかんだように笑う。真宵はこくんとうなずいたようだった。成歩堂はおとなしく体勢をを崩さないよう気をつけていると、真宵はますます成歩堂の背中にすり寄ってきて、さらに今度は手が伸びてきて成歩堂はびっくりしてしまう。
「ま、真宵ちゃん?」
 伸びた手は成歩堂を背中から抱きしめるような動きになっていたのだが、成歩堂の声にびくりとその動きが止まって慌ててその細い腕がひっこめられた。
「え、ごめん。だめだった?」
 真宵も成歩堂の声にびっくりしたように、寄りかかっていた体もさっと姿勢を正してその接触を解いたのだった。成歩堂はそこまでされて、しまったと思ったがすでに時は遅し。真宵の目には少しの驚愕と、少しの遠慮が生まれていて、その小首は心なしか傾げられている。それは、真宵が謝るときの癖のようなものだった。
「ごめん、ぬいぐるみみたいに温かかったからつい、ね」
 肩を竦めてごまかすように笑う真宵を見て、成歩堂はさらに後悔する。真宵を傷つけた、と思ったのだ。
 拒否したわけではない。それは断じてない。ただちょっと、恥ずかしかったのだ。けれど、拒否したとも受け取れる態度を自分はとってしまった、と成歩堂はすぐに気づいた。
 このことをなおざりにすると、多分修復はその過ぎた時間分大変なことになることを成歩堂は瞬時に察知した。だから、すぐにその誤解を成歩堂は解きにかかった。
 成歩堂は真宵と同じようにローテーブルに足を戻し、真宵の腕をとると真面目な表情で語りかけた。
「違うよ。真宵ちゃん。君からそうやって安心してもらえることはうれしいよ」
「本当?」
 真宵はまっすぐに成歩堂を見上げると、確認するようにそういった。成歩堂は頷くと、安心させるようにこう答える。
「もちろん」
「よかった」
 真宵に再び曇りのない笑顔が戻る。しかし、成歩堂はひとつ、釘を刺すことも忘れない。
「でも、ぬいぐるみじゃないことは覚えておいてね」
「え、喩えだよ!そんなの!わかってるって!」
 あまりに真剣に成歩堂がそういうのがおかしかったのか、真宵は吹き出すように笑い始める。そんな真宵を憤慨したように成歩堂が、ふっと意地悪な表情を浮かべたのに真宵は当然気づきもしなかった。
「ぬいぐるみの逆襲、ってトノサマンであったよね」
「え?ああ!巨大化したぬいぐるみのぬいちゃんの!わー!なるほどくんよく覚えてたね!偉い偉い!」
 唐突にトノサマンの話題を振られたので、さらに上機嫌になって真宵はうれしそうに成歩堂のとがった頭をなでようとして、やっぱり痛そうだったのでおでこをなでた。
「遭うからね。逆襲」
 真宵におでこをなでられながら、成歩堂は不敵な笑みを浮かべる。
「うそっ!ぬいちゃんの!?」
 不敵な笑みの効力はなくただただ喜ぶ真宵の姿があったが、そのおかげで成歩堂はそこまでやってやっと大人げない自分の姿に気づいて我に返った。自分で自分に呆れてさっと立ちあがる。
「ぬいちゃんの逆襲って?」
 子供のように真っ白で汚れのないこんな高校生がいていいのかと、成歩堂は思う。しゅんしゅんと鳴るやかんの音を聞きながら、成歩堂はやっとのように彼女に注意を促した。
「青いぬいちゃんに気をつけてね」
「青い…って……」
 間。
 しばらくお互いがお互いをうかがうように見つめあう。
 そして、真宵のくちがようやく、開いた。
「じゃ…なるほどくん、あたし…あたしのこと」
「うん」


「トノサマンにしてくれるんだね!?」

「え」

「そっか!なるほどくん、あたしとトノサマンごっこしたいんだね!もう!早く言ってくれなきゃ。はみちゃんもいるときじゃないとだめだよ!はみちゃんにもトノサマンの良さ分かってほしいからね!」
「……」
 成歩堂は書類を手から離してしまうと、床にちらばった書類をそのままにのそのそとトイレに向かった。
「あれ、ちょっと、なるほどくん、書類落ちたよ?おーい」
 真宵が上機嫌に言うのとは裏腹に、低い低い気の抜けた声が真宵の耳に届いた。
「ちょっとトイレ掃除してくる…」
「今?」
「今」
 振り返りもしない成歩堂の姿を訝しげに見ていた真宵だったが、とりあえず了解の意を伝えることにする。
「う、うん。よろしく。あたし、じゃあ部屋片付けとくね!」
「うん、お願いするよ」


 その後、トイレはこれまでで見たこともないほどきれいな便座のトイレになっていました、とさ。
 

■END



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れっつHETARE!な感じでー。
思いっきり動いてもらいたかったんだけど自分にセーブがかかりました…ゴメソ。