お互いが振り切るように眼をそらして、デュランとアンジェラの会話は終わった。
二人の様子を気づかれない様に伺っていたホークアイ、そしてリース。異様な雰囲気に気づきながらも、なるべくそっとして置こうと思ったケヴィンとシャルロット。そんな重苦しい空気は今やっと払われた。アンジェラの一言によって。
「ご報告したいこと、というのをお話します。」
アンジェラは毅然とした女王の血を確かに受け継いでいた。透き通って、芯のあるその声は、誰もを注目させるには都合が良い。まさに、王家の血筋たる証。
その声に、それぞれが椅子を引いた。立食パーティ用のセッティングをしていたが、傍には会食用の長いテーブルも控えていた。そこにアンジェラを中央として、両側に5人の仲間達は座った。全員が座り終えるのを見届けて、アンジェラは頷いた。
「わざわざ遠いアルテナの地までおいで下さってありがとう。先にお礼を申し上げておきます。」
アンジェラが頭を下げた。
「さて、ご報告というのはこのアルテナの王家に関することです。実は、1年前に私アンジェラはこのアルテナの女王となっていたことをご報告させていただきます。」
デュランも、ホークアイも、そして他の仲間達もこの言葉に驚いた。目を丸くしてお互いに目を合わせる。先の女王はどうしたのだ?何故、それなら挨拶に出てきもしないのだ?
アンジェラは仲間達が驚きの目で見守る中、静かにその動揺が収まるのを待っていた。
仲間達はやがてそれに気づくと、始めに座ったときの落ち着きを取り戻した。
「各国へのご報告が遅れたのは、大変申し訳なく、また失礼に値するものだと私自身感じております。このような遅れたご報告になり、お詫びをさせてもらいます。」
「だったら・・、俺は王の位置だからともかく、他の各国については代表者が今回は来ていない。アンジェラ女王、これは各国の長が集まるべき問題ではないのか?」
このデュランの発言には誰もが驚いた。あれほど気性の荒かったデュランとは思えない一言だった。この一年で、デュランは王たる統率力を英雄王あたりに仕込まれたのだろう。
ちなみに、ローラントのリースはまだ王女であり、弟のエリオットの後見人として王子を後ろから支える形となっている。基本的には彼女が統率者と見ても良いかもしれないが、表向きを尊重するならばエリオット王子が出るべき問題である。
また、ビーストキングダムの獣人王はまだ健在なので、ケヴィンはまだその後継者の域を出ていない。
シャルロットは司祭の孫娘という血筋としては申し分ないのかもしれないが、司祭はそもそも血筋で受け継がれるものではなく、実際次の司祭を務めるであろうと噂されるのは、司祭の次に実力のあるヒースである。よって、この場合シャルロットは意味を成さないことになる。
ホークアイも先の冒険での功績もあり、ナバール内ではフレイムカーンも頼るほどの実力者ではあるが、実際頭首はフレイムカーンであるから、ホークアイも意味がない。
結局今いるメンバーでは、正式な承認としてはかなり頼りないものになる。それをデュランは指摘したのだった。
そして、デュランの言葉にアンジェラも頷いた。
「わかっています。その承認を今頂こうと思っているのではないのです。その前に、ヴァルダ・・先の女王の葬儀に立ち会っていただきたいのです。」
「なっ・・・!!」
仲間達に戦慄が走った。もともと機敏であるホークアイは立ち上がりすらした。
「ヴァルダ女王は・・御隠れに・・!?」
リースはそれ以上声にならないとでもいうように口元に手をやってそう言った。
「何故・・いつ・・?」
ホークアイも呆然としながらアンジェラに問い掛ける。ケヴィンもシャルロットも顔を見合わせるばかり。アンジェラは何も言わずに立ち上がると、こちらへ、と静かに仲間達に立つように促した。
仲間達は言われるがままに立ち上がると、落ち着いたアンジェラの背中を見つめながらついていった。
「おかしくないか?」
ホークアイがケヴィンに耳打ちする。その内容がデュランに話すには忍びない話だったので。幸いデュランは静かにアンジェラのすぐ後を着いていっているので、こちらに気づいてはいなかった。
「なにがでち?」
その代わり、シャルロットがそれにいち早く気づいて仲間に入ろうとする。
「うわっ、なんだよ。もー」
「もーは牛さんでち。で、なんでちか?おかしいって。」
「アンジェラが気丈すぎる、ってことでしょうか?」
いつのまにか、リースまで入り込んでいる。これではちっとも密談にはならない。ホークアイはちらりと前をいくデュランとアンジェラを見てみたが、彼らは彼らで思うことがあるようで黙々と前を歩いている。ホークアイはとりあえず安堵したようにため息を吐いた。
