二人の英雄

 魔楽器の音がする。風に乗って。
 ふと目を開けると、眩しい光が目を射して来る。甘い匂いが立ち込めているのに気づいて、やっと自分が何をしていたのかを思い出した。
「実を摘み取っていたら、疲れてうたた寝しちゃったのね・・」
 身体は樹木トレントの逞しい枝に預けられていた。黄金色に輝く髪が枝に垂れていて、青々とした葉っぱに伴うように揺れている。
「良く寝ていたね、ヴェルーニャ。」
 ゆったりとした深い声がヴェルーニャ、そう、その果樹園の主に声をかけた。ヴェルーニャが穏やかに笑う。
「ええ、すごく気持ちよかったわ。ありがとう、トレント」
 ヴェルーニャは体を起こすと、えいっ、とその枝から地上へ舞い下りた。黄金色のいくつもにたわんだ髪が天使の羽のように揺らいだ。
「欲を言えば、もうちょっと早く起こして欲しかったわ。きっとペットたちがお腹を空かせてるわね。」
 ヴェルーニャはすぐさま収穫した果実を腕いっぱいに抱えると、トレントに少し意地悪を言った。しかし、トレントの方はそれにも気づかず、おどけるように目の上の枝をばさっと鳴らせてみせた。
「ヴェルーニャがそれはそれは気持ちよさそうに寝ていたので、私も出来るだけ動かないように辛抱していたくらいだよ。」
 それを聞いて、ヴェルーニャは吃驚した表情をした。
「そうだったの?ごめんなさいね、これからは寝過ぎないように気をつけるわね。」
 ヴェルーニャはそういうと、果実を抱えて慌てたように果樹園を出ていった。
 トレントはにっこりとその後ろ姿を見送った。彼の目の上の枝が風に揺れる。
「・・マナの恩恵が宿る娘よ・・」
 そういうと、トレントは微睡むように瞳を閉じた。

