ホークアイはそれを聞いて、シャルロットのところに行こうとしたが、ふとこの庭園への入り口を見ると扉が開いたところだった。そこから一人の宮廷使用人が出てくる。確か、ヴィクターという名前だったと前に聞いた覚えのあるその男は、ホークアイを見つけると会釈をした。
「アンジェラ女王様がお呼びです。夕食の準備が出来ましたので。」
「あ、ああ、わかった。すぐに行くよ。ありがとう。」
 ホークアイが愛想よくそう答えるのを見て、ヴィクターはもう一度会釈すると城の方にまた消えていった。ホークアイはそれを見届けると、シャルロットの方に近づく。シャルロットはまだ、咲き誇る花達に目を奪われていた。
「シャルロット。」
 ホークアイが声をかけると、はっとしたように見上げる。見上げたシャルロットの目は驚きの色に染まっている。まるで今目が覚めたようなそんな表情だ。
「・・どうした?」
 ホークアイの方もシャルロットのその目を見てびっくりしてしまった。
「あ・・ホークアイしゃん。・・なんでもないでち。ちょっとこの花に見とれていただけでち。」
「花に?」
 ホークアイはシャルロットが見とれていたという花を見やると、目を見張った。
「リース!リース!」
 慌てたようにホークアイがリースを呼ぶと、リースは機敏な足でホークアイの傍に走り寄ってきてくれた。ケヴィンも何事かとリースについてやってくる。
「どうしました?」
「この花をみてくれ・・!」
 リースはホークアイが指差した先の花を見つめると同じく目を驚きの色に変えた。
「これは・・眠り花!まさかここの花全部が・・!??」
「いや、まだ確認してないがこの辺はそうらしい。」
 ホークアイは気味悪そうにその花を見つめながら、他の花とを見比べる。でも、とケヴィンは口出した。
「オイラ達は一度その花にやられてるから大丈夫だね。」
「そりゃ、俺達はな。免疫が強ければ問題ないが。シャルロットは免疫が弱かったらしいな。」
 シャルロットは少しけだるそうな表情で上を見上げている。ホークアイが背中におぶされ、とシャルロットの為にしゃがむ。シャルロットは眠そうな顔でホークアイの背中につかまった。
「それに、これは私たちだけの問題ではないのでは?この花、一体何に利用しようと・・?」
「わからないが・・侵略にはもってこいの花だからな・・」
 ホークアイは背中のシャルロットをよっと抱え上げながらそういった。シャルロットの瞳はまだ眠そうにまどろんでいる。
「まさか!他の国に使うとかじゃあ?」
 ケヴィンがびっくりしたようにそういう。
「そうそう、それを気にしてるんだよ。まさか、であればいいが・・量が尋常じゃない。この庭園に無造作に植えているということは、アルテナの人には免疫をつけるようにしているとも考えられるし・・」
「物騒ですわね」
 リースが身震いするようにそう言った。
「そうだ、今のアルテナはあまりにも物騒なんだよ。」
 ただ遊びに来たはずのアルテナで、まるで敵地にいるような心境になってしまった4人はどうにも居たたまれない気分を抱かずにはいられなかった。
 それでも、とにかくシャルロットを部屋で落ち着かせて、普段通りにさせると4人は揃って夕食の場所に足を運んだ。今回は会食用のテーブルが用意されていたので、4人はそれぞれ席についた。デュランは先に席についていて、4人にどこに行っていたんだ?と尋ねる。
「庭園で羽を伸ばしてたんだよ。お城って俺は苦手でさ。」
 おどけたようにホークアイがそういうと、デュランは事も無げに頷いた。ホークアイらしいといえばらしいので、特に不審を抱いたような顔はしなかった。
「じゃあ。そろったところでおもてなしを始めますわ。」
 にこやかに・・まるで天使の微笑みのようなそれを浮かべてアンジェラはそう言った。
 アンジェラに不安を抱いてしまった4人に、口に入るものに何か細工があったらという疑念が浮かばなかった訳ではない。しかし、あからさまに食べないわけにもいかない。それに、すでにここでは一度食事を済ませている。細工をするとすれば、その時にしていたはずである。
 そういう結論に達したから、4人ともその食事対する疑念を振り払って食べることに専念した。
 料理が次々と運ばれ、程々の会話を交わし、食事の時間は過ぎていった。
満腹になって食後のコーヒーを口にしていると、先ほどの不安や疑念は少し胸の奥に落ち着かせることができた。そして、ホークアイはこれから手始めに何をすべきかをようやく見出したのだった。

 夜は更けた。
 シーフにはお得意の時間になった。
