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【鋼の錬金術師】 |
| ■大空の先へ[11] |
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掲載日[2007/03/22] リンの言ったことは嘘ではなかった。 ミュンヘンを後にし、馬に鞭を入れて全力疾走させてドイツとスイスの国境付近まで移動したころ、馬車を止めてランファン達を待っていた。移動中トゥーレの連中に見つかることもなく、それはきわめて幸運な旅だったと言える。 「あんなに馬車を疾走させて、ランファンがアルを見つけたところでまたここを戻ってこれるのかよ?だいたい、アルに会った事も無いお前らがどうやってアルを見つけるっていうんだ?」 エドは不平たらたらでそう言ったのに、目を閉じてじっとしていたリンが言葉もせず一瞥をくれて、また目を閉じた。 「俺の家臣を侮るナ。こんな距離ランファンには準備運動にもならなイ」 たいした自信だな、とエドは言葉半分にしか信じていなかったが、その場所で小一時間が過ぎた頃、外で物音がした。こつ、と馬車のドアを控えめに叩く音だ。 「入れ、ランファン」 風格ある口調でリンがそう言うと、ランファンが静かにドアを開けた。背中には大きな荷物を包んだような布を担いでいる。まさか、とエドは背中の荷物に手を伸ばした。 ランファンの手から文字通り奪うように布袋を引っ張り上げると、中を開けてエドは言葉を失った。そこには紛れもなく弟のアルが眠り込んでいた姿を見つけたのだった。 「ど、どうやってみつけて・・・いや、その前になんでわかって・・・!?」 エドが混乱して二人を交互に見比べるように視線を彷徨わせると、リンは肩をそびやかしてみせた。 「『ワかる』んだってことを説明するのは難しいな。俺たちに言わせれば「何故わからなイのか」と言いたい話なんダが。特殊な魂の色の違いが判るんだ。お前も、お前の親父さんも、この弟クンもこっちの人間と色が違う。その違いを俺たちはみつけることができる」 「・・・そう、なのか・・・」 理解することは多分できないだろう、とエドは思い、とりあえず相槌を打って了解したことを示した。馬車には4人がそろったので、再びその車輪が動き出す。アルはおそらく眠らされた状態なのだろうと思い無理に起こさないことにし、エドは動き出した景色を見てから、口を開く。 「どこに行くんだ?」 「お前の親父さんの遺産を見に行くんだよ」 リンはそう言うと腕を組んで座席に沈みこむように体を預けた。これから寝る、という暗黙の意思表示のようだ。 「遺産?そんなものが?」 「ああ、でもどうせ到着まで時間がかかルから寝てロ。起きた頃には到着してるはずだ」 リンはそう言うと、すぐに寝息を立て始めた。いろんなことを聞きたかったエドはリンに無理やりにでも尋ねようとしたが、ランファンがさっと刃物を見せてそれを牽制した。主の眠りの妨げるものはなんぴとたりとも許さない、と言った風情だったのでエドはしぶしぶ引き下がった。 「鍵に爆弾、アルの奪還に、遺産の案内まで・・・こいつらに親父はなにをしてやったんだ?」 相変わらずランファンの面は微動だにせず、弟も袋から出してやったものの依然と眠りつづけている。一人だけ起きてわからないことに悶々と頭を抱えるのもばかばかしい、とエドは踏ん切りをつけると、思い切って背もたれに頭を預けた。それから10分と経たず、エドは寝息を立て始める。 馬車は漆黒の闇の中を疾走しつづけた。 「兄さん、起きてよ。兄さんったら!」 肩を揺さぶられてエドはしかめ面をしたまま目をうっすらと開けた。目の前には弟の顔が見えて、安心のあまりまた寝てしまおうと考えてしまう。 「もうちょっと」 「だめだよ。こんなところでこれ以上寝たら風邪引くからね!」 言われて唐突に全身に寒さを感じでエドは目を覚ました。馬車にはもうアル以外には誰も居ない。到着したのか、と思ってあくびをしかけた口の形がそのままくしゃみに変わった。 「っぶし!っぶし!っぶし!・・・んだぁ?」 馬車を寝ぼけ眼で出てみると、目の前には今までに見たことも無いような高い頂きの山を見つけてエドは一瞬目を点にする。 「は?」 目をもう一度擦り、目の前にある山と馬車の辺りをみまわすと、荒涼とした大地が広がる大自然ばかりのその場所にエドは立ち尽くす。時期としては冬目前の寒々しい季節のため、野の植物はほとんど枯れ果てている。しかしそんな野の植物のありさまなどはどうでもいい。目の前にあるあの猛々しい連峰の景色は、もはやドイツから見ることができる景色ではない、と理解したのだった。 「ずいぶんとまた…馬車は走ったみたいだな・・・」 「スイス国境を越えたらしいよ」 アルはいいながら、手にしていた地図をエドに見せた。エドは言葉もなくその地図に見入ると、やはりスイス国境を越えた山岳地帯の一角に印があった。 「んで?あいつらは?」 寒いのを堪えているのが辛くなったのか、馬車の中に残っていた毛布を引っ張ろうとしながらエドが言うと、アルが淡々と答えを返した。 「役目は終わったから帰るって。兄さん起きないしさ」 「説明もなしに帰るな!っていうか、帰すなよ、お前も!」 エドが鬼の面のように怒気を発しているのをアルはなれたように諌めながら、馬車の後ろにあったもう一つの布袋を取り出す。 「でも目的地も教えてもらったし。ほら、行く為の荷物も手配してくれたんだよ。