「バド!コロナ!何処にいるの?」
 ヴェルーニャは重たい果実を抱えながら、身よりのない双子の名前を呼んだ。その双子はヴェルーニャの弟子にしてくれと頼み込んで、この家に住み込んでいる。
「ここだよ!ヴェルーニャ!」
 少年のまるで悪意のない声が上から木霊して、ヴェルーニャは吃驚した。家の背後にそびえる巨大な樹木の上にバドはいた。
「なにしてるの!危ないわ!」
「平気平気ー。すぐ降りられるんだよ!ほらっ!」
 バドがひょいとその枝から飛び降りる仕草をしたので、ヴェルーニャはあっと目を閉じてしまった。
・・・?
 しかし、しばらくしても何の音も悲鳴もなく。ヴェルーニャはおそるおそる目を開けると、目の前に逆さまになったバドがケケケっ!と笑っていた。
「な、なんなの!?」
「ばんじーさ!」
「ばんじー???」
「そ、異世界の本をコロナが魔法都市から持ってきててさ。多分、がめちゃうような性格じゃないし、図書館に戻し忘れたんじゃないかな。」
 ヴェルーニャが不思議そうにバドの体に巻き付いた蔓を触っている。
「痛くないの?」
「うん、実は痛い・・・」
「馬鹿ねえ・・」
 ヴェルーニャは呆れ顔をすると、バドに巻き付いた蔓をほどいてやる。自由になったバドが、ところで何か用?と尋ねる。
「あ、これ半分持ってね。ペットの餌をあげにいくのよ。」
「うえー、あそこくっさいからやだー!!」
「あら、じゃあ、私もバドのこと追い出すわよ?」
 ヴェルーニャがちらりとバドを見てそういうと、バドは慌ててあわわわっと口に手を当てた。
「ふふっ、さ、行こう?」
「コロナは?」
 バドは不服そうにそう言った。が、ヴェルーニャはいいのよ、と笑うと、バドの手を引いてペット牧場へ向かった。
「あ、ヴェルーニャ!」
「やっぱりここだったのね。」
 コロナを見つけて、ヴェルーニャが微笑んだ。「魔楽器の調整はどう?」
「調整?」
 バドが不思議そうに問いただす。コロナはえへん、と咳払いをすると、こういった。
「私はね、ヴェルーニャのご意向で魔楽器の調整を頼まれてるのよ。つまり、いつでも精霊が出てきて攻撃するんじゃ、音楽も安心して奏でられないでしょ?精霊が綺麗な音を奏でるだけの調整をしてるの。」
「だって、もう魔楽器なんて必要ないから」
 ヴェルーニャは嬉しそうにそう言った。そうこう話していると、ペット達が餌はまだかとヴェルーニャにすり寄ってくる。
「あ、ハイハイ。ごめんねぇ。ただでさえ遅れてたのに。とりあえず、小屋に入って入って。」
「おらおらー、早く帰らないとお預けだぞぅ!」
 バドがいつも後生大事に持っているフライパンを振りかざしながら、ペット達を小屋に入れる。
「で、調子は?」
 ヴェルーニャがコロナに尋ねる。コロナはちょっと難しい表情をして見せた。
「ヴェルーニャも難しいこと言いますね。本当に。」
「やっぱり無理?でも、さっき音楽を聴いたような気がしたんだけどな・・?」
 コロナはそれを聞いて不思議そうな顔をした。
「それは私じゃありませんよ?それに、私には聞こえなかったし。」
 ヴェルーニャもそれを聞いて不可解な表情になった。
「おかしいわね・・さっき起きた瞬間・・」
「ヴェルーニャーーーぁあ!こいつらの食欲すげーよぉ!さっさと次持ってこないと食われるーー!」
 バドのわざとらしい台詞に二人は笑いを漏らす。
 平和な毎日、確かにそういえるものがここ数日続いていた。
 ヴェルーニャが一つの異変に気づくまでは。
「あら?こんなところに小屋なんていつ建てたの?」
 ヴェルーニャがペット小屋の向こう側に小さな小屋を見つけてそう言った。コロナをそれを見て、目を丸くする。
「あ、あんな小屋昨日までなかった・・なんで??」
「行ってみましょう。」
 ヴェルーニャはバドに残りの果実を預けて、その小屋に向かうことにした。バドは当然不服そうな顔をしたが、すぐに気を取り直してがぜんとペットの世話を始めてくれた。
「ふふ、バドはいい子だわ。」
 歩きながらヴェルーニャがそういうと、コロナは呆れたように首を振った。
「あの子、ヴェルーニャが好きなのよ」
「まぁ、光栄だわ。」
「冗談じゃないのよ?」
「・・・」
「ヴェルーニャが早く連れを見つけて見せつけないからよ。いい年してるくせに。」
「うるさいわねえ・・」
 そんな相手が何処にいるのよ、とヴェルーニャは表には出せない不満を心でぶつけながら、小屋の前に立った。
「変ね、すごく・・私を呼んでる感じがする・・」
 扉を見つめるなり、ヴェルーニャがそう言うと、ヴェルーニャは扉を開こうとした。途端、扉は音を立てずに開いて、その扉の奥には不思議そうな顔をした同じくらいの年格好の少年が立っていた。
 頭に羽根飾りをして、まるで目の前にある者を拒むかのように閉じられた真一文字の口。でも、どことなく憎めない。
「誰・・?」
「ヴェルーニャ??」
 コロナには何も見えないみたいだった。ヴェルーニャにしか見えない、幻想・・イメージ?
”行きなさい、ヴェルーニャ。その人は、もう一つのファ・ディールの英雄・・・。”
「ま、マナ・・!」
「えっ!?どこどこ??」

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 コロナは慌てふためいてそのマナの正体を見極めようとする。ヴェルーニャから話を聞いているだけだが、その存在はコロナに興味を抱かせるのには十分だった。しかし、その姿を見つけられるのも、ヴェルーニャだけのようだった。
 瞬間、体が別のところに飛ばされたような感覚。ヴェルーニャは衝撃に耐えかね、目をつぶった。
 次にマナの声がしたとき、その衝撃は終わっていた。
”ようこそ。光の回廊へ。”
「光の・・?」
”あらゆる空間と時間が交わるこの場所を、光の回廊と呼んでいます。ここを訪れることが出来るのは、マナ自身とその恩恵が宿る者のみ。あなたはそれに値します。”
「で、私はどうすればいいの・・?」
”あのものを助けなさい。あの、まだ小さな英雄をあなたの力で支えてあげなさい。”
「いいわ。」
”そのかわり、あなたは彼の空間では話せないけれど。それでも行って。呼んでるのよ、今すぐ・・”
「・・?!」
 言われてすぐ、ヴェルーニャは声を失った。
 そして、再び衝撃に耐えるために目を閉じ、目を開いたときには、目の前にあの少年と、ドミナの街があった・・。あの、宿屋の空き家の前、何度訪れても空き家だったあの家の前に。
「な、何だお前っ!?」
 少年が驚嘆した声を張り上げた。ヴェルーニャはそれでも、にっこり微笑んだ。
(ヴェルーニャよ。よろしくね。)




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