 ホークアイはケヴィンとデュランを起こさない様にベッドから足を下ろした。とは言っても、ケヴィンは気づいていただろう。彼には別の役目を頼んでいたから、それとは気づかない振りをしているに違いない。
 ホークアイはデュランの様子が変わらないのを確認して、時計を見上げた。柱時計がその部屋には備え付けてあり、そろそろ3時を指そうとしていた。いいタイミングだ、とホークアイは思った。
 忍び足でドアまで近寄ると、ゆっくりノブを回し音を立てない様に廊下に滑り出る。ドアをまた、静かに閉じる。そこまでやり終えて、一人ホークアイは頷いた。
 隣のドアの前には二人の人影が見えた。リースとシャルロットであることはわかってる。お互いにお互いを確認しあうと、影同士は頷きあった。
 ホークアイは二人に近づいて、行くぞ、と声をかけた。3人は音を立てないように、ということだけに神経を張り巡らせて前を進んでいった。この廊下を出たところは庭園へと続く中央広間がある。そこを真っ直ぐ突っ切らないと大聖堂にはたどり着けない。
 大きな柱があるため、多少の隠れ場所があるのは幸いと言えた。柱に一本一本隠れながら、3人は進む。人影はないが、用心に超したことはない。
 中央広間を超えると、大聖堂への一本道だった。部屋もなく突然横から人が出てくる虞はない。ただ、中央広間へと続く背後を注意すれば問題ないはずだった。
 背後を気にしながら壁伝いに前に進む。ぱっと見には人がいる様には見せない様にするためだ。十分に用心した結果、何事もなく大聖堂の扉の前にたどり着いた。あとはこの扉を開ければとりあえず、アンジェラの言う「死人」だけだ。
「扉、開きます?」
 リースは多少心配そうにそう言った。そんなリースに、ホークアイは強気に笑みを返した。
「リース、俺の本業知ってる??」
 おどけるようにそういうホークアイに、リースはそうでしたわね、と微笑んだ。
 気を引き締めなおし、ホークアイは扉を調べ始める。とりあえず押しても引いてもびくともしない。鍵穴があるかどうか確かめる。穴はないが、アルテナの紋章の下に石がはめ込まれている。これが怪しい。昼間は何事もなく開いたが、夜はこの石に封印か何かを仕込んでいるのだろう。
「リース、封印って大体魔法だよな。」
「まあ・・そうでしょうね。なにかかけてみます?シャルロットもいますから、大抵カバーできると思いますが。」
 リースはそう言うと、シャルロットを見ようと目を下にやったが、シャルロットの方は扉に近づいて、その石を見つめている。しばらく見つめた後、くるりと振り返って得意そうにこういった。
「これは魔法封印でちね。おじーちゃんに一度習ったことがあるでちよ。ホークアイしゃんじゃ歯が立たないはずでち。あたちがいっちょ披露してあげるでちよ!!」
「まあ、すごいですね。シャルロット!」
「やるなぁ、頼むぜ!」
 二人に誉めそやされて、シャルロットは得意げに頬を紅潮させると、くるりとまた扉に向き直った。
「遠き門狭き門閉鎖せし門、その全ての門を近き門広き門開放せし門へと導かんことを。我、その門に用件があるものなり」
 シャルロットの声は潜めたままそう言った。それでも効力は十分だったらしく、シャルロットの手にあるジャッジメンテスがきらりと神々しく輝くと、光がその石に吸い込まれていく。すると、扉全体に光が行き渡り、かちりと錠が解けた音が響いた。
「押してみて下さいでち」
 シャルロットは扉から下がるとホークアイにそう言った。ホークアイは言われた通りに扉を押した。ぎぎ、と言う音ともに扉は開いた。
「おおっ、やるな!司祭の孫娘は伊達じゃないな!」
 ホークアイがからかうようにそういうと、シャルロットは不満気に目を吊り上げた。リースが慌てて、立派でしたわ!と言葉をかけてやると、シャルロットはにっこりと微笑んだ。
「ホークアイしゃんのためになんて、これからなにもしてあげないでちー」
 そういうと、するりと先に開いた扉の隙間を入っていってしまった。慌てて二人も追うように滑り込む。扉は念の為封印がかけられるのを避けるため、少し開けておいた。
 大聖堂は真っ暗だったが、月の光が多少入り込んでいたため、目が慣れてくるとだんだんと周りが見えるようになってきた。目が慣れるのを待って、3人はゆっくり棺に近づく。
 棺は相変わらず冷凍保存されているかのように氷が張っていて、ヴァルダ女王は見た目間違いなく死人の色だった。
 棺の窓からヴァルダ女王を見つめる。ホークアイとリースには死人に見える。シャルロットはどうか?
