絶望の果て
マナの剣の争いによって世界を混沌に陥れた長い戦いからすでに3年が過ぎ去ろうとしていた。
各国はそれぞれの打開策を打ち出し、また、他国を頼り、助け合いながら少しずつ平和を取り戻し始めていた。現存するわずかなマナを頼りしながら。
ここ3年の間の大事件と言えば。黄金の騎士デュランがフォルセナの王位を継ぎ、めでたく王妃を迎えたことだろう。王妃はフォルセナ王家の末裔、ローレル=デル=ピテア。王家としての親族の中であったが、血族が多かったためピテア卿と位を下り、その血縁をほそぼそと繋げていた家の三女だった。英雄王は実は王家血縁ではなかったし、彼には王妃がいなかった。当然、この位を継ぐものは現状として誰もいなくなっていた。そこで、先の事件で素晴らしい英雄譚を残したデュランにその役回りが回ってきたのだった。
彼は真摯な思いで迷った末、他ならぬ英雄王の頼みを断ることは出来ず、結果王位を承諾した。そして、ピテア卿ローレルは彼の妻なり、フォルセナの新しい夜明けと吟遊詩人達に詠われた。
婚儀は盛大に執り行われ、一緒に戦った仲間達も駆けつけた。ただ、一人を除いては。
アルテナ王家末裔、アンジェラ王女。
彼女は彼の婚儀には来なかった。彼を・・愛していたから。
デュランと一緒になりたかったのは、真実添い遂げたいと思う相手として見ていたのは、アンジェラだけだったのだろう・・。
アンジェラも、デュランも、そして同じ戦いを共にしてきた仲間達も、そう思うしかなかったのだった。
その婚儀から一年後。アルテナから各国の仲間達に手紙が届いた。
「アルテナに是非遊びに来てください。ご報告したいことがあります」
それだけの書いた手紙が、五人の仲間達へ届けられた。アンジェラにとっては悪夢のような婚儀から一年の間、誰も彼女の様子をうかがう勇気さえなく、時は過ぎ去っていたのだった。誰も、彼女の今の様子を知らなかったのだった。
五人・・・デュラン、ホークアイ、ケヴィン、リース、シャルロット・・・はとりあえず、アルテナの港町、エルランドで一度落ち合ってからアルテナ城に向かうことにした。連絡を取り合い、当日の早朝には落ち合う約束をしていた。
一通りの挨拶を交わし、アルテナ城までは他愛ない話をしながら道を進んでいっていた。アルテナ城に近づくにつれて、雪の量が減っていくのにそれぞれが気づいていた。が。会話には誰も出さなかった・・出せば、アンジェラの話が出る。アンジェラの名前が出ても、誰もそれに対応が取れないと分かりきっていたからだ。
そして、切り立った塔のようなラインを縁取ったアルテナ城を目の前にすると、誰もが落ちつかない目をしていた。やがて、こういう時の頼みの綱はいつも彼だったので、デュランが一歩先に出て、城の番兵に声をかけた。
「アルテナ王家、アンジェラ王女から招待を預かったフォルセナ国王デュランだ。門を開けてくれないか?」
それを聞いて、番兵は聞き及んでおります、と静かに頷くと、重い城門を内側から開く様、合図を出した。重々しい音がぎぎぎと鳴り響き、門は左右に開かれた。アルテナ城門から入り口へは何と花で囲まれていた。極寒の地であるにもかかわらず。
「ようこそ雪と花の都アルテナへ!私どもアルテナ兵は皆様方のご訪問を心より歓迎いたします!」
番兵達がきれいに整列し、掛け声をかけたものがかかとを合わせると一斉に最敬礼を取った。
目を瞬かせる5人は呆然とそこに佇んでいた。すると。
「皆さん、ようこそおいでくださいました。」
淑やかな笑顔を浮かべて、そして落ち着いた声色で歓迎の意を述べたのは、何とアンジェラだった。
唖然としたように、リースを始め他4人がぽかんと阿呆面を晒しているのを、アンジェラはくすり、と笑った。
「何をぼうっとしてらっしゃるんですか?」
「あ・・・あなた、本当にアンジェラ・・?」
