【鋼の錬金術師】

■大空の先へ[5]

掲載日[2006/11/23]
Ver1.1[2006/12/03]









 エドはメインストリートを引き返し宿に戻ると、アルが食堂で座っているのが窓から見えた。エドは吃驚して慌てて宿に入るとアルの座るテーブルへと駆け寄った。
「アル、起きて大丈夫なのか?」
「うん、ちょっと疲れてただけだと思うよ。熱も無いし」
「どれ」
 エドは兄らしくアルの額に手をやって熱くないか確かめる。アルの言う通り、どうやら熱は下がったようだった。
「気分は」
「大丈夫。兄さん、僕、子供じゃないんだから」
 そう言ってアルが照れくさそうに笑うと、エドもそうだな、と額から手を離した。
「ところで兄さん、どこに行ってたの?僕目がさめたら兄さんのベッドがもぬけの空になっててびっくりしたんだよ?」
「ああ、ごめん。アルが起きる前に戻れるって踏んでたから書置きしなかったんだ」
 言いながら、エドは羽織っていた毛皮を椅子の背中に架けるとアルの正面に座った。すぐにポケットの中身を探り、さっき見つけたヘラのようなものをテーブルにことり、と置く。アルが不思議そうにエドとヘラを交互に見ていると、エドがにやりと笑った。
「戦利品」
「戦利品?」
 アルは手を伸ばしてそのヘラを取ると、さっきエドがやっていたように表裏を丹念に調べた。
「ハスキソンが倒れてたって場所を案内してくれる人がいたんで、行って来たんだ」
「こんなに朝早く?」
 アルは目を丸くしながらエドを見る。エドも苦笑いしながら、椅子の背中に肘をひっかけてため息をついた。
「そーなんだよ。その人農家の仕事があるから朝一番しか時間とれないらしくって」
「それじゃ、しょうがないね。それで、その場所にこれがあったってことだね?」
 アルはそのヘラをためつすがめつ見てそう言った。エドはああ、と頷く。
「それ、アルの手元の方に何かの陣があるだろ?」
「え?あ、ほんとだ。錬成陣…?」
「どう思う?」
 エドに言われてアルは陣を食い入るように見つめた。エドは期待をしているようなまなざしをしつつ、アルの答えを待った。だが、アルにもこの陣が何を意味するものなのか、はたまた錬成陣であるかどうかすら判らなかった。
「判断に苦しむね。錬成陣みたいだけど、何を発動させるものかがよくわからない」
「俺もなんだ」
 言いながら、ひょいとアルの手からそのヘラのようなものを奪い取ると、その錬成陣らしきものを眺めながらエドは言う。
「兄さんも?真理を見た兄さんにもわからないの?」
 人体練成をしたことで、エドはその禁忌の扉の前に立たされる羽目になった。その扉の中で、エドは言い表すことのできないほどの情報を頭に詰め込まれた。それを、彼らは一言で「真理」と呼んでいる。その情報は練成の手順としての理解、分解、再構築をする上で有利になる情報であることは間違いない。それを知るエドは錬成陣の代わりに体の中で描く、すなわち手を合わせ体に陣を張ることによって、練成を発動させることができるようになったのだ。
 しかし、同じ人体練成を試みたアルはその真理を見た覚えはないという。(注:アニメ設定)
「ああ、真理は完全なる知の全てではない、ってことなのかね?」
「僕にはわからないよ。真理を見たのは兄さんだけだもの」
 アルは手を組むと兄の手にあるヘラをじっと見つめた。
「こうなったら、その魔法陣が何なのかを調査しなきゃいけないよね。この辺図書館はなさそうだしなぁ」
 アルの言葉にエドも頷く。
「そうだな…。あ、もしかしたらあいつ…」
「あいつ?」
 エドはヘラをポケットにしまいながら、にやりと笑って見せた。
「ああ、ここに来る途中の馬車で映画監督の話をしただろ?そいつなら結構な金持ちらしかったからもしかしたら個人的な蔵書もあるんじゃないかと思ってさ。こっちの世界だから錬金術の本云々は望みが薄いけど」
「じゃあすぐにでもその人を訪ねようよ!」
 アルが勢い込んでそういうので、エドも頷きかけるが、ふと心配になってアルの表情を覗き込む。
「あ、でもアル、お前体…」
「大丈夫。ちゃんと食事摂って薬も飲んだから本当に心配しないで」
 アルは珍しく心配性の兄を嗜めるようにそう言うと、エドもやっと頷いた。
「そうか、じゃあ、朝飯の後にでも場所の確認と移動手段を確保しよう」

