【鋼の錬金術師】

■大空の先へ[6]

掲載日[2006/11/27]









 鬱蒼とした木々の間を疾走しつづけて馬車はフリッツ・ラングの別荘の門の前で止まった。途中ほとんど休憩をしなかったため、馬は息を荒げ、御者も額に汗を垂らしていた。
「そんなに無理しなくてもよかったのに…」
 アルは降りた後、御者の席を見上げてそう言ったが、御者はなぁに、と笑ってみせた。
「いい駄賃もらっちまったからな。それなりの礼をつくさなきゃ、って思っただけだ。お前達が気にする必要はねぇよ」
「でも、助かったよ。早めに着きたかったのが本音だしな」
 エドも降りて御者を見上げてそう言うと、御者はエドにもにかっと笑った。
「だろ?俺も早く戻らないと今日の手入れがあるしな。どっちにもちょうどよかったって話だ。じゃあ、俺は戻る。元気でな」
 男はそう言うとぐるりと馬車を回転させて、来た道を戻り始めた。アルが手を振って、ありがとう!と言ったのに、男は片手を上げるだけで応えを返し、そのまま再び木々の陰に入っていってしまった。
 さて、と言いながらエドは門扉の大きさを改めてみつめた。ちょっとした大男でもこれは乗り越えるのが難しいだろうと思わせるほど、その門扉は巨大で威圧感があった。
「まだ昼前みたいだな。あいつ、ここにいるといいけどな」
「え、ここにいるとは限らないの?」
 アルはぎょっとしてエドを見やったが、エドはたいしたことでもない、と言うように、門のノッカーを掴みながら言った。
「まあ、ここにいなかったら、どこにいるか聞くことくらいはできるだろ?」
「そうだね」
 内心、それなら馬車を帰さない方がよかったのでは、とアルは一瞬思ったのだが、男も急ぎの仕事が待っていたようだし、移動手段はまた考えればいいのだろう、と思い直した。
「でも、あいつの居場所って撮影所かここしかないと思うんだ。撮影所はミュンヘンからほど遠くない場所にあるから、今の混沌とした情勢を考えると、あいつこっちにいるんじゃないかって思うんだけどな」
 そう言ってから、エドはノッカーをようやく叩いた。
「すみませーん!フリッツ・ラングさんいますかー?」
「にににに兄さん!こんな別荘の持ち主にそんなにフランクに話し掛けちゃって平気なの?!田舎の子供を遊びに誘うのと違うんだよ!」
「平気平気。俺ら共犯者みたいなもんだから」
 そういって、エドは強気に眉を上げて笑ってみせる。そんな兄の表情を見るのは久しくて、アルは懐かしいとも思ったのだが同時にげんなりとせざるを得なかった。
「共犯者って…一体兄さんはこっちの世界でも何をやらかしたの?」
「まぁまぁ、そんなことより、お前、心の準備しといた方がいいぜ?」
 え、とアルが我に返るのと同時に、その重苦しい門扉が開かれた。門扉の外はぎりぎりまで山の木々が空を覆うように繁っているのに比べ、どうやら門扉の先はすばらしく手入れされた庭園があり、お陰で日の光がまぶしいほどに射しているのが見えた。
 その燦々と輝く日の光を浴びて一人の男が立っていた。悠然とした佇まいで立っている男からは、なぜか屹立とした山々から受けるような壮大なものを感じて、アルは一瞬その体を震わせた。何故そんなものを感じるのかと思いながらアルが男の顔に目を向けたとき、アルの呼吸が一瞬止まる。
「っ・・・…大…総統っ!?」
 そこに立つ男の顔は、アメストリスでの軍部、政府の最高権威者である大総統、キング・ブラッドレイその人の顔だったのだ。
「にっ…にいさ…これは…」
 あまりに驚いたアルの顔をエドは満足そうに笑ってから、さすがに俺みたいに飛び掛ったりはしないか、と残念そうな顔をする。それからエドは、アルを落ち着かせるようにぽん、と肩に手を置いた。
「大丈夫、キング・ブラッドレイ大総統とは似て非なる人物だ。紹介するよ、映画監督のフリッツ・ラング氏だ」
 呆然としつつもアルは慌ててラングに頭を下げた。ラングはアルに頷きかけてから、エドを見て微笑んだ。
