【鋼の錬金術師】

■離さないからな

作成日[2006/12/17]























 風が鳴る。静かな草原を渡る風の音は日々その冷たさを増していく。

 いつ帰って来ても、この土地の気候の行方は忘れることは無い。頭が考えるよりも知っている肌が先に気づいてしまうみたいだ、と思う。

 どこまでも続くかに見える草原の先に見えるのは、遠くない山の稜線。都会の景色と違ってその線が途切れることはない。

 きっと変わりないのだろう。朝焼けの溢れる光、太陽が昇りきったときの青い空、一日が終わる直前の燃えるような朱色、オレたちはそんな空の変化の中で、生まれ育ってきた。

 ずっとずっと一緒だった。

 これからもずっと一緒だと信じていた。

 もしも、あの時この道を選ばなかったら、オレたちは一緒に居られたかもしれない。

 居られたのかもしれない。

 けれども、時はそう流れなかった。

 時は、オレたちが一緒に居ることを許さなかったんだ。

 なんの業かは知らないが。




 年の瀬になって、オレとアルはリゼンブールに戻ることになった。

 オレの(一応の)上司であるマスタング大佐が余計なお遣いを頼んで、いや、強要してきやがったんだ。

 大佐のことなんかいつもなら放っておくんだが、それならばお前達を交通封鎖をしてやるぞと脅してきやがった。

 大佐は軍でオレたちの禁忌のことを知っているわずかな人間の一人で、それをネタにいつでもオレを脅しつけられるのだ。

 オレはあのすかした顔の大佐にまんまと弱点を握られている、というわけだ。情けない話だが。

 けれど、むやみやたらにその弱点を悪用してくるわけではない。大概、狡猾な大佐のことだから何かウラがあることが多い。お陰で面倒に巻き込まれることもしばしばだ。

 今回は断るのも面倒だから、仕方なくそのお遣いを受けることにした。

 ただ、今回は厄介なことはないのだ。どちらかといえば管理官として、部下に強行で休暇を与えようとしている、というのが近い。

 確かに、オレたちはここのところ無理をしていた。情報があれば西へ東へとこの国でいけるところならば、いや、いく道がなければ自力で道を作ってでも向かっていた。

 手がかりに弄ばれるように、オレたちは奔走しまくっていた。

 一応書類的な手続き上、報告書を上司に上げるのが規則になっているので、それが逐一大佐の元に届いていたはずだ。

 大佐はオレたちの行動があまりにも無理があるものだと判断したのだろう。

 少しは休め。年越しくらい、かりそめの家族ですごせ。

 大佐の言外の意味を、オレは汲み取っていた。



 さすがに僻地の空っ風は芯から体を冷やしていく。オレとアルは急いでロックベルの家に向かった。

 空を見上げると、東方向に重たい色の雲が空全体に立ち込めていた。雨雲じゃない、とオレは思う。

「雪が降るかもしれないね。兄さん」

「ああ、そうだな」

 アルも、同じことを思ったみたいだった。見る間に空はどんどん、黒い雲に覆われていく。

 身を切るような寒さに体をかじかませながら、暖かい暖炉を求めてオレはロックベル家の扉を開いた。

「ばっちゃん!暖炉燃やして!暖炉!」

 唐突にばんっと開いたのに、中に居たピナコばっちゃんはゆっくりとした動作でオレたちを見ると、片方の眉を上げただけだった。

 ここは、オレたちがここに来ることを日常と同じことのように受け入れてくれる。

「おや、お前達。来たのかい」

「寒ぃ!寒ぃ!」

 オレはたまらなく冷えた体を温めようと、暖炉に向かって一直線に走っていった。暖炉はぱちぱちと爆ぜる音を立てながら、柔らかな光を発していた。

 温められた空気の一帯にほっと安堵の息を吐いて、オレは暖炉の前に座り込んだ。

 手のひらを火の光にかざしていると、ばっちゃんが毛布を肩に掛けてくれる。

「珍しいじゃないか。見たところ腕が壊れたようでもないのに」

「ああ、大佐に行けって言われてさ。パシリかっつーの。いやになるぜ」

 掛けられた毛布を俺は両手で掴んで包まった。毛布には太陽の匂いが沁みていて、鼻腔に心地いい。

