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【鋼の錬金術師】 |
| ■大空の先へ[17] |
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掲載日[2007/03/29] アメストリス東方リオール。 国軍突入と傷の男(スカー)による錬成陣の発動によって一度は壊滅状態にさせられたこの町は、今では少しずつもとの活気ある空気を取り戻しつつあった。方々に散開していた人々も自分達の町を建て直そうと戻り始めており、壊れた建物の修理やめくれ上がってしまった道路の後片付けなどに勧んで取り掛かっていた。 豪腕の錬金術師ことアレックス・ルイ・アームストロングは手をぶつけたものを瞬時に芸術的な造形物に仕立て上げるその能力を有効利用しようと、リオール再建の建築事業に多く役を買って出ていた。しかし、彼の特殊かつ個性的な建築美術に喜ぶ人は多くは無かったという。 さて、そんなリオールにまた災難が降りかかる。お騒がせ兄弟ことエドワード・エルリックとアルフォンス・エルリックがここリオールに再び姿を現すという噂話が飛び交い始めたのである。 「なにぃ!エルリック兄弟が?!」 店先の噂話を聞き付けたルイ・アームストロングが、まさにその店に主人に食ってかかろうとしたところに、救いの主が現れた。 「アームストロングさん、マスタング伍長殿がいらっしゃってますよ」 リオールでは知らぬ人はいない、傷の男に女神にまで仕立て上げられたロゼという娘である。さすがに今ではロゼは普通の町娘の格好をして再建復興の手となり足となり働いているのであった。 「ぬう、マスタング伍長殿が何故こんなところまで。ロゼ殿、すぐに案内をお願いする」 「いや、もう来ている。変わりないな、少佐」 左の目に黒い眼帯をした男がロゼの背後から現れる。ロイ・マスタング伍長である。異世界の軍隊との一戦では中央に戻ってきていたがその後すぐに北方の監視所に戻っていってしまったと中央にいた連中から聞いていた。ということは、またもや別件で何かあったことをアームストロングは覚る。 「伍長殿…」 軍からは退役したことを何度もいうが、ロイはこれまでの癖でつい少佐と呼んでしまうのだ。ロイがそれに気づき、すまない、とばかりに手を翳す。 「実は早急に手伝ってもらいたいことがあるのだ。先日つぶした錬成陣をもう一度作りたい。君の造形性を持ってすれば瞬時に作れるのではないかと思ってね。すでに陣形はここに記してある」 ぴっと指先に折りたたんだ紙片をつまませて、ロイは内ポケットからアームストロングに差し出す。アームストロングは大きな体に似合わない丁寧な物腰でその紙を受け取る。かさかさと紙が重なる音を鳴らしながら開いた中には、先日抹消したばかりの陣形がそこにあった。 「その陣があれば、彼らは戻ってこれるのだそうだ」 ロイはにっと笑いながらアームストロングの顔を見上げる。アームストロングは嬉しそうに口をほころばせつつも、少しとぼけて見せた。 「彼ら。はて、一体それは誰でしょうな」 ロイがそれを聞いてくすくすと含み笑いをする。 「さて、それは私も実際に見て確かめたいと思っているのだよ。些か信じがたい情報なのでね。協力してはくれないかね?アームストロング殿」 アームストロングはそれを聞いて困ったように腕を組んで歩きだす。 「それは…しかし困りましたな。協力したいのは山々なのですが、私も復興作業でなかなか忙しくて困っているのです」 場所を移動する彼の後をロイは面白がるようについていく。既にロゼは二人がもう行動を始めたのだと判断し、復興作業の手伝いに戻っていった。 「そうか、無理を言っては申し訳ないな。いや、急に申し訳なかった。