【鋼の錬金術師】

■大空の先へ[7]

掲載日[2006/12/03]








「あーもっ!頭がこんがらがる!あれ、あんたそこにいたのか」
 ティーポットの中身がそろそろ無くなろうか、というころにようやくエドがラングに気づいた。ラングは穏やかな笑みをたたえてエドを振り返った。
「まったくすごい集中力だな」
 驚くやら呆れるやら、と言った雰囲気でラングはそう言った。しかしエドは気にした風もなく、どちらかと言えば誉め言葉と受け取ったらしい。
「そりゃどーも。これもらっていい?」
 茶器のそばにあったパンケーキを一つ掴むと、エドは口に頬張った。それから、すでに冷め切ったカップのお茶をぐいっとあおる。
「ふー。糖分補給。お、このパンケーキうまいな」
 エドはもう一切れ、パンケーキを手に取ると口の中に放り込んだ。ラングはカップを手にしたまま、それをうれしそうに眺めている。
「それはよかった」
「もしかして、あんたが作ったのか?」
 エドはようやくそこで椅子に腰を下ろした。行儀が悪いのは今に始まったことではないが、年齢的にはそろそろ落ち着きをもった方がいいのかもしれない。
「ああ、そうだよ。私はお菓子に目がなくてね。この辺ではお菓子の店も少ないから、自分で作ったほうが早いのだよ」
「そういえば、召使とかは?いないのか?」
 これだけ大きな屋敷を所有しているのに、あまり人の気配がしないことにエドはいまさらながら気づいて訊いてみる。
「さすがに私もこの不況じゃ人件費をまかないきれなくてね。必要最低限の人間しか雇えないのだよ。今では庭師と清掃員くらいだ」
「そうなのか」
 やはりどこに行っても不況の話しか聞こえてこない。もうちょっと景気のいい時代に飛ばされれば良かったのに、などと勝手ことを思ってしまう。
「ま、私はひと段落したらアメリカにわたるつもりであるから、ここで人を雇う意味などあまりないのだがね。さて、ではそろそろ報酬の話を聞かせてもらっても良いかな?」
 ラングはそういうと、胸ポケットから手帳を取り出すとうれしそうに待ち構えた。エドは一瞬しかたないな、というように頭を掻くと、ラングと別れてからの顛末を話した。
 話の途中でアルもその話し声に気づいて、エドの隣に座る。エドの話を聞きながらも、ラングはお菓子とお茶をアルにすすめていた。
 一通り話を終え、エドは息をつくとカップのお茶を口に含んだ。話しっぱなしだったので喉が渇いていたようだ。
「それで、門を閉じてきたのか。君らは」
 アメストリス側の門と、こちら側にできた門、それらは互いの世界をつなぐ唯一の扉だった。しかし、エドとアルは残っていた陣を抹消するため、床を削り復元不能な状態にした。また、媒体になったホーエンハイムの体と円陣のためのエンヴィ蛇はそれぞれ埋葬した。アメストリス側の処理はアルがロイ・マスタングに頼んでおいたので、地下都市とリオールの町に発生した陣はなくなったのだろうと考えられる。
「ああ、放置はできない。また余計な企みに利用されないとも限らないからな」
 エドは厳しい口調でそう言い放つ。残念だ、とラングに言われてはたまらないとでも思ったのだろうか、先手を打つようにその言葉は鋭かった。しかし、ラングもまた、エドに対して抱いていた疑問を鋭くぶつけた。
「しかし君たちはそれでもまた戻ろうとしているのだね。そのことでまたおかしな輩があちら側に紛れ込まないとは限らんが・・・どうするつもりかね?」
 口調は柔らかいが言っている事は厳しかった。エドとアルは返答に詰まってぐっと口を閉ざしてしまう。それは、考えなかった話ではない。自ら閉じた門をわざわざまた開こうと考えているのだから、これほど愚かな行為もあるまい。しかし、今この世界は二人にとって本当の世界ではない。そしてまた、彼らが関わりを持っていい世界でもない、とも思っている。
「どうにかその方法も含めて考える必要がある。今のこの段階ではなんともいえないけどな」
 エドはそういうと、視線を下に落とした。ただ単に世界を超える、という難題の上に、できれば自分たち二人だけを転移させる、という条件が必要なのだ。しかも、二つの門はそもそも媒体として人の命という代価によって開かれた門だ。しかしエドにはそんな恐ろしい代価を払うことはできない。ならば別の代価が必要になるわけで・・・考えるだけで頭が痛くなる問題だ。
