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【鋼の錬金術師】 |
| ■大空の先へ[9] |
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掲載日[2007/02/02] 一方、アルは部隊が完全に引き払った後に行動を開始することにした。 「さて、アル君。君はどうするかね」 ラングがそう言ったのに、アルもまだこれからの計画が浮かんでいないことを正直に話した。 「それが、僕も何が最善かいまはわからなくて。とにかく兄さんと合流しなきゃならないんですが、居場所もわからないし」 アルはラングの言葉に甘えて物色していたものをゆっくりもとの場所に戻しながら、そう言った。非常食になりそうなものをあらかたもらい、あとは金目になりそうなものを見て回っていたのだが、金目になりそうなものは大抵が重くてごつい代物だったので運ぶのが億劫だと思い、とりあえずこの辺にしておこうかと考え始めたところだった。 「私は一旦ミュンヘンに戻ろうかと考えているが、来るかね?」 「ミュンヘン…ですか?」 アルはこちらの世界にきて間もないので、いまいち地理感覚に疎い。ラングはそのことを察してアルにすばやく解説を入れた。 「兄君がここ最近住んでいた町だよ。トゥーレ協会の本部も近いし、危険が伴うかもしれないがね。しかし行動を起こさねば何も進まないのではないかと思うがね」 「そうですね」 アルは思案顔になりながら、これからのことを考えてみた。エドが捕まっていなければおそらくアルを真っ先に探しに来るだろうが、それを待っていたのでは効率が悪そうだ。もし捕まっていたとすれば、助けたいがそれを知る手段も今は無い。エドと合流するための一番の近道はおそらく、あのヘラを取り戻して爆弾を協会から取り上げることを優先させることだろう。 「ラングさん、僕もミュンヘンに連れて行ってください」 アルが決意を漲らせてそう言ったのに、ラングは頷いて応えた。 「では、すぐに馬車の用意をしよう。厩の馬が残っていればいいが。まあ国軍の押し入りじゃないから馬を奪ったりはしないと思うがね」 ラングはそう言うと隠し扉を開ける操作をした。入るときもそうだったが、岩壁の一つにスイッチが紛れ込んでいてその岩を押すと自動的に壁が回転するのだった。 「隠し部屋があるなんて思いませんでした」 「今回初めて利用したんだがね。作っておいて良かった」 おどけるように笑いながらラングは部屋を出て行く。隠し扉の向こうは先ほどまで乱闘があったはずの庭園だ。アルはそのラングの後に続きながら、苦笑いを浮かべた。 「すみません、ラングさん」 「うん?」 ラングはアルが隣に来るのを待っていると、アルが申し訳なさそうな顔をしているのに気づいた。 「本来なら一度も使うべき部屋じゃなかったんですよね。僕らが転がり込んできてしまったからこんなことになってしまって」 ラングは肩を縮めてそう話しているアルを見てから、首を傾げた。 「一度も使うべきでない部屋を作ったのは私なのだから、アル君はそんなことを気にしなくてもよいのだよ」 「それにしたって、ラングさんはもっと安全に穏やかにこの国を出ることもできたと思うんです」 アルはそう言ってから、ますます肩を縮めている。そんなアルを見て、ラングは今一度前を見据えてから歩き出した。 「終わったことは終わったことだ。私はこれまでだって穏やかで安全な毎日を送っていたわけではないのだよ。金持ちのユダヤ人と忌み嫌って私を襲う奴らもいてね」 アルはラングの言葉に吃驚して、再びラングの隣に並ぶとラングの表情を伺った。しかし、ラングの表情には一点の曇りも無かった。 「そんな奴らに無下に命を狙われる事件よりも今回の事件の方が私にとってはずいぶん有意義なものだよ」 「有意義ですか?」 アルはやはり唖然としている。これだけの大騒動を有意義な事件などと片付けることのできる人間なんて、それこそ人間離れした考え方の持ち主だ。 