 たゆたうような生活の中の時間が、毛布一つからも滲んでくる。ここは、日常に溢れている。

「兄さん、荷物部屋に置いておくよ」

「あ、すまねぇ、アル」

 アルがしばらく暖炉の前から動きそうに無いオレを察して、傍に投げ出していた鞄をいつも泊まらせて貰う部屋に持っていってくれた。

 アルの背中を見るついでに、無意識に階段に目をやってしまった。階段の先にあるのは、ウィンリィの作業部屋だ。
 それをばっちゃんに目聡くみつけられて、慌てて暖炉に視線を戻した。けどそれはもう遅かった。

「ウィンリィなら、買出しを頼んだんだよ。年の瀬でいろいろ物入りだからね」

「ふー…ん」

 気の無い返事になるようにオレはそれだけ言った。目の前で爆ぜる音を立てる炎を見つめていた。

 ばっちゃんはゆっくりオレから離れていく。ばっちゃんが窓を見たような仕草も無く、オレに言った。

「雪が降りそうだね。エド、迎えに行ってやっておくれ。早く帰ってこいってね」




 めんどくせぇ、とか、寒いからイヤだ、とか言ってみた。

 子供じゃねぇんだから雪降る前に帰ってくるさ、などとばっちゃんに言っていると、部屋に荷物を置いてきてくれたアルがリビングに戻ってくるなり言葉を挟んできた。

「さっき兄さんだって雪が降りそうだって言ったじゃないか!ぐちぐち言ってないでさっさと行く行く!」

 手に傘を二本無理やり持たされて、オレは寒い外に文字通り放り出された。

 漫画とかだったら「ぺいっ」とか効果音が付いたに違いない。

「あ゛〜〜〜寒ぃぃ〜〜!!畜生〜〜〜アル覚えてろよぉ〜〜〜!!」

 オレは思わず恨みがましい声を上げながら、仕方なくこの村の小さな商店街に向かった。

 商店街は小さな村ながらのささやかなお祭り気分に湧き立っていた。

 久しぶりに戻ってきたオレの姿を見つけて、同級生だった奴らが手を上げて駆け寄ってきた。

 簡単に挨拶したあとの二言目には「ウィンリィならさっきそこで見たよ」と言われてしまう。

「なんでウィンリィ、なんだよ」

「だって、エド探しに来たんだろ。ウィンリィのこと」

「ばっか。なんでオレが」

「だって、傘二本だもん」

 一人にびっと傘二本を持っている右手を指さされて、オレはうっと詰まってしまう。

「エドくん?僕が一本もらってあげようか?」

 にんまり、と気持ち悪く笑った一人が猫なで声でそういうので、オレは背中に怖気が走った。

「なんでだよ。オレ二本ないと迎えの意味無いんだけど」

「相合傘で帰ればいいんだよぅ〜」

「きゃーあちちだー!」

「エドくんとウィンリィはあちちだー!」

「ばっ!ばっかやろ!てめぇらからかうのもいいかげんにしろっ!」

 からかわれて頭に血が上ったオレは傘を二本両手に持ち直して、二刀流のごとく振り回した。

 仲間だった奴らはきゃぁきゃぁいいながらオレから蜘蛛の子を散らすように退散していった。

 よく考えたら、錬金術でぱぱっとやっちまえばよかったと思ったのはずいぶん後になってからだった。

 けど、小さい村とは言え仮にも街中で練成をするのは賢い手段ではない。

 オレは妥当な線を選んだんだ、決してこれは心が乱れたからじゃねぇ、などと思いながら一人気を落ち着けていると、見覚えのある後ろ姿が人ごみの中にちらりと見えては隠れた。

「いたな」

 オレは二本の傘を片手に持ちなおして、ウィンリィと思しき後ろ姿を追った。

 ウィンリィはどうやら物思いに耽っているのか、どうも歩き方がぎこちなかった。

 危ういところで人にぶつかりそうになるのを何故か避けられているようだが、足元が頼りなくおぼつかない。

 どうせ、機械鎧の構造のことでも考えながら歩いてるのだろう、と思うと、オレはため息をつきたくなった。

(ったく、危なっかしいったらありゃしねぇ)






「なにぼやっとしてんだ?」





 びくっとウィンリィの肩が揺れるのを見つける。ちゃんと聴こえたらしい。

 ようやく我に返ったようだと安心して振り返るのを待っていたが、ウィンリィはまだ振り返ってこない。

(こんなに反応が鈍い奴だったか?)