「そういえば、ラングさん。ハスキソンさんの爆弾の行方を途中まで知っていたようですが」
 アルがエドの苦悩を一旦は断ち切らせるために、別の話題を持ち出した。ラングはアルを見つめてから、ああ、と声を上げる。
「おそらくトゥーレ協会は手放していないだろう。先の大将だったエッカルト将軍はさっきの話で死んだことは分かったが、まだあの協会には不穏分子がいる。ヘスという小男だが、あいつは人一倍野心が強い。ただ上になる器量はないから、次代のトゥーレの頂きにあるのはおそらく、ハウスホーファー教授、だろうな」
 アルが不思議そうな顔でエドの顔をうかがっている。アルにはこちら側の人間関係などわかるはずもないから仕方がない。一方エドはどうやら、爆弾の話になったので頭を切り替えてこちらの話題に耳を傾けていたようだ。
「爆弾はハウスホーファー教授の手に?」
「おそらくは。別の団体が手に入れたのであれば、トゥーレが騒がないわけがない。もはやあれはトゥーレの切り札だ」
 確かに門がすでに使い物にならなくなった今では、トゥーレが威信を保つ素材としてはもうあの爆弾しかないだろう、エドもその話には同意見だった。
「しかしどんなに威力のある爆弾も起爆装置がなゃただの塊だな」
 エドはにやりとしながらそういうと、ラングが目を見張った。
「どういうことかな?」
「多分、こいつが起爆装置だ」
 エドはポケットからヘラを出してラングに見せる。ラングは興味深げにエドの手のヘラのようなものを見つめたのだが、瞬時にラングの顔が青ざめたのをエドは見た。
「どうした・・・?」
「早くポケットにしまいなさい。そんなものがあったとは・・・!」
 ラングはあわてて立ち上がり、颯爽と歩き出すとすばやく扉の入り口の鍵を閉めた。それから、上着のポケットから銃を取り出す。
「なっ・・・なんなんだ?」
エドはラングの立ち回りに驚いて立ち上がる。アルもエドと同様、立ち上がってラングの動向を見つめる。ラングは、二人が立上ったときに上がった物音で敏感にこちらを向くと、首を振った。余計な音を立てるな、と目が訴えている。
「早くこっちに!」
 ラングは素早くそこから身を翻すと書庫の奥まで進む。一つの書庫の前である分厚い本を一度引き出し別の場所に収めなおす。ラングが今度はその書庫を押すと奥にスライドした。壁だと思っていたところから出てきた通路は別の部屋につながっているようだ。おあつらえ向きに、適度な光が漏れている。真っ暗な隠し通路というよりは、少しでも早く部屋を移動するための主人用のショートカットのような道なのかもしれない。
「あんたまさか・・・」
 エドは唇をかみ締めるようにラングを見たが、ラングはエドの方を向かずにさっさとその隠し通路に入っていく。
「私はトゥーレの連中に見張られているのだ」
「だって、ここはあんたの別荘なんだろう?こんな屋敷内まで警戒する必要がどこにあるんだ」
 エドは訝しげな顔を遠慮なくラングに向けながらそう言ったが、ラングは苦しそうに顔を歪ませるとエドを見つめてこう返した。
「トゥーレ協会もしぶとい人種がそろっていてな。お前達を見つけるのに私に監視をつけたほうが早いと見越していたようだ」
「兄さんの行動、ばればれみたいだよ」
 すかさずアルがそう言うので、エドはむっつりと顔をしかめた。
「うるさい」
 すたすたと逃げるように突き進むラングに遅れじと続く二人はそんなやりとりをしつつラングを追っていた。
「不自然に追っ払うのもまずいと思って君らを屋敷へ引き入れたのだが・・・どうやら失敗だったようだ」
「どういうことですか、ラングさん」
 早足で通路を歩くラングの後を追いながら、アルは声を上げた。
「私は違う世界の話には興味があるが、違う世界に行くための鍵には興味はない。そのヘラはおそらくその鍵に近い」
「なんだって?」
 エドはラングの確信を持った言葉に驚く。エドは内心、『爆弾の起爆装置の可能性が高い』くらいにしか考えていなかったのだが、『世界を超える鍵』になるとは思わなかった。もし、それが本当ならば、エドとアルは案外簡単に元の世界に帰れるのかもしれない。エドは知らず胸に希望の高まりが湧くのを感じる。