これ以上僕らの都合で引き止めてしまうのも悪いよ」 「目的地?」 エドは袋の中を覗き込み、適当な水と食料と防寒具などが入っているのを確認する。荷物の中を物色していると、コンパスを見つけてそれをとりあえずポケットに入れた。 「この山を上っていくと壊れた修道院があるんだって。そこに居る人が全部知ってるって」 「ふーん」 機械鎧の腕を見て異常が無いことを確かめる。ふと、アルを見ればアルはあつらえたように厚手の服を着ているのに気づく。 「あれ、お前その服どうしたんだ?」 「あ、これ?ラングさんがくれたんだ。若いときに着てたお古だけどって。すっごく暖かいんだ」 表はなめした皮を隙間なく縫い合わせたもので寸分の風を通すことが無い作りのようだった。アルが自慢げに裏地をみせると、そちらは暖かそうな起毛でおおわれているのだった。 エドは羨ましそうに見てから、あれ、とその矛盾に気づく。 「ってことは、アルは目的地が寒いってことを知ってたってことか?」 「そうだよ。ランファンが寒いところに行くから暖かい服を着て、って言ってたからね。そしたらラングさんがすぐ用意してくれたんだ」 アルは手にしていた帽子をはい、とエドに渡す。たいした防寒具を身に付けていないエドへのささやかながらの品だ。それは耳まで覆われる毛糸の帽子だったが、無いよりはましだと思ったかエドは素直に被った。 「ラングも近くに居たのか」 「うん、ラングさんの自宅にお邪魔してた。撮影所の近くだって言ってたよ」 エドは分けた荷物の片方をアルに渡し、自分もその荷物を担ぐ。防寒具が頼りないので、エドは毛布を被って歩き出した。 「じゃあ、アルもミュンヘンに居たのか。どうりでランファンがとっとと帰ってきたわけだ。お前、戻ってきたとき荷物になってたぞ」 「うん。ランファンに人に見つかるのがまずいから荷物になってくれって言われた」 アルは自分が荷物扱いされたことについてはなんとも思っていないようだった。おそらく、兄にまた会えるならば手段など選んでいられないと考えていたのだろう。そんなことを思いつきもしないエドは、やすやすと荷物扱いされる弟を呆れた目で一瞥してから、地図通りの道を登っていた。 小1時間の登山だったが、起伏の激しい山道だった。登頂しろといわれたら諦めて帰っていたかもしれない、と思いながらその山の中腹にある寂れた建物を見つけたときにはエドもアルもこれ以上ないほどの安堵のため息をついたものだった。 「ホントに、あった・・・」 息を切らしながらエドがそう言うと、アルもはは、と笑いながら額に吹き出た汗を安心したように拭っていた。 「目に見えると、やっぱり安心するね」 「リン達とはまだ話だけの間柄だからな。アルを連れてきたことで信用に足る奴らだとは思ってたけど、やっぱどこかで疑ってたかな」 エドはそこにはいないリン達に詫びるような声でそう言った。アルはそんなエドを慰めるように微笑んでみせる。 「でも諦めずに登りきったから兄さんはちゃんと信じてたよ。さ、こんなところで休んだら風邪ひくよ。あの修道院まで頑張ろう」 「ああ」 建物が見えてきた安心感で思わず座り込んでしまったエドを鼓舞して、今度はアルが先導するように歩き出した。エドは一息深呼吸をすると、地に手をついて立ち上がりアルを追うように歩き出した。 木々の間をちらちらと見えていた古い建造物が、ようやくその全貌を現したのはそれからすぐだった。 後ろはすぐ崖になっていて、なんとか山道から落ちないようにその建物がへばりついているような印象だった。長年の風雨に晒されてか、大きなレンガを積まれた壁は所々が朽ちてはがれている。雨風を凌ぐのがやっとという風情だった。 木の板をはめ込んだだけのドアが見えて、アルがそのドアにノックする。 「すみません。誰かいませんか」 アルがそう声をかけたがドアはしばらく無反応だった。エドとアルが顔を見合わせてから、アルがもう一度ノックをしようと手の拳を作ろうとしたときに、キィと悲鳴をあげてドアが少し開いた。ドアは警戒心をあらわにするように少し開いたところからは動かず、その間から黒い頭がにゅっと出てきただけだった。 「わっ」 驚いてエドが身を引くと、アルも一瞬同じ行動をとりそうになったが寸でのところでそれを堪えた。女性に失礼があってはならない、と思ったアルはすばやく自己紹介を始める。 「あ、あの、僕はアルフォンス・エルリックです。こっちは兄のエドワード・エルリックです」 黒い頭、と言うのは比喩でもなんでもなく本当に頭ごと真っ黒だった。出てきたのは頭全部をベールで覆った修道女だったからだ。頭から完全に黒い布を被っているので顔を見ることは出来ない。その顔の無い頭が二人を見定めるように動くと、どうぞ、と小さな声で言ってドアの奥に消えていった。 「よかったね。入れてくれるみたいだ」 「それにしてもずいぶん無愛想な奴だな・・・」 エドはふて腐れたように口を尖らせると、アルは困ったように兄を見て言う。 「兄さんは愛想云々を言える立場じゃないと思うけどなぁ」 「なにっ?何か言ったかアル」 むっとしてエドがアルを睨むと、アルは肩をすくめてから誤魔化すように笑った。 「まあまあ、とにかく中に入ってさっきの人に話を聞かなきゃ。そうでしょ?」 「・・・・・・」 誤魔化されたエドは不機嫌な顔のまま、先にドアの中に入っていく。アルはもう一度修道院を見上げ、それから来た道に誰も居ないことを確認し、ドアの奥へと入っていった。 |