「生気があるでち。わずかな生気が。死人には生気なんてないでちからね。」
 シャルロットは棺の中を覗き込まずともそう言った。彼女の場合、身長の問題で棺がある程度高さがあるので中が見ることが出来ないのだが。
「そりゃそうだが。どう見ても死人に見えるんだがな・・」
 ホークアイが、よっとシャルロットを抱えてヴァルダの表情を見えるようにしてやる。シャルロットは覗き込むと、すぐに、下ろしてくださいでちーっ!と喚いた。慌ててホークアイはシャルロットを下ろす。扉を見つめて、とりあえず変化がないことに胸をなで下ろす。
「死人の顔を見るにはまだ早すぎたか?」
「怖いだけでち。いやなんでち・・」
 ―死―そのものが。シャルロットには避けたいものであるに違いない。両親と自分を妨げる絶対的な壁であるために。
「見た目じゃないんでちよ。生気があるんでち。間違いなく死んだ人であればそんな気は存在しないでちから・・」
 喘ぐようにシャルロットはそう言った。ホークアイもリースも顔を見合わせる。
「じゃあ、こいつを壊せば女王は生き返るってことなのか?女王はアンジェラに殺されようとしてるのか??」
 ホークアイがそういうと、シャルロットはうなった。
「・・一概にそれとはいえないでちよ・・。生気もうっすらと弱いものでち。もしかしたら、逆に冷凍保存だからこそ生気が最小限で済んでいるのかもしれないでちね。」
「では、”生かすための”冷凍保存というわけでしょうか?」
「なるほど。そうくるか。」
 ホークアイも手を顎にやってうなった。リースはふとある言葉を思い出して、目を見開いた。
「ねえ、ホークアイ、あの時アンジェラはなんて言いました?」
「あの時って?」
 リースの唐突の質問に、ホークアイは顔を上げた。
「ああ、ごめんなさい。ええと、アンジェラがここに私たちを入れたときにです。女王さまの遺言で・・だったかしら?」
「冷凍保存にした理由でちね?」
 シャルロットもその言葉に疑念を抱いていたのか、割合素早く反応した。ホークアイも思い出そうと試みる。
「ええと・・女王の遺言・・いや。お母様の・・ああ、こうじゃなかったかな?お母様の意志を尊重しました。」
「そう、意志と、アンジェラしゃんは言ったんでち。遺言ではなく意志。もしかしたら、アンジェラしゃんと女王様がまだどこかで繋がってるかのような言葉でちた。」
 ヴァルダ女王はこうなっても、意志の疎通は出来る、ということか・・。
 ホークアイは一番嫌な考えを起こそうとしている自分が嫌になり、慌てて打ち消した。
「棺をどうにかして女王を取り戻すことが無理なら、ここにいても無駄だ。そろそろ部屋に・・」
 そのとき、ウオォォォン!という狼の遠吠えが聞こえてきた。ケヴィンの声に違いない。デュランの見張りを頼んだケヴィンの方で何か起こったのだ!