「やはり君か。エドワード・エルリック君。そちらは?」
「俺の弟、アルフォンス・エルリックだ」
「弟…?すると君は…」
 ラングがアルとエドを見比べながら驚愕する。エドはその反応を見て少しうっとうしそうに肩をすくめてから、口を開いた。
「そうだ。あんたの言葉でいえば、”パラレルワールドの向こう側から来た人間”だ」
「二人も、平行宇宙を越えた人間が…!」
 ラングは嬉しそうにアルに手を伸ばすと、アルの手を握り締めた。
「素晴らしい。ぜひ君たちの話を聞かせてくれ。ぜひ私の映画の参考に!」
「え、え?なに?」
 アルはいきなり手を握られて幾分興奮気味に話す男を目の前にして、おろおろと兄とその男を交互に見つめた。エドがめんどくさそうに頭を掻くと、ラング氏、と割合落ち着いた声で話し掛ける。
「話をするのはかまわないが、一つ頼みがある。察するところこの別荘にはいくらかの蔵書があると思っているんだが、その蔵書を見せてもらいたい」
 エドの落ち着いた声音につられて、ラングは自分を取り戻したようにアルから手を離す。
「あ、いや、すまない。つい、興奮してしまったようだ。アル君、すまなかったね?」
 アルはいいえっ!と慌ててそう言う。どうしてもラングの顔が大総統なので、身分違いの人間に触れられたような感じがしたのだろう。
「蔵書か。まあ、あるにはあるが…ま、立ち話もなんだし入りたまえ。我が家の小さな図書館にご案内しよう。役に立つかどうかわからんがね」
「構わない。とにかく俺たちには情報が要るんだ」
 エドが意気込んだようにそう言うと、ラングはふむ、と頷き、二人を屋敷に誘(いざな)った。
 ラングは屋敷に入ると、まっすぐ蔵書の保管場所を案内した。普通ならばお茶でもとリビングに通すのだが、エドの顔を見てゆっくりお茶、というわけには行かないだろうとラングは読み取っていたのだった。
「好きに使ってもらってかまわない。私はお茶を用意してくるよ」
 かちゃりと開けた蔵書を保管している部屋は、まるで図書館のようだった。小さな、と控えめにラングは言ったが、この規模ならばアメストリスの中央図書館分館の規模はあると見積もってよい量だった。
「あ、ありがてぇっ」
 エドはすぐさま本棚に駆け寄るとめぼしいものの分類エリアを探しにかかった。アルはそんな兄を見てからラングに向き直り、すみません、と頭を下げた。ラングはそんなアルに一瞬目をしばたたかせる。
「唐突にお邪魔した上に、こんな勝手な申し出をして…」
 アルが恐縮そうにそういうと、ラングは豪快な笑い声を上げた。まるでその笑い声はキング・ブラッドレイその人そっくりだったので、アルはまたもは驚き一瞬身を引いてしまう。
「同じ血を分けた兄弟とは思いがたいな、アル君。兄君が破天荒でさぞお困りだろう」
 え、とアルは目を丸くしたが、エドが一心不乱に本を読み始めていることを確認してから、アルは肩を落として返事をした。
「ええ…ちょっと、ですけど」
「ちょっとか。兄思いのいい弟だな、アル君は。同時に兄君もそのようだが」
 ラングは必死に手がかりを探すエドの姿を見て微笑んでから、不思議そうに見上げるアルの表情を見つめた。
「私は何度も彼と話をしたけれど、彼がこんなに目を爛々と輝かせて何かに没頭する姿を見たことが無い。きっと、君がいるから意気込みが違うんだろうね」
 アルは言われて、エドの方をもう一度見つめなおす。エドはもう地べたに座り込んで一つの書物に目を通している。何かめぼしい書籍が見つかったのだろうか、と頭の片隅でアルはそう思いながら、息をつく。
「……兄は、自分一人ならばと、自分を犠牲にすることを厭わないんです。もしそんなことをしたら周りがどんなに悲しむか、根底のところではわかっているはずなのに」
 アルはそう言って肩を落とす。アルの体が一度は兄の体を犠牲にして取り戻したものなのだ。
「おそらく、覚悟が違うのだろう」
「え」