リースが喉の奥から絞り出すような声でそう言った。他の4人は、まだお互いに顔を見合わせるばかりで声も出ない。
それもそのはず。アンジェラは真っ青なドレスを羽織り、頭には大き目の冠を被っていて、それは威厳そのものに満ちていた。手には金の錫杖がきらりと輝いている。冒険のころのアンジェラとは似ても似つかない。
「ええ、本当に見てのとおりアンジェラです。そんなに違いますか?」
「違うも違う!別人だよ!」
ホークアイがアンジェラの周りをぐるりと回って、おかしな所がないかを探る。リースは失礼ですよ、と小声で言ったのだが、ホークアイを止めようとまではしなかった。リースにもなにかあるのでは、と思っていた節があったのだろう。しかし、アンジェラは見た目おかしなところはなかった。
「驚いた。女王の名にふさわしくなるべく、特訓したって訳だ。」
「でも、たいしたことはありませんでしたわ。」
にこりと微笑みながらホークアイにそう返事をする。その微笑みがあまりに艶やかで、ホークアイは少しどきりとさせられた。隣でリースが不安げな表情でホークアイを見ているのにも気づかずに。
「さ、どうぞ。奥に食事の用意を整えてありますから。お部屋に荷物を置いたら女王の間にいらしてください」
そういうと、アンジェラは5人を招き入れ、それぞれの部屋に案内するように女中に頼んだ。
「おっどろいたおどろいた。」
ホークアイは担いできた荷物を降ろすなり、節をつけながらそう言った。同じ部屋になったデュランとケヴィンは部屋に入りながら、まだ信じられないような顔をしていた。
「あれが・・アンジェラ??なんだか違う。見た事ない人みたいだ」
ケヴィンはおろおろとまるで今初めて会った人の感想を述べるようにそう言った。デュランの方は重々しい顔をしてベッドに座り込んだ。
「・・責任感じてるのか。」
ホークアイがちらりとデュランを見てそう言った。デュランはただ肯く。
「感じないわけにはいかないだろう・・あの変わりようは・・。それに少し痩せていた。」
痛々しい表情でホークアイはデュランの傍に寄ると、ぽんとデュランの肩に手を置く。
「だったら、どうして自分の想いを通さなかった?」
デュランは首を振る。どうしようもない思いを振り払うように。
「・・簡単にいうなよ。」
「そうだよな。あのときはもう・・どうしようもなかったんだよな。」
暗くなってしまう二人を、ケヴィンはおろおろと見つめていたが、やがてはっとように目を閃かせた。
「デュラン、ろーれる、元気?」
ケヴィンにとっては、良い話の展開だと思ったらしく、嬉々とした表情で尋ねてくるが、二人は幾分苦笑した。話には出なかったが、そのローレルの話でもあったのに。
しかし、二人はこの際ケヴィンの会話に乗る事にした。今思い悩んでも、昔は戻らない。デュランは心にもう一度その言葉を刻み込んで、言葉を紡いだ。
「ああ、もうすぐ子供も産まれる。元気だよ。」
「はぁ〜いっちばん奥手そうだったデュランが一番先に親父かよ〜」
うるさいな、とデュランはホークアイを咎めたが、目は笑っている。子供が産まれる事を素直に喜んでいるようだった。
「子供かぁ・・赤ちゃん産まれたらオイラ見に行って良い?」
ケヴィンは無邪気な顔でそういうと、デュランはああ、もちろん、と答えた。
ホークアイはそんなデュランを不思議な表情で見つめていた。
「アンジェラしゃんじゃないみたいでち」
シャルロットとリースも同じ部屋をあてがわれていた。シャルロットは来てきた洋服をベッドに脱ぎ捨てると、ぽんとベッドに横になった。リースが苦笑しながらベッドに散乱した洋服を片づける。
部屋は暖炉のおかげで快適な温度に保たれていた。すでに到着する前から暖炉は焚き付けていたのだろう。この温度ならシャルロットが素っ裸になっても風邪はひかないだろうと、リースは思った。
「本当に、アンジェラ変わったわね。」
「デュランしゃんのこと、何とも思ってないんでちかね??」