 フリッツ・ラングはこんなに小さな町でも有名らしく、しかも幸いにしてフリッツ・ラングの別荘がここからそう離れてはいないことを知ることが出来た。おかげでその場所の確認は案外楽に取ることができた。
「あそこのあの山を越えて、その先のつり橋を渡ったら見えてくるはずだよ」
 すっかり打ち解けて話し掛けてくる宿屋のおかみさんに、フリッツ・ラングの別荘の位置を聞いたら一発だった。
「この前は車だったから楽だったけど、今度は馬車だから結構時間かかるな」
 エドは壁に掲げてある周辺地図を確認しながら腕を組みつつそう言った。
 目の前には既に平らげた後の食器が並んでいる。エドとアルは朝食を済ませたところだった。
「それにしてもラングさんと知り合いになるなんてすごいわね」
「そんなに有名な人なんですか?」
 アルはちょっとびっくりしたようにおかみさんに聞いてみると、おかみさんはアルを見てそりゃあもう、と手を叩いた。
「こんな辺鄙な場所でも映写機くらいは置いてるんだよ。ラングさんの映画は都でも大評判だったらしいから、気に入った町の人が町で上映してくれないかと掛け合ってくれてね。一度上映会をしたんだよ」
「へえ、結構大評判だったってわけだ」
 地図とにらめっこをしていたエドがようやくおかみさんに向き直ってそう言うと、おかみさんはびっくりしたように二人を交互にみやった。
「あんたたちふたりともラングさんの映画みたことないのかい。それでラングさんの知り合いなんて…ラングさんも心が広いねぇ」
「はは…」
 二人とも実際は映画どころではない騒ぎなのでしかたないのだが、事情を話すわけにもいかずとりあえず乾いた笑いをあげるしかなかった。
 おかみさんが食器を下げると、エドとアルは立ち上がり自室に戻った。早速旅支度を始める。といっても、たいした荷物を持ち歩いているわけではないので、ほとんど時間はかからない。
「兄さん、お金のほうは大丈夫?」
「今のところ多めに手持ちはあるから大丈夫だ。一応親父名義の口座の金もあるから当面は贅沢しなきゃ平気だと思うけど」
 エドは自分の旅行鞄を締めてからポケットの財布を開けて確認する。頷いてからポケットに仕舞うと、鞄を持った。
「行くか」
「うん」
 アルの手にもエドと似たような旅行鞄があった。鎧のときとは勝手が違ってさすがに鞄が必要になったので、ミュンヘンを出る直前に買っておいたのだった。
 二人は同じような鞄を手に、世話になった宿を後にした。