「おい、どういうことか説明しろ!」
 せっかくの希望ある話を聞けそうなのに一向に歩みを止めないラングに腹を立てたエドは、ラングの腕をつかみラングを立ち止まらせる。あまりにその仕草が乱暴だったので、ラングは痛みにこらえるように顔をしかめた。アルがそんなエドをたしなめる。
「兄さん!」
「黙ってろ、アル。こいつは今すぐにでも俺たちを追い出したいんだ。それはかまわない。無関係な人間に迷惑をかけるは俺の主義に反するからな。けど、情報だけは教えてもらわなきゃならない。俺たちは知らなくちゃ前に進めないんだ!」
「それならば、こちらにも好都合ですよ」
 通路の奥から声が聞こえてきてエドもアルも、そちらに顔を向けた。ラングががっかりとしたように肩を落とす。
「結局、渦中の者達からは逃れられないものなのだな・・・」
 いつも溌剌としていたラングからは考えられないほど、その声音はくぐもって沈んでいた。それはエドが初めて聞く、ラングが完全に意気消沈した声だった。
 その声にエド自身もやりきれなくなった。結局、巻き込んでしまうのか、と拳を握り締める。ラングは程なくアメリカに渡ると言っていた。ラングはこんなところで得体の知れない協会に身柄を拘束されるわけにはいかないのだ。絶対に巻き込めない、とエドは思う。夢を奪われる辛さは恐ろしいほど耐えがたいことなのだということも、今のエドには分かっている。
 それに、先の協会とのやりとりでもずいぶん世話になった人物なのだ。これでは恩を仇で返す形になってしまう。
 まだ声の主は完全にその姿を見せてはいない。この道は一本道で先をふさがれたのでは元の部屋に戻るしかない。おそらくあの図書室にも待ち伏せされているだろう、と予想がつく。
「おい、しっかりしろ。あんただけは絶対逃がしてやるから、その前に、これが鍵だと思った理由を教えてくれ」
 エドは声を潜めてラングにそう声をかける。ラングは力なくエドを見てから、同じく声を潜めて答えた。
「あの陣のようなものは君たちの言う練成陣ではない。物理のある公式を図案化したものだ。その公式を使えば理論上タイムマシンを作ることも可能だといわれている」
 ラングの言葉に、エドがにやりと笑って見せた。
「そこまでヒントがあればあとは何とかなるな。よし、反撃開始だ。あんたはここから逃げられたらすぐにアメリカとやらに発つんだ」
「言われなくてもそうさせてもらうよ」
 エドの強気な表情につられてか、ラングを気持ちを取り戻したようだった。手にした銃を構えなおし、応戦体勢をとる。エドは無言でアルに目配せをすると、アルもこのときばかりは小言を言わずに兄に従うように頷いた。
 はじめに動いたのはエドだった。エドは正面切って通路を走り込んでいく。その後をラング、アルが続く。向こうはエドを重要参考人扱いで欲しがっているはずだ。エドは発砲はしてこないはずだと踏んだのだった。
 パンパンッ
 足元から1メートルほど先に弾道が落ちるのをエドは見た。威嚇射撃だ。怯むことなく脚を進ませ、あっという間に発砲した当人の正面に出た。
「邪魔邪魔ーっと!」
 さらに勢いをつけて脚を走らせるエドは、そのまま壁を蹴り走った。まるで、壁を走っているかのような状態で男の後ろに回りこもうとしたところを、とうとう冷静さを失った男はエドに向かって発砲してしまった。
 パンッ
 咄嗟にエドは右手で自分の身を庇う。機械鎧のおかげで弾はキィンと衝撃音を立てて弾かれた。
「あっ…ぶねぇなぁ!」
 いいながら予定通りエドは男の後ろに回りこむと、後ろから首の付け根に手刀を食らわせた。
「せっかく久しぶりに会ったってのに、あんたはまた俺に銃を突きつけるんだな」
 がくり、と膝を折って倒れる男を見下すようにエドは見つめる。男の顔をエドは知っていた。トゥーレ協会で偉そうにエドに銃を突きつけてきた人物、ルドルフ・ヘスだった。










■そろそろ大物出てこないと年内終わらないよなぁ。これ。

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