シャルロットは心配そうにリースの方に擦り寄りながらそういった。リースは首を振る。
「いいえ、気にしていたからこそ変われたんですわ。忘れよう忘れようと・・苦しみ足掻いた結果ですわ・・きっと」
「可哀相でちね・・・」
「そうね・・」
リースはそういいながらも、言いようのない不安に駆られ始めていた。アンジェラの淑やかな雰囲気にホークアイはどう思ったのだろう?今までそうそうアンジェラに色目を使っているところを見たことがなかったので、安心していた感があったが・・さっきのホークアイは。
「リースしゃん、お着替え手伝ってくださいでち」
シャルロットが荷物から新しい洋服を出しながらそう言った。その言葉にリースははっと我に返った。
「あ、はいはい。シャルロット、この洋服はどうするの?」
「ああ、そっちは普段着なんでち・・お食事に招待されたときは、こっちを着なさいっておじーちゃんが・・」
やがて1時間ほどした後、五人は女王の間へ向かっていた。
それぞれが会食用の衣装に着替え、女中が先頭を案内する中、とりあえず黙ってその女中についていっていた。
女王の間は気軽な立食パーティのような雰囲気にセッティングされていた。一同は・・とりわけ型に填められることを苦手とするケヴィンやシャルロットはあからさまにほっとため息を吐いたものだった。
「今更改まって食事するような仲でもないから、立食パーティのような雰囲気にしてと頼んでおいたのよ。好きなものを好きなだけとって食べて頂戴ね。」
アンジェラはそういうと、すとん、と一番前の女王の席に腰を下ろした。まるでこっちに降りてきて一緒に話す雰囲気は微塵もないようだった。が、唐突にホークアイが声を上げる。
「アンジェラ、こっちに来いよ。一緒に食べて話さなきゃ、俺達来た意味ないだろ?」
デュランもリースも、その言葉にはびっくりした。仮にも主催者にそんな言葉を投げつけるとは。しかし、アンジェラは優雅に笑うと、そうね、と言い、錫杖を伴の者に手渡して椅子を降り、更に上段から降りてきた。
「他人行儀なことをしたわね、ごめんなさい」
「いや、気にして無いさ。でもせっかく集まったんだ。みんなで一緒にいたいじゃないか。」
ありがとう、とアンジェラは微笑んだ。そうか、とそれを見たリースは思う。
試したのだ、私たちを。こんなにも変わってしまっていることを、アンジェラ自身が一番よく知っている。それでも仲間としてみてくれるかどうか、それをアンジェラは試したのだ。
「ところで、報告したいことっていうのは?」
ホークアイがすかさず手紙の内容を聞いてみるが、アンジェラは悪戯っぽい目をして有らぬ方向を指差した。ホークアイがその方向を見やると、ケヴィンとシャルロットがものすごい勢いで食事をしている。
「あとでね。」
アンジェラは一言そういうと、デュランの方に近寄った。
「久しぶりね、元気にしているの?」
「ああ、お前はどうだ?」
デュランはアンジェラにゆっくり振り返るとそう言った。
「見ての通りよ。元気にしてるわ。ごめんなさいね。婚儀に参列できなくて・・あの時は私・・」
アンジェラが素直に謝り始めるのを、デュランは慌てて遮った。
「いや、いいんだ。無理を知って、俺も招待状を送っていたんだ・・すまなかった。」
アンジェラは微笑む。目が哀しげに曇っていても、表情だけは微笑ませていた。ホークアイとリースはその表情だけで、胸が痛くなった。
ああ、まだアンジェラはデュランを愛している・・
デュランからは気持ちを窺い知ることが出来ないが、彼にとっては今ある結婚は英雄王から願い請われたもの。王を絶対とするデュランにはどうすることも出来ない。結果、デュランはローレルを愛そうと努めているのだろう。
目の前に自分を愛する人がいてくれたとしても。
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