「なんでちかっ!?」
 シャルロットが問い掛けるのも気にせず、ホークアイは慌てて大聖堂を走り出した。リースとシャルロットも慌ててそれに倣う。
「ケヴィンに悪いことでも!?」
 リースはホークアイに必死に着いていきながら、尋ねた。
「いや、違う。ケヴィンというより、デュランだ」
「デュランが!?」
「悪い、リース。シャルロットを頼む。俺は一足先に行くから」
「わかりました。」
 リースはそれを聞いて足のスピードを落した。それと同時に、ホークアイの方は足を速めた。
「間に合ってくれよ・・!早まるんじゃないぞ・・デュラン、アンジェラ・・!!」
 中央広間まで着いたところで、もう一度ケヴィンの声に耳を澄ました。
・・ウオォォォン・・ウオォォォン・・
「庭園だな!」
 足を滑らせない様に方向転換すると、中央広間をひた走る。広大な城の中の中央広間はまるで運動場のように広い。
 息を切らしつつもやっとのことで庭園の扉を開く。月明かりの下で二つの影が争い、一つの影は水溜まりに沈んでいる。いや・・水溜まりではない・・水ではなく、血!!
「デュランっっ!!」
 争っているのはアンジェラとケヴィンだった。そして自分の血に沈むように倒れているのはデュランだったのだ。ホークアイは自分の目を疑った。信じられない光景に身震いが止まらない。それでも、足を進ませ血だらけになったデュランの傍に寄る。腕も足もかまいたちに切り裂かれたかのような傷が何箇所もある。傷は浅くはない。
「なんてことを!アンジェラ!何をしたのか分かっているのか!?」
「この人が私を裏切るから悪いのよ。」
 冷徹な声はまるでアンジェラとは思えない。優しく朗らかな声でパーティを明るくしていた、あのアンジェラだろうか?
「だから、私はその報いをこの人に与えたの。私は神になる身なんだから、それくらいなんてことはないのよ。」
 神に・・?一体何を言ってるのだ?アンジェラは。
「全知全能の神へ。全ての国を制圧して私が管理するのよ。あなたがたはここで死んでもらうわ。一国の第一戦力が集うなんて滅多にない機会ですもの。」
 そういうと、後ろから羽交い締めしていたケヴィンをアンジェラは一瞥した。ケヴィンはそれだけで、ウッと声を上げるとアンジェラから手を放す。ドッと音を立てて、その身を地に預けてしまう。ケヴィンは気を失ってしまった。
「何を・・!」
「邪魔だから眠ってもらっただけよ。あなたたちは恨みはないから楽に殺してあげる。魔力で強力にした眠り花を使ってね。でもその人だけは、許さない。」
 ふっと蔑んだ目はデュランにむけられた。
 デュランの目がうっすらと開く。アンジェラの姿も、もう見えないだろう。霞んだ視界の中でデュランは手を伸ばした。
「今更・・何を言っても遅いのは・・分かってる・・。」
「そうよ。遅いわ。なにもかも遅いのよ。」
 コツ、とヒールの音を響かせて、アンジェラがデュランに近づく。
「でも分かったからいうよ。・・今更だけど・・分かったんだ。お前が大事だったって気づいたんだ・・」
 コツ。
 アンジェラの足が止まった。
 ホークアイも目を見張った。デュランがそんな事を言うとは思わなかった。死に際だと、自分で思ったのだろうか?
「そんなのもう・・そんなのもう・・遅いのよッ!!」
 やりきれない悲鳴が天に響くと同時に、アンジェラは呪文も無しにかまいたちを呼んだ。なんて魔力だろう!見たこともないスピードで魔力は発動し、かまいたちは真っ向デュランを狙って飛んでいく。魔法を回避させ様にも、方法がない。デュランをその場から避けさせるにも、もう間に合わない!
 万事休す・・!
 ホークアイは神に祈るしかないと思った。マナの女神でもフェアリーでもいい。なんでもいいから、これ以上友を奪わないでくれ・・!!
 デュランの悲鳴が上がるかと思ったが、それはいつまで経ってもホークアイの耳には届かなかった。女神が時を止めたのか?それともフェアリーが?
