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【鋼の錬金術師】 |
| ■大空の先へ[8] |
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掲載日[2007/02/02] エドは気絶したヘス鋭く睨みつけてから、その手に握り締めたままの銃を奪った。追いついてきたアルとラングが倒れたヘスとエドをみつめる。 「兄さん、無茶ばっかりして…」 そんな小言には耳も貸さずにエドはアルに向かって銃を放った。アルが慌ててその銃をその手で受け止める。 「なるだけなら使うな。けど、今は必要だから持ってろ」 「兄さんは?」 気遣わしげにアルがエドに言う。エドはいつもと変わらない強気な笑顔を見せると、右手をアルに掲げて見せる。 「俺にはこれがあるからいいんだ」 「…そうだね。でも気をつけてよ」 アルは改めて機械鎧の腕を見て安心していた。昔のように練成して刃の形にすることはできないが、それ以上に大丈夫だと思わせる何かがその機械鎧には感じられた。2年越しの歳月をかけて作られた機械鎧は、強度も軽量化も前につけていたそれとは比べ物にならないほど向上しているようだ。現に、今当たったはずの弾痕らしきものがその機械鎧にみあたらなかった。 ヘスが唸り声を上げる。ラングはそれに気づいて、二人に急ぐように促した。 「早くここから抜け出そう。ヘスがわざわざ一人で来るとは思えない!」 エドとアルもラングのその声を聞いて隠し通路を走り抜けた。三人は音を潜めて歩くよりもさっさとこの場所を離れた方がいいと判断したのだった。すでにヘスがこの屋敷に潜り込んでいたことを考えれば、おそらくこの先の出入り口には待ち伏せている人間がいるに決まっている。 「ったく、隠し通路の意味がねぇな!」 「兄さん!」 言ってはいけないことをぽろっと言ってしまうエドの歯に着せぬ物言いは、いつもトラブルの元凶だ。ラングのようにエドの性格をわかっている大人でなかったら、ここでまた喧嘩になっていたに違いない。 「ヘスのスパイが潜っていたのは知っていた。私の生活に直接影響が無かったので放っておいたのだがね。まあ、この別荘もすぐに売りに出すから、どうでもいいことだよ」 「すごい余裕ですね。自分の城にスパイがいてもどうでもいいことなんですか?」 アルは感心したようにラングにそう尋ねると、ラングは薄く笑みを浮かべアルを見てこう言った。 「たとえ鼠をこの城から無理やりに追い出しても、この世からいなくなるわけではないのでね。無駄な争いはしないにこしたことはない。将来的に鼠を城ごと置き去りにできればいいことだよ」 「すごいね。兄さん」 心底感心したアルがエドにそう言う。この場合のアルの言葉はエドへの皮肉ではない。本当に感心しているのだ。だからエドは兄としての威厳をラングの前では保てなかったことが余計悔しい。むっとしたようにエドは前を見据えて走りつづけていた。 「そろそろ、外に出るんじゃないか」 エドが前方に射す細い光を見つけた。走った距離としてもそろそろだろうと、エドは頭の中で歩測していたのだがどうやら間違いないようだった。 「戦闘開始、だな」 今までトリガーから外していた指を戻しながらラングはそう言う。アルも銃を構えて気持ちを落ち着かせるように一度息を大きく吸い込む。 「行くぜっ!」 エドは思い切ったように扉を開けると飛び出した。後の二人もそれに続く。 果たして、そこはやはり屋敷の裏庭に通じる扉だった。その美しい庭園を背景に、物々しい大勢の部隊が三人を取り囲んでいた。戦闘服で身に纏った男達の胸に、トゥーレ協会のエンブレムが縫い付けられているのをエドは目ざとく見つける。 男達が構える前に機械鎧を突き出して男の襟首を掴むとそのまま体を押し倒す。部隊は不意を突かれたか厚い壁でしかなかったその一角がぽっかりと穴をあけた。エドは倒れた男達の体を踏みつけながらその部隊の包囲網を抜ける。アルとラングもその後を追った。 「死角を抜けながら抜ける方法は?」 エドがそういいながらラングに聞いた瞬間、後ろで射撃が始まった。