「何度も悪い。礼は弾むからさ」
 エドとアルが向かった先は昨日世話になった御者の元だった。もともとこの男も農夫で、町で馬車が必要になったときに都度御者としての役割を担うのだそうだ。なので、その男も今は野良仕事に精を出しているところだった。
「仕方ないね。あんたたちも急いでるようだし…」
 男は額の汗を肩にかけたタオルで拭きとりながらそう言った。男ははっきり言って善人顔といは言いがたい顔をしていたが、しゃべりは素朴で気のいい人間らしかった。男は鍬についた土を落として肩に担ぐと、二人を厩の方に促し歩き始めた。
「弟くんはもう体平気かい」
「あ、大丈夫です。昨日はいろいろお騒がせしてすみません」
 アルが慌てて頭を下げると、男は顔をほころばせつつうんうん、と頷いている。
「元気が一番だよな。たいしたことなくてよかったよかった」
 言われて、エドとアルの二人は顔を顔を見合わせ頷きあった。今回の不調は、とりあえずいい情報を得られたからよかったものの、確かに旅をする人間としては体調不良は最大の敵だということがわかっているからだ。
「それで、フリッツ・ラングの別荘だっけか?」
「ああ、うん。結構かかるんだよな?」
 エドが神妙にそう尋ねるのを、男はちらりと見てから考え込む。頭の中でルート検索をかけているようだ。
「……いんや。どうせ今回の客はお前さん二人だけだし、正規ルートを使うと時間が掛かりすぎるから抜け道使うよ。道は悪いが多分1時間くらいありゃつくんじゃないか?飛ばせばだけど」
「マジ?助かるよ!」
「ありがとう、おじさん!」
 二人は嬉しそうに声を上げる。そんな二人を見て微笑みかけた男の顔が、一瞬遅れて強張った。
「おじさんじゃねぇ!お兄さんだ!」
「え?その顔で?」
 すかさず素直な、それでいて容赦ないアルの言葉が胸に刺さったのか、男はしばらく馬車を動かしてくれなかった。しかし、なんとか男をエドとアルがなだめすかして馬車が動き出す。前金で大目に払ったので、男の機嫌も治っていた。
「兄さん…ホントにお金大丈夫?」
「なんとかなるさ。こうなったらフリッツ・ラングにパトロンにでもなってもらうか…」
 速度を上げて疾走する馬車の荷台で、二人は振り落とされないように縁につかまりながらそんな言葉を交わす。男は何かにとり憑かれたかのような形相で、馬に鞭を入れている。
 馬車もそんなに上等なものではない。人と馬車の通りが頻繁で単に草がはえていないだけの道で、完全に均されているわけでもない。おかげで馬車はものすごい揺れをしていたし、軋む音も半端ではない。
「この馬車、別荘につくころに壊れちまわないだろうな…」
「ええっ。べ、弁償しろとか言われたらどうしよう!」
 妙にお金のことに敏感になったアルに気づいて、エドは苦笑いする。
「お前なー。医療費ぼったくられたこと、いつまでも気にすんなって。今回なんかは情報提供料まで見積もったら安いもんなんだからな!」
「それは…そうかもしれないけどさ」
 アルはそれでも申し訳なさそうに手を組んでもじもじとしている。
「だって、この先何があるか判らないし、あったに越したことの無い資金使っちゃってさ。うっかりうたた寝なんてするもんじゃないなぁって、反省してるんだ」
「ばぁか」
 エドは呆れたように縁に腕をかけてふんぞり返る。がらがらと音を立てる馬車の車輪の振動がエドの体全体に響いているのを感じながら、エドは天を仰ぐ。
「病気なんかするときゃするもんだ。俺だってうっかり風邪ひくときゃひくさ」
 エドが優しくそう言ってくれると、アルは安心する。エドはいつも口が悪いが、身内に対しては過保護なくらい優しいのだ。
 兄の余裕にすっかり安心して、アルはつい言ってしまう。
「兄さんは、風邪ひかないでしょ?」
「あ?なんでだ」
 エドはアルに言われてがばりと顔を起こしてアルを見つめる。アルはこの上ない微笑を湛えてから、エドに言った。
「ほら。兄さんは猪突猛進馬鹿だし。馬鹿は風邪ひかないって言うらしいし」
 アルの微笑からは大凡見当もつかなかった言葉にエドが一瞬目を丸くした後、エドは笑いながら大空に声を張り上げた。
「兄貴を馬鹿馬鹿言うなー!!」















■ようやく町を脱出!待ってろよフリッツ・ラング!!(笑)

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