 そうではなかった。
 ホークアイは再び自分の目を疑わなくてはならない光景に直面した。
 デュランを守るように現れたのは・・アンジェラだったのだ。デュランを殺そうとしたアンジェラと、もう一人のアンジェラが、そこにはいた。
「大丈夫?デュラン?」
「お前・・??」
 それだけ言うと、デュランはかくん、と気を失った。ホークアイは考えたくない恐怖にびくっと肩を震わせたが、デュランを抱きしめたアンジェラが安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ、私の魔力で回復させてるの。ちょっと強力な魔力だから、デュランが気を失っちゃったのね。」
 口調も態度も知っているままのアンジェラ。ああ、やっぱりこっちのアンジェラがいい、とホークアイはしみじみ思う。
 では、もう一体のアンジェラは何だ?
「ホークアイ・・デュランを。」
 注意深くもう一人の自分を見詰めながら、アンジェラがそう言った。
「ああ、わかった。」
 やっと自分が落ち着きを取り戻して、アンジェラの傍にいるデュランに近づく。デュランを抱え、離れようとしたところでリースとシャルロットがここに到着したのを見つけた。
「丁度いいところに!リース!デュランを部屋へ!シャルロットは魔力の限り回復の魔法を使ってやってくれ。血が足らないはずだから、食べ物も!」
「分かりました。ケヴィンは大丈夫ですか??」
 リースが目ざとく倒れているケヴィンを見つけてそう言った。ホークアイはそれに頷いてみせた。
「俺が見るからいい。あいつは気を失っているだけだから大丈夫だよ。」
「それなら安心しました。デュランは私が運びます。」
「大丈夫か?」
 頼んだものの、ホークアイはデュランの体重を思い出してリースを気遣った。リースはにこりと笑うと、これくらい平気です、と強気にそう言った。シャルロットがすぐにリースの槍を受け取ると、リースはデュランを引きずって城内に入っていった。
 ホークアイはそれを見届けるとほっとして、ケヴィンに近寄った。ケヴィンは気を失っていたが、ホークアイが声をかけると案外楽に目を醒ました。ケヴィンの場合は迸る闘気が盾になったらしく、そうそう深い術がかからなかったようである。
「立てるか?」
「あ、うん。大丈夫・・オイラ・・?」
「アンジェラに一睨みされたんだ・・多分ニセモノだろうけどな。それより、ちとここは危ないから外れよう。」
「あ、うん。」
 ホークアイ達は二人のアンジェラから離れた。
「何故・・邪魔するのだ?お前の為に・・私は。」
 呆然と、デュランを襲った方のアンジェラがもう一人のアンジェラにそう言った。デュランを守ったアンジェラは少し悲しそうに微笑んだ。
「いいえ、私の為なんかではないでしょう、ねえ?『お母様』」
 ああ、やっぱりそうか・・。
 ホークアイは愕然とした。大聖堂でちらりと考えた嫌な考えは当たってしまっていたのだ。アンジェラの体に、女王ヴァルダが乗っ取ろうとしたのだ。何故そんなことが起こったのかは皆目見当がつかないが、起こってしまったのは事実らしい。
「お前が苦しんでいるのを知っていた。辛く、悲しみに打ちひしがれているのを。」
「ええ。哀しくて哀しくて死んでしまおうかと思ったわ。」
 言われて、アンジェラは哀しそうに笑った。痛い微笑みだった。
「だから、その恨みを私が!」
「違うわ、お母様。私は哀しかったけど、デュランを恨んだりしてないわ。」
 アンジェラは一歩一歩、もう一人のアンジェラに・・ヴァルダが乗っ取っているアンジェラに近づいた。ヒールの音はしない。おそらく、精神のみの生き物だからだろうか?
 デュランの為に、精神だけを急遽体から抜け出したのが、正真正銘のアンジェラだったという訳だろうか?