「そうだよ。私は君達兄弟に色々な話を聞くことが出来ただろう。普通に生活していては絶対に聞けないような話をね。私は映画監督としてそういう話を聞けたことはこの上ない幸運なことだったと思っているよ」 アルは圧倒されながらも、ラングの言葉を理解することはできた。なぜなら自分達もそういう幸運を切実に願って4年間もの旅をしてきたのだ。確かに、そう言われれば納得もできるというものだった。 「だから、これだけ騒ぎに巻き込んでしまったのにラングさんはそれほど気にならないわけですね」 アルは少し安心したようにそう言ってみると、ラングはアルを身ながら片方の口の端を持ち上げて口ひげに手を触れ笑って見せた。 「だが、身の危険に晒されるのは御免被りたいのだがね。兄君に会えたらぜひそうつたえてくれたまえ」 「必ず」 アルがそう言って答えると、ラングは頷いて厩を指差した。庭の隅に建てられた粗末な小屋には、5頭くらいの馬がいるのが見えた。 「馬は無事のようだよ。馬車を取り付けるから手伝ってくれるかね」 「もちろんです」 馬車の車体を起こして、箱の中を軽く掃除する。馬具を馬に取り付けて車体と連結させて全体がうまくバランスをとれているかチェックをして馬車は出来上がった。どうやら部隊の連中はエドの身柄さえ拘束できればいいと考えたらしく、幸運にも厩の方には寄り付かなかったらしい。 「さて、いざミュンヘンへ」 ラングはそう言うと、ぴしりと馬に鞭を打った。アルは始めラングの隣の御者の席に座ろうとしたのだが、追われている自覚が無いとラングに窘められて箱の中の座席に身を置いている。本当ならば、迷惑をかけてしまったお詫びに御者の役を買って出たいところだったが、アルは馬を操作したことが無く言い出すことも出来なかった。 「アルくん、あまり気を遣わずに今のうちにゆっくりしておくといい。君はすぐにまたさっきのような混乱に巻き込まれるはずだ。それまではゆっくりしておってもバチはあたらんよ」 ラングの優しい言葉に、アルは少しほっと顔を緩ませることができた。こちらに来てから緊張の連続で心が休まることも無い。兄がいればまだ安心感が違ったのだが、はぐれてしまった今となっては寄る辺も無く心許ない。そういう状況でのラングの優しい一言はアルをずいぶん心を軽くした。 「ありがとうございます、ラングさん」 馬車はがたついた道なりをゆっくりとミュンヘンへ向かっていた。 がたがたと音が鳴っていた車輪がいつのまにか静かに規則的な音になっているのを聞き取って、アルは目が覚めた。うとうととしていた体はいつしか疲れを催して眠ってしまっていたようだ。体を起こして窓の外の景色を見てみると、田舎町だった風景は欠片も無く、すでに都会の一角へと入り込んだようだった。ここはずいぶんと発展していて、自分達が暮らしていた世界では中央指令部のあたりの町並みにそっくりだ、とアルは思った。 「もう着いちゃったんですか?」 アルはラングに声をかけると、ラングは少しも疲れた様子もなく快活な声で返事をした。 「起きたのかい、アルくん。そうだよ、ここがミュンヘン市街地だ」 「すごく大きな町なんですね」 感心してアルがそういうと、ラングはああ、と頷く。 「いい町だよ。みんな戦争が大好きだってことを除けばね」 「戦争が好きなんですか?」 アルは一瞬怖くなったのか首を竦めてそう言った。 「そうだよ。この国の人々は、自分の国が戦争で負けたことをどうしても受け入れられないんだ。不変な強さを信じていたんだろうね。そんなもの、どこにもあるわけがないのに」 ラングは嘆くわけでもなく、かといって、嘲る様子もなく淡々とそう言った。アルはラング氏はどうなのだろうと思った。 「ラングさんは?」 アルの言葉を聞いて、ラングは表情を微動だにせず答えた。 「私は、映画を作れればそれでいいんだがね」 「そうですよね…。戦争なんてやっちゃいけないんですよね」 アルはぼんやりと呟くようにそう言うと、ラングは御者側の窓から興味深そうに細い目を向けた。 「何故そう思うのかな?」 