「そういうこと。さすがはお姫さん。」
ホークアイがにっこりとリースに笑いかけると、リースは少し赤くなった。
「あたちも気づいてたでちよ!!」
「だ、駄目、シャルロット。」
慌ててケヴィンがその場の雰囲気を察して口を押えてくれた。ホークアイもそれを見て、ナイス、とケヴィンにぐっと親指を立ててみせた。
「デュランを失い、実の母・・それも最後の肉親を亡くして・・あれほどの落ち着きと威厳。前のアンジェラなら考えられないことですわ。」
「その通りだな。」
「でも、悲しみが通り過ぎたのかもしれない。辛くてひどい悲しみは自分を強くする。オイラもそうだったから・・・」
ケヴィンがその時の情景――カールを失った時の――を思い出したのか、悲しそうに俯いた。ホークアイが慰めるように、ぽんぽんとケヴィンの背を叩く。
「まぁまぁ。結局勘違いだったからケヴィンはよかったよな。」
ホークアイの優しさに、ケヴィンはにっこりと微笑んだ。まったくの邪気のない笑顔に、ホークアイも思わず笑みを洩らす。
「それにしてもでち。アンジェラしゃんもその悲しみを乗り越えたんでちかね?」
シャルロットは話を元に戻すように、腕を組んでそう言った。目を上目遣いにしてこちらを見つめている。彼女は背が低いから仕方がないといえば仕方がないのだが。
「わからない。結局アンジェラには、考えうる最低な出来事が重なった悪魔のような一年だったろうな・・」
そろそろ目的の場所が近づいたと見えて、アンジェラがこちらを振り返りそうだったので、ホークアイは慌ててみんなに声を潜めてこういった。
「そろそろ着いたみたいだ。」
それを聞いて、慌てて後の3人は素知らぬ振りをして歩き出した。
アンジェラが優雅な仕草で振り返る。こちらです、と大人しい声でそういうと、神々しく装飾された大きな二枚の扉の一枚が女中の手によって開かれた。きらきらとした天使や女神の装飾の扉の奥はまさしく大聖堂だった。
「母を弔う場所として一年かけてここを完成させました。母はこの場所で永遠の眠りについています」
アンジェラは扉口の近くの仕掛けに何か呪文をかけると、一斉にその部屋全体への燭台に火が灯された。まるで火が走り過ぎていくように連続的に灯されたその火に、仲間達は唖然とその部屋を見つめた。
「きれいでしょう。お母様の弔いの火にはもってこいだと思って。この火を私は『生命の火』と呼んでいます。」
「生命の火・・」
確かにその部屋は生と死が同居する。生命の果てと果てが同居するその部屋に灯るのは躍動感に溢れた炎・・。紅い火は生命を表すように、また見守るように優しく揺らいでいる。
「さ、母はこちらです・・」
アンジェラは夢見るように部屋を見つめる仲間達を、再び促した。
大聖堂の真正面には、綺麗な花の装飾をされている棺が一つあった。アンジェラは何の反応も示すことはなくその棺に近づいていく。もうこの部屋に何度も来ているためだろうか?神経は完全に麻痺してしまっているのか?彼女の背中は何も答えない。
棺は透明なガラスで出来ていた。中はどうやら冷凍効果があるようで、中に眠るように横たわったヴァルダの体には少し霜が付着しているようだった。
「冷凍保存しているのか・・」
デュランがやっとのように声に出してそう言った。アンジェラは静かに頷く。
「お母様の意志を尊重しました。葬儀はこのまま行います。」
「いつ?」
デュランはヴァルダを見つめたままそう言った。アンジェラはそんなデュランを見つめながら返事をする。
「宜しければ明日で。」
「俺は構わない。お前らは?」
デュランが振り返って仲間達に尋ねる。誰も異存はないようだった。デュランは頷いて、アンジェラにこういった。
「明日、その葬儀に俺達は参列させてもらうよ。なにか手伝うことがあるのなら言ってくれ。」
「ありがとう、でも、実はもう何もかも準備は済んでいるのよ。明日までどうかゆっくり休んでいって頂戴。」
アンジェラのその言葉に、デュランは頷くと一人先に大聖堂を出ていった。彼には、耐えられないのだった。一年前、自分がアンジェラ想いに応えることが出来なかった上、そのアンジェラが最後の肉親を弔っていたという事実に。
慰めてやりたいのに、もうそれは出来ない。立場と責務で体の中は支配され尽くされている。そして、声をかけることすら、出来ない。この口から出る「言葉」は、アンジェラと自分を空々しい関係であることを余計に浮き彫りにするだろう。
本当に幸せにしてやりたかったのは誰だったんだろう?
