マナを完全に取り戻した世界。それは、無機質な心を希望と願いに満ちたものに変え、思念を宿した陶芸品達−アーティファクト−は全て解放され世界にその本来の姿を取り戻した。
 物欲を失った人々の前にこの新しい世界が広がると、人々は再びその世界に歓喜する心を取り戻していった。それと同時に、活気はそこここに溢れ出し、今では世界はマナの躍動する世界に幸せを追い求めるものが増え始めている。それは、人々がマナを手放す前のものと同等の活気であった。

   そのマナの力を取り戻した張本人ヴェルーニャは、今は全く別のことで頭がいっぱいであった。
 溢れて余りあるマナの躍動が今まで以上に豊穣をもたらす果樹園。そこでヴェルーニャは今日もペット達に与える餌の収穫をしていた。
 ヴェルーニャが独り言のようにぼそりと言葉を吐いたのは、そんな最中だった。
「・・・どうしたら会えるのかしら?」
 ヴェルーニャは果実達を篭に納めると、ため息をついたのだった。手伝っていたコロナは、え?と聞き返すとヴェルーニャの顔を見上げた。
「何か言いましたか?」
「ううん、・・・独り言よ。」
 首を振りながらそう言ってはいたものの。コロナの見た様子ではヴェルーニャはどうも聞いて欲しそうに、無意味に果実達を見定めていた。
 コロナはしょうがないなあ、と肩を竦めたが、それでもこの家の主人の意に添う様に言葉を紡いだ。
「誰とです?」
 ヴェルーニャはぼてっと持っていた果実を落した。
 コロナはそれを見て苦笑する。
「聞いて欲しかったんじゃないですか?」
「ちっ、ちちち違うわよ。独り言よ」
 慌てて果実を拾い上げて、ヴェルーニャは集めた果実達の入った篭を持つと、足早に牧場に向かう。
 コロナはその様子を見て、つくづくはっきりしないご主人だと思う。
「聞いて欲しかったけど、やっぱり止めた、ってところですね。」
「そう、いじめるでないよ、コロナ」
 コロナの背後で、巨大な樹木が一つの枝をばさりと揺らして目を覚ます。優しそうな瞳がコロナを困ったように見つめている。それでも、コロナは不満気な表情を表に出して、こういった。
「だって。トレント。あれからもう12回目よ。」
 樹木トレントがそれを聞いて、ゆったりとした深い声で笑う。まだ実りきれない果実達がゆらゆらと揺られ、コロナは落ちてしまわないか心配だった。
「ヴェルーニャもきっと自分の心をもてあましているんだよ。」
「恋をしたって・・気づいてないでしょうね・・あれじゃ」
 コロナは肩を再び竦めると、見てる方がばればれなのに、と呆れたようにこぼす。
「気づかなくとも、苦しくて・・幸せなはずだよ。」
「きゅーってしめつけられる感じがして、幸せなんだよね?」
 コロナは人差し指を立てて、トレントにそういった。トレントは意外そうに目を丸くする。
「おや、コロナも誰かに恋をしているのかね?」
 コロナはそれを聞くと、まさか、と目をくるくるさせた。
「本に書いてあったの。よくわからない。」
 トレントはそれを聞いて、また笑う。ああ、落ちちゃった、とコロナは枝に掴まりきれなかった果実を見つけて、そういった。
「急がなくてもいずれ誰もが味わうものさ。」
 トレントはゆったりとそういうと、おどけるように枝を鳴らす。そして、思い出したようにコロナを促した。
「ヴェルーニャのところに行っておいで・・最近牧場は大賑わいだろう?ヴェルーニャ一人では大変だ。」
「あら、どうして分かるの?」
 コロナはトレントが見えるはずのない牧場の様子を察知しているのに気づいて、驚いてみせた。トレントはゆったりとまどろむように瞳を閉じる。
「コロナが知っている私の目だけが、私の目ではない、ということだよ。私のあらゆるところに世界を知ることのできる目がそこここに溢れている・・マナの存在するところならすべて、私は風を聞き、水の流れを探り、地の教えに耳を傾けることで出来事を知ることが出来るからだ・・」
「すごいのね、トレント」
 コロナはため息をつくようにそういうと感嘆する。トレントはにっこり微笑むと、さあいきなさい、ともう一度だけそういって、静かに口を閉じた。眠るようだった。
 コロナは頷いて、自分が収穫した果実達を持って、牧場に向かったのだった。
 空は、雲一つない青空だった。コロナはこれと同じ青空に、ポストが浮かんでいたときのことを思い出していた・・。