「え?」 アルは毒気を当てられたような顔をしてラングを見上げた。何故、そんなに当然な質問をするのだろうと思ったのだ。 「いけないと判っているのなら、どうして人間は法で定めないのかな」 そういえばそうだ、とアルも思った。目に見えて悪いこと、つまり「罪」は常に法で規制され個人が守られているはずなのに、「戦争」は多くの人が罪とわかっていて法規制はされていない。 いったいそれは何故なんだろう。 「何故だと思うかね」 「…諦めているから?」 アルは急に哀しくなった。妙に肩が透かされたように寒い。何かを堪えるように両の手を握り締めて、喘ぐように息を吐き出した後、アルは言った。 「人の業を…」 「人が人を諦めている、か。確かにそうとも言えるな」 ラングはうんうん、と言うように頷いて完全な否定も肯定もしない。それどころか、興味深そうに薄笑いを浮かべているようにも見える。 「アル君。でも君は人はもっと人に期待していいって思ってたんだね。だからそんな顔をするんだね」 「はい…でも、これが現実なんですね。人の上に立つ人間が誰もそんな簡単なことを思いつかないなんて考えられない」 恐ろしそうに体を震わせるアルを見てから、ラングは未だに少しも変わらぬ表情のままアルに言った。 「もっと合理的に考えれば簡単なことなんだがね」 「どういうことですか?」 青白い顔をして、アルはラングの答えを期待した。しかしその答えはアルを喜ばせる内容ではなかった。 「敗戦国は莫大な賠償金を課せられ、その陣頭指揮をとったものは死刑を命ぜられる。法はあらねど罰は処されるというものだよ」 ラングが淡々と口にした言葉は、やはり淡々とした内容でしかなかった。そのあまりの失望感に、アルは声を上げる。 「起こらないように事前措置を取る法があればいいだけじゃないんですか!?そのためだけに多くの人が死に至ったり、ままならぬ体になったりするんですよ!そんなもののために…ウィンリィは両親を亡くしたんです!」 アルがこんなに興奮して混乱しているのを多分エドでさえも見たことは無いだろう。それくらいアルは今ある現実の冷酷さに打ちのめされていた。 がっくりとうなだれて頭を抱えるアルを見ずにラングは一度馬に鞭を入れた。 「そんなもの、とはひどいな」 「どうしてです!人の命より大切なものが他にあるって言うんですか!」 アルが吼えるようにそう言うが、ラングは反応しない。この人には神経と言うものが無いのではないか、とアルは思い始めた。 「そんなもの、とは具体的になんだろうね。人々が一団発起して戦う理由…本来なら戦争と一括りにしてしまうことは好ましくない。反乱という言葉もあるからね」 ラングの真意が読み取れずに、アルは頭を抱えたままじっとしていた。 「生きる為の戦い、もしくは身内を生かすための戦い、なのだよ。それは人類という不遜な輩に限らず全ての生命に与えられた権利なのだよ。人は全てに戦う理由を許されている、と言っていい」 ラングはどうどう、と言いながら手綱を引っ張っている。どうやら目的地が近いようだ。 「戦争を許すな、と簡単に言ってしまえる人間は単に今の自分が幸せだからだよ。そんなに視野の狭い人間に君はなっちゃいけない。君は体を失ったことによって痛みを一時的に完全に失ったことのある貴重な人間だ。痛みの素晴らしさを君はあのときにどれほど思い知ったんだろうね?」 アルがようやく顔を上げると、まるで光を導くように目から涙が溢れていた。 「苦境を打開しようとする戦い、子供を守る為の戦い、領地の争奪は即ち食料の争奪と言っていい。生物は生きる為に戦うのが当然なのだから」 アルは伝った涙を腕で拭った。窓から見えるラングの後頭部を一心に見つめる。 「戦争を規制しないのは、諦めるな、というメッセージでもあるのだよ」 「ほんとうですか…?」 思わず、アルはそう問い掛けると、ラングは強く手綱を引いて馬を止めさせた。馬車がゆっくりとした震動で止まってから、こちらを向いたラングが少しだけ笑っていた。 「そうだったらいいと思わんかね?」 |