これも威嚇射撃だが、かなりきわどい位置に打って来るのでエドは何度か飛び上がってそれを避けた。 「庭園の木々は比較的丈が低い。庭園迷路でも作っておくべきだったな」 「あ、でも兄さんなら平気かも」 にこにこしながら言うアルは本当に悪気が無いらしくて性質が悪い。今は昔となったが、背丈を気にしていたエドに対する冗談である。エドはますますふて腐れた顔をしながら、一言アルにこういった。 「アル…お前実は腹黒か?ったく」 そう言ったエドが瞬時に速度を落として二人を先に走らせるとラングに叫んだ。 「あんたはアルをさっきよりもっとましな道に案内してくれ!」 「兄さん!?」 アルは一瞬立ち止まりそうになったが、ラングがすぐにアルの腕を引いて走らせた。エドはもうアル達を見ていない。兄の威厳をにじませた背中だけがやけに大きく見えた。 「兄さん!これじゃ前と変わらないよ!せっかく僕が来たのにどうして自分だけ犠牲になろうとするの?!」 ラングに腕を引っ張られながらアルは叫ぶ。けれどエドもまた叫びたい気持ちでいっぱいだった。「お前がいるからこそだ」と。しかし、それを言葉にすれば、アルは多分意味を取り違えるだろう。来なければ良かったなどと思うに違いない。それは違う。アルがいるからこそ自分が頑張れることを、もうエドは孤独に苛まれた二年間で思い知ったのだ。 今は信じるしかない。二年間、世界を隔てていた二人を引き合わせてくれた奇跡がまた起こることを。 エドはその思いを心に刻むと、二人の走りぬける方向とは違う方向に走り出した。 「やぁああっ!」 声を張り上げてエドは機械鎧の腕を伸ばし協会の部隊に突っ込んでいく。 「ひどいですラングさん!兄さんを見捨てるなんて!」 アルはまだエドのところに戻ろうとラングに捕まれた腕に抵抗していた。しかし、ラングの力も並大抵ではなく、アルはその腕を振り切れずにもがいていた。 既に二人は追ってくる部隊から身を潜めて、一旦城の隠し部屋に入り込んでいた。ここに来る途中に庭園で相手を撒いてきたので、二人がこの部屋に身を潜めていることには気づかれていないようだ。 「静かに、アル君。君は兄上を助けたいのかね?」 「あたりまえです」 打てば響くような応えを返すアルだったが、ラングは少しも動じることはなく、細めた目を少しも動かすことは無かった。アルは悔しそうにラングをにらみつけると、懇願して声を上げた。 「離して下さい。兄が」 「アル君、君が今兄君の前に出ることで状況は改善されるかな?」 ラングに落ち着きを払った声でそう問われて、アルはぐっと詰まった。アルも馬鹿ではない。ここで兄を加勢に行って捕まるだけだということはすぐにわかったのである。しかし、だからといって兄一人を犠牲にしたくない、どうせなら一緒に自分も、と駄々をこねていたのである。 「しません。でも兄さん一人を犠牲には」 「エド君は犠牲にはならんよ。組織も今は話を聞きたがっているだろうからね。しかし、もし今二人が一緒に捕まったとする。同じ利用価値のある人間を複数捉えた組織が両方とも生かしておくと思うかね?一人要れば十分だ、そうは思わんかね」 アルはそういわれてラングの細めた目を見つめ返した。ラングの表情は初めから終わりまで一貫して変わりはない。今はアルを諭しつけるために、落ち着いた空気を取り巻いている。そんな様子のラングを見たのでは、もうアルは駄々をこねることは出来なかった。それに、もっと建設的な行動に出るべきだと、アルは瞬間的にそう思った。 「頭が冷えました。ありがとうございます、ラングさん」 ラングはやはり表情を変えずに、厳かに笑ってみせた。 「はっはっは。君は本当に素直だな、アル君。きっと君がエド君だったら宥められなかっただろうね」 「そうかもしれません。身内の危機はとことん弱点ですからね、うちの兄は」 「やさしいのだよ」 ラングはそう言って、耳をそばだててあたりの空気を探るように目を閉じた。辺りからはもう銃声も足音もしない。部隊の攻撃が一旦停止されたようだ。エドが逃げ切れたのか、捕まってしまったのか、今では知る由もない。 「では、もう少し時間をみてから私達は逃げるとしよう。それまでにこの部屋にあるものを物色してくれてかまわんよ。