私は貴兄への配慮が足らなかったようだ」 「とんでもない、伍長殿。私は少し時間が欲しい、と言っているのです」 言いながら、先日錬成陣をつぶしたばかりの広場にたどり着いたことに二人は気づいていた。 「いかほどの時間が必要かな?」 もはやそれは二人にとって言葉遊びでしかない。 アームストロングがにっと右口角だけを上げたかと思うとぐわっ右手が唸り、轟音とともにその拳が大地にぶつかる。瞬時に錬成反応で光が迸って、その一瞬後、まるで生き物のように大地が蠢いて先ほど紙に記してあった陣形がそのまま広場に模倣されていた。 「お待たせして申し訳ありませんな。伍長殿」 「いやいや。思ったとおりの時間であったよ、アームストロング殿」 その頃、リゼンブール地方を飛び出して列車に飛び乗ったウィンリィもまた、同じくリオールを目指していた。 スイス国境付近、寂れた修道院地下室では、世界を隔てた向こう側の異変にいち早く錬成陣が反応した。 爆弾をセットし、自らを人体錬成するため陣の中央に配置したエド、そして陣の外側から陣に発動をかけるために待機するアルの姿があった。錬成陣が何か化学反応するように色を放ちはじめたのだった。 「来た!多分大佐がやりやがった!」 嬉しそうに声を上げるエドはすぐさまアルに合図を送る。アルはそれに頷き、思い切って手を陣の縁に合わせた。 瞬時に錬成反応が陣の全体から発光する。エドの体がすぐさま黒いものに巻かれようとして、アルは心細さに叫んだ。 「兄さんっ!!」 「大丈夫!信じろって言っただろ!」 そういうエドの顔も、一か八かという勝負に冷や汗を垂らしているようだった。手も足もすでに機械鎧になってしまっているエドの体をこれ以上もっていかれたくはない!と祈るように見つめるアルの目の前で、二次錬成反応が始まった。再び錬成陣が色を変えたのである。 「な…!」 「高エネルギーの変換錬成が始まった!これで大丈夫だ!」 高エネルギーの有機物を求めていた黒い触手のようなものは今までエドの体を求めていたが、いっせいに今度は爆弾の方に向きを変えたのだった。 爆弾は光を浴びて形を変える。爆発的な光を発光したので、エドもアルも一瞬目を閉じた。 その後光が収まってその爆弾があったところに発生したのは、見たことのある赤い石だった。 「赤っ…!?これは、賢者の石ッ…!」 予想外の展開にエドもアルも驚く。なんと、ホーエンハイムは単なる有機物の変換ではなく賢者の石への生成変換処理を施していたのである。 黒い触手はいっせいにその赤い石を取り込むと、エドとアルの前に扉を出現させた。重々しく荘厳な扉がゆっくり開くと同時に、触手によって吸い込まれるように二人の体が連れて行かれた。赤い石のエネルギーのお陰か、二人とも体に異常はなく、それどころかまるで空を飛んでいるような錯覚さえ起こせそうなくらい気分のいい空間移動だ。 「等価交換、か」 どちらともなく、そう言った言葉がこの世界での最後の言葉になった。 光と轟音が同時にリオールの空を突き破った。雷雲など今までどこにもなかったのに、その光柱と轟音は天を真っ二つに割かん勢いで鳴り響いた。その光柱の元凶は、先ほどアームストロングが施した錬成陣からだった。 大きな力が陣を通して突き破ってきたのだ、ということがリオールの広場にいた誰もが感じ取ることが出来たくらいの恐ろしい光は、その威力にも拘らず一瞬にして消えた。そして、まるで何かの奇術の後のように、大きな錬成陣の上には二人の少年がぽつんと座り込んでいたのだった。 先ほどの轟音とは対照的にしん、と静まり返った大地がそこにあった。錬成陣が発生したことによって何が起こるかをリオールの人たちには知らされていなかったので、あんなに仰々しい前置きの後に現れたのが、たった二人の少年だったことに多少気抜けしたような雰囲気が醸し出されていた。 