 オレはもう一度声を上げようとしたところ、唐突にウィンリィがその体をくるりと反転させて歩き出そうとした。

 オレは、位置的にウインリィの真後ろにいたから、反転したウィンリィはまともにオレとぶつかる羽目になった。

 当然だ。

「わぷ。す、すみません」

 ウィンリィが慌てて謝って頭を下げるところをみると、どうやらまだオレに気づいていないようだと思った。

 思った途端、今度はウィンリィの体が傾いでよろけそうになっていることに気づく。

「わ」

 オレは慌てて手を差し延べてウインリィの腕を掴んだ。

 硬質の腕に思いっきり衝撃がぶつかると痛い思いをさせてしまうのが判っていたので、一瞬慣性に任せるように腕を流し、それからゆっくり体勢を整えさせる。

 運動神経が悪いわけじゃないことは判っているので、ウィンリィならこれくらいで十分だと思った。

 思ったとおり、ウィンリィは自分で体勢を整えなおした。

「お前なぁ。ばっちゃんに頼まれた買い物も満足にできねぇのかよ?」

 つい、呆れた物言いになっちまうのは仕方が無い。

 すぐそばにあるウィンリィの体がどうにも気恥ずかしいんだよ。正直なところ言うとな。

「村っつったって今時期は結構人はいるんだかんな。気をつけて歩けよ」

 一向に離れようとしないウィンリィの態度を訝しみつつ、オレは言葉を続ける。

 黙ってるのは、ダメだ。無理だ。何か言ってないと。

「おい、聞いてるか?」

 早く、何か言ってくれ。

 そう思いながら話し掛けていると、ようやく、のろのろとウィンリィの目がオレの顔を見つめる。

 相変わらずの大きな青い瞳。

 吸い込まれそうなほど大きくて、それでいて密やかに輝く海色の瞳がオレを捉える。

 それは、驚愕、という言葉のみの表情だった。




「…んだよ。その顔」





 そりゃ、ま、その顔にしかなりえないのも判るけど、な。

 しかし、お前その顔はあまりにもアホヅラすぎだろう…。




「……エド?」

「なに」





 呼びかけられたから、返すしかない。

 しかし、いつになったらそのアホヅラひっこめるんだ、おめぇは。

 待ってるのも馬鹿馬鹿しくなってきて、オレはウィンリィの手にあった荷物を奪った。

 お、結構重いな。野菜に肉にたっぷりはいってやがる。げ、牛乳発見…。

 後で捨てるか?いやいや、もしかしたらシチューになるかも知れねぇからな。

 早計はとりかえしのつかない過ちになりかねねぇ。辞めておこう。

 どうやら買出しは終わってたらしいな。慌てて何かを思い出したみたいだったから、残りは工具屋か。

「どうせ、次は工具屋行くんだろ」

 とっとと用事済ませて帰らせねぇと、雪がマジにふりだしてきちまうからな。

 オレは踵を返すと歩き出した。後ろから一歩二歩と歩く音が聞こえてきたから、そのまま歩くことにした。

 しかし唐突に、あいつの声と何かがオレの後頭部に向かって放たれた。


「って…さらっと流さないでよ!」

 イヤになるくらい聞きなれた小気味良い音が頭に響いたけど、オレは何とか地面に突っ伏すのを堪えた。

 手には買出しの袋があったから、ぶちまける羽目になっちまう。それだけは避けたかった。

 スパナだ。間違いねぇ。ったく性懲りも無く毎度毎度これか。

「…っつ〜〜〜〜!!なにすん…」

「帰って来るならっ!」

 俺の言葉を奪うように、ウィンリィが声を上げた。こういうことは珍しい。

 話の腰を折るなんてことは、いつものこいつなら絶対しない。

 唖然として、オレはうつむいたままのスカートを握り締めるウィンリィを見ていた。