今更何が大切だったのかなんて判ってもどうしようもないのに。
デュランは大聖堂から逃げるように足を歩ませながら、唇を強くかんでいた。強く強くかんだ唇からは、血が滲んでいた。
デュランが出ていった後、残りの仲間とアンジェラも大聖堂を後にした。アンジェラは夕食の支度が出来たらまたお呼びします、と言い仲間達と別れた。結局残されたホークアイとケヴィン、リースとシャルロットは、部屋に戻るのも暇なだけなので、アルテナの庭園などをふらついてみることにした。
と、その行く途中でデュランとアンジェラが話しているのをホークアイは見つけた。デュランは頷いているところを見ると、アンジェラが何かをお願いしているのだろう。お互い、先ほど見たように無表情で何かこれからを企んでいる様には見えなかった。
デュランがくそ真面目である分、不倫とかそういう心配はいらないだろうけどな・・。それはそれでアンジェラが可哀想だったりしてな・・。
「どうかしました?」
リースがホークアイがしきりに別の方向を見つめているのに気づいて、そう言った。デュランとアンジェラはすでにここから見えなくなっていた。
「あ?いや、ちと引っかかることが多すぎるなってな」
「そうですわね、私もそう思います。」
リースも静かにそう言った。とにかく、というと顔を上げると、毅然とした眼差しでホークアイを見上げる。
「庭園に行きましょう。ここは反響がよすぎますから。」
どうやら、リースも同じことを考えていたようだった。先の冒険で、彼女は完全に「世間知らず」ではなくなっていた。冒険中に起こったさまざま出来事に対して、回を重ねる毎に一番冷静で正しい判断を下すようになっていたからだ。
何故これから庭園に向かおうとしているのか。
それは、アンジェラのことを話すためだった。納得の行かないことが多すぎる、そういう話をするのに、アルテナ城内は不適当だった。まず廊下は声が反響しやすいような造りになっているので、いつ何処で女中やアンジェラの耳に入るとも知れない。部屋も女中が行き来するため、そうそう安心は出来ない。一番いいのは、アルテナ城の庭園。あそこなら声の反響もしないし、庭を愛でる振りをしながら話しも存分に出来る。また、人の行き交いもわかりやすい。あの庭園はあまり背の高い木が植えられていないからだ。
何気なく庭園を選んだ理由をリースは判っていたのだった。
「お花がいっぱいでちー!」
「キレイ!すごいな。外は寒いのに、ここは花が咲いてる!」
ケヴィンとシャルロットが庭園を見つけるなりはしゃぐように走り回った。リースとホークアイはふうっと息を吐くと、顔を見合わせて微笑み合った。
「なんだかお城って息苦しくてなー。何か盗んでもいいんなら、仕事場ってことでまだいいんだけど。」
ホークアイが伸びをしながらそう言う。リースがそれを窘めるように、駄目ですよ、というと笑う。
リースは整った庭園に目をやって、目を細めた。
「前来た時にはこれほどの植物はなかったはずですよね。雪もちらほらと城壁についていた覚えがあります。」
ホークアイは伸びをするのを止めると、ああ、と頷いた。城壁を改めて見つめると、雪などは欠片もついていないことに気づく。
「それに、外の雪の勢いも城に近づくに連れてなくなっていた。エルランドもよく見てなかったが、もしかしたら前ほど雪は積もってなかったのかもな・・・」
「それだけ、アンジェラの魔法はヴァルダ女王を凌いでいる・・ということね。」
リースは咲き誇る花たちを見つめつつ、そう言った。端から見れば、さぞ仲良く庭園を愛でるカップルに見えるに違いない。この会話さえ聞こえなければ。
「まあ、血族ってそういうものなのかもしれないけど、何かこの驚異的な変化が気になる。大聖堂もあんな大層なもんを1年でだと言ってたし・・」
「無理でしょうか?」
リースは不思議そうに立ち上がりながらホークアイに尋ねた。ホークアイも頭をさすりながら考える。
「建築関係は良く分からないけど・・でもあの装飾された奴見ただろ?扉とか2枚、広い天井や、真正面も何枚も・・あんな細かい装飾品が一枚1年で出来上がるかも妖しいもんじゃないか?」
「そうですね・・あれもじゃあ、魔力で?」
「ありえない話ではない気がする。強力な魔力って計り知れない力があるんだろうし・・俺は魔力がない分言い切っちまうのもおかしな話だけどね」
ホークアイはそういうと、ゆっくり後ろを振り返った。人の気配が傍にしたような気がしたのだった。しかし、それはケヴィンだった。シャルロットはまだ別の方で花を見ている。
「どうした?」
「あの、オイラもおかしなことに気づいたんたんだけど。あ、シャルロットも言ってたけどね。」
リースとホークアイは顔を見合わせる。一体なんだろう?代表してホークアイが、それって何だ?と促した。
「あの、女王様。ヴァルダ女王様だけど。彼女が死んでない気がするんだ。・・オイラ、前にカールが死んだと思い込んだとき判らなかった死臭ってやつが判るようになったんだよ。本当に命を無くしたとき、体から発するニオイなんだけど・・それがヴァルダ女王様からしなかった。」
リースもホークアイも仰天した。
・・ヴァルダは死んでいない?それなのに葬儀??
二人の頭は混乱する。それと気づかず、ケヴィンは続けた。
「シャルロットも聖職者の血筋だから・・そういう生と死の見極めは利くんだって。あれは死体じゃない。あれは生きている体なんだって。」
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前後編でまとめられなかったので、前中後編です(汗)
結構書いていて面白くなって来たかも・・。(笑)
00/09/17