「あ、あれ。リオールと連結したのか…」 前回と同様、地下都市と連結すると思い込んでいたエドは、妙にギャラリーが多いことに照れたように頭を掻いた。アルはあたりを見回して、確かにここがリオールだということを認識すると、嬉しさがこみ上げてきてエドに飛びついた。 「兄さん!ああ兄さん!すごい、二人とも戻れた。ちゃんと戻れたんだよ!!」 「おい、アル。お前信じてなかったのかー?」 おどけるようにそう言いながら、エドはくしゃくしゃとうれし泣きするアルの頭を撫でてやった。 二人が扉を超えることに成功した喜びに浸っていると、ギャラリーの間から聞きなれた声が上がった。 「鋼の!」 「エドワード・エルリック!アルフォンス・エルリック!」 颯爽と歩いてくる男を見定めて、エドはげっと顔を歪ませた。ロイとアームストロングを見つけたのだった。 「心配したぞ!二人とも」 アームストロングの感動的な再会の儀式に逃れられるはずもなく、エドはぎゅーと体をつぶされるほど強い力で抱きしめられた。ちなみに、アルフォンスの方はというと、うまくかわしている。兄だけが犠牲になっている形だ。 「本当にありがとうございました」 アルはロイの前に立つと行儀よく頭を下げる。ロイは目を細めると、アルを見て意地悪そうに笑った。 「君を止めたつもりになっていたのに、まさか鋼のと一緒に向こうに行ってしまうとはな。全くしてやられた」 エドだけが責任を背負い向こうの世界に戻ると行ってた前回の別れのときに、アルはこっそりエドとともにあちらの世界に戻る戦闘機に乗り込んでいたのだった。一度はロイが止めたにも拘らず、だ。アルはそれを思い出して、えへへ、と笑って誤魔化した。 「ごめんなさい。でも、僕は兄さんと一緒にいたかったんです」 アルは素直にそう言うと、ロイもそれ以上意地悪なことは言えなかった。納得したように頷いて、優しく微笑んでみせる。 「知っていたよ、そんなことは」 そんなやり取りをしている隣で、兄たる威厳もなくエドはアームストロングから逃げ回っていた。 「いーかげんにして…く…ぎゃああぁぁ!!」 ちょろちょろと人の間を縫って逃げ惑っていると、はたと鉢合わせした女性にエドは悲鳴を上げた。正確に言えば、その女性が投げたものに、であるが。 どっとぶっ倒れたエドの体の先に、アルは見た。アルにとってもそれは大切な幼馴染みの女の子。ウィンリィ・ロックベル嬢だった。 「ウィンリィ!」 「アル!よかった!アルも帰ってこれたんだね!!」 アルに駆け寄るウィンリィは嬉しそうにそう言った。しかし、その途中でエドが文句を言おうと立ち上がる。 「てめっ!このやろー!おめぇはもうちっと」 「アンタは後!」 びしりとひときわ大きなスパナを正面からばしりとやられては、エドは再びきゅう、と昏倒するしかなかった。 「心配したんだよ?アル。アルまでいなくなっちゃうから」 「ごめんね、でもウィンリィのために僕やらなきゃって思ったんだ。兄さん一人じゃあてにならないんだもの」 ウィンリィは容赦ないアルの言葉に笑う。アルはそんなウィンリィの笑顔を見れて、一安心することができた。後の心配事は兄だけだ。 後ろでようやく頭から出血しながらも恨みがましそうに立ち上がっているエドの姿が見える。 「ウィンリィ…てめぇ…せっかく人が苦労して帰ってきたのにそういう歓迎はないだろ!」 アルは兄のその言葉でどうやら約束は忘れさられたらしいと、がっくりする。ウィンリィはまだエドのほうを向いていない。もしかしたら、照れくさいのかも、とアルは思う。 いや、それとも顔をあわせるのが怖い、とか。 以前せっかく会えたその瞬間、ウィンリィがエドに抱きついて『お帰り』と言ったのにエドはそれには一言も答えず異世界に戻ってしまったから。 