「いくらなんでも拾いすぎだよ!!」
 バドの罵声が牧場に響いていた。ヴェルーニャが困ったようにバドの方を見ながら、手は世話することを休めていない。
「そんなこと言ったって・・親が居ない子供なんて可哀相じゃないの。」
 もうすぐ立派な鳥系のモンスターになるであろう雛の嘴を、ヴェルーニャが撫でてやる。バドは話を聞いてもいないんじゃないかとイライラしたように地団太を踏んだ。
「だって!もうこの牧場だって飼いきれないよ!このまま増え続けていけば、家がなくなっちゃうよ!」
 確かに・・ヴェルーニャの家にまだその土地は侵食されていないものの、度重なるペット牧場の敷地拡大はすでに入り口のあぜ道のすぐ傍まで迫っていた。これではお客が来たときに、風向きによっては牧場の匂いが立ち込めていないとも限らない。
 それ以前に、バドはペットの世話の時間が増えるに連れて、ヴェルーニャとの話す時間が減るのが単純に嫌なのであろうが。
 しかし、ヴェルーニャ自体は世話していることを好んでいるために、そう罵るバドを理解できないという顔でバドにこう言った。
「大袈裟ねえ・・家をなくすほど拾っては来ないわよ。それに、ちゃんと大人になったら巣立たせているんだから・・」
 能天気にそう返すヴェルーニャに、バドはもう知らねぇよ!!と餌の入ったバケツをそこに置いたまま牧場を苛立たしげに後にした。今までバドから餌をもらおうと辛抱強く待っていたモンスター達が我先にバケツに口を突っ込んだ。あまりにいろんな口がバケツを襲うので、バケツはバランスを崩してひっくり返り餌がそこらじゅうに散乱する。モンスター達は慌てて自分のものを確保しようと餌に群がった。
 その状態をヴェルーニャは一通り見つめると、ため息を吐いた。手はまだ雛をなでている。しかし、迷いの篭った手つきだった。
 そこに、丁度コロナが現れた。ふくれっつらのバドとすれ違ってきたのだろう、ヴェルーニャに気遣わしげな表情を見せる。
「・・バド、また癇癪起こしたんですか?」
「ちょっと機嫌が悪いみたいね。」
 ヴェルーニャは雛をもう一度撫でると、食べやすく砕いた食べ物を少しずつ与える。
 その様子を見ながら、コロナはバドも気づいているのかもしれないわ、と思う。
・・ヴェルーニャが恋しているのを。

・・どうしたら会える?
ヴェルーニャはまた、家の裏手の小屋の前に呆然と立っていた。
あれから3週間。向こうには行っていない。
呼ばれもしなければ、会うこともできない。酷だなあ・・と、ヴェルーニャは頭の中でそう思った。
会えないことがどうしてそこまで酷だと思うのかは考えもせず。
ゆっくりノブに手をのばし、思い切ったように戸を開いても、そこは何の変哲のない小屋。
知らず、ヴェルーニャは肩を落とした。
それでも諦めきれず、足を一歩踏みだそうとしたとき、空気の波動がヴェルーニャを襲った。
「っ!来たっ!!」
 嬉々とした表情でヴェルーニャはそう叫んだ。体が別空間にもっていかれるような感覚。そして再び目を開けるとそこは、許されたものだけが入ることの出来る、時の回廊だ。前と同じようにマナの女神がヴェルーニャを見下ろしていた。
「ヴェルーニャ・・」
「リューシスが呼んでるのね?そうなんでしょう?」
 その表情を読んで、マナの女神は不安そうに瞳を閉じた。
「どうしたの?」
 ヴェルーニャもそのマナの女神の仕種に不安な表情で首をかしげる。問われ、マナの女神は再び瞳を見せた。七色に変わる不思議な瞳。畏怖を起こすほどの「本当の」力。ヴェルーニャが打ち倒したものとは逆の位置にある「光」のマナの力は、とてもヴェルーニャには打ち倒せそうもない。倒すべき存在でもないが。
「あのリューシスは、あのファ・ディールでの「あなた」です。」
 唐突に訳が分からないことを言われ、ヴェルーニャは混乱した。
「何のこと?マナ、貴方は何が言いたいの?」
「恋慕うことは許されません。」
「何のことよっ!説明してッ!」

