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【鋼の錬金術師】 |
| ■大空の先へ[14] |
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掲載日[2007/03/22] アメストリス――エドとアルが生まれた世界。 にわか景気の谷、ラッシュバレー。 ここは機械鎧の聖地とも呼ばれ、機械鎧の技師たちにとって憧れの町である。街には義肢装具の店で溢れ返り、どこを見ても機械鎧がぶら下がっているというある種異常な町である。 その店の一つ、「ドミニク工房」でウィンリィは忙しく修行と仕事に明け暮れている。 「それ終わったら部品調達を頼む」 「あ、わかりました」 工房長のドミニクは、偏屈で無口な男だが、機械鎧の技術はウィンリィにとって勉強になることが多い。ここでみっちり師匠の技を会得しつつ、さらに軽くて丈夫な機械鎧を作れるよう日々精進しているというわけだ。 今彼女は注文されていた義足の修理と、諸所の部品を軽量なものに替えている最中である。緻密な作業なため、神経を使うもののはずなのだが、彼女にとってはその作業が少しも苦にならないらしく、鼻歌さえ歌いながら作業をしている。 最後の仕上げに周りの保護パーツを磨き上げると、ウィンリィは額に浮んだ汗を肩にかけたタオルで拭った。 「よし、これでオッケー」 出来上がった機械鎧の義足を見てウィンリィは満足そうに笑うと、その義足を抱えて箱に詰めておく。梱包剤に埋もれながらも機械鎧は光を浴びて輝く。 「部品調達いってきまーす!」 ウィンリィは声を上げながら、ボードの部品リストを手に店を出ると、ドミニクが後ろ手で手をあげているのが見えた。その手が気をつけてな、と言っているようで、ウィンリィは笑みを浮かべると町へと出かけた。 外に出るとさすがに南部の太陽は厳しい。照りつける日差しをまぶしそうに浴びながら、ウィンリィはパーツ専門の店に足を運ぶ。女だてらの機械鎧技師というのはこの町でも珍しいらしく、ウィンリィはドミニクの店に入るとまたたくまに有名になってしまった。おかげで外に出るとウィンリィは挨拶に忙しい。 「よ、ウィンリィちゃん、忙しそうだねぇ」 「この前近所のガキが喜んでたぞ〜、調子いいってさ!」 「たまにはうちの店にも寄ってくれよ!安くしとくからさ〜!」 「あ、今度ウィンリィちゃんに頼みたいって奴、紹介するよ!」 ウィンリィが外に廻ること自体が少ない――工房で機械鎧を黙々と整備するか、ドミニクの手伝いをするか、機械鎧の設計をしているか――ので、たまにウィンリィが外に出るとここぞとばかり声をかける整備士やお得意さんでいっぱいなのだった。 ウィンリィはからからと笑いながら、ありがとー!とかまたね!と元気に笑顔を振り撒くものだから、人々はこぞって挨拶したくなるのだろう。 「あら、ウィンリィちゃん、今日は外周り?」 「エレンさん!」 機械鎧技師で女性のエレンはここに来てすぐに知り合った。夫婦で機械鎧技師をしているエレンは、数少ない女性技師同士、いろいろな情報交換や悩み相談するのにとてもありがたい存在だ。 「お久しぶりです!あとでそちらに寄らせていただこうと思ってたんですよ!エレンさんところのサスペンションが一番評判よくって!」 「あら、ありがとう。あれ、うちの人の自信作なのよ。是非言ってあげて。あの人喜ぶわ」 エレンは嬉しそうに微笑むと、ウィンリィの隣を一緒に歩き始めた。 「あ、でもまだ私ちょっと寄るところがあって…」 「いいわよ。お買い物、付き合ってあげる。たまには女同士の買い物もいいでしょ?」 エレンがいたずらっぽくウィンクしてみせる。ウィンリィは気さくな中にあるこういう可愛らしさのあるエレンが大好きだった。 「わぁ。ありがとうございます!是非!」 ふふ、とエレンはそんなウィンリィの喜ぶ顔を見て微笑む。エレンも妹ができたようで嬉しいのだろう。 「じゃ、いつものパーツ屋さんよね?エッジさんのところ?」 「はい!嬉しい!いい機会だからパーツの見立て手伝ってもらってもいいですか?ちょっと悩んでるパーツもあるんです」 ウィンリィがスタイルのいいエレンを見上げてそう言うと、エレンは意外そうに目を見開く。 