「電話くらいしろっていつも言ってるじゃないの!」

 喚くようにそう言われて、オレは何も言えなくなった。

 電話は、できない。

 声は、聞けない。

 それ一つも甘えなんだ。それは許されることじゃない。

 目的を果たすまでは絶対に、誓いを果たすまでは、絶対に。

 そんなオレの決め事を押し付けて、お前に判らせることも、甘えだと思う。

 だから、オレは毎度毎度、お前の怒りを甘んじて受け止める。

 今オレがお前に出来るのは、それだけが精一杯なんだ。

 青く輝くはずの瞳が憂いに翳るのもオレの罪だ。けれどそれだけは、まだ真正面から受け止められない。

 オレは逃げるように顔を逸らして頭をがしがし、と掻くしかない。

 そして、オレにいえるのはこの言葉だけ。



「「悪かったな」」



 オレの言葉にウィンリィの声が被っていて、オレは思わずぎょっとした。

 ウィンリィの目はいつのまにかさっきまでの憂いの瞳でなく、からかうようなきらきら輝く瞳の色に変わっていた。

 その顔がふ、と笑うと、堪えきれなくなったように笑い始める。

「あはははっ」

「なんだよ、それ…ほら、行くぞ」

 泣きそうだった顔はなんだったんだ、と思う。

 女はこれだから理解できない。

 オレは呆れた顔を見せないように踵を返すと、また歩き出した。

 空はどんどん厚みを帯びてきていて、今にも雪が降ってきそうな空模様になってきた。

 それに道行く人もだんだん家路に急ぐ様子を醸し始めていた。

 せっかく休暇を貰って風邪を引くんじゃ意味がねぇ。とっとと帰るに限るな。

 そう思って足音を耳でもう一度確認しようとすると、また、後ろのアイツの足音が聞こえない。

 いい加減眉をしかめオレは振り返ると、またもや立ち止まって物思いに耽るアイツがぽつんと佇んでいた。


「お前は〜〜〜っ!いつまでそこに突っ立ってんだ!行くぞ!」



 機械鎧オタクもほどほどにしてくれ、頼むから。

 お前に風邪なんかひかれたら、オレが困るんだ。間違いなく。

 整備士としてのお前が、でもあるけど。

 幼馴染みとしてのお前が、でもあるけど。

 どちらでもない、気持ちもあるんだ。きっと。

 けど、それは今はだめだ。

 無意識に利き手の左腕がウインリィの腕に触れようとして、直前で震える。

 だめなんだ。

 思い直して、右手でウィンリィの手をとる。機械鎧の、感触を伝えない右手でウィンリィの手を掴む。

 機械鎧である右手が救いのような気がした。

 誓いを守るための印なんだ、これは。

 しばらく、ウィンリィの手を掴んだままずんずんとひっぱり歩いた。

 ウィンリィもしばらくひっぱられるまま、歩いていた。

 もう工具屋はやめだ、うちに帰るぞ、と思った瞬間、今度は目の前が暗転した。

 鋭い激痛が脳天を走りぬける。

 また、やりやがった。スパナだ。いいかげんにしてくれ。

 本気で身がもたねぇ…。




「いて〜〜〜〜っ!なんなんだよ!」

「あんたこそ!なに断りもなく手握ってんのよ!」

「おめぇがぼーっとしてるからだろ!ほら、いくぞ!」



 ウィンリィの手を握り締めたまま、オレは進む。お構い無しに進む。

 もうそう決めたんだ。オレは進むって決めたんだ。

 けどな。今だけはな。

 この機械鎧という業も受け止める代わりにな。

 この手だけは離したくない。

 離さないからな。絶対に。













■やっちゃったw(笑)楽しかったわ〜エドVer.〜〜ww


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