 ホークアイは二人のアンジェラを見ながらそう思った。
「私は、そんなデュランだったから好きだったの。愛国心のあるあの人だから、王の命を簡単に投げられないほど実直なあの人だから、好きだったの。全部全部好きだったの。」
「・・許すのか?お前を裏切ったのに?」
「裏切った?それはお母様よ。・・いいえ、その体をお母様と私ごと乗っ取ろうとした悪魔の仕業でしょう!!でできなさい!」
 突然、アンジェラが声を張上げ、アンジェラが自分に体当たりをすると。ぎゃぁっ!と悲鳴を上げて黒い物体が飛び出した。
「へきゃきゃっ!ばれてしまっていたかぁ!俺は竜帝族配下のダークシャドウだぁ!竜帝様・・いやいや、あんなへなちょこなやつ呼び捨てだぁ、竜帝の馬鹿がつまんない死に方するからなんなら俺が世界統治してやろうと思ったのになぁ!へきゃきゃっ!」
 アンジェラは自分を取り戻し、見た目先ほどと同じ一体になっていた。アンジェラはその飛び出した黒い物体ダークシャドウを憎々しげに見つめている。ホークアイとケヴィンもようやく敵が見えて、身構えた。
「へきゃきゃ。つまんないなー。見つかっちまったら、弱いのばればれだから、俺は帰るぜー!!」
 スイッと身を翻して帰ろうとするダークシャドウに向かって、アンジェラは無言でかまいたちを発した。素早いかまいたちにダークシャドウは見事命中してしまい、あえなく墜落する。
「へぎゃっ」
 墜落した先はケヴィンとホークアイの目の前であった。ものすごい形相で二人はダークシャドウを睨み付けると総攻撃を始める。
「この迷惑者が!!」
「許さない!アンジェラこんなにするの、許さない!!」
 含み針に凶器攻撃に飛燕投、飛翔旋風脚、白虎衝撃波。次々に連続技を決められて、ダークシャドウは煙と消えた。
「はぁ、ひぃ。」
「ぜぇ、ぜぇ。」
 小物相手ではあったが、力いっぱい恨みを込めて戦ったために、二人とも息が上がっていた。アンジェラがほっとしたようにそれを見つめていると、突如うっともんどりうって倒れた。
「・・アンジェラっ!!」
 二人ともびっくりしてアンジェラを囲む。ホークアイがアンジェラを抱えると、アンジェラの体から何かのオーラがふわんと浮遊して城の方に入っていった。おそらくは・・ヴァルダ女王の精神ではなかろうか?
「ケヴィン!あの冷凍保存の棺を壊してきてくれ!ヴァルダ女王が目を醒ますはずだ!ヴァルダ女王を暖かい部屋にすぐに移すんだ。」
「わ、わかった!!」
 ケヴィンは慌ててその場を立ち上がると、大聖堂に向かって走っていった。
 その走る姿を見て、ようやくホークアイは安堵のため息を洩らした。狂い始めていたアルテナはようやくもとの時を取り戻し始められるだろうと思った。が、しかし。
 ふとアンジェラを見て、ホークアイは不安になった。アンジェラはこの先デュランという相手無しに生きていけるのだろうかと。細い体、弱々しい腕、折れそうな足。どこを取っても頼りなげなアンジェラ。こいつを助けられないものか、そう思った。
「う・・ん・・」
 ようやく、アンジェラが目を醒ました。ホークアイに抱えられたまま、アンジェラはうっすらと微笑んだ。
「ごめんね、迷惑かけて。」
「いや、大丈夫だ。辛かったな、色々。」
 アンジェラはうん、というと、ぽろぽろと今始めてその事に気づいたように涙をこぼし始めた。
「デュランじゃなくて悪いけど、俺でとりあえず我慢しろよ。泣くだけ、泣いていいからさ」
 ホークアイがそう言ってアンジェラを抱きしめる。アンジェラは頷くと素直に泣いた。

 翌日、重傷のデュランは部屋に寝かせられていたが、それ以外の仲間達とアンジェラ、女王ヴァルダは会食テーブルを囲みながらこれまでの経緯を確認していた。
「騒ぎに巻き込んでしまい、大変ご迷惑をかけてしまいましたね。本当にごめんなさい・・」
 女王ヴァルダが改めて頭を下げると、なんとなく気後れしてホークアイやリース達も慌てて頭を下げてしまった。
「そもそもの発端はアルテナ国内全土における魔力の低下です。その魔力の低下をなんとか抑えるためにはまず女王の絶対の力が必要になってきます。」
 ヴァルダ女王は懇切丁寧に、その説明を続けた。