元来フェミニストのアルはそこまで考えると、起き上がったエドを睨みつけた。 エドがすぐにアルの視線に気づいて、びくりと肩を揺らす。鋭い眼力でアルはエドに合図する。 ―約束はどうしたの、と。 アルに釘刺され、ぎくしゃくしたエドは気勢を殺がれて黙り込んだ。その隙にアルが優しくウィンリィを元気付ける。 「ウィンリィ。兄さんウィンリィに話があるって」 「言ってねぇ!」 ぶんぶん!と慌てたように首を振るエドに、きっと鋭い眼力をアルが投げかける。兄の威厳の欠片もあったものではなく、エドはすぐにびくりと震えると黙り込んだ。 「だから、聞いてあげてくれる?」 ウィンリィはアルに言われて頷いた。くるり、と振り返った瞬間、何をするかと思えばその手にはまたもスパナが握られていて、エルリック兄弟は混乱の極みに髪を逆立てさせた。 「うあああっ!」 「ウィンリィ!?」 「……」 ぱしっぱしっ しかし、先ほどのような酷い仕打ちではない。あらん限りの手にあるスパナを投げつけてはいるが、もうその手に力はないらしく、エドの服や顔に軽く当たってカラン、と落ちるだけのものだった。 「……」 ぱしっぱしっぱしっ ウィンリィはエドの顔を見ず、ひたすら手にあるかぎりのスパナを投げつけた。エドもだんだん、ウィンリィの言いたいことがわかってしょげたように頭を下げながらゆっくりとウィンリィに近づく。 ぱし、ぱし、ぱし 二人の間で、目の前で小さなスパナが転がって落ちる。手当たり次第という言葉どおり、ネジやらも出てきてばらばらとエドの前に細かな部品が転がった。他にもないかと一瞬止まったウィンリィの手を、エドがぱし、と掴んでその一方的な攻撃は止んだのだった。 「っ…のっ…ばかっ」 泣き腫らした目を何とか隠そうとするウィンリィに、エドは申し訳なさそうに頭をうな垂れた。 「…ごめん」 「もう、どっか行ったりしたら承知しないんだから」 「誓う」 ぐっとエドが掴んだウィンリィの腕を握り締めた。ウィンリィがやっと、エドを見上げる。 「もう、どこにもいかないって、誓う。誓うから、泣くな」 エドを見上げたウィンリィの顔が、やっと泣き笑いに変わる。震える唇が、エドの顔を見てもう一度言った。 「ばか。おかえり」 「ただいま、ウィンリィさん」 二人がそうやってやっと微笑みあったところで、ふふふ、と言う声を聞いたエドがぎくり、と肩を震わせた。 周りを見てみると、好奇心いっぱいの瞳が三対もエドとウィンリィの様子を見ていたのだった。いうまでもないが、アル、ロイ、アームストロングである。 「誓う、だって。大佐。うちの兄、どう思います?」 「私はもう大佐ではないのだが、まあいい。口説きのテクとしてはまだまだ修行が足りんな。しかし彼女はいい子ではないか。幸せにしたまえよ、鋼の」 「唐突な話に我輩びっくりいたしましたが、いやはや。いい話でまとまりそうですな。結婚式にはアームストロング一家総出でお祝い申し上げるからして!」 きょとんとするウィンリィを他所に、顔を真っ赤にしたエドがあわあわと三人を見渡して後ずさりする。 「何言ってんだよ?お前ら。なんか勘違いしてねぇ…?」 エドを見た三人が嬉しそうに顔をあわせてから、いっせいに声を揃えてこう言った。 「何って、今のプロポーズ…」 「ちっがーう!!」 ひとしきり喚いて否定したエドは、その後頭から蒸気を出しながら再び昏倒した。 「ちょっとエドっ!?」 意識を手放す直前に聞こえてきた大切な子の声と、目に飛び込んできた青い空。 もしかしたら、とエドは思う。 もしかしたら、あの空を越えることも不可能じゃないかもしれない、と。 ■End.
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