「あら、ウィンリィちゃんでもそんなことがあるの?」 「ありますよ!固定観念でパーツを選ぶと安定感は得られますけど、進歩がないことになっちゃいますもん。他の人がどんな組み合わせでどんなパーツを選ぶか、っていうのをいま修行してるところなんです!」 「ふうん、なるほどねぇ」 エレンはウィンリィが拳に力を入れて話すのを横目で見ながら、ウィンリィが元気そうなのを見てちょっとほっとしたようだった。 「ウィンリィちゃん」 「はい?」 「あ…、えと、うちで部品買ったらちょっとゆっくりしていかない?」 エレンがそう言うのがとても珍しいことだったので、ウィンリィは少し考えてから、はい、と答える。 「一度工房に戻ってからでもいいですか?ドミニクさんに休憩すること、ちゃんと伝えてから行きたいんですけど」 「ええ、いいわよ。だったらさっさと部品調達を済ませちゃいましょうね」 エレンが快く承諾してくれたのでウィンリィは嬉しそうに微笑んだ。 「はい!」 エレンの工房にウィンリィが足を踏み入れると、すぐ入り口で部品の調整をしていた男が顔をあげた。エレンの夫のエリックだった。 「おや、こんにちは。ウィンリィちゃん。久しぶりだね?うちにくるの」 「ご無沙汰してます。エリックさん。ここのところ工房の作業に没頭してて…」 エリックがウィンリィの様子を見て、やはり安心したように息をついた。 「元気そうで何よりだよ。しばらくリゼンブールに戻った後、もうこっちには来ないのかと思っていたから…」 「いえ。そんなことは。機械鎧の修行に終わりはありませんから!」 ウィンリィは元気にそう返すと、エリックはそうだね、と笑っていた。 「あ、エリックさんのサスペンション!すっごく評判いいのでまた使わせてください!」 「本当?それはよかった。じゃあサスペンション詰め合わせを用意しとくよ」 エリックはそう言うと、嬉しそうにすぐに移動し始めた。エリックの下半身は何かの事故で全く動かなくなってしまったらしい。機械鎧でしばらく動けていたこともあったそうだが、今では脊髄がやられて信号が届かないらしく、車椅子の生活を余儀なくされている。 「ウィンリィちゃん、奥にどうぞ?」 先に片付けに戻っていたエレンが出迎える。ウィンリィはエレンと一緒に奥の部屋に通された。 「これだけ暑いと熱いものは飲みたくないわね。ジュースでいい?」 「あ、はい」 奥とは言っても建て屋自体が工房になっているので、そこここに製造用の機械が置いてある。一般家庭の居間とは程遠いが、窓際に落ち着いた色のソファーがちょこんと置いてあった。休憩用のソファなのかそこにウィンリィは案内された。ウィンリィはそのソファに腰をおろす。 程なく、エレンがジュースをウィンリィに手渡すと、エレンもウィンリィの隣に腰掛けた。 「さすがに熱いわね〜。機械鎧の子ってこう言うときものすごく暑くなるんでしょうね」 「あ、そうですよね。金属を身につけてるってそういうことですもんね。かといって冷却材入れる余裕はないし…」 ウィンリィははっと気づくと、早速ぶつぶつと解決方法を考え始めてしまう。技術者同士の会話とは大概こういうものだ。その場ですぐ、解決策を模索してしまうのだ。 「余計な機能を取り付けて場所を取って使いにくくするんじゃ意味がないしね。動いてナンボの商品だから」 エレンも困ったように苦笑いしながら、その解決策を考えているようだ。 「そうですよね。大きくても重くても意味が無いんです。装着者の一部にならなきゃならない。体の一部なんだから不快感があってはならない。でも機能は満たさなければ意味が無い。まったく、ジレンマだらけの商品ですよね。おかげでやりがいはありますけど」 ふーっと息をついてウィンリィはそう言うと、ジュースのストローに口をつけた。さっぱりと清涼感のあるジュースだった。甘いが、甘さが口に残らない。 「それなら、よかった」 唐突にエレンがそう言ったので、ウィンリィはえ?とエレンを見る。エレンがウィンリィを、とても温かい瞳で見つめているのに気づいて、ウィンリィは少しうろたえる。 「どうしたんですか?」 「ううん。ウィンリィちゃんがね、機械鎧をまだ想っていてくれてよかったって、そう思ったの」 エレンはそう言うと、手元のジュースをすすった。