どうせこの城は引き払うものだからな」 ラングの言葉にアルは嬉しそうに笑うと、ありがとうございます!と礼儀正しく頭を下げていた。 「部隊の三分の一を麻痺状態に追い込むとはたいしたものだな。エドワード・エルリック」 どこをどう戦ったのかもう覚えていない。さすがにエドは疲れ果てていた。完全に息が上がってしまって、酸欠で頭が朦朧としている。さすがに威嚇射撃を強要されていたとはいえ、訓練された戦闘員たちを前に完全に打ち負かすのは無理があった。錬金術が使えればまだ違ったはずだが、この世界ではエドは完全に生身の人間と同じだ。右手と左足が生身でないことだけが、今のエドのメリットだった。 気が付いたら戦闘員に羽交い絞めにされて、ヘスの前に突き出されていた。ヘスの顔が憎々しげにエドを睨めつけている。さっきエドが手刀食らわせた首筋をわざとらしくさすっているのを見たが、エドは知らんふりをした。周りの人間にそうと悟られないようにあたりを目線だけで見渡したが、アルとラングらしき人物が捕まった様子はない。どうやらうまく逃げてくれたようだとエドは静かに安堵した。 「ポケットを探れ。おそらく鍵はそこだ」 ヘスの命令を聞いた戦闘員の一人がエドのポケットを探りヘラを見つけた。エドが虚を突かれているうちに男がエドのポケットに手を入れてヘラを奪ってしまった。 「あっ!このやろっ!!」 エドは焦ってまだ自由だった足をばたつかせたが、すぐさま別の戦闘員がエドの横っ面を叩く。エドは一瞬眩暈を起こして気絶しそうになった。軽く叩いたようであっても、やはり鍛えた者の男の手は大きくかなりショックが激しいビンタだった。口の中に血の味が走る。どうやら歯で内膜を切ったらしい。エドはぺっと血の混じった唾を吐いた。頭がくらくらする。 「く・・・そぉ・・・」 「これが鍵か。間違いない。この図式もあるしな」 ヘスがしげしげとヘラを見つめながらそう言うので、エドは一瞬で目が醒めた。 「何でお前がその図のことを…!」 エドが狼狽してそう言うのを楽しそうにヘスは一瞥する。 「われわれを少々馬鹿にしすぎやしないかね、エドワード・エルリック。あの爆弾が機能しないことなどすでに調べがついているのだよ。それにあれが機能としては爆弾のほかにも意味があることもね」 「…どういうことだ?」 エドは鋭い眼光をヘスに向け、ヘスの一挙一動を逃すまいと言った風情でヘスを凝視する。しかし、ヘスはエドがしっかり隊員たちによってその身を封ぜられていることを安心しきったように、エドに一歩一歩近づきながら先ほどまでエドのものだったヘラ、もとい鍵をエドの前でちらつかせる。 「これは起爆装置じゃない。スイッチだ」 「同じことじゃ……っ!!まさか」 エドの目の色が変わる。スイッチとはオンとオフを制御するという意味だけではない、機能を切り替えるという意味もあるのだ。すなわち、爆弾として機能させるか、あるいはそれとは別の機能として切り替えることのできる鍵だというわけだ。 「勘がいい。しかし悪さが過ぎるようだ。少し眠れ」 別の男が手にした細長い容器にエドは見覚えがあった。以前にも見たことがある。息を止めようと身構えた瞬間、エドは催眠効果のある薬を顔面に吹き付けられた。 「ぐっ……ワンパターンにもほどがあるな…あん…た」 顔をしわくちゃにしながら減らず口を叩くエドをヘスは一瞥する。口の端に笑みを浮かべながら、毎度やられるお前ほどではない、と言う声を聞いたところでエドの意識は途切れた。 エドの体はくず折れるまま地に伏した。ヘスがまだ怒りが治まらないのか、エドの頭を靴で踏みにじる。金色の髪が泥で汚れてしまったが、エドの目は開かずただ苦悶を浮かべた表情のまま動かない。 「ったく、殺しても飽き足らない奴だが、ハウスホーファーも物好きな男だ」 ぐっと最後に足に力を入れてやると、ヘスはようやく足を離した。エドの頬には靴の裏の跡が残っている。 「縛って馬車に放り込め。ミュンヘンに戻る」 ヘスはそれだけ言うと、身なりを正してこの館の正門に足を向けた。エドの体はすぐに縄で拘束され、口には猿轡が嵌めさせられた。意識のないまま、エドはその場を離れることになった。 部隊の人間達も、作戦が終わったことに安堵の息を漏らしながら撤退の準備に取り掛かった。 |