 ラングがもう一度エドを一瞥し、窓から見える庭園に目を向ける。
「自身は死を厭わぬ覚悟を持っている。だからこそ、周りにもそれを耐える覚悟を知らずに求めている」
 はっとしたようにアルがエドを見つめる。しかし、すぐに怒りを堪えるようにその目をそらし床に視線を落とすと、手をぐっと握り締めた。
「もしそうなら…兄さんはずるい!自分だって残された命がどれほど辛いか知っているはずなのに…っ!」
「そうだな。それは彼が唯一できる甘え、かもしれんな」
「え……」
 アルはその言葉につられて、ラングを見上げた。ラングがそんなアルに気づいて、優しく微笑む。
「誰かを殺したくなるほど憎むのも人間、しかし自分の命を厭わず誰かを救いたくなるのも人間だ。君の兄君は人間だから、それは人そのものから湧き上がるものなのだから、仕方が無いのだよ。許してあげなさい」
 優しくそういうと、ラングはアルの肩に手を置いた。それからぐっと力を込められる。痛くない程度に、ではあったが。
「だからこそ、君も兄君がそうならないように一緒に歩いていきなさい。兄君は君がそばにいる限り暴挙を起こすことは無いだろうからね。君の安全が兄君の安全に繋がるのだよ」
「…っ…はいっ!」
 アルはやっと安心したように笑うと、歯切れよく返事をした。ラングはそんなアルを満足そうに見て、部屋を出て行こうとする。それに気づいて、慌ててアルが声をかけた。
「あ、手伝います!」
「いや、大丈夫だ。この世界では、主人は客人をもてなすのが最低限のルールだよ」
 おどけるようにラングはそう言うと、扉を閉めて出ていった。
 ラングが出て行ったあともアルは呆然と立ち尽くしている。
「さすがに、大総統の魂は器が違うなぁ…あの人がアメストリスの大総統だったらまた違ったアメストリスが見れるかもしれない」
「どうした?アル。そんなところにつっ立って」
 一区切りついたのか、エドが顔を上げてアルに声をかけた。
「ううん、なんでもないよ!さっきまでラングさんとちょっと話してたんだ」
 言いながら、アルはエドの座り込んだあたりに歩いていく。
「めぼしいものはみつかった?兄さん」
 エドは大袈裟なくらい大きなため息をついてみせると、開いていた本をパタンと片手で閉じた。その手で書棚にその本を押し込めると、エドは立ち上がって背伸びをする。
「錬金術の本はやっぱり無理だ。ハスキソンが専攻してた物理学からもう一度洗いなおそうかと思ったところだ」
「なるほどね。僕はこっちの世界の常識を一から学びなおしたいと思うんだ。だから、全体を斜め読みしようかと思ってるんだけど」
 エドは次の本を物色しながら、アルの話に頷く。
「確かにその方がいいかもしれないな。多分俺が説明するよりそっちが早い」
「僕もそう思う」
 冷静にそう返すアルに、エドはむきぃとアンテナを直立させる。
「なんだとぉ!アルっ!」
「あははっ。さ、時間もったいないからとっとと調べよう!兄さん」
 逃げるようにアルは奥のほうの書棚に向かって見えなくなってしまう。エドはそんなアルにぶつくさたれながら、もう一度書棚の本の背表紙を眺め始めた。
 程なくラングが扉を開けて入ってきたが、本に集中していた二人は少しもその物音に気づかなかった。そんな二人を見てラングは薄く笑みを浮かべると、窓際の一角に備えたテーブルに茶器セットを置き、一人でお茶を楽しむことにした。その窓から見える日の光溢れる庭園はラングのお気に入りだった。カップを傾けながら、庭に散水する庭師を見つける。
 ラングにとって、あてども無い時間が流れた。しかし、ラングはこういう時間を好んでいたので、別段気にすることなく一人のティータイムを楽しんだ。
















■フリッツ・ラング大好き!いや、エルリック兄弟には負けるけど!でも好き!(どっちや)

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