一口飲んでからウィンリィから目を逸らしまっすぐ視線をのばたまま、エレンは口を開いた。 「私、ずっと心配してたのよ。ウィンリィちゃん、ずっとあの子のために機械鎧の修行してたのに、あの子、居なくなってしまったんですってね」 「……」 ウィンリィは手にしていたコップを膝の上まで下ろした。両手でコップを掴んでいると、結露が手に滲んでくる。じわじわと増えていく結露は、指の間に溜まってやがて指の上を垂直に落ちていった。泣いているみたい、とウィンリィはなんとなくそう思った。 エドのこと。エドのことを言っているのだ、と心が理解するのにそう時間はかからなかった。最後に会ったあの日、せっかく異世界から戻ってきたのに、異世界から来た人間の悪行からこの世界を守るために「離れてろ」と言ったのを最後にエドはまた、違う世界に旅立った。もう、待たせてくれないんだね、と自分の口が言ったのも覚えている。けれど、あれから月日がたっても実感がわかない。もともとエドはずっと離れていたから、ひょいと姿をみせるような気がしてならないのだ。だから、あのあともウィンリィはいままで通り機械鎧の修行をしている。ロゼがしばらくリゼンブールに滞在していた間は一緒に田舎に帰っていたが、ロゼが次の住処を見つけてロックベル家を出るのとほぼ同時に、ウィンリィもラッシュバレーに戻ってきた。自分のやるべきことはまだある、という気持ちがどこかにあったのだろう。 正直、機械鎧に触れるとエドを思い出してしまいそうなのが、ずっと怖かった。けれど、じっと何もしないで家にいるのも自分らしくないと思っていた。だから、思い切ってラッシュバレーに来たのだ。ここにきてしまえば、いやでも修行しなければならない。ウィンリィは自分を窮地に陥らせることで、自分の中の不安を解消しようとした。 そしてそれはある意味、成功したといえる。今は何のわだかまりもなく、機械鎧に没頭できているのだ。 「でも、ウィンリィちゃんは機械鎧の修行をやめなかった。ウィンリィちゃんが、心の中でどんな整理をつけたかは私にはわからないし、立ち入ることじゃないってことも思ってる。けどね。無理に気持ちを捨てることはないのよ」 エレンはそう言ってウィンリィを優しく見つめる。ウィンリィはどんな表情をしていいのか判らず、ぼんやりとした顔でエレンを見た。 「思い出すのは辛い、会いたいと願うことは苦しい、それでも失うよりは良いと思うこともあるのよ。だから、機械鎧の修行を続けているんでしょう?いつかその成果をみせるために。一歩でも進んだ自分を見せるために」 ――そうなんだろうか。 ――私は、そのために機械鎧の修行を続けているんだろうか。 本当のところ、ウィンリィは自分の胸の内にあるものをしっかり見定めることをできないでいた。とにかく、今は機械鎧のことだけを、それだけをしっかり修行して・・・その先どうするつもりなのかはぜんぜん考えていなかったのだ。 それは結局、その場しのぎに過ぎないのかもしれない。そう気づいたとき、さっきの雫と同じものが頬を伝うのを、ウィンリィは感じた。 硝子から伝わる冷たい温度とともに流れた雫。 泣いているみたい、と思ってから、ウィンリィは笑った。 自分のことなのに他人事みたいに思った自分がちょっと可笑しかった。けれど、やっと自分が自分の気持ちを受け止められたような気がしたのだ。エレンの言葉で、ようやくウィンリィがどうあるべきなのかを判ったような気がしたのだ。 エレンが元気付けるように、ウィンリィの肩を引き寄せた。ウィンリィが安心したようにエレンの肩にもたれかかる。 「あなたなら大丈夫。最高の機械鎧技師になれる。そしてその成果を見せるべき人に見せることができる。どっちも難題に違いないけれど、でも、諦められないことを諦める必要なんて絶対に無いわ」 ウィンリィは、声を殺しながら泣いた。うん、うんと頷きながら、自分が想っていたかったこと、願いたかったことがなんだったのかようやく判って、そして、それが嬉しかった。 「だから、頑張って」 「…はい」 元気付けてもらえてよかった。そんな人がいてくれてよかった。 ウィンリィは心の底からエレンの存在を感謝した。 |