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 急に何か鋭いもので胸を突かれたような感覚に、ヴェルーニャはいきり立った。その姿を見詰め、マナの女神は気の毒そうに目を伏せた。
「目を閉じないで!そらさないで!ちゃんと説明をしてっ!!」
 猛然と怒り狂ったように釣り上がった目をヴェルーニャはマナの女神に向けていた。マナの女神はベルーニャの瞳を見詰め、愕然としたように肩を落した。
「手後れ、なのかしら。」
「説明を!」
「わかったわ・・よく聞いて・・」
 マナの女神はヴェルーニャの瞳を見詰め、やっとのように口を開いた。
「あなたとリューシスは同じ魂です。ただ、性別が違うだけの・・つまり、本来は同じ世界で同時に存在するはずのないものです。会うはずもないものです。」
「でも、会わせたのは・・・他でもない貴方よ。」
 ええ、と苦々しく女神は頷いた。
「一時的ならば、そういうことが可能であったからです。でも、ヴェルーニャの心はその一過性を伴わなかった・・そこまでは・・計算外でした・・」
「・・・」
 確かに、ヴェルーニャにとってあのリューシスとの出来事はその時だけで済まされる位置にはなくなっていた。現に、今このマナの女神との話が終われば、またリューシスの世界に行けると信じているのだから。
「でも、ヴェルーニャ。どんなに貴方がリューシスを恋い親しんでも叶うことはありません。深くなる前に・・その想いを断ちなさい・・そうでなければ・・私は二度とあちらへ行くことを許しません。たとえ・・リューシスが何度貴方を呼ぼうとしたとしても」
「まさか!リューシスが呼んでいたのを阻止していたの!?今まで!!」
 きっと鋭い目付きでヴェルーニャはマナの女神を睨んだ。女神は素直に頷いた。
「ええ、リューシスが呼ぶ声を聞きながら私はそれを無視しました。」
「一体どうして!」
「会わせるわけには行きません!あなたがたは同じ魂です。結ばれない者同士です!」
「結ばれるとか叶うとか!そんなこと考えてもないわ!ただ会いたいだけ!!」
「その気持ちを早く失くしなさいと言ってるのです!」
「どうして!どうせ向こうでは話すことも出来ないわ!叶うことも結ばれることもないはずよ!・・絶対に・・ないはずよ・・」
 そういって、初めてヴェルーニャは自分の気持ちに気づいたのだった。
 そうだ、こんなに焦がれても伝わらない。何も分かってはもらえない。名前さえ、伝えてないのにどうしてそんなことが伝わるだろう?
 その現実を初めて理解して、ヴェルーニャは悲しさに体を折ってすすり泣いた。
 その様子を見つめて、マナの女神も絶望的に首を振った。
「もう・・およしなさい。その想いを持っていても・・辛いだけです・・」
 マナの女神が姿を消し、時の回廊からヴェルーニャは追い出された。そして、涙ながらに顔を上げてみると、そこは元の小屋だった。
 どうしようもない絶望感に打ちのめされて、ヴェルーニャはまたすすり泣いた・・。
 



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