「私もアンジェラもそのため随分と頭を悩ませていました。アルテナは極寒の地です。手を拱いていれば、死人がいずれでないとも限りません。そこで、私はある方法をアンジェラに提案しました。」
 そこで、アンジェラがヴァルダから話しを引き取った。
「私の中には、お母様以上の魔力が眠っていると、聞かされたの。前に一度、お母様から私は殺されそうになったことがあったのだけど、その時に一度その魔力を発動したことがあるわ。私は自分を瞬間移動させていたの。」
「・・・瞬間移動だって!?スゴイ魔力じゃないか!!」
 ホークアイはびっくりしてそう言った。リースとシャルロット、ケヴィンも目をぱちくりと丸くしている。魔法も使えないといっていたあのアンジェラが瞬間移動という高度な魔法を使っていたというのだから、この驚きは否めない。
「うん、でもね、この魔力、実はお母様が私が小さいころに発動しない様に閉じ込めたものだったらしいの。魔力はそれ相応の精神が伴っていないと、人の命に関わるでしょう?だから、精神がそれなりに成長を果たすまで、お母様がその魔力を確認したときにやむを得ず封印したんですって。魔法が使えなかったのはそのせいだったのね。」
 なるほど、と仲間達は頷いた。
「で、その魔力とお母様の精神があれば・・この国を守れるんじゃないかっていう提案をされたの。私もお母様も国を守るために必死だった。とにかく、守ろうとしか考えてなかったの、それが例え非人道的だと思われようとも。」
 アンジェラは仲間達に理解を求めようと、説明したが、仲間達はやはりその提案には苦い表情を隠そうとはしなかった。
「私は出来る限りのことをしたかった。お母様には今までの恩返しが出来るって思って嬉しかったくらいよ。でも、その融合の儀式に悪魔が入り込んでいたの。私は慌てて止めようとしたんだけど、お母様は悪魔に飲まれてしまって・・・」
「悪魔がヴァルダ女王とアンジェラの心を利用して、色々企んだというわけか・・」
「そうみたいね・・」
 アンジェラもヴァルダもうなだれるように頷いた。
「でも、本当に各国の侵略まで進まなくてよかったですよ。」
 優しいリースがすかさずフォローをしてくれる。シャルロットとケヴィンもうんうん、と頷いて、なんとなく暗くなってしまわない様に気を遣っていた。
「さて、じゃあ、落ち着いたことだし。帰るか??」
 ホークアイがそう声をかけると、リースがおずおずと声をかける。
「デュラン、どうしましょう?」
「あ。」
 言ってから、しまった、と思った。アンジェラを目の前にしてする会話ではなかったような。
「いいのよ。気を遣わなくても。」
 アンジェラはふっと笑うとそう言った。
「デュランは休養が必要よ。うちで休んでも、フォルセナの家で休んでもそれは彼の自由よ。そう伝えて。」
 アンジェラが言ったことをホークアイが伝えると、意外にもデュランはアルテナで休養を取ってから帰ると行った。ホークアイが不思議そうな顔をしてその答えを聞いていたのだろう、デュランが少し気まずそうにこう言った。
「俺達がどうするべきか、話し合いたいんだ。」
 それを聞いて、ホークアイは少し安心した。
「そうか、いい方向が見えるといいな。俺達は先に帰ってるけど、いいよな。」
「ああ、すまない。色々気を遣わせて・・」
 デュランがそういうと、ホークアイが吹き出すように笑った。
「なんからしくねぇなあ〜。デュラン。しっかりしろよ!」
 ホークアイはそういうと、ケヴィンと連れだって部屋を出た。そして、リースとシャルロットと廊下で合流すると、アンジェラに見送られながらアルテナ城を後にした。

 そして、もともと体力のあるデュランは日に日に元気を取り戻していた。十日間、アルテナ城にデュランは滞在し、アンジェラとは何度も話し合いをしていた。そして、デュランは結局フォルセナに王として帰還していった。

 そうして、アンジェラは。
 十月十日後、元気な赤ん坊を生んだ。
 玉のような男の子だと聞いたアンジェラは、ほっと顔をほころばせたという。
 もう一人の女という寂しい血筋に終わりを告げられることを願って。

 それは、一つのはじまりを願う、希望の